35話 よくある 事件
「もっとなにか技はないの? どーんとすごいの」
どーん! って。もう姫様口調でもなくなっている。言わない方がいいのかな? そう心配しながら手を振る。
「ないよ。そんなもの」
ええー、と口を尖らせるリリー。小さな子供みたいに駄々っ子になっている。
「火の魔術の爆裂とか、水の魔術のアイススピアレインとか、こう派手なやつは?」
言っている内容がわからない。
とりあえずなにか見せろということ? かな。
それじゃ、と僕は手のひらを前に出した。
これはルカが大好きだった水の魔術の一つだ。リリーもユーディー様も同じ女性だから喜んでくれるかもしれない。
ユーディー様が土の壁の魔術を解いて傍へやって来る。
「なに? この氷の卵」
「すごいですね。氷が透き通っています。硬度が高い証拠ですね。まるで水晶みたいですわ」
「でも、ぜんぜん派手じゃないわ。ただの塊じゃない」
同じ女性でも感性がこれほど違うとは。そう苦笑する。
「じゃ見てて」
僕は氷の卵のてっぺんを軽く撫でる。すると、氷の卵の表面が縦に裂け、削れていく。
「すごいです。氷の絹みたいです。薄くて綺麗」
「確かに綺麗だけど地味ね」
僕の手のひらで、どんどん氷の卵が削れていく。そして、氷の絹が手のひらに溜まっていく。
「ギル様これは!」
途中でユーディー様は気づいたらしい。
「すごい。綺麗!」
削れていく卵の中心部分が無くなり、リリーもようやく理解したようだ。
僕の手のひらで完成したものは、氷で作られた花だ。
「透明だからこその耀き。美しいです。素晴らしいです」
「まるで生きていたように咲いたわ。ねえギル、触ってもいい?」
「どうぞ」
冷た! そう顔を歪め、リリーは氷の薔薇を手にし、ジロジロと見回す。
「部屋に飾りたいわ」
「さすがに僕の魔術範囲から出ると消えてしまうから無理かな」
破顔していたユーディー様が、羨望の眼差しでリリーを見ていることに気がついた。
さすが女性だ。美しいものには興味が隠せないみたい。
僕はもう一つ氷の花を作製し、ユーディー様に差し出した。
ありがとうございます、とユーディー様は喜んでくれると思っていたけれど、彼女の反応は違った。
「ギル様。二つ同時に魔術を操作できるのですか?」
え? そう驚いてしまった。
「同じ属性ならできますが。どうしてですか?」
異なる属性は同時にイメージできないけれど、同系のものなら容易い。
「ただ出すだけと操作は違います」
「そうなんですか?」
僕には違いがわからない。
「ギル様あなたは一体どこまで……」
唖然としていたユーディー様が突然考え込んでしまった。
僕は新たに作製した花のやり場に困り、とりあえず魔術を解く。そして、リリーと顔を合わせ、長考しているユーディー様にハテナと首を傾げた。
「あ、あのうギル様……」
やっと考え事から解放されたユーディー様が僕に声をかけてきたけれど、リリーを見て慌てて言葉を飲んだ。そして再度、悩んだ表情を見せたかと思うと、ハッとして言葉を発した。
「ギル様。お茶会にお誘いしたいのですが、い、い、いかがでしょうか?」
「待ってください! ユーディー様!」
さっきまではしゃいでいたリリーが凛然な態度に戻って、僕の前に立ち塞がった。
突如、緊迫した空気に僕は唖然となる。さっきまでの和気藹々はどこに。
「ギルは今どこの領民権を持っていません。そんな彼を西側のお茶会に誘うのは威圧行為になるのではないでしょうか? わたしは、ギルとは領地の姫としてではなく、一、人として友として仲を深めています。失礼ですが、ユーディー様とはまだそういう仲ではないとお見受けしますが」
東と西。しかもお茶会でこんなに激しい会話が始まるなんて。
リリーの顔が険しい。ただ事ではないとわかる。
「た、確かに友として関係は深めていませんが、わ、わ、わたしくとギル様は……もうだ、だ……男女の契りを交わしています」
『男女の契り』ユーディー様はその部分を強調するかのように声を上げた。
もちろんリリーは驚倒したような顔でこっちへ振り返ってくる。僕だって目が飛び出しそうなぐらい驚いている。
「でもあれは……ユーディー様?」
「本当なのギル! ユーディー様の話!」
「え、いやあれは」
僕はその時の事情を説明する。するとリリーはホッと安堵する。
「し、しかし、したことには間違いはありません。証人がいることも確かです」
そう言ってユーディー様は大きく深呼吸をして見せた。
「な、な、ナンデイーブ領、五女、ユーディーが宣言いたします。ギル様の契り、確かに受け賜わります」
な! 僕とリリーは突然の発言に言葉が出なかった。
「で、で、ですから、明日昼の二つの鐘、話し合いの場を設けたいと思います。部屋はこちらで予約しておきますので、後程ご連絡差し上げます。では、こ、これでわたくしは、失礼いたします」
頭の中が真っ白になっているせいで、僕たちはなにも言い返せず、ユーディー様が去っていくのをただ見届けているだけだった。
一度転んだユーディー様は走ってこの場からいなくなってしまう。
静寂となった訓練室。長く続く沈黙。
「えーと、つまり、どういうことに、なるのかな?」
心の声が思わず出てしまった。すると、やっとリリーが動き出す。
「どうなっているの! なに! 意味が! ああ! しまった!」
たぶん言いたかったことが、やっと飛び出したのだろう。
「リリー落ち着いて」
「落ち着いていられるわけないでしょう! これ一大事なのよ! 領地がひっくり返るわ」
領地がひっくり返る、て大袈裟な。そう嘲笑する。
「いいギル。真剣に聞いて。これはさっきここへ来る途中に話していた、領地位にかかわることなの。上位貴族にかかわるというか、あなたも上位貴族にかかわってしまうことになる問題なのよ」
興奮気味のリリーにあんぐりとなる。僕が……一体……どういうこと?
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ここまで読み進めていただきありがとうございました。




