37話 よくある 作戦会議
かなり長い時間馬車に揺られている。一体どこへ向かっているのだろう。外が見られないから、ちょっとばかり不安になってくる。重い空気が漂う中、腕を組んで考え事をしている彼女に訊ねてみた。
「ねえリリー。どこへ行くの?」
「ガーネシリア領の別邸よ」
え! ケロッとした顔つきで言う彼女に驚愕のあまり飛び上がってしまった。重大な話し合いをするので、厳重な場所で行われることはやむ得ないことかもしれないけれど、それって領主様がいるお屋敷ってことじゃ。一瞬にして緊張が走る。
「お父様は今はいらっしゃらないわ」
「それって平民の僕なんかが行っても……」
「ダメなところね。たぶん」
「たぶん?」
「まず平民は貴族街へ来ようと思わないでしょうから」
なるほど、もっともだと思う。なんだか急にお腹がキュッと痛み始めた。
しばらく沈黙が続くと、馬車が止まり、コンという音が車内に響き、ドキリと背筋が伸びた。
着いたわ――リリーがそう言うとドアが開き、手に布を持つエザベルさんが乗り込んできた。
僕は一先ず、失態についてお詫びを言う。
「本日はすみませんエザベルさん。僕が……」
「ギル様、挨拶はあとにいたしましょう。これをケープの上から着こんでください。自身を隠すためのものです」
エザベルさんが手渡してきたものは、黒いローブだ。ユーディー様と婚約話がでている僕がリリーの屋敷に来ていることを隠すためだと言う。
「フードを被り、ワタシが降りたあとに続いて、前に見えている屋敷の扉の中へ。リリー様はギル様の後ろに」
「わかったわ」
エザベルさんは頷くと馬車から降りていく。フードを被った僕はすぐあとを追うと、エザベルさんは跪いていて一瞬躊躇ったけれど、言われた通り真っすぐ屋敷へ向かう。扉の前には、エザベルさんと同じ黒のつなぎのスカートにエプロン姿の女性が体を折って立っていた。
「中へお進み下さいギル様」
彼女は立ち止まろうとした僕にそう声をかけてくれる。
進んだ屋敷のロビーは広く、天井は高く、足元はふかふかの絨毯が敷かれ、豪勢な造りで肝を抜かれた。
室内の石柱はすごく太い。階段は幅広い。目につくどれもが想像を絶する内装。ウィードルドではありえない建物だ。玄関横に石像? 思わず茫然と立ち尽くしてしまった。
「インゼ。リリー姫様たちをお部屋へ。あと、ギル様、着ているものを預かります」
「かしこまりました。リリー姫様、ギル様、こちらへ。」
エザベルさんの指示通り、ローブを脱ぎ、リリーと一緒にインゼさんのあとに続く。
通された豪奢な部屋はこれまた広く、中央には重量感のあるテーブルに、ずらりと椅子が並んでいた。
リリーは最奥の引かれた椅子に腰かける。僕はどこへ。貴族様の仕来りがわからない。たくさん並ぶ椅子に戸惑ってしまう。
「ギル様どうぞこちらへ」
インゼさんがリリーの正面の椅子を引き、勧めてくれた。
「しばらくお待ちください」
そう言ってインゼさんは入り口前まで下がり、扉の前で立ち尽くす。
見慣れない豪奢な部屋の飾りに緊張する。なにか話した方がいいのだろうか? 静かにどっしり構えていた方がいいのかな? 沈黙が苦しい。落ち着かない僕が目を彷徨わせていると、リリーが姫様口調で沈黙を破った。
「インゼ、下がってもいいわ」
「リリー姫様。そういう訳には」
「客人が困っているの。心配なくてもギルは大丈夫だわ。わたしと友の契りを交わしたお相手ですから」
「……かしこまりました」
少し渋った顔を見せたインゼさんは腰を折って挨拶をすると、部屋を出て行ってしまった。
リリーと二人きりになって、ふーっと大息をつく。緊張で窒息死するかと思った。
「そんなに気負わなくてもいいわよ」
リリーが破顔を見せるけれど、僕は苦笑いしかできない。貴族街にいるということさえおこがましいのに領主様のお屋敷にいるなんて。頬杖を突くリリーは、本当に姫様なんだなと、その揺るぎない態度に感服する。
だいぶん心が落ち着いたころ合いに、扉が開き、ワゴンを押すエザベルさんが姿を見せた。
「ギル様。右と左どうなさいます」
「はい?」
僕たちの傍までやって来たエザベルさんに、ワゴンに並ぶカップを手のひらで差して声をかけられたけれど意味がわからない。
「エザベル、ギルには無理よ。彼は貴族の作法を知らないのだから」
「そうですか。では気楽に右か左のカップを選んでください」
戸惑いながら右のカップを選ぶと紅茶が注がれていく。そして、左のカップがリリーの前に置かれた。
「では本題に入る前に」
リリーがカップに口を添えたのち、エザベルさんが彼女のもとへ歩むと、
「リリー姫様。なにを簡単に、ギル様を奪われているのですか!」
人差し指でぐりぐりとリリーの額に押し付け始めた。
「痛い痛い。奪われてなんかいないわよ。わたしたち、ずっと友でいようと約束したのだから」
「はあ? この脳筋娘は。女という文字まで叩き斬ったのですか?」
「なに意味わからないことを。痛い。本当に痛いからやめなさい」
リリーはエザベルさんの腕を払いのけ、額を抑えて蹲る。
まったく――と呆れ顔のエザベルさんが腕組みをして仁王立ちとなった。
「では本題に入りましょう。ギル様確認させてもらいます。知らずとはいえ男女の契りをしてしまった。ユーディー様に婚約の宣言をされてしまった。それぞれに証人がいる。間違いないですか?」
僕は黙って頷く。向けられたジト目が少し怖い。
「それではユーディー様が婚約を撤回しない限り、まず破談は無理でございます」
そんな……最後の砦が壊された気分だ。今日、二つの鐘が鳴ると僕はユーディー様と。
頭を抱える僕とは違い、リリーたちはあっさりと会話を進めていく。
「つまり、ユーディー様に撤回してもらえればいいのね」
「ただしユーディー姫様がこのことを、ワタシたち以外に話していないことが前提ですが」
エザベル作曰く、婚約は決定していないので、まだ知れ渡っていないだろうと言う。
「それでその方法は?」
悲愴感に悶えている僕をそっちのけで、目の前の二人は淡々と話す。
「まず一つは、リリー姫様とギル様が先に婚約をしたことにするのです。学園では、二人は仲がいいことは皆が知っているため、容易いでしょう」
「なにを言っているの。わたしたちは」
「話は最後までお聞きください。もちろん偽言です。領地位二位のリリー姫様が先に婚約をしているならば、西側のユーディー様は婚約を撤回してくるでしょう。まさか、次期東側のガーネシリア領の姫様の第二婦人になろうとは思えませんので。そして、あなたたちが卒業後、リリー姫様が婚約を破棄すればいいのです」
「確かにそれはいい案ね」
「しかし、これには欠点があります。リリー様が婚約を破棄したことがある、という悪い印象がつきます」
「別に大したことじゃないわ」
「なにをおっしゃるのですか。ただでさえ友ができないリリー様に悪い印象がつくと、今後結婚ができないのですよ」
「どうして確定事項になっているのよ!」
これだから脳筋は――とエザベルさんがやれやれと頭を振る。
「一つということは、ほかにもあるのよね」
「はい。ただしこれは賭けになります」
エザベルさんは、ナンデイーブ領のある噂を知っていると話し始める。
「このことはまだはっきりとしておりませんので、領主様には話を通しておりません。ここだけのことだと思ってお聞きください。スイットコルム領のマードリック様の政略結婚が決まったそうです。ナンデイーブ領、四女のペネシア様と」
「ペネシア様ですって!」
リリーが驚愕して立ち上がった。血相を変えた彼女を見る限り、かなり一大事なことなんだと理解できる。ペネシア様ってすごい貴族様なのかな? と引き続き、二人のやり取りを黙って見守る。
「そんなこと……でも彼女はまだ十四歳。婚約はできないはずじゃ」
「領主様同士で内定しているとか」
「それじゃ」
「はい。マードリック様が領主となり、事実上ナンデイーブ領はスイットコルム領が政をすることになります」
「でも、それではユウキ様とユーディー様が結婚しても」
「おそらくナンデイーブ領の地位を上げて過半数を狙うのかと……しかし今は置いておきましょう」
「そうね」
リリーは冷静を装い、椅子へ座り直す。
「政略結婚が決まっていると想定として話します。本日、ユーディー様と話し合いをするということは、おそらく婚約の内示のことになるでしょう。その際ギル様は、領主でないと婚約はできないと言うのです。時期領主が決まっている以上、ユーディー様は破棄をせざるを得ないでしょう。なんせ相手は、スイットコルム領の御子息ですから」
領地のことはよくわからないけれど、なにかすごい会話になっていることは理解できる。
「ギル様はなるべく無理難題を言えばいいだけです。以上が、ワタシの思いつく婚約破棄できる方法ですね」
いかがでしょう――などと、どっちの方法を選ぶかを僕に委ねられても……。
友のリリーに迷惑をかけたくない。すると、必然的に後者の方法になる。でも、貴族様相手に無理難題を平民である僕が言えるのだろうか。
「大丈夫よギル。ユーディー様は気が弱いところがあるわ。押して押していけば、彼女は怯むわよ」
簡単に言う脳筋のリリーが羨ましい。そんな楽観な性格になりたい。今回ばかりはそう心から思った。
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