悩んだ末に一度やめてみる
21.悩んだ末に一度やめてみる
大商会の会長と共に、商業ギルドのギルドマスターの執務室では、仕切り直しが行われる。
「それではお呼びした方が全員お揃いになられましたので、最重要案件の話し合いを行いたいと思います」
商業ギルドの職員のパソナの言葉にも、エンケは祖父の登場に動揺して聞こえていない様子だ。
「お待ち下さい、少しお時間をいただけますかな?」
「どうされましたか、大商会会長?」
「お呼出の件が最重要案件と言う事は、十分理解しております。が、その前に先程の我が商会の一員の犯した愚行について正させていただきたい」
老人とは思えぬ力強い言葉に、エンケはびくりと震える。
全員は承知の事と言わんばかりに、頷いて答える。
了承を得られると、大商会の会長はエンケに向き直る。
「さて、エンケ商会の会長よ」
「は、はい!」
「扉の外からでも聞こえたあの醜態・・、商人としてあるまじき言動・・、異様なほどの取り乱し、一体何ゆえじゃ?」
「そ、それは・・」
大商会の会長の一言に、ピシッと背筋を伸ばすが、上手く答えられず口ごもる。
視線をあちらこちらに漂わせる内に、僕と目が合うと、とんでもない事を言い出した。
「そ、そうです! マッヘン殿が私を裏切ったのです!」
「ほぉ・・、裏切った。とは聞きづてならんな。どういう事だ?」
「は、はい! マッヘン殿が一方的に契約を破棄してきたんです! そしていざ問題が起きれば、知らぬ存ぜぬと・・」
祖父にして大商会の会長が自分の味方になったと、勘違いした孫娘はまくしたてる。
「一方的に? いかな理由でか聞いておるか?」
「私と平等の立場にも関わらず、従業員の責務を果たしていないと・・」
「ん? 平等な立場? 何を言っているのだお前は?」
「・・えっ?」
味方だと思った祖父からの質問に、思わず間抜けた返事が出る。
「お前はマッヘン殿から、スクロールの委託を受けたのだよな?」
「そうです。平等の・・」
「委託は平等ではなく、主従関係になるぞ? 当然の事であろう? 仕事を請け負うのだから、雇い主への責務は当然であろう?」
「・・・ ・・えっ?」
「平等と言う事は、共同経営になるが、そのような契約だったのか? もっとも共同経営とは言え、百%平等と言うのも中々にないのだがな」
「えっ? あっ、その・・」
「お前はマッヘン殿に雇われているのだ。スクロールと言う素晴らしい商品の製造と販売を託してくれた最重要、最優良顧客なのだぞ? 分かっているのか?」
祖父の言葉に、えっ? えっ? と戸惑いの表情をしている。
「お前は雇われているのだから従業員、なすべき務めを果たす必要がある。マッヘン殿はお前に責務を果たしていないと言うならば、お前はマッヘン殿に何をしてきたのか?」
「な、何をですか・・、も、勿論問題が起きたことを・・」
「問題の解決は、お主の務めであろう? 契約もそうであったはずだ。一体何を言っているのだ?」
「え、えっ・・」
大商会の会長は、呆れたようにこれ見よがしにため息を吐く。
「何を何個売って、売り上げがいくらだから、ワランティがいくらと言った事から、各支店の販売実績、売り上げ実績、今後の戦略展開など報告する事は多岐に渡る」
「・・・そ、それは」
「彼は開発に注力しているため、そう言った事には疎かろう。分かりやすく纏めて報告してきたのか? それをうっとうしいと言われたのか?」
「い、いいえ・・その」
自分が一体何をどう勘違いしていたのか、懇切丁寧に説明され始める。
「最重要、最優良顧客なのだ、たとえ枕営業を強要されても従う商会は五万といる。毎日でもご機嫌伺をして、御用聞きをして、差し入れをして、贈り物をして、食事に招待してと、関係を強固なものとする事に注力しなくてはならん。お前は何をしてきた?」
「・・・な、何を? 何も・・」
「そう言えばワシはマッヘン殿の紹介すらされておらなんだぞ? 身内とは言え、大商会とエンケ商会は別会社で協力関係のはず・・。ワシの方も報告らしい報告を受けておらんぞ? どういう事だ?」
「・・はは・・」
「少なくとも雇い主の言葉に問題がなければ、確実に遂行せねばならん。マッヘン殿から指摘された安全対策はやってきたのか? トラブル対応に最善を尽くしてきたか? 知らん顔な上に、責任をああやって押し付けられて、雇い主に任せっきりでは愛想をつかれて当然であろう?」
「あ、あ、・・あ、ああぁ・・」
「大商会の協力を仰いでおるのに、情報の共有がなされず、この場で初めて知る事ばかりとは、ワシとて縁を切りたくなる」
ここにきてエンケは悟る・・、自分のやってきた事は、祖父に筒抜けだった事を。
「まさかお前、最重要、最優良顧客に対して、格下に見ていたのではないだろうな? 自分が選んでやっていると言う事は微塵にも考えてはおらんだろうな?」
「あああぁぁぁぁ・・」
「歴史に名を遺すと言わんばかりに・・、ワシも大商会も同列に見ておったのか?」
今の自分に頼れる者も、味方も、誰一人としていない事を認識する。
既につるし上げにされるために、堀が埋められていると思い知らされる。
自分は商人として失格であると、身内から烙印を押されていると理解する。
「よもや開発者、一職人だからと、主従関係の立場を逆に思っていたのではないだろうな? 取り扱ってやっていると思い上がってはおらんだろうな?」
「いやぁぁぁあぁぁぁぁー」
会長の淡々と繰り返される言葉に、気が狂ったかのように叫び、聞きたくないと耳を塞ぎ、髪を振り乱して頭を振り、蹲ってしまう。
「・・痴れ者が」
見下ろす会長の表情には、無表情のような、冷たいような、諦めるような、憐れむような、色々な感情が入り混じっていた。
しばらくすると、私は悪くない悪くない何も悪くない、と座り込んで肩を抱いて丸くなり、ブツブツと呟くようになる。
「大変お見苦しいところをお見せした上に、関係者の皆さま方には大変ご迷惑をおかけしました」
大商会の会長が、深々と頭を下げる。
「事前にマッヘン殿から、この問題が遠くない将来に起こるであろう事は聞いており、こちらとしても総力を挙げて準備してきました」
「そうか、ではまずどうするつもりじゃ?」
商業ギルドのギルドマスターが、これからの方針を聞いてくる。
「エンケ商会並びに大商会では、中級魔法のベーシックスクロールと初級魔法の魔石の販売を中止し、回収を行います」
「なる程、それで模造品業者や密売組織の摘発を行っていくと言う事か」
取り扱う店が無くなれば、実質本物はこの世には存在しなくなる。
商業ギルドとして、違法売買の取り締まりを行い易くするためだろう。
「その上で中級魔法のベーシックの防御系スクロールを販売します」
「以前のように、武器を持っての戦いに戻る、と言う事になるな」
冒険者ギルドとしては、お互い魔法と言う手の内が封じられた以上、元の物理対物理に戻るのは仕方のない事だ。
「更に初級の防御系スクロールの製造方法を公開、スクロールや魔石の回収を早めるために、中級魔法のベーシックの防御系スクロールと交換とします」
「うむ、そこまでやるか・・」
「その間に手前どもは、本当の裏切り者を洗い出します。徹底的に」
「・・可能なのですか?」
「可能とかではなく、やるのです」
その言葉と表情から、スクロールや魔石の事業から撤退する事も辞さないと言う、強い意思が感じられる。
・・いや、犯人探しなど事実上不可能だろう。
と言う事は、どれくらいの従業員を抱えているか分からないが、全て切り捨てる覚悟か。
それをその場にいる誰もが承知しているからか、何も言わずに大商会の会長の選択を、沈黙を持って肯定しているのだろう。
大商会がこれ程までに身を切れば、他の組織も手伝いませんとは言い難い。
商業、冒険者ギルド、大商会が連携して、魔道具犯罪に対して動き出した。
「最後にマッヘン殿」
「はい・・? 僕ですか?」
「中級魔法のベーシックの防御系スクロールのワランティの件ですが、継続して受け取っていただきたい」
「いえ、それは・・」
大商会がこれだけ責務を果たそうとしているのだ、問題の解決のためのスクロールなので、ワランティを断ろうと考えた。
「是非とも受け取ってもらいたい。悪用を先回りして、スクロールのワランティを全て魔法犯罪者の特別取締部隊に使われていたと聞いております」
「・・・」
「どうか受けとて下さい。これからも必要となるでしょう」
「分かりました、ありがとうございます」
スクロールのワランティ用の口座に、継続して入金してもらう事に。
丸々、魔法犯罪者の特別取締部隊「アインハイト」の維持費と言う事もそのままである。
商業ギルドでの一幕の後、僕はに戻ってから数日間は、家でボーっとしていた。
「どうしてこうなっちゃったのかなぁ・・」
世界管理者(幼女)から、この世界に魔法を広めて欲しいと言われてやってきた。
間違った使い方をする者もいるだろうと、できる限り事前策も準備してきた。
しかし結局は悪用され、人を傷つける道具に成り下がってしまった。
「世界管理者(幼女)だって、こうなって欲しいわけじゃないだろうし・・」
そもそも魔法を使える人間とできない人間は、お互いに助け合い支えあって、仲良く暮らして欲しいと願ったから。
しかし身分差別ができて、虐げる者と虐げられる者が生まれてしまった。
誰にでも簡単に魔法を使えるようにと、魔道具を取り入れた。
誰でも使えると言う事は、善悪の区別なくと言う事で、その通りになってしまった。
「うーん、どっちもどっちなんだよなぁ・・。もっと良い方法があったのかなぁ」
この世界に魔道具を持ち込んだ者としての責任を感じる。
ぐぅー・・
ぼーっと、そんな事を考えていると、腹の虫が食物を求めてくる。
人はあまりの苦悩のため、空腹を感じない事があると聞いた事があるが、多分、どこか遠くで自分の責任ではないと思っているから腹が減るのだろう。
「はぁー・・、何か食べに行くか」
寝室兼書斎に当てている二階の居住区からでるとすぐに、ここ最近使われていない作業場がある。
「アインハイトの仕事も断っちゃっているし・・」
商業ギルドの話し合いの後も、彼らはやってきたが、その際には犯罪の使用の経緯を話して、しばらく休む事を伝えてある。
彼らもあまり思いつめるなと言って、そのまま帰ってくれた。
「申し訳ない事をしたけど、今は何かする気にはならないから・・」
再びため息を吐いて、階段を下りて店舗スペースもそのまま通り過ぎて、台所やリビングから外にでる。
フラフラと屋台街を見て回るのだが、腹は減っていても食欲は湧かない。
いつの間にか商業ギルドの前に辿り着いていた。
「・・無意識、だと思うんだけど。何にかの導きかなぁ」
一つため息を吐いて、建物を見上げると、商業ギルドの扉に手をかける。
運よく手隙だったいつものパソナに声をかける。
此処では何ですからと、そのまま個室へと案内される。
「僕は・・どうしたら良いんでしょうか?」
「・・はい? どういう意味でしょうか?」
僕がここ最近、魔道具に関わっていない事を知らないパソナは、僕の意図を掴みかねているのだろう。
「スクロールが犯罪に使われ、少なからず犠牲者が出ています」
「そうですね・・」
「商業ギルド、冒険者ギルド、大商会が協力して、事態の収拾に当たっていただいています」
「すでに一個人の範疇を超えていますからね」
そこで僕はため息を吐いてから、胸中を吐露する。
「僕はこのまま魔道具を作り続けていいんでしょうか? やめた方が良いんでしょうか? このまま何もしていなくて良いんでしょうか?」
「うーん、そういう事ですか・・」
質問の詳細が分かると、パソナは腕を組んで良い答えを見つけるために考える。
「ご納得いただけるか分かりませんが・・、マッヘンさんが責任を感じる必要はないと思われます」
「どうしてでしょうか?」
「マッヘンさんは、犯罪に使うつもりもなかったんですよね?」
「当たり前じゃないですか」
「加えて、犯罪に使われることを予期して、事前策も提案していました」
「・・まあ、そうですね」
人々にとって良かれと思って、魔道具を世に現した。
「偽物騒ぎに関しても、本来ならばエンケ商会が手を打つべきでした」
「しかし模倣しやすい形状と言うのは・・」
「その時点ではそれがベストだった訳ですし、もし糊付けして使えなくなるようならば、結果としてどうしようもなかった訳ですよね?」
「それは、そうですが・・」
一つの商品を開発すると言うのは、並大抵の事ではなく、ぶっちゃけ僕の開発能力が異様だとさえ言われてしまう。
「マッヘンさんが思われているように、過去には犯罪に使われた商品を取りやめる人もいましたし、自ら商会を畳まれた方もいらっしゃったことは事実です」
「そうですよね・・」
そう・・今の僕のように責任を感じて、一切手を引いた商人も居たはずだ。
「あなたがご自身で決められた事・・続けようが辞めようが、私たちは何も言う権利はありません」
「・・・」
商業ギルドの職員の言葉に、ハッとさせられる。
「しかし今、あなたは悩まれ助言を求められています。ならばはっきり言いましょう、あなたが責任を感じる事は何一つないと」
「・・・」
僕は自ら選択すると言う責任を放棄して、誰かに決めてもらおうとしていたのだ。
「ありがとうございます・・、もう少し自分なりに考えたいと思います・・」
「いつでも相談に乗りますから」
パソナの言葉に何とか感謝を口にすると、商業ギルドを出る。
途中で家で食べようと、屋台で持ち帰りした食べ物を手に自宅兼店舗に戻ってくる。
「・・えっ、ギルドマスター?」
「ちょっと良いか?」
冒険者ギルドのギルドマスターのジュドが、店舗側の扉の前で佇んでいた。
「ちょっと待っていて下さい」
すぐに裏に回って中に入り、荷物をテーブルに置いて、表の入り口のカギを開け、ギルドマスターを中へ招き入れる。
「お待たせして済みません」
「気にするな。俺が勝手に来て待っていただけだ」
「それで、何の御用でしょうか?」
一階店舗に設けてある商談スペースへ案内する。
「あいつらから、お前がスクロールや魔石の開発をやめたと聞いてな」
「・・アインハイトの方々からですか」
この話を知っているあいつらとは、彼らの事しかあり得ない。
「そうだ。それで、その話は本当なのか?」
「辞めるかどうかはまだ決めていませんが、一時ストップしているのは確かです」
「責任を感じてか?」
「まあ・・、そうですね」
前回の時は、あくまでも委託を取りやめるであり、開発や個人的な生産は続けていた。
しかし今回は違う、完全に手を引いてしまっている。
冒険者ギルドのギルドマスターが、こんな事の確認のために、わざわざ忙しい時間を割いて、この店まで来るだろうか?
「お話は、その確認だけですか? でしたら・・」
「スクロールや魔石の生産を再開して欲しい」
「その話でしたら、先ほどの繰り返しになりますが・・」
「お前が悩んでいる事は分かるが、俺には全く理解できん」
「・・どういう事ですか?」
魔道具によって、被害が出ている事を何とも思わないのだろうか。
「今回のスクロールの悪用は使う人間の問題でしかない。魔法がそうなら、剣・・いや武器全てが同じ事じゃないのか?」
「それは・・」
「お前の考えは、冒険者ギルドの否定でしかない」
最初は武器は獲物を得やすくする道具だった。
それが動物から、同族・・人間同士の争いに使われていく。
「無論、無責任で良いと言う考えではないし、悩むなとも言わん。少なくともエンケの馬鹿な行いの責任を感じる必要はない」
「しかし・・」
「中級魔法のエンハンストが必要だ、上級魔法だっていずれ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!? 何故中級魔法のエンハンストが・・、いえ上級魔法が必要なんですか!?」
大商会に製造販売を任せた、中級魔法のベーシックに対する、シールドとシェルは、いずれ横流しされるかもしれないが、エンハンストで対抗する必要があるとは思えない。
「抑止力だ」
「・・抑止力? 何に対してですか?」
「勿論、野盗や強盗、犯罪者然り、モンスター然り、全てに対してだ」
「・・全て?」
「どこぞの商会と手を組む必要はない。細々と作って、ギルドに卸してくれれば良い。管理の責任は冒険者ギルドが取る」
「もし開発したとして、僕が非常用にいくつか持っている、それではダメですか?」
「ギルドには渡せないと? ギルドが、俺が信用できないと?」
冒険者ギルドのギルドマスターの雰囲気が剣呑なものに変わる。
「そういう事ではありません。抑止力とは、その存在を世に広く知らしめることを意味しますよね?」
「・・・」
ギルドマスターが、一瞬しまったと言う表情を浮かべた。
おかしい・・、やはり彼の言動には違和感を覚える。
「また来る。考えておいてくれ」
そう言って、店を出ていく。
「冒険者ギルドのギルドマスター・・、一体何を考えているんだ?」
自分の中に生まれた不安を払拭すべく、もう一度商業ギルドへと向かう事にする。




