15話 よくある 姫様でございます
「おやめになってくださいリリー様。この敷地では皆さん同じ立場ですわ。交流会の時、何度も言ったではないですか。お顔を上げてください」
高貴なマルセーヌ様がリリーの挨拶を制する。初めて見る貴族様のやり取りを、僕はただ茫然とするしかなかった。
「隣のお方は……大変申し訳ございません。初めてでございましょうか」
僕を見てくるマルセーヌ様に思わず背筋が伸びる。緊張のあまり挨拶を忘れてしまった僕の代わりに、凛としてリリーが説明してくれる。
「彼はギルと申します。交流会の時に噂となっていたウィードルド出身の。ギルは魔術組ですのでクラス発表を一緒に見ていたのです」
ギル……。小さく呟いたマルセーヌ様は咳払いをして顔を整えた。
「確かギル様は、私と同じS組だったような」
「はい。わたしもびっくりしております。まさかギルがS組だったなんて」
二人の会話にただ笑っているしかない。S組って一体。話している内容に全くついて行けない。
「リリー様。少しよろしいでしょうか」
「はい」
「先ほどからギル様のこと敬称なしでお呼びしているようですが」
「そうです。ギルとは今朝、友の契りを交わしたのです」
「友の? ……ギル様とは長いお付き合いなのでしょうか」
「いえ。今朝、初めてお会いいたしました」
困惑を見せたマルセーヌ様にリリーは話を続ける。
「剣を交え……いえ、一緒にトレーニングをして心が通じ合うような感じがして、わたしから契りを申し込みました」
「リリー様から」
微笑んでいるリリーにマルセーヌ様が更に困惑を見せる。
「しかしリリー様。ギル様は」
「マルセーヌ様。ここでは身分の高低差は、ですわ」
「そ、そうでしたね」
マルセーヌ様は手を口に当て笑みを装っていると、慌てた感じの女子が二人、マルセーヌ様に駆け寄ってきた。
「マルセーヌ様。突然いなくなって驚きました」
ごめんなさい。二人にそう声をかけたマルセーヌ様は、なにやら話し始めてしまった。その間、僕とリリーは黙ったまま立ち尽くす。表情を変えないリリー。これが貴族様の世界か。
「話しかけておいて申し訳ございませんがリリー様、私は勇者様に挨拶がありますのでこれで失礼いたします。また後程」
「はい後程」
別れの挨拶を終え、マルセーヌ様がいなくなるとリリーが大きく深呼吸をする。
「リリー今の人は」
「中央の……ヴァーリアル領の姫様よ」
「姫様!」
「そ。マルセーヌ様、幼い頃からなにかとわたしに絡んでくるのよね」
そう肩を落とすリリー。
「なんだかよく分からないけれど、貴族様との付き合いは大変そうだね」
他人事ではない。僕たちは顔を見合わせてため息をついた。
「気を取り直して制服を取りに行きましょう。みんながユウキ様に気を取られているうちに」
「そうだね」
僕たちは校舎に向かって歩み始める。するとその時、鋭い視線を感じた。
え? 僕が振り返るとそこは人だかり。そして、感じていた視線が消えた。
誰だったんだろう? 人が多すぎて特定できなかった。
「どうしたのギル」
「ううん。なんでもないよ」
「そう。それじゃわたしここの校舎だから。魔術学校はあっちよ」
少し距離が離れて対になっている校舎。僕たちは手を挙げてそれぞれの校舎へと向かった。
校舎に入る前に、もう一度ちらりと人だかりを見てみる。勇者様に集まっている多くの貴族様。気のせいだったのかもしれない。僕はそう入り口をくぐった。
広いロビー。螺旋階段の傍を通り『制服の受け取り場所』と書かれた札に従って進む。廊下で何人かの生徒たちとすれ違い、職員室の隣、会議室が受け取り場所だった。
開きっぱなしの入り口を一歩進むとマントをまとった男の人に声をかけられた。
「名前とクラスを」
「ギルと申します。S組です」
そう返答した時、会議室が静まり返った。そして、みんなの視線が僕に集まる。
「あのう」
沈黙に耐えられなくて、僕が声をかけると男の人が慌てて咳払いをし平静を装う。
「ギル。確かに。君はあちらのエルゼ女史の方へ」
言われた通りに指さす長机へと向かう。
「久しぶりだな」
机を挟んでエルゼ女史の前に立つとそう声をかけられたが、誰だろうと首を傾げた。金髪の短い髪。細い目からの視線が鋭い女性。見覚えがない。
「なんて顔をしている。君の試験を受け持ったのはワタシだぞ」
「え?」
驚きを隠せなかった。試験の時は初めての領地で、初めての試験で、緊張のあまりなにも目に入っていなかったのだ。もちろんエルゼ女史のことも含めて。
「すみません」
「まあいい。これから一年よろしくな」
エルゼ女史はそう言って制服が入った紙袋を手渡してくれる。ずっしりと二袋もある。
「わかっていると思うが、これからはここに入っている制服で過ごすように」
「はい」
「君には期待しているからな」
再び驚いた。期待? とは、どういう意味なんだろう。
「明日の入学式、遅れないように」
「はい」
手を胸に当てて挨拶してくる彼女に挨拶を返し、僕は会議室をあとにする。入り口でもう一度挨拶しようとした時、皆に注目されていたのは居たたまれなかった。
ウィードルド民という壁は相当に分厚いのかもしれない。不安と葛藤しながら寮へと向かう。その途中、キャンパスでは昼近くというのもあってか、人だかりがあちらこちらへと動きを見せ始めていた。
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