52話 よくある 覇気と騎士
昼食を終え、ベッドに寝転がり、頭を抱えて悶えていた。
よくよく考えてみたら、午後の授業を受けられないとポーションの作製ができない。補習とかしてもらえるのだろうか? 心配である。
放課後になったら訊きに行こう。そう思うが落ち着かないのが現状だ。
こういう時は体でも動かそう。そう思い運動着に着かえ、外へ出たのだった。
柔軟体操をしながら、ふとユウキ様の魔術『ブースト』について考えた。
もし、あの力があればじいちゃんの技『風で斬る』が使えるのだろうか?
じいちゃんとばあちゃんに教えてもらった剣術と武術に魔術を合わせたくないけれど、一度は『風で斬る』と『風を斬る』を使って体験してみたい。
僕は背後に手を回し、ズボンに刺していた木の枝を手に取る。
枝を握っている右手を上にあげ、全身に力を籠め、出せるだけの覇気を纏う。
やっぱりダメだ。枝を振り下ろしても風すら起こらない。
音はじいちゃん並には出ているんだけどな。そう肩を落とす――とその時、背後から襲い掛かる覇気を感じ振り返った。
アルギニオさん!
入り口の前に白髪頭の彼が立っていたのだ。
「おや、お邪魔をするつもりはなかったのですが」
「今の覇気はアルギニオさんですか?」
そう近寄った僕に、彼が微笑みかけてきた。
「魔術使いなのに覇気を感じ取れるのですか? さすがユウキ様に勝ったお人ですね」
「覇気? アルギニオさんは覇気を知っているのですか?」
もちろん、と頷く彼に、ほかの貴族様たちが覇気を知らないという疑問をぶつけてみた。
「最近の騎士たちは学校を卒業することが最大の目標となっているからですね」
それ以上の強さを求める人がいなくなってしまったらしい。
だから、教える講師も覇気を感じ取れないので、次第に『覇気を感じ取る』という言葉が使われなくなってしまったようだ。
「僕がここに来た初日、覇気を消したり出したりしていましたよね」
「ええ。強い覇気を感じたので、管理人として少し身構えただけですが。それに、わたくしの唯一の楽しみでもあります。毎年、誰がわたくしの覇気に気づくのか、と。最近は、そういう方には巡り合わなくなってしまいましたが」
残念です、と首を振る。
やっぱりこの人は強い。
地を滑るように間合いを詰めるリリー。剣術と言うのかはわからないけれど、消えるユウキ様。
アルギニオさんさんは一体どんな剣術を見せるのだろう。
「アルギニオさん。もし時間があるなら少し僕の相手をしてもらえませんか?」
「ご冗談を。もうこの歳でギルさんのように強い覇気を出す方の相手はできませんよ」
にこにこと笑っているけれど、言っていることはウソだ。先ほどの覇気は背後から襲ってくる、そんな強い覇気だった。
一度試してみるか? 寸止め程度で。
僕は覇気を出し、地を蹴り、笑みを浮かべているアルギニオさんへ飛びかかってみる。
それは一瞬のことだった。
うっ! アルギニオさんと目が合い、その鋭い眼光に怯んでしまったのだ。
しまった! その一瞬の隙に手首を弾かれ、アルギニオさんの前で地に足をつけた。
なんだったんだ。今の威圧みたいなものは? そう顔を上げてみれば、相変わらずアルギニオさんは微笑んでいた。
「ギルさん。いきなりは危ないですよ。年寄りには心臓に悪いです」
「す、すみません。え?」
突然体がよろめくと、
「おっと。危ない。大丈夫ですか?」
アルギニオさんが体を支えてくれる。
ど、どうして? なんと膝が震えているのだ。
「先ほど、芝の中でなにかをされていたようでしたが、一体なにを?」
「え、ああ、ちょっと、風でものが斬れないかなと試していただけで」
「風で、ですか?」
震えが落ち着いた僕はアルギニオさんから離れ、説明をする。
「なるほど、おじい様が。それでおじい様からは、どのように教わったのですか?」
「斬りたいものに真っすぐに立ち向かい打て、と」
そう言うと、アルギニオさんが大笑いしたので、びっくりした。
「なかなか面白い。おじい様は、いけずなお方ですね。これは面白い。いや、失礼いたしました。なかなかどうして」
キョトンとしている僕にアルギニオさんが手を差し伸べてくる。
「ギルさん。その枝をわたくしに」
アルギニオさんは手にした木の枝を真っすぐに握り、腕を正面に突き出す。
「ギルさん」
「はい」
「風で斬りたいのなら、剣と一つになりなさい」
「はい?」
アルギニオさんは肘を曲げ、腕を振り上げると、手首からしなる様に木の枝を振り下ろす。
ゆっくりとした動きだったのに、なんとじいちゃんの『風で斬る』を再現したのだ。
そして――
「これが出来たら一人前ですよ」
と、じいちゃんと同じことを言ったのだ。
剣士という者は、極めれば極めるほど高みを目指したくなるらしい。
大木を斬ろうとする者。岩を斬ろうとする者。そして、風を斬ろうとする者。
志すものは違えど、見えない頂点を目指したくなるらしい。
「ギルさんは、そういうことはないですか? 例えば自分の剣術はどこまで通用するのか? 自分より強い相手はどんな剣術を使うのか? そう思ったことはありませんか?」
ある。ここ王都に来てから、リリーやユウキ様、そしてアルギニオさんと出会い、新しい剣術を肌で感じてみたいと。
「しかし、最近の騎士たちは今の実力で満足し、高見を見ない人が多いのです。まあ、戦争もなく、平和ということなんでしょうが……」
アルギニオさんの話を途中、半ば心なしに――
「……ちょっとギル! ちょっとギルってば」
「……リリー! いつの間に?」
「いつの間にじゃないわよ。ずっと呼んでいたのに。なにボーっとして」
「……う、うん。剣術についてちょっと」
夕食の食する手が止まっていた僕はフォークを置き、訝しい顔つきのリリーにアルギニオさんの話をする。
そして『剣術の高み』について考えさせられたことを付け加えた。
『風で斬る』の技を完成させ『風を斬る』を極め、じいちゃんに追いつきたいと思っていた。でも――『風を斬る』を極めたじいちゃんの次なる高みはなんだったんだろう? ずっと考えていた。
「ふーん。なるほど。高見ねえ」
「リリーは、なにかそういう目標みたいなものはあるの?」
「もちろんあるわ。あの、身分を弁えない側仕えを叩き斬って、跪かせることよ」
それって、エザベルさんのことだよね。いや、そういうことじゃなくて、僕は剣術のことが聞きたかったのだけれど。しかも、エザベルさんの言うことは正しくて、身分を弁えない行動をしているリリーの方が悪いんだと思うんだけど。そう呆れてしまう。
「でも、アルギニオ様がねえ。強い騎士だったことは知っていたけど、まさか、『風で斬る』の技が使えるとは」
「アルギニオさんって有名な人なの?」
「ええ。ユーディー様のいるナンデイーブ領の貴族だわ。国王の元護衛の一人よ。引退後からここで寮監を務めているらしいわ」
「国王の……」
どおりで強いはずだ。今日の強烈な覇気に納得できた。そして、足が震えてしまうほどの威圧、よほどの死線を潜り抜けて来たのだろう。
「で、その覇気ってなに? たまにギルは言うわよね」
剣士のリリーも覇気を知らないらしい。
僕はおじいちゃんの教えを話す。
「じゃ、わたしは二流ってこと?」
むすっと口を歪ませる。
「リリーは剣を交える相手からなにも感じないの?」
「強そう、ってことぐらいはなんとなく感じるわ」
そう言っているが、顔つきは覇気について考えているように見える。
「……それより、ポーションのことはどうなったのよ。補習は受けられるの」
「うん。放課後エルゼ女史に訊ねてみたら、大丈夫だって」
「よかったじゃない」
頷いた僕は手が止まっていた食事を再開させた。
「でも、ギルのポーション作りに、どうして聖女様が出てくるのか不思議ね」
そのことをすっかり忘れていた。
一体聖女様って?
誤字脱字ありましたら報告をお願いいたします。
ここまで読み進めていただきありがとうございました。




