41話 よくある 閑話?
入学してから一か月。天気が崩れていないとき以外は毎朝、早朝鍛錬に赴く。
「おはよう」
準備体操をしている体を止めてその声に振り返る。頭の後ろで銀髪を束ねたリリーだ。
少し吊り上がった目の輪郭に円らな瞳が特徴で、小柄だけど剣術はかなりの腕前だ。噂では学園では上位を争うほどらしい。
僕の黒色の運動着とは違い、彼女が着込んでいる緑色のそれは親衛隊の証のものだ。
眠たそうな瞼を擦るそんな彼女は僕の大切な友だ。王都に来て二日目に『友の契り』を結んだのだった。
「おはよう」
「なによ。じろじろと見て」
「親衛隊組も騎士組も男性が多いんだよね」
「そうよ。親衛隊組は女子がわたしだけだわ」
「それに比べて魔術組は女子が多いなと思って」
「今さら?」
「どういうこと?」
小さい頃、男子というのは基本、外を走り回ることがほとんどだ。そのため勉学から逃げてしまう貴族様が多いらしい。その点、お淑やかな女子は屋敷にいて習い事をする人が多いと言う。つまり、魔術の勉強を真面目に受けている貴族様がほとんどなのだ。
「だから大きくなって魔力に差が出ているのよ」
そういえばユーディー様が言っていた。
瞑想は人前では滅多にしないと。つまり、自室に籠っている女子の方が魔力の硬度が高くなるのは自然というわけか。
「なに? 女子がいっぱいいるからって。ギルも意外とあれなのね」
からかう目つきでリリーが僕を覗き込む。
ヘンな言い方をしないでほしい。ただ疑問に思っただけなのだから。
頬を膨らませる僕をからかいながらリリーは準備体操に取り掛かった。
毎朝こんな感じで何気ない会話から一日が始まるのだ。そんなやり取りが今の僕には心地いい。
準備が整うと、各々の速度配分で走り込みを始める。キャンパス周りを軽く五周走り終えると、僕は体術の鍛錬に入る。リリーは筋力鍛錬だ。この間はお互い話しかけず、もくもくと体術に勤しむ。
一段落つくと心を落ち着かせるためにちょっと休憩を取り、僕たちは小枝を握りしめて剣術の手合わせをする。この時間が早朝鍛錬で一番楽しい。リリーも笑顔で剣術を振るっているけれど、凄まじい気迫は負けん気に溢れている。
勝負がつくと簡単に反省点を話し合って、朝食をとるために寮に戻る。
毎朝こんな感じで鍛錬を終え、学園生活が始まるのだった。
身支度を済ませ、カバンを手に自室を出る。
廊下や階段ですれ違う貴族様たちが、黒のケープを纏う僕に道を譲ってくれる。相変わらずこの光景には慣れない。だってこのあと背後に貴族様たちがいるからだ。そう思うとつい、進める足が早まるってものだ。
急ぎ足で寮を出るとたくさんの貴族様たちが和気藹々と校舎へ向かっている。
たまにリリーと鉢合わせすることもあるけれど、ほとんどは一人で校舎に向かう。
ロビーは飾り気がなく殺風景としている。入り口の傍には教室へ繋がる螺旋階段あり、もうすぐ授業のため、続々と生徒たちが上っていく。
僕もS組へ向かうために階段へ足をかけた。
ドアを開けて教室に入ると、全生徒が五人並んで腰かけていた。
赤い髪のマードリック様とクリーム色の髪を持つメイスター様の前を通った時、舌打ちする音を耳にした。彼らは、僕がウィードルド民だということが気に食わないらしい。いつも厳しい視線が痛い。
次に、薄緑の髪のユーディー様と目が合った。僅かだけど彼女の小顔が綻んだ。僕も目を伏せ挨拶を返す。
この三人の貴族様たちは西側の領地の人たちだ。
そして、黒髪の勇者様であるユウキ様を加えた四人はよく一緒に行動をしている。
僕はいつも通り、水色の長い髪のマルセーヌ様の隣の席へ足を進める。
「おはようございますギル様」
椅子に腰かけると透き通った声で彼女が挨拶をしてくれた。
端正な顔立ちに、いつもいい香りがするマルセーヌ様は、リリーと同じ東側の領地の人だ。
「おはようございます」
そう返し、僕は筆記用具を出してカバンを背中に回し、背もたれとの間に置いた。
朝の九つの鐘が鳴り響く。
しばらくして金髪の短い髪を持つエルゼ女史がドアから入ってきた。きびきびとした動き、細い目から放たれる鋭い視線。怒らせると怖そうな講師だ。
「朝は猛獣と魔獣討伐について、だ」
授業が始まるとみんなの背筋が伸びた。
昼になると一旦寮に戻って食事を摂る。
西側の領地の貴族様たちが纏まって席を立つ。
マルセーヌ様は隣のA組の護衛役、マーレ様とイゼッタ様とここで待ち合わせて寮に戻る。
席を立った僕は一人で教室を出た。
寮に戻ると一階の食堂で昼ご飯を食べる。
貴族様たちは自室で食を取るため、ここには現れない。つまり、貸し切りだ。
貴族様に気兼ねなく食事をすることができる――途中までは。
「相変わらず食べるのが遅いわね。もっとガーッと食べられないの? 男でしょう」
品のないもの言いだけれど、現れたリリーはこれでもヴァーリアル領の姫様である。
「これでもウィードルドでは食べるのは早い方だったんだけどな」
苦笑する。
でも、領地の食べ物は美味しいから味わっているため、自然と遅くなっているのは否めない。
「明日の休み、また街に行ってみない」
「また? エザベルさんに怒られるよ。僕はもうこりごりだ」
そう。ユーディー様との婚約事件のあと、額を人差し指でぐりぐりとされた。頭に穴が開くかと思うほど痛かった。
ギル様は甘い! ――と恐ろしい顔つきで怒らせてしまったことは、記憶から当分離れそうもない。
でも、そうやって僕のことを心配してくれるいい人だ。ちょっと変わっている人でもあるけれど。
「街で、砂糖を使った茶菓子が売られるという噂を聞いたのだけど。残念」
僕の隣に座ったリリーが頬杖を突き、がっかりとする。
「茶菓子ってお茶菓子?」
「『お』がついただけじゃない。同じよ」
ウィードルドでは食べることがなかった甘い食べ物。ユーディー様から頂いたものを思い出すと、ほっぺが落ちそうになる。しかも、砂糖というものは別格の甘さだとリリーが言っていた。
食を止め、リリーへ身を乗り出す。
「それって高価なの?」
「どうかしたのギル。茶菓子に興味あるの? 目つきが変わっているわよ。そうね、中銀貨あれば足りると思うけれど。値段ははっきりと知らないわ」
中銀貨だって! あまりにも高価すぎて肩を落とした。
「大丈夫よ。今度ご馳走するって約束したでしょう」
「いやいや。そんな高価なものだと知らなかったから。いいよ。それにリリーは一人で街へ出るのは……エザベルさんに」
「見つからなければ大丈夫だって。それに一人ではないわ」
僕を共犯者にすることは決まっているらしい。向けられている人差し指を見てため息がこぼれる。
でも正直、砂糖というものには気になる。
リリーは街へ行くことが楽しみなのだろう。わくわくと興奮を隠せていない。
「寄り道せず、走っていくなら」
「じゃ決まりね」
よし、とリリーが拳を握りしめる。その姿は、とても姫様のものとは思えない。そう苦笑交じりに食を再開させた。密かにお茶菓子のことを楽しみにしつつ。
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ここまで読み進めていただきありがとうございました。




