4話 よくある 関所での手続き
王国最南端の領地、バルンツ領の関所目前にして、目の前には二十台ほど荷馬車が並んでいた。しばらく待っているけれど、全く進む気配がない。
結構待つな――昨夜は干し肉とパンだけで、朝は食事を摂っていないのでお腹が空いている。お腹に手を当てていると前にいる行商人が、僕のことを気にしているようにじろじろと見てくる。頭を下げて挨拶してみると、胸に手を当てて挨拶を返してくれた。それからも行商人は、振り返っては何度もチラ見してくる。
なんだろう――不思議に思い、次に振り返ってきたところで、あのう、と声をかけてみた。
「兄ちゃん、行商人か」
「いえ。王都へ行くんですが」
「王都?」
三十歳らしい男性の視線が、僕の布服の身なりを値踏みするように動いているのがわかる。
「ここは行商人の列だ。行商人でなきゃ通れんぞ。旅の人は、ほれあそこだ」
指さしされたのは、大きな門から少し離れた小さな門だった。
「列に沿って馬走らせれば別の道がある」
「そうなんですか!」
入学試験のときは行商人の知り合いに案内してもらっていたので、てっきりここから入国するものだと思っていた。
ありがとうございます――と礼を言って馬に跨る。すれ違いざまにもう一度頭を下げ、馬を走らせた。
教えてもらった通りに逸れる道に入り門を目指す。すると甲冑を着込んだ門兵の姿が見えてきたので、馬を止めて地に降り立ち、緊張をほぐすために大きく深呼吸して心構えを作った。
何事もなく通行させて欲しい。内心そう祈るような思いで手綱を引いて近づくと、騎士が腰の鞘に手を添えて警戒を見せる。そして更にもう一人の兵士が止まるように促してきた。
「入門か?」
「はい」
「入門の目的は」
「お、王都へ向かう途中です」
「王都、だと?」
威嚇するような言葉遣いに緊張が走る。
兵士が眉間に皺を寄せ、じろじろと矯めつ眇めつ僕を見回し始めた。身なりのせいだろうか、鋭い目つきはあまり歓迎されていないように感じる。
「王都でなにをするつもりだ?」
「魔術学校へ入学します。えーと」
背負っているリュックを肩から下ろし、中から合格通知を取り出して手渡した。顔を顰めた兵士が手にした合格通知を念入りに確認し始める。そして、合格通知と僕を訝しい目つきで見比べてきたので、思わず姿勢を正した。
合格通知があれば大丈夫なのでは? その効果が疑わられるってものだ。
「ついてこい」
顎で合図する兵士のあとに続き、関所へと入る。
「腰にある武器等はそこの窓口に」
腰にしていた剣と皮のベルトを窓口にいる兵士に手渡した。
返って来るよね――渡したどれもが大切なものだから心配で眉尻が下がる。
「しばらくそこで待っていろ」
ぶっきら棒にそう言った彼が関所にあるドアを開けて中に入ると、数人の兵士となにやら話し合いだした。こちらを睨んでは首を傾げたり、表情が険しくなったりとしているのが窓から見える。それはあまり気分のいいものではない。
しばらくして話し合いがついたのか、先ほどの門兵が戻ってきた。だけど預けた合格通知は、部屋の中の兵士が持っている。肩を落とし、ため息が零れる。どうやら、すんなりと通してもらえそうにない雰囲気だ。
「おい。中に入れ!」
「は、はい」
怒鳴られて思わず怯み、恐る恐るドアをくぐった部屋の中は思ったより広く、真ん中にある長机では小綺麗な布の服を着込んだ兵士が数人椅子に腰かけ、ペンをもって書類仕事をしていた。
「ついてきなさい」
合格通知を手にしている兵士が奥の部屋へ向かって歩みだす。気乗りしない僕は長机を回り込み、あとに続いた。
別室に通されると軽装の兵士が敬礼をして立っていた。
先導する兵士はどうやら上官兵みたいだ。豪奢な机へ回り込み椅子に腰をかけたのだから。
僕も兵士に勧められた椅子に腰を下ろすと目の前の上官が口を開いた。
「手紙の印は確かに王家のものだ。君のその格好も、住所に書かれているウィードルドとなっていれば納得できる」
上官は手にしていた合格通知を手元の机に置き、貧相な恰好の僕の目をジッと睨んでくる。
やっぱり出身地が原因で足止めを喰らっているらしい。内心で嘆息をつく。
ウィードルドは領地に属さず、領主も貴族もいない貧しい村だ。領地に住む人たちは、ウィードルドの人々を蔑んでいることは知っていた。
「ウィードルドには魔術使いがおらず、魔術使いが産まれないはずだ。なのに騎士学院でなく、どうして魔術学校へ入学することになっている」
詭弁は見過ごさない。そんな鋭い目つきで質問してくる。
威圧に気圧されながら、僕は自分の育ちを話す。
「僕は育てのじいちゃんとばあちゃんに拾われました。そして、四歳ぐらいに魔力が目覚めました」
捨て子か――と上官は顎をさすり、なにやら釈然としない表情を見せる。
「一人でウィードルドから王都へ行くのか?」
「はい。そのつもりですが……」
上官の質問に答えると彼はうーんと唸り、考え込んでしまった。
まさか今さら、未成年者は親子同伴なんて言わないよね――長い沈黙に気が気でない。
「そうだな。確認のためになにか魔術を見せてもらおうか」
静かな口調の上官にホッとした。
魔術を見せて納得してもらえるなら、いくらでも見せてもいい。この重苦しい部屋から早く出たいし、お腹も空いている。早くなにかを食べたい。
わかりました――そう即答して椅子から立ち上がると早速手のひらを上げ、上官の前で氷塊を出して見せる。
「おい!」
「え?」
魔術を見たいと言われて出したのに、上官は氷塊を前に驚愕して椅子の上で仰け反ってしまったのだ。
後ろにいた軽装の兵士が慌てて僕の前に立ちはだかり、怒鳴りつけてきた。
「おい貴様なにをするつもりだ」
「いや、魔術を見せろと」
「貴様、タクトは」
「たく……え?」
「もしやウィードルドの貧民が魔石を持っているのか」
「ま、魔石? そんな高価なもの持っていません」
慌てて手を振る。
「じゃなぜ魔術が使える。しかも部屋の中で出すとは。暴走したらどうする」
「すみません」
なぜ怒られているのか理解できないけれど、急いで氷塊を消す。
「ハンハルト落ち着け。下がれ」
「しかし上官。明らかな魔術違反です」
「下がれと言っている」
ハンハルトと呼ばれた兵士は振り返ると、上官の険しい顔を見て背筋を伸ばして後ろへと下がっていく。頭を抱えた上官がトントンと指先で机を叩き、大きく息をついた。
「ギルと言ったかな。君は誰に魔術を教わった」
「いえ。誰にも」
だろうな――上官は再びため息をついた。
「ウィードルドには魔術使いはいないからな。では、どうやって魔術を覚えた」
質問の意図がわからず、首を傾げた。だって魔術は物心ついたときから使えていたのだから。
やれやれと首を振る上官が、魔術について話してくれた。
魔術は、魔術使いの上級者に教わるものらしい。多額な金額を払い、家庭教師や師匠と呼べる者を雇うみたいだ。魔力があっても育て方や放出の仕方は、そう簡単に出来るものではないのだ、と上官は言う。
「私は魔力がないので詳しくはわからないが、支払う金額はウィードルド民ではおそらく大変だろう。そう思ったのだが」
知らなかった。まさか魔術を扱うのに高額なお金がかかるなんて。話を聞いて思わず目が瞬く。
「僕はただ、じいちゃんとばあちゃんに瞑想だけはしていろと。難しいことは学校へ行けば教えてくれると」
「魔術学校は魔術のことを習っていて、そして使えるという過程があって初めて試験を受けられるはずだが」
「魔術は物心がついた時から使えていました」
「タクトも魔石もなしでか?」
「は、はい」
魔術とは誰かに教わらないといけないだとか、なにか道具がいるとか、そんなことも知らなかった。もしかして、このまま学校へ行って入学を断られたらどうしよう。村のみんながせっかく送り出してくれたのに、即退学なんてことになったら合わせる顔がない。そう不安が芽生える。
「タクトも魔石もなく魔術が使えるということで、ウィードルド民でも合格できたのかもしれんな」
上官のその台詞に光明が見え、パッと顔を上げた。
道具を持たない魔術使い、という特別枠。
「僕、入学できるでしょうか」
「わからん。ただ、魔術が使える以上、王都の印の持つ者をこのまま足止めをしては、私たちが処罰を受ける。よって通過を認める」
苦笑交じりに上官が手元にある合格通知を返してくれた。
「あと、忠告しておく。緊急時以外、許可なく個室で魔術を出すのは、規則違反で罰せられるから気を付けるように」
え? 罰? 合格通知を受け取りながら、先ほど起こした自分の行動に血の気が引いた。
「今回は不問としておいてやる。あと、今後、他の領地の関所でもウィードルド民だということで、同じことを求められると思うので気を付けるように。特に未成年者が一人でなると余計に勘繰られるだろう」
「はいわかりました。ご丁寧にありがとうございます」
頭を下げて礼を述べる。
別室をあとにして剣と革のベルトを返してもらい、預けていた馬の手綱を取ると関所を通り抜けた。
やっとバルンツ領に入れた。そんな感動より、お腹が空いていることにため息が零れる。
陽が沈みかかっている空を見上げ、街に着くのは夜だな、と馬に跨り走らせた。
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