39話 よくある 仕来りと羞恥心
「先日は本当に申し訳ございませんでした」
「…………え?」
身を縮こませ、眉尻を下げ、悪びれる様子のユーディー様に唖然となる。
「どういうことですか?」
「先日の宣言は、虚偽でございます」
「きょ……ウソってことですか?」
「はい」
一体どうなっているんだ? 突然の事態に混乱する。
「なかったことにしていただけませんか?」
「つまり婚約を……」
「は、はい」
僕は背もたれへ崩れるように寄りかかる。
よかったと心の声がこぼれる。本当によかった。これでウィードルドへ帰られる。そう緊張が切れ、ため息とともに脱力してしまう。
「ユーディー様と結婚しなきゃいけないのかと。どうしようかと思いましたよ」
「……やはり失敗ばかりするわたくしには、魅力はありませんか?」
へ? 耳にした声に顔を上げてみると、俯くユーディー様ががっかりとしている。
「決してそう意味ではありません。魅力はあると思います」
首元まであるふわふわとした薄緑の髪。円らな青い瞳。低い鼻にぷっくりとした唇。小顔に愛らしく整っていると思う。ほど良い丸みのある体も控えめな性格も可愛らしいと思う。少し弱々しく見えるけれど守ってあげたくなる、そんな雰囲気がある意味、いい良さを出していると思う。少なくとも、頬杖を突いたり、剣を振り回したりする姫様より、十分女性として魅力はあると思う。
「でも、どうしてこんなウソをついたのですか?」
「それは、ギル様とお話がしたいと思っていまして……」
話? そんなことのために? なぜ、わざわざそんなことのために? 理解が追いつかない。
「リリー様はなにやら勘違いなされていたようで。西側の生徒たちとのお茶会にギル様を誘ったのだと。でも、わたくしはギル様と二人でお話をしたかったのです」
「それじゃあのときそう言ってくれれば」
ユーディー様は首を振る。
相手が、領地位が上の人と一緒にいるのに、目の前で誘うわけにはいかないらしい。ましてや東西の関係もあるらしい。
そんなことまで貴族様の仕来りが――大変だと思う。
続いて――男女が二人きりでお茶会というのは、あまり認められていないようだ。いかがわしいと。領主の娘なら、なおのこと。いらぬ噂が立つと困るらしい。
だから男女の契りというものを使って、この場を設けたと話す。東西関係のことを考えるとリリーは簡単に公にはしないだろうと踏んだらしい。
そこまでして、話したいこととは一体?
「外では話せないことだったのですか?」
「誰にも聞かれたくないことです」
田舎育ちの僕に、なにか大事な話? 思い当たらない。そう首を捻る。
「魔力の硬度の上げ方を教えていただけませんか?」
「はい?」
「わたくし、これ以上魔力の上げ方がわからないのです。どうしたらいいのか……リリー様と仲がいいのはわかっています。西側に協力はできないということも、わかっています。でも、少しだけでいいのです。なにか僅かな助言だけでも頂けないでしょうか?」
ユーディー様が席を立ち、胸に手を添え、腰を曲げる。
その行動に面食らってしまった。相手は田舎育ちの僕とは違って姫様なのだから。
「それは……ユーディー様やめてください」
急いで彼女に近寄り、肩に両手を添えて、やめるように促す。
「わたくし、どうしてもS組を卒業しなければならないのです。どうかお願いいたします」
「わかりました。わかりましたので、顔を上げてください」
「本当ですか?」
僕が頷くと、安堵からかユーディー様は膝から崩れそうになり、慌てて支えてあげる。
「すみません。気が抜けてしまいました」
疲れた顔から薄い笑みを浮かべている。よほど切羽詰まっていたのだろう。魔力のことでこんなに――平民である僕に腰を折ってまで――確かにこれはほかの貴族様には見せられなかったと思う。
魔力の硬度。そんなに大事なことなのだろうか? これも貴族様の仕来りか、なにかなんだろうか? とんでもない世界だと少し不憫にさえ思えてきた。
「ユーディー様は白い光みたいなのは見えているんですよね。それは魔力でいいのでしょうか? 僕は学校に来るまで自信がなかったので」
「エルゼ女史の話から察するとそう思うのですが」
「でも僕は見えるというより感じているんですよ」
「どういうことですか?」
それが今一つ掴めない。見えると感じるとの違い。どう説明したらいいものか。
ユーディー様の肩から添えていた手を放し、一歩退く。
「一度瞑想を見せてもらえませんか?」
「ここで、ですか? 瞑想は人前ですると襲われると……習っていた魔導士様から聞いているので……ちょっと」
「襲いません!」
毒見といい、瞑想のときまで油断できないなんて。外で瞑想する僕は命がいくらあっても足りないだろう。貴族でなくてよかったと思う。
スカートの裾を気にしながらユーディー様はおもむろに膝を曲げ、足からおしりを少しずらして腰を下ろす。体が斜めになり、なんだか腰が落ち着かない座り方だ。
「瞑想中……触れたり……本当になにもしませんか?」
「大丈夫です。襲ったりしません」
上目づかいで見上げてくる彼女に、貴族様でない僕が襲う理由がないことを納得させる。
不安げに、わかりました、と両手で胸元を隠していたユーディー様は、目を瞑り瞑想に入った。
体に纏っていた覇気が薄れていく。でも、最後までは気が消えることがなかった。
僅かだけれど――ふと気がついた。ユーディー様の体が僅かに、前に後ろに、右に左に揺れているのだ。
まじまじと眺めていた僕は人差し指をゆっくりと彼女の眉間へ近づけてみる。すると突如目が開かれた。
「ギル様! 今、なにを」
やっぱりだ。僕はユーディー様に触れていないのに彼女は目を開けたのだ。
「ユーディー様。魔力を感じないわけがわかりました」
僕の言葉が信じられないのか、彼女はパチパチと目を瞬かせている。
「座り方です。ユーディー様、胡坐をかけますか」
「はい。魔導士様から最初に習いましたので。しかし、少々恥ずかしいので。それからはこの座り方で。慣れていますから」
「でも、今の様子からだと、体のふらつきが気になって瞑想しきれていません。胡坐は安定し瞑想し易いはずです」
戸惑う彼女に、一度試しにと促す。
ユーディー様はしぶしぶとスカートの裾を直しながら胡坐を組み、僕は――
「ギル様! 足元は見ないでください」
「でも、手は踝に添えて」
「わかっています。ですから、上を向いていてください」
顔を真っ赤にして興奮気味のユーディー様。
わかりました、と慌てて顔を上に向けた。
胡坐はそんなに恥ずかしい格好なのかな? 今まで指摘してくる人が周りにいなかったのでよくわからない。
「用意が出来ましたら、瞑想を始めてください」
「こちらは見ないでください」
「わかりました」
長い沈黙の間、清潔感のある白い天井を眺めていると首が疲れてきた。
しかし、ユーディー様の覇気が一向に薄れていかない。先ほどの座り方より、胡坐の方が瞑想し易いはずなんだけれど。羞恥心から集中できないのだろうか?
気になってちらりと視線を下げてみた。
「ギル様!」
ひぃ! 上目遣いのユーディー様と目が合った。
「すみません。一向に瞑想している感じがしなかったので」
周り右をして背を向ける。
「絶対見ませんから次こそ、ちゃんと瞑想を始めてください」
「ギル様は見ていなくても、瞑想しているのかわかるのですか?」
「はい」
「……それも魔力から、ということでしょうか?」
「少し違いますが」
また、しばらく沈黙が続く。一向に瞑想を始める気がしない。というか、先ほどより覇気が強くなっている気が。警戒しているのだろうか。
「あのう、そろそろ瞑想してください。そちらを見ませんから」
「本当にわかるのですね」
やっぱり疑われていたようだ。白い壁にため息をぶつける。
すると、背後の覇気が薄れていくのを感じた。やっと始める気になってくれたようだ。やれやれと肩を落とす。
ずいぶん早く瞑想しきれている。でも、しばらくして覇気が顔を出す。そしてまた落ち着く。それを何度も繰り返している。体勢はとれているはずだと思う。なのに落ち着きがない。
ハッとして、両手のひらを合わせて音を鳴らす。
「どうかいたしましたか?」
「そちらを向きたいので姿勢を戻してもらえますか」
動く気配がしたあと、どうぞと声がした。振り返れば、立ち上がっていたユーディー様が身なりを整えている。
「ユーディー様。魔力を見ようしていましたね」
「どうしてわかったのですか? 胡坐をかいてから急に光が見えなくなってしまって」
やっぱり。僕はある仮定を話す。
最初の座り方で、長い日々瞑想を続けていたそのとき、ユーディー様は知らず知らずの内に魔力を感じていたのかもしれない。しかし姿勢が不安定だったため、途切れ途切れに。そして、いつしか白い光を意識し始め、それを見ようとしていたのではなく、想像していたのかもしれない。
「だからこれから胡坐で瞑想することを勧めたいと思います。そうすれば」
「ギル様なにを」
「動かないでください」
僕はユーディー様の首元の、少し下に人差し指を当てた。
「初めはこのあたりに意識が行くと思います」
「は、は、はい。そ、それはわかります」
「完全に瞑想状態に入ると意識が薄れ、呼吸とともに動く肺を感じます。次に心臓の動き、さらに全身を流れる血液の動き。そして最後にここ」
と、僕がお腹の上に触れた。
ユーディー様が体を縮こませる。
「このあたりに白い靄みたいなのを感じると思います」
「……もしかして、それが魔力?」
「僕はそう思っています。でもこれはまだ第一段階なのです」
そう。その締まりのない魔力をぎゅっと抑え込むのだ。そして球のようにする。それが第二段階。
瞑想を解き、六時間ほどして再度瞑想するとまた靄が見えるので、再び球を作る。これが第三段階だ。
「それを繰り返していくと、だんだん白い球が、魔力が、大きな塊になっていくのです」
「それが硬度なのですね」
「たぶん。でも、そうなると次に魔術の使い方が問題となるのです」
魔力が靄状態だったときは、魔術を使う際、集中して流れてくる靄を切り、魔術に変えていたと思う。しかし塊になった魔力は、千切って球のようにして出す、そんな感じになるのだ。そのため、最初は魔力の使う大きさに戸惑ってしまう。
「なんだか難しそうですね」
「だからエルゼ女史が言っていたように、人に教わるのでなく、毎日の鍛錬が大事なんだと思います」
「自分で掴み取れ、と申していましたね。そういう意味だったのですね」
僕は頷く。
「僕が教えられるのは、ここまでです」
「本当にありがとうございます。なんだか先に進めそうです」
ユーディー様が笑みを浮かべる。そして、ふと思った。
そういえばここに来て、彼女はよく笑っている。いつもはリリーが言うようにオドオドとしている姿しか見ないのに。気のせいだろうか?
そんなことより僕は、ユーディー様にはある欠点があることに気が付いている。
それは彼女の体力だ。初日の授業の持久走。彼女は一周どころか、半周も走れていなかったのだ。
「エルゼ女史は言っていました。魔導士になるなら、校庭を十周走り切れる体力が必要だと。おそらく最終試験も必須だと思います」
十周、と呟くとユーディー様の顔が曇り始める。
「でも学校は始まったばかりで、まだ時間はあります。そうだ。毎朝リリーと鍛錬をしているので一緒にどうですか? 体力も少しずつつけていけば」
「いいえ。それは無理です」
「どうしてですか?」
リリーとユーディー様は東西の領地の姫様。一緒にいるところをほかの貴族様に見られるとお互いに印象はよくないと言う。
貴族様の面倒な仕来りだ。
「それに、今回のことでリリー様はわたくしに良い印象を持っていらっしゃらないと」
それは大丈夫だと思う。脳筋だと声には出せないけれど、ちゃんと話せば理解してくれると思う。彼女はそういうことには寛容な人だ。
でもユーディー様は首を振り、
「確かにリリー様はお優しい人だと思います。ギル様を見下すことなく、友だというのですから」
と、僕の顔を悲しげに見つめてくる。
誤字脱字ありましたら報告をお願いいたします。
ここまで読み進めていただきありがとうございました。




