新しい人生
3.新しい人生
−BAR 堕天使−
フリルの沢山ついた純白のドレスを着た、長い金髪を可愛らしくカールさせ、クリッとした碧眼の、まさに人形と呼ぶのが相応しい程の美しい幼女。
しかしここはBAR・・
お酒を嗜む者が集う場所であり、幼女の見た目から判断すれば、此処に来るべき年齢には見えない。
「はぁー・・。どうしてこんな事に・・」
カウンターに備え付けられた椅子の上で、足をプラプラとさせている姿からは、思いもしない深いため息と、物憂げな表情に言葉遣いである。
どうやら見た目以上の年齢のようである。
「どうぞ」
名札に Mephistopheles と書かれた店員が、注文のサラダを目の前に置く。
「このドレッシングはこの自家製をかけて召し上がって下さい。ただかける前に、このようによく振って下さいね」
そう言うと、手際よくドレッシングの入っている瓶を振り差し出す。
「ああ、ありがとう」
幼女は瓶を受け取るが、そのままドレッシングを置いてしまう。
ドレッシングは瓶の中で、ゆっくりと二層に分かれていく。
ボーっと眺めながら、自分の管理する世界の事に思いをはせる。
自分が創造した世界は、完璧だと思っていた。
自分と同じ他の天使たちが、四苦八苦しながら自分たちの世界を管理しているのを横目で見ながら、自分の世界はそんな事は起こり得ないと高を括っていた。
世界管理者たちの努力不足、もしくは創造の際に何らかの失敗があったとさえ思って心の中で笑ってさえいた。
ついに自分に、あの方 から、世界創造の大任の機会が与えられた。
喜び勇んで、世界創造の仕事に着手する。
あの方 がおっしゃられたように、世界には人間が存在し、楽しく仲良く暮らせる世界を目指す。
私が選んだのは魔法の世界で、魔法が使える人間と、魔法が使えない人間が存在する。
持つ者が、持たざる者を助け、支え、仲良く楽しく過ごせるようにと教え導く。
「魔法の世界か・・」
「何か問題でも?」
「いや・・、今までの経験上、能力の有無は諍いの元になっているのでね」
自分の上司に、企画書を見せたところ、ダンジョンの設定を操作できるとか、魔王と勇者のシステムを入れておいた方が良いかも、とアドバイスを受けた。
その場は考えてみますとだけ言って、やはり心の中で一笑し、そんなシステムは入れなかった。
しかし結果は散々なものとなった・・
「な、何故、私の言葉を聞かない! 私の言葉に従いなさい!」
人間たちは、最初の頃はよく耳を傾けたが、自力で問題を解決できるようになると、私の言葉を無視し始める。
上司の言葉通り、魔法を使える者が、使えない者を虐げ、迫害し、奴隷にさえする。
更には、魔法を使える者たちが、幾つもの王国を立ち上げ、戦争まで始める始末・・
やむ無く上司の下へ、魔王と勇者の召喚をお願いすべく向かう。
「許可できない」
「何故ですか!?」
自分の管理する世界の、今の窮状を訴えたが、その一言で切って捨てられる。
「君の世界のシステムに、すでに組み込まれているはずだ。そう助言もしている」
「そ、それは」
「まさかと思うが、助言に従わず、世界がピンチになったので助けて下さい、と言うつもりではないだろうね?」
上司の厭味ったらしい言葉に、奥歯をギリッと噛みしめて堪える。
「しかし、手を拱いていれば、いずれ人間たちは滅んでしまいます!」
「システムを組み込まなかった、君の責任ではないのかね?」
「ぐっ・・、それは・・そうですが・・」
「そもそも今回の問題の原因は、何だと考えているのかね?」
値踏みするような表情を浮かべると、上司は質問してくる。
「それは・・、魔王や勇者のシステムを取り入れなかったから・・」
「違う」
「えっ・・、それならば・・、魔法を使える者と使えない者を創った事・・」
「違う」
「っ!? では何が原因だと!」
自分の考えをことごとく否定され、怒りを露にする。
「君の高慢さ故だ」
「・・えっ?」
「上司の助言を受け入れない、他の天使たちの苦労を嘲笑う。そして自分こそが絶対で完璧と言う、君の高慢さが最大の原因だ」
「・・・」
確かに、他者の過去の失敗や苦労には目もくれなかった。
多くの失敗を経験し、他者の失敗も見て、解決してきた、上司の助言も無視した。
そんな自分の在り方が、すべての原因だと言う。
「そうかも・・しれません。では、どうしたら良いと言うのですか!? 今更!」
もう世界は出来上がって、人間は暮らし始めている。
その世界を真っ新にして、一から作り直す事は、あの方 の最上級禁止事項である。
「君のそういった所が問題だと言っているんだよ」
「はぁ!?」
「君は失敗するはずのない自分の失敗に、動揺し、慌て、今だけ何とかしようと、現状にに対して、短絡的に、表面的な事で取り繕おうとしている事が問題なんだ」
「・・短絡的で、表面的ですか」
それが何だと懐疑的な視線を、自分の上司にぶつける。
反して上司からは、まだ分からないのかと冷めた視線が向けられる。
「魔王を召喚して、勇者を召喚してどうなる?」
「どうなるって、世界に平和が来ます」
「恒常的にかね? 一時的にかね?」
「えっ?」
「抜本的な解決になるならば、私は魔王だろうが勇者だろうが召喚を承認しよう」
「・・・それは」
「二度と召喚は必要ないのだね? すべての問題は解決されるのだね? その点を十分に考慮した上での提案なのだね?」
「・・い、いえ・・」
上司は立て続けに、畳みかけてくるが、何も答えられない。
そんな事は全く考えていない。
たった今、それが全てだと思っているから・・上司の言った通りだった。
上司は一枚の名刺を差し出してくる。
「・・これは?」
「もし君が本当に真心から悔い改めて、解決の道を探したいと望み、それでも尚、何の手立てもない時、そこへ行ってみると良い」
そこには、『BAR 堕天使』と書かれていた。
その後は、追い出すように、無言で手をシッシッとやって、退席させられる。
上司の前から離れ、少しだけ冷静になって、上司の言った事について考える。
「魔法や勇者を召喚して、私の世界は、恒常的に平和が保たれるだろうか・・」
色々考えてみるが、答えは・・否であった。
上司の言う通り、根本的な差別と言う問題の解決には至っていない。
そこをどうにかする手立てを講じなければ、遅かれ早かれ、再び差別が始まるだろう。
今更ながらにして思えば、自分は完璧、完全、絶対などと奢らず、上司の助言や他者の過去の苦い経験から学ぶべきだった。
結果として、魔王召喚や勇者召喚と言う考えに凝り固まっている自分。
なかなか良いアイデアが浮かばず、友人知人、あらゆる伝手を使って、アイデアを募集するに至った。
「私の世界は、このドレッシングと一緒で、決して仲良く交わることはできんのかのぉ・・」
再び深いため息を吐いて瓶を振っていると、同時に幼女から電子音が鳴り響く。
突然の事にビクッとして、フリルを弄ると携帯電話を取り出す。
「私だ。求人をかけた件? ああ、まだ有効だ。ちょっと上司からストップをかけられているが・・。何!? 適任と思われる人物だと? 面接? 何、たった今している!? 動画で見れるだと!? ちょ、ちょっと待て!?」
空いている手で、再びフリルを弄ると携帯端末を取り出す。
携帯端末を操作すると、画面には男女がテーブルを挟んで、向かい合わせで座っている。
「魔法を使えない人間に・・マジックアイテムを与える? なる程! 上手い事に私の世界には、まだ魔道具は存在していない!」
勇者でもない、魔王でもない、世界を救う方法・・
今の段階では、一時的か恒常的かは未知数であるが、新たなる第三の方法・・
ふと手元のドレッシングに目が留まる。
「一時的であり、かつ個人に限定される能力・・。彼自身は混ぜるだけの能力、これならば世界の理に抵触しない!」
画面の中では、更に女性がより深く聞き出している。
「巻物? 魔石? 付与装備? 魔導書? こやつは知識の宝庫か!? この方法を成し遂げるには、その考えを持った人物を、自分の世界に来てもらうのが一番良い!」
ドレッシングを手にしたまま、そのままBARを飛び出して行く。
店員は瓶を持って行かれるとは思わなかったのか、呆然とした表情を浮かべる。
カウンターの上のグラスに写る此処には居ない誰かも、苦笑いを浮かべていた。
上司の前に突撃すると、手の中の瓶をチラリと見て怪訝そうな表情をする。
まあ今はそんな事の弁解するよりも、やるべき事がある。
「私の世界の救済方法を思いつきました!」
「許可しよう」
「へっ・・? まだ何も申し上げていませんが?」
「此処に来るまで、ただ遊んでいた訳でも、ボーっとしていた訳でもあるまい?」
「勿論です! ・・でも何故でしょうか?」
上司は大きめの鏡を取り出すと、私の顔を映し出す。
「君の今の晴れ晴れとした表情を見れば分かる」
「表情・・ですか?」
自分の顔を撫でまわす。
「前来たときは、上手くいかない事に癇癪を起こした子供のような表情だった」
「お、お恥ずかしい限りです・・」
「今の君であれば、成功にせよ失敗にせよ、良い経験が得られるだろう」
「しかし私の世界の人間たちには、悪い事をします・・」
自分の愚かさゆえに、自分の世界の住人を苦しめてしまう事を後悔する。
「勘違いしないように」
「・・えっ!?」
「君の創った世界は、人間たちが自分たちで考え、選び、行動できる世界だ。今の滅びに瀕した責任は人間たちであり、本来は人間たちに責任を取らせるべきなのだ」
「それは・・」
「あの方 の平和に仲良く楽しくと言う、平和だけを厳密に守り、心を縛ったり、強制する世界管理者もいる中で、君は人間の自由を尊重した」
「はい・・」
「それならば、そもそも干渉などすべきではないと言う話でもある」
「・・そうですね」
管理者として自由を与えた責任の中には、最後まで見守るという厳しい責任も含まれる。
「さあ、もう良いだろう。君のやるべき事をやりなさい」
「はい」
しばしの沈黙の後、上司は退席を命じる際に一言付け加える。
「・・あと、その瓶は返しておくように」
チラリと自分が手にした瓶を見ると、丁重にお断りする。
「これは私の戒めです。このまま手元に残しておこうと思います」
「・・・そうか、ならばちゃんとお断りしておくように」
「はい!」
自分の管理する世界に戻るとすぐに、先ほどの異世界人の召喚を始める。
向かい合う女性から示された、ここ『転生セミナー』で示された場所・・
「・・はい? もう一度言っていただけませんか?」
向かい合う女性の言葉に、唖然として間抜けな答えを返す。
「異世界転生に、興味はありませんか?」
「・・異世界ですか?」
「そうです、先ほど申し上げた例は、此処とは別の世界で実際に起きている問題です」
「えーっと、魔法の有無による差別ですか?」
「その通りです」
いやに具体的だと思っていたが、実際に起きている問題だったようだ。
「あー、大変申し上げ難いんですが・・」
「も、もしかしてお断りになられる?」
「いいえ、そうではなくてですね、記憶が曖昧なので元の世界と、異世界の違いが分からないと思うんですよ」
「・・・」
「なので、黙っていても分からなかったんじゃないかなぁー・・って」
「・・・」
女性はあちらこちらに視線を漂わせてから、コホンと咳払いをする。
「で、あなたに最適な転生先ですが・・」
「無かった事にした!? ・・まあ良いですけど」
「お、恐れ入ります」
最初の出会いから、オッチョコチョイな感じがするな。この人大丈夫か?
「で、話を纏めますと、異世界で魔法の有無で差別があると」
「そうです」
「その解決策が、僕の考えが一番適しており行って欲しいと」
「その通りです」
「ふむ・・」
「ぜ、是非、お願いできませんか!」
前世がどのような生活か覚えていないが、魔法には興味がある。ただし・・
「先程の話の中で、医療が低いとか、生活水準が低いとか、衛生面が悪いとか、あと・・戦争があるとかおっしゃっていましたが、どうなんでしょうか?」
「記憶は曖昧ですが、知識はあると思いますので、中世レベルと考えていただければ」
「そう・・ですか」
嫌悪感・・まではいかないが、危機感は非常に大きい。
「何か問題でも?」
「死亡率が高いのではないかと思いまして」
「なる程、それは気になりますよね」
うんうんと頷いてから、彼女は一つの提案をしてくる。
「それでは私から、贈り物をしましょう」
「贈り物ですか?」
「人には技量、素質、才能、天恵などと呼ばれる能力があります」
「へぇー」
「これらを授けて、異世界に送り出そうと言う事です」
「なる程」
知識としては、そういった存在は知っている。
そういった能力があれば、他の世界でも優位に立てる事が多いようだ。
「ただしですね、ちょっとした問題がありまして・・」
「問題ですか?」
「はい。別世界の話ですので、あまり大きな能力を授ける訳にはいかないんです。ましてや、向こうでも別途能力が与えられる可能性もある訳ですし」
「なる程。例えばどんな感じなのでしょうか?」
「勇者クラスの能力や、不老不死とか、向こうの世界にない能力と言った、天恵はまず無理です」
そういった能力は、向こうの世界の神様みたいな人が与えてくれるらしい。
「せいぜい、向こうの世界の貨幣で一日銀貨一枚、だいたい一週間分の生活費とか、水や食料に困らないとか、ピンチからの脱出とかでしょうか」
「ふむ、日々の生活を守る程度と考えれば良いですか?」
「うう・・、実は生活を守るために、プライドを切り売りする場合もあります」
「プライドを切り売りする?」
「一日一枚の銀貨のために乞食の真似をする。食料を得るために奴隷になる。恥も外聞も投げ捨てて、命乞いをすると言った感じです」
「そ、それは・・」
「その代わりに、ちゃんと対価は得られます」
プライドでは飯は食えないと言う事か・・
能力の発動には、生命とプライドを天秤にかける場合があるらしい。
最低限乞食をすれば、一日銀貨一枚が得られる。
奴隷になりさえすれば、必ず食事が得られる。
土下座でも何でもすれば、生命だけは助かる。
他にも病気に罹り難いとか、怪我をしにくい、トラブルに巻き込まれ難いもあるそうだ。
んん? ちょっと待てよ・・。これってもしかして・・
ちゃんと対価がもらえると言う事は と思い、こう彼女に提案してみる。
「幸運だけを、もらえるだけもらえませんか?」
「・・えっ?」
少々突拍子もない言葉だったのか、目の前の女性は目を丸くしている。




