17話 よくある 街見学
食事が終わると、僕とリリーはそれぞれの寮の扉から外へ出て落ち合った。
「やっと自由に街を見て回れるわ」
と、足取りが軽やかだったリリーは、敷地の門に近づくときょろきょろとなにやら警戒し始めた。言っていた自由とはなんなのか? せわしない人だ。
「どうしたのリリー」
「別になんでもないわ。さあ、行きましょう。まずは平民たちが集まる市へ行きましょう。商会街の途中にあるのだし」
楽しそうにするリリーに僕は頷いてあとに続いた。
噴水のある広場には、所狭しに並ぶ屋台。野菜に果物、日常品から衣服類、食べ物に飲み物などが売られていた。飛び交う声。値切り合う声。大勢の人たちで活気にあふれていた。
「すごいわ」
「うん」
目の前の賑やかな光景に圧倒してしまう。市なんてないウィードルドでは体験できないことだ。
「リリーも市へ来たとこがないの」
僕と似たような表情をしている彼女に訊ねてみた。
「ええ。外で買い物はしたことがないわ。大体が店の主人が屋敷にやって来るものだから」
店の人が直々に出向いて来るということは、すごいことなんだろうと思う。さすが貴族様だ。
「いい匂いがするわ。見に行きましょう」
リリーは肉を加工している屋台へと走り出す。屋台の中で、くるくると回しながら焼かれている肉に目を輝かせるリリー。唾を飲む音が聞こえてきそうだ。
「なにか買いたいものはないのリリー」
「ええ。ただいろいろ下町を見てみたいの」
リリーは気になった屋台を覗き回る。そのたびに少し気になった。なぜか店の主人たちが目を剥いてリリーに驚いているのだ。
ここは平民たちが集まる市だ。やはりリリーが貴族様だと分かるのだろうか。でもそんな光景が滑稽で見ていて楽しい。
広場を抜けると、はしゃぎ過ぎたリリーは疲れている様子だったけれど、満足そうな笑みを浮かべていた。
「次は商会街ね」
そう言って商会街の通りを指すリリー。
そこは市とは違い、静かで、見かける人の物腰が柔らかい。
「どうしたの。さあ行きましょう」
慣れない上品な通りに、思わず腰が引ける。
「あのさリリー。もう一本先の通りへ行ってもいい」
僕はオキテさんと歩いたことのある搬入街を指さした。
「あの道は?」
僕は歩きながら説明すると、搬入街の存在を知らなかったようで、リリーの目が輝いた。どうやら興味を持ってくれたらしい。少しうす暗い通りだけれど搬入街の通りは賑やかだった。並ぶ鉄格子を見て回るリリーは、珍しいものを見ているみたいに感嘆の声を出し、興味津々だ。
「商会街の話は聞いたことがあったけれど、こんな裏道があるなんて。ギルと出てきて正解だったわ」
「あそこがダフィー商会の倉庫なんだ」
鉄格子の前で立つオキテさんを見つけ、僕は彼に手を振った。すると、彼は僕を見て驚愕を見せた。
「ぎ、ギル……様」
オキテさんは手を胸に当て腰を折る。その姿にハッとしてリリーへ振り返る。いきなり貴族様を連れてきたことに驚かせてしまったようだ。
「大変申し訳ございませんでしたギル様。まさか魔術使いだったとは知らず、この間は失礼な態度を」
え? 失礼なことをされた覚えがない。
「お許しください」
「ちょっとオキテさん?」
「わたしに敬称など使わないでください」
オキテさんの態度に困惑していると、リリーが僕の耳元で囁いてきた。
「あなた、もしかして彼に魔術使いだと話していなかったの?」
どういうことだろう? ハテナとリリーを見つめた。すると彼女はやれやれと顔を振る。
「オキテ。わたしたちはここの主人に話があります。面会を要望します」
「は、はい。しかしここは倉庫。お二人をお通しするような場所では」
「ギルがこちらから入りたいと申しているの。なにか問題がおありなのかしら」
「失礼いたしました。直ちに」
オキテさんは顔を上げ鉄格子に向かって叫びだす。
「魔術使いのギル様とそのご友人が大店様に面会を望んでいます。扉を開けてください」
その言葉に鉄格子の中が慌ただしくなった気がする。
「リリー。あんな言い方」
僕はきついもの言いをした彼女に囁く。すると彼女はため息をついた。
「話はあとで」
開けられた扉をくぐると目を瞬いて驚いてしまった。倉庫の中は働く人たちが手を止め、僕たちに腰を折って出迎えてくれていたのだから。以前来た時と様子が違う。ハテナと首を捻る。
「店主に会いたいの。案内をしていただけて」
仰々しい人たちに落ち着かない僕と違い、リリーは凛然な態度をとる。
ご案内します、と声がして一人の男性が歩み出てきた。
「お願いするわ」
リリーが彼のあとへ続く。僕は振り返り、顔を見せてくれないオキテを名残惜しみながらリリーの後ろに並んで進んだ。
「ようこそギル様。学生服、とてもお似合いで」
案内された執務室。コウライさんが笑顔で出迎えてくれ、変わらない態度にホッとした。
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