店を開く
9.店を開く
自分が購入した店舗兼自宅に向かう道すがら、この建物は何とか、この町の何処にどんな店があるのかを、商業ギルドの職員のパソナから教わる。
「こちらになります」
「・・結構大きいんですね」
「居住兼作業場兼店舗ともなりますと、これくらいは必要になるんですよ」
「へ、へぇー・・」
建物の高さは、大人の背丈の四倍はあるだろうか。
横の長さは、大人が六人ほど横になった位はありそうだ。
奥行きは、大人が七人ほど横になった位だろう。
隣接する建物との隙間は、人が一人通れるかどうかと言う幅しかない。
「では中に入りましょう」
「はい」
二人して建物同士の細い隙間を、身体を横にして入っていく。
「何故こんな細いところを?」
「玄関は建物の裏側にあるんですよ」
「なんか不便ですね。あれ?店舗側にも出入り口がありましたけど?」
「防犯上から、内側からしか鍵が開けられないようになっています」
「へぇー」
自分も出入りし難ければ、泥棒だって出入りし難くなる。
「この幅だと大きいものは持って入れませんね」
「従業員がいる前提ですから。荷物や道具とか工具類は通りに面した出入口から受け渡すんですよ」
「ああ、なる程・・」
そもそも一人でいきなりこんな居住兼作業場兼店舗は、持ちはしないだろうしね。
「例えば他の職種用の店舗だったら?」
「そうですね・・。良い例としては鍛冶職人でしょうか。かなりの熱量と音が出ますので、町の居住区から外れた場所に、この建物より広い作業場や倉庫、庭がありますね」
「庭、ですか?」
「一応試し切りとか、試射するスペースだったりします」
「なる程、そう言うのも考えなくちゃいけないんですね」
そんな話をしながら、人一人は入れる程度の、内開きの玄関を通って中に入る。
内開きは裏が狭いからだけではなく、障害物を置けば侵入を防ぎやすくなる理由からだ。
一階の裏口側が居住区で、通り側が店舗で壁で仕切られ、引き戸があり行き来できる。
店舗側に昇り階段があり、二階の裏口側に作業場、やはり壁で仕切られて、通り側が居住区の間取りである。
階段下のスペースに扉があり、トイレへと繋がっている。
「この造りは一体・・」
「ここに住む家族のプライバシーを守るためにですね」
「プライバシー?」
「基本的にこの店舗は家族経営向けなんです。とは言え店番や職人を雇う事があると思うんですよ。あとお客さんの視線もね」
「納得です」
私生活が丸見えと言うのは、些か不都合があるだろう。
「勿論内装に関してはご自由に変えていただいて結構ですから、使い勝手の良いようにリホームをして下さい。ご依頼は親切丁寧の商業ギルドまで」
「・・分かりました」
きっちりとセールストークを入れてくる事に、思わず苦笑いしてしまう。
幸運な事に、前住んでいた人の残した、作業机や引き出し、クローゼットに食器棚などまだまだ使える物が多い。
内覧のために、定期的に掃除していたと言う事なので、汚れも左程ない。
「では、マッヘンさんには、ササッと掃除をしていただいて、私はギルドに戻って必要なものを書き出しておきます」
「お願いします」
残されている物は多いが、布団はないし食器や調理器具もない。
ましてや、今日のご飯すらないのである。
「さって、これからが大変だぞ」
両頬を掌で叩いて活を入れ、掃除に取り掛かる。
定期的な掃除のために残された、掃除用具を使って粗方の掃除が終わると、商業ギルドへと戻る。
「お疲れさまでした」
「いえいえ」
パソナのねぎらいの言葉に、僕は笑顔で応える。
「最後に商業ギルドの規則についてご説明します」
「お願いします」
そう言えば商業ギルドの目的は聞いていたけど、規則は聞いていなかった。
「大体お分かりと思いますのが、商人たちの集まりが商業ギルドとなります。ギルドへの貢献度として、年会費を払っていただいております」
「年会費ですか・・」
ギルドに入ると、年会費がかかる事を初めて知った。
「ギルドを運営するには、お金がかかりますので・・」
「言わんとする事は分かりますが、何のメリットもなければ意味がないのでは?」
「あなたの身分を証明し保証します。そして商いをする権利を与えます」
「・・なる程」
あって当たり前となかなか気づきにくい事だが、身分証明と商売の権利は非常に大きい。
「もう一つ、王家御用達カードの金額から、店舗の売買額を引いたものは、一旦こちらで預かっております」
「預かる?」
「はい。ギルド間には両替と呼ばれるシステムがあります」
「両替?」
「本来は物々交換や物とお金といったは物流の補助なのですが、それに加えて、口座と言う皆さんのお金を預かったり、預かったお金を引き出せたりするシステムがあります」
「それは安全で便利ですね!」
前の世界にも、銀行と言う似たようなシステムがあった。
何らかのギルドに参加する事で、それら恩恵を得られると言う仕組みなわけだ。
「預けた町のギルドであれば、何処でも預けられますし、引き出すことが可能です」
「ふむふむ」
「ただ他の町へ移る場合、自分が登録しているギルドから、証明書をもらうか、ギルド間で問い合わせをしてもらってからでなくては、預け入れも、引き出しもできません」
情報の整合性を図る必要があり、こういった手続きが必須だと言う。
「残った額も大金でしたので、一旦お預かりした次第です」
「なる程、ありがとうございます」
「こちらが多分、すぐに必要となる物のリストです」
「助かります」
「取り扱っているお店の場所も書いてあります」
「本当に助かります」
正に至れり尽くせりである。
聞けばギルドとは、同職者の相互扶助を目的とする組織との事なので当然なのかもしれない・・、もしかしたら年会費のおかげかもしれないが。
「リストの物を買いそろえるのに必要な金額も書いていますが、お引き出ししますか?」
「いいえ、大丈夫です」
役人からもらった当座のお金と、プラスとなった人足の給金、そして毎日の『神様のお駄賃』で十分すぎる程だ。
逆に半分は預けた方が安心できるような金額なほどである。
「そうそう、マッヘンさんは料理が得意ですか?」
「・・いいえ、全く」
「でしたら、調理器具を揃えたとしても料理はしばらく避けて、屋台などの外食をお勧めします」
「何故ですか?」
「料理と言うのは大変な仕事で、買い出し、調理、後片付け。慣れない内は、薪や炭、食材を無駄にする事も多いんです」
「ご助言に従います・・」
前の世界では、スイッチ一つで火の調整ができるコンロと言うものがあった。
こちらの世界にも、コンロと呼ばれるものはあるが薪か炭だし、他にもカマドと呼ばれる据え付け型の物もある。
薪や炭の料理など、キャンプでやった事があるだけで、毎日など無理だろう。
「色々ありがとうございました」
お世話になったパソナに礼を言うと、屋台の情報と両替口座の残高を頭に叩き込み、商業ギルドを出て買い物にひた走る。
買い物が終わって、片付けが一段落すると、疲れた体をベッドに投げ出す。
「はぁー・・、疲れたぁー」
確かにリストには必要なものが書き出されていた。
しかしそれは最低限のものである。
紹介された店は、流石にギルド推薦ともあって、非常に良心的だった。
不足している物を指摘してくれて、使い方を教えてくれて、より良い方を勧めてくれる。
例えばコンロでは、コンロの他には薪か炭と書かれているが、実際には着火剤や火消壺、火ばさみなどが必要となる。
夜間の明かりとして、ランプやカンテラとあるが、実際にはオイルやアルコールと言った燃料の事は書かれていなかった。
皿とコップと書かれているが、材質までは明言されておらず、最初は落としても割れない木製がお勧めと教わる。
布団だって、実際にはマットレスに枕、掛布団に敷布団に毛布、シーツ、カバーと洗い替えなどなど・・
気の良い店員や店主が心配して、懇切丁寧に時間をかけて、使い方まで教えてくれる。
大量の荷物を見かねて、家まで運ぶのを手伝ってくれたほどだ。
「ありがたいけど、そんなに一度に教えられても・・」
皆の善意には違いないのだが、一遍に色々な事を詰め込まれて、頭がパンクしそうになる。
家で荷物を開いてみて、これって何だっけ、と言ったものがあったほどだ。
「多くの人々に助けられて、此処までやってきた・・」
元の世界の『転生セミナー』の女性、どうやら神様、世界管理者らしい。
こちらの世界の幼女、こちらの神様、世界管理者。
城の役人に、道案内してくれた衛兵、王都の商業ギルドの職員、商隊の面々、南の地方都市の商業ギルドのパソナに、町の人たち・・
目の前に手を出し、お世話になった人たちと幸運を指折り数える。
全部おり終わって、両手が握り拳になっても、忘れている人たちもいるだろうし、もっと沢山の人の助けと幸運があったはずだ。
「まだ何も始まっていない。これからが始まりなんだ・・」
空腹を覚えるのを忘れるほどの充実した一日の疲れから、両手が力なくベッドの上に戻った時には深い眠りに落ちていた。
翌朝・・、正確を喫するならば翌昼である。
昨日の肉体的、精神的な疲れから目が覚めたのは、日もかなり高く昇った所である。
「人間と言うのは、ただ寝ているだけでも腹は減るんだよなぁ・・」
目覚めて最初に感じたのは空腹である。
と言うか、昨日一日何も食べていない事を思い出す。
「まずは教えてもらった屋台の出ている場所に行くか・・、あれ?」
ベッドの横にある机の上に、銀貨と折りたたまれた紙を見つける。
「昨日はなかった・・よな? 銀貨からして『神様のお駄賃』だろう。じゃあ銀貨の下の紙は、神様からの物と言う事になるよな?」
普段なら財布用の皮袋に入っているのに、今回は机の上に置かれている事に疑問に感じる。
「何もしてないから、催促の手紙かなぁ・・」
銀貨を財布に仕舞うと、手紙と思しきものに目を通す。
読み始めてすぐにボーっとした顔が引き締まり、寝ぼけ眼が鋭くなる。
「なる程・・。魔法が使える使えないは先天的な病気、もしくは遺伝子的な問題か・・」
手紙には魔道具を作る上で、可能であれば考慮して欲しい事柄が書かれていた。
魔法は、大気中の魔素を集め、体内で魔力に変換して、体の外へ魔法として放出する。
それでは何故、魔法を使える人と使えない人が生まれるのか、そのメカニズムについてだった。
「今の段階で取り入れられるとしたら・・、『魔導書』まで待ってもらう必要があるな」
まだ世界のの右も左も分からず、何の情報も持っていない。
魔法を使えない人たちが、魔法を使えるようになる事をどう思うのか?
魔法を使える人たちを、あれだけ憎み恨んでいて使いたいと思うのか?
少しずつ少しずつ魔法を世に出しながら、人々の反応を見る必要があると感じる。
「世界管理者(幼女)には悪いけど、もう少し時間が欲しい」
手紙に向かってそう呟き目礼すると、丁寧に元あったように折りたたみ、まだ何も入っていない引き出しの中へと大事に仕舞い込む。
「まずは市場調査からだ!」
世界管理者(幼女)からのお願いには、最終的にこの世界にあるものでできるようにと頼まれている。
自分のアイデアをこの世界にあるもので形にするためには、この世界にどのような道具があるかを知っておく必要がある。
財布をしっかりと持って、街中探索にしゃれ込む。
そして目についたものは片っ端から買い込んでいくのだった。
幾つかある透明な板の一つに映し出される数値に、思わずニンマリする幼女。
これがお子様向けの動画などであれば問題はないのだが、グラフと数字を見て喜んでいる姿は、些か引くものがある。
「毎日のように、ワシの事を思ってくれる・・。ここ最近ではなかったことじゃ」
神様が自分の世界に干渉するためには、信仰ポイントが必要である。
あくまでも目安ではあるが、神様が民衆から支持されているという証である。
「伝承、伝説として神の存在は伝わっておっても、やはり日々に追われる生活では、信仰もおざなりになろうと言うものじゃて」
左の眉尻を人差し指で掻きながら、ため息を吐く。
世界が創造されて、人間が地上に誕生した時点では、人間たちは、自分の思った通りに仲良く暮らしつつ、創造主である自分への信仰も大きかった。
やがて魔法の有無によって優劣を決め、優秀さの証明となり、権力の象徴となり、高慢な心と腐敗した政治へと傾いてしまう。
魔法がない者の中には、神を恨み呪い者さえも出始めた。
偽りの宗教も生まれ、人々の心は本当の紙たる自分から遠く離れてしまう。
神の存在を身近に目の当たりにしている王族や貴族は、本当の神の存在を隠して自分の手柄にする始末。
「そんな中で、ここまでの信仰を示してくれるお主には頭が下がる思いじゃ」
グラフや数値で飛びぬけている部分に指を這わせれば、マッヘンと表示される。
「お主に任せたからには文句は言わぬ故、思った通りに思う存分やっておくれ」
南の地方都市の中を駆け回るマッヘンの姿を、幼女は飽きる事なく見守り続けていた。




