5話 よくある 領地の洗礼とドラゴンに襲われた村
関所からの道中、田園や農村を通り過ぎ、数時間ほど馬を走らせると街が見えてきた。
陽が沈みかけていることもあって、街は想像していたより歩んでいる人が少ないと思った。作業服の人もいるけれど、綺麗に整った格好の人が多い。自分の小汚い布服が、場違いな気がして少し恥ずかしくなった。目立たないように俯いて道路の端を、手綱を引いて歩く。
一軒家ばかりのウィードルドとは違い、街は背の高い石造りの建物ばかりだ。土肌ばかりの村とは違って、道路は歪みが少なく舗装されていて、足を捻るどころか躓くこともない。
お腹は空いているけれど、まずは暗くなる前に宿舎を決めないと。まさか街で野宿するわけにはいかない。それに今日は布団で眠りたい。せっかく街に来ているのだから。
馬を引き、街の中を歩き回り、ランタンに火を灯している老人を見つけて身近な宿舎を教えてもらった。
たどり着いた宿舎のドアをくぐり、番台にいた主人に一晩の宿泊だと告げる。
馬の餌代込みで大銅貨七枚。その言い値が妥当なのかわからないけれど、袋から銅貨を取り出し支払う。
台帳に名前と出身地を書いていると、ウィードルド? 主人がそう呟き、怪訝な表情を見せた。
やはり好まれていない。追い出される? そう危惧したけれど、ため息つきで部屋のカギを出してくれた。
「二階の一番奥だ」
「お世話になります」
ホッと安堵して、頭を下げ、階段へ向かった。
食事を摂るために、宿舎の主人から屋台がでている広場を教えてもらい、夜の街へと出かけた。
珍しい風景にキョロキョロと目移りしてしまう。
背の高い一つの建物に、どれだけの人が住んでいるのだろう。
どうやって建てられたのだろう。
防護壁にしてもそうだったけど、不思議だと感心してしまう。
今歩いている石畳みの歩道も素晴らしい。
街灯のランタンのお陰で夜の街はまだ薄っすらと明るいし。道路と同様に躓かないし、足首を捻ることがない。
村に帰ったら自慢しよう――と、街を堪能しながら歩んだ。
しばらくして目的地の広場につくと、数は少ないけれど、飲食店の屋台が出ている。大人たちが酒を飲み賑わっていた。
匂いにつられて、串焼きの店でイノシシの串とブタの串、あと別の屋台で鳥粥を頼んで、近くの階段で本日初の食事を摂る。
うまい。村と違って味付けがしっかりとついていて食が止まらなかった。
別の屋台で朝食用のサンドウィッチを買い、宿舎に戻るとベッドに寝そべったら、布団がふかふかとしていたせいなのか、そのまますぐに眠り込んだらしい。目覚めると、閉めることを忘れた窓からの日差しが眩しくて瞼を手のひらで覆った。
寝坊した。朝早く起きるつもりだったのに、窓の外は、もうすっかりと朝を回っていた。
急いで身支度をして宿舎を出る。
馬を引きながら昨日買っておいたサンドウィッチを手に、街をあとにした。
ウィードルドを旅立って六日。バルンツ領とライータ領の二つの領地を跨いだ。やはり最初の領地バルナツの関所と同様、各地の関所では長い時間足止めをくらわされた。同じ質問をされ、同じく魔術を披露した。今度はもちろん、ちゃんと屋外で。
でも、今回の三つ目の関所はなんだか少し違っていた。なんだかみんな疲れている様子だ。
たんたんとことが進み、魔術を見せることもなく入門が許可されたのだった。
今までが今までだっただけに、何事もないことに不安が残った。でも、ライータ領では一泊野宿をしたため、少し疲れている。だから、蒸し返すのも、と思い、ありがたく通行させてもらう。余計なことを言って足止めされるのもなんだし。
関所を出て、馬を走らせるとすぐに青々とした田畑が広がっていた。だけど、作業している人を誰一人も見かけない。まだ昼前だというのに。領地によって作業の仕方が違うのかな。
ここまでの領地とは違い、ここガーネシリア領の田園はかなり広い。見渡す限り、今まで見てきた田園の三倍以上もあると思う。かなりの人と手間がかかると思う。
馬を走らせ、農村を通り過ぎた。広大な田園だっただけあって村もかなり広かった。だけど、そこでも人を見かけなかった。
不自然だな――と蟠りに首を傾げながらも馬を走らせた。
街へ向かう途中、山の麓に一つの村を見つけた。近づくにつれ異状を感じる。なんだか様子がおかしい。さっきの農村と違い、多くの人が集まっているように見える。そして、村の全貌がわかってくると、ハッとして馬の足を速めさせたのだった。
「どうしたのですか」
村に着くと馬を止め、飛び降りた。
何十軒もあっただろうと思える家々が全壊しているのだ。
「なんだ。どこの人だ」
「いえ。旅の途中たまたま通りかかっただけで」
僕の格好を見て、恰幅のよい男性が眉間に皺を寄せた。どうやら野次馬だと思われたらしい。旅の人か――と警戒を解いた男性は、腕を組んでため息交じりに話してくれた。
「四日前にドラゴンの子供が突然やって来たんだよ」
「ド、ドラゴン!?」
「ああ。でも、たまたま王都にいた勇者様が駆けつけてくれて、退治してくれたんだが……」
「勇者様?」
「勇者様もドラゴンも結構暴れてな……この有様だよ。領主様は村を再建してくれると言ってくれたが、更地にするのは俺たち住民にしてほしいと言われてな。この時期は、領主様も騎士たちも忙しいから。だから農民に頼んで手伝ってもらっているんだ」
勇者様ってなんだろう。一瞬頭によぎったけれど、周りの惨状を見回し、作業している人たちに疑問が浮かんだ。
「若い人が少ないですね。あと男の人も」
重作業なのに歳を取っている人と女の人が目立つ。小さな子供たちも駆り出されているようだ。
「ああ。住民の若い衆は、勇者様が来るまでドラゴンと応戦してケガしてしまったからな。かなり深手を負っちまって。今は、神殿で治療してもらっているんだ。……農作業もすっかりと止まっちまったし、俺たちの林業は、今年はダメだな。徴税どうなっちまうだか」
頭をぼりぼりと掻き、愚痴が出始めた。
村を見てみると、大きな柱の部分を二、三人がかりで運んだり、突き刺さった柱を綱で引っ張ったりと重作業が大変そうだ。
「村の木の残骸はどうするんですか?」
「あれはもうダメだ。乾燥させて薪にでもするさ」
「全部、薪にしてしまっていいんですか?」
「ああ。そうだな」
返事がもう投げやりだ。今は、これからの生活のことで考えがつかないのだろう。
だったら、と僕は一つ提案をしてみる。
馬の手綱を男性に持ってもらい、近くに落ちている木片を拾うと、ホイッと投げて手首を振った。
「なに!」
真っ二つ切れた木片が地面に転がっているのを見て、男性が唖然とする。
「魔術です。言っていただければ大きい物や長い物を切りますけど。そうすれば手間も省けますし、あとは押し車などに積んで、まとめて運ぶだけで済むと思うのですが。力がない人でも楽だと思いますよ」
「兄ちゃん魔術使いか」
微笑んで頷くと、男性は顎に手を添えて、なにやら考える仕草を見せた。
「どれくらいかかる?」
僕はざっと村を見渡し、
「今から急げば、夜には終わると思いますよ」
「いや、金の話……今日だと?」
驚く男性に、僕は「はい」と返事したのだった。
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