13話 よくある 閑話?
凛とした釣り目が印象的なリリーさんの話しを聞いて驚いてしまった。
「それじゃ『さん』付けで人を呼ぶってことはダメなことなの」
「ダメではないけれど、あまり使わないわね。平民の間では目上の人に使うみたいだけどね」
僕たちは芝に腰を下ろし、貴族様について話をしていた。
「ただ、ギルの場合、契りを交わしていなくても敬称を使って呼ばれないかも」
「え?」
「相手のことを見下したりした時も、敬称なしで呼ばれるからよ」
「あ……そうですか。ウィードルド民だからですね」
身分じゃなく人種で差別か。同じ人間と見られていないみたいでちょっと嫌だと思う。
「え、あ、うん。そうね。それとあと、そのところどころ丁寧語になるのやめてくれない」
「そんなこと言われても……」
「わたしは気兼ねなく話せる人が周りに欲しかったの。学園に来てずっと貴族口調と態度が、もう、こう」
そう言ってリリーは首元を掻きむしる。
「苦手なのよ」
「だからギルは、わたしが自分でいられる話し相手になってほしいわ。おまけに剣術も強いしね。友としてわたしの理想だわ」
「いや、あれはたまたまというか」
「いいえ。ギルはみんなと違ったわ。大体の人は、わたしが小柄だと舐めてかかって来るし、女だからって相手にしてくれないのよ。でもギルは、わたしの構えを見ただけで間合いを取り、真剣に相手をしてくれたじゃない。結構うれしかったのよね」
リリー微笑みに思わずはにかむ。
「それにわたし、身分とかそういうごちゃごちゃしたこと、あまり好きじゃないのよ。わたしは誰がどう言おうと、自分の目で見て、感じたものを信じるわ。ギルはわたしと同じ人だし、悪い人じゃないわ。そうでしょう」
リリーはあっけらかんとそう言うと、にっこりと微笑んだ。
「それじゃそろそろ寮に戻るわ。もうすぐクラス発表の時間だし。着替えて準備しなきゃ。これからよろしくね、ギル」
「うん。こちらこそ。リリー」
僕たちは立ち上がって挨拶を交わし、それぞれの寮へと戻る。
初めて会った貴族様がいい人で良かった。そううれしくて足取りが軽くなっていた。
今日は入学式前のクラス発表と制服の受け渡し日だ。
僕は昨日入らなかった入浴を済まし、朝食を食堂で済ませ、ダフィー商会で頂いた服に着替え、身支度は整っていた。でも、緊張で部屋から出ることを躊躇っていた。
初めまして。ギルです。よろしくお願いします。
貴族様と出会った時の挨拶の予行練習は完璧だ――と思う。あえて、ウィードルド出身は言わないでおこう、そう決めている。
みんなリリーみたいにいい人だったらいいのに。そんな期待を秘め、そろりと扉を開けた。
廊下には向かい合うようにして八つの部屋が並んでいる。でも、人の気配も声もしない。
よし。そう意気込み部屋を出ることにした。いつまでも閉じ籠っていても仕方がないのだから。
足音を立てないように廊下を歩き、階段を降りる。いつ、人と出くわしても対処できるように周りに気を配りながら。でも、そんな気苦労はいらなかった。一階に着くまで誰とも遭遇しなかったのだから。そういえば、昨日の夜から人っ子一人見かけない。そう頭を捻っているとアルギニオさん、いやアルギニオ様が声をかけてきた。
「ごきげんようギル様。何かお困りですか」
「こんにち、あ……ごきげんようアルギニオ様」
リリーから教わった挨拶をする。ここ領地では、目の前でアルギニオ様がしているように、胸あたりに手を当てて挨拶をする。頭を下げたりしないらしい。初めてコウライさんと出会っていた時も彼がしていたことを思い出した。
アルギニオ様は僕の挨拶する姿を見て、にっこりと笑み返してくれた。
「ギル様。わたしはただの管理人でございます。どうぞアルギニオとお呼びください」
「そ、そんな。僕は……」
ウィードルド出身ですと言いかけて止め、あたふたと手を振った。
領地の人を敬称もつけずに名を呼ぶなんてことは、できようもない。
「ギル様は魔力を持っているお方なのです。魔力を持っているだけで貴族様と同等の扱いをすることは、この領地では普通のことなのですよ」
「魔力を持っているだけで?」
「はい。魔力を持っている人はどこへ行っても丁重に扱わられるのです」
魔力ってそんなにすごいことなの? ウィードルドでは薪を割ったり、田園に魔力を流し植物を活性化させたり、桶に水をはったりと便利屋のように扱わられていたので、アルギニオ様の話にびっくりした。でも、ふと思い出した。
領地の宿屋の主人たちはウィードルド出身だとわかると手のひらを返したように不愛想になっていた。しかし、門兵たちは魔術を見せるとすぐに対応が変わり、すんなりと領門を通してくれた。
魔力があるのとないとの差がなんとなくわかる。
「でもそれってなんだか嵩にかかっているみたいですね。実際僕はただの平民なのに」
なんだかあまりいい気分じゃない。そんな僕にアルギニオ様が微笑んだ。
「珍しいお方ですね」
「今までの育ちから、貴族様のような扱いに慣れていないので」
そう言うと、ふと今朝リリーが言っていたことを思い出した。
――貴族様口調と態度が苦手なのよ
僕もだ。そう噴き出し笑いが出た。
「あの。昨日までみたいにアルギニオさんと呼ばせて頂いてもいいですか」
「はい。構いませんが」
「あと、僕のことはギルと呼んでください」
「そのような。滅相もない」
「実は、王都に来て皆さんの口調や態度に慣れていなくて、疲れるというか、心休まる時がないのですよ。ですから気軽に話ができて、相談できる人が身近にいると助かるのですが」
そう懇願すると、アルギニオさんは困った顔になって考え込んでしまった。
僕は腰を曲げ、頭を下げた。リリー曰く、腰を折るということは身分が低い人がする行為で滅多にすることではないと聞いていた。でも、僕は魔力があってもウィードルド民だ。王都での生活の仕方、貴族様との対応の仕方などで必ず困る。特に寮内での過ごし方だ。シャマルさんが、気軽に相談をと言ってくれたけれど、寮内のことはすぐに相談できる相手はここにいない。だから身近に相談できる相手が欲しい。そういったことでは、アルギニオさんはうってつけだと思う。
平民である僕はそう誠意を込めてお願いした。
「顔を上げてくださいギル様」
「はい」
腰を伸ばすとアルギニオさんが困惑を見せていた。そしてしばらくすると、息を大きく吐き顔を綻ばせた。
「わかりました。私もギルさんとお呼びいたしましょう。ただしこのやり取りは二人きりの時だけでお願いします」
「本当ですか」
「はい。しかしこの私のこの口調は癖なので直りませんが」
「問題ありません。ありがとうございます」
「ギルさんは本当に変わったお方です」
にっこりと笑うアルギニオさんにそう言われ僕は嬉笑した。
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