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プロローグ

 地方真正時、正午。

 窓の外では、稲妻が走り雷鳴が轟いている。山の彼方から涌き立つ積乱雲が、熱りたつ大神の心髄を瞻空者へばらまき、強い風に煽られた杉の巨木が、その神の荒ぶれた霊性を顕かにしていた。

 彼の大雲は、十五夜に観る月の艶や糠星たちの瞬きなど、にべもなく平らげる。夏至の日の光までも無表情で抑え込み、暮れ残りが失せる時刻を正確に知る絶対的な天空の支配者である。

 その貴き支配者は、この日本が外来種に食い散らかされることに警鐘を乱打している。夏の日を隠すことで稲を不稔にさせ、台風を導いては稚い果実を地に落とす。時にはその地を震わせ、さらに津波で海岸を浸すことで、扶桑の民に気づかせようとしてきた。

 ところが、感受性を鈍らせた民衆は、現在の平和を消極主義の賜物だと誤解している。ついに、大雲は国造りを為すべき王の孫たちへ、その劣性遺伝子の確実な継承を下命したのだ。

 櫛引八幡宮(青森県八戸(はちのへ)市)の宮司、八十一歳の和田菊之丞が、開館前の「国宝館」への渡り廊下を杖を頼りに進んでいた。この先の蔵には、本州最北となる国宝が収蔵されている。鎌倉期のものと伝えられる「赤糸威鎧、兜、大袖付、附唐櫃」と、南北朝期のものと伝えられる「白糸威褄取鎧、兜、大袖付、附唐櫃」である。歴史的に抹殺されていた南朝方の長慶天皇からの拝領だとする者もいるが、鎧の内に「菊地某」なる氏名が記されており、天皇と直接的な関係がないことは和田が一番わかっている。

 それは突然のことだった。いつものように、境内を掃き浄めている朝だった。白髪で白装束の和田の前に、黄金色の龍を纏った紅色の獅子が現れたのである。その英雄の深い懐には、高貴な知識と慈愛に満ちた神々しい志がしっかりと携えられていた。

 旧南部藩総鎮守の老宮司は、成長しつつある積乱雲をふたたび見上げながら国宝館の前に立って指紋を認証させた。おもむろに四桁の暗証番号を押す。

「81-36」と。



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