孫娘の誤算
20.孫娘の誤算
自分の祖父である、大商会の会長からの呼び出しを受け、執務室をを訪れる。
「会長、お呼びと言う事で参りました」
「おお、エンケよ。すまんな、忙しいところ」
「いえ、問題ありません」
執務室に設えられた、高価なソファーに座るよう勧められる。
「スクロールの製造販売はどうかな? 何か問題はあるかな?」
「いえ、全くありません・・、と言えば嘘となりますか。正直、人手が足りません」
「飛ぶように売れるためか。喜ばしい悲鳴ではあるな」
「おっしゃる通りです」
会長は、掌を合わせ親指に顎を乗せる。
そのままの状態で、人差し指の辺りを唇に着けたり離したりしながら、目を瞑り考える。
「エンケよ、独立するつもりはないか?」
「えっ!? ・・独立、ですか?」
「分社化と言う事だな。スクロール部門をそなたに丸ごと譲り渡そうと思う」
「よ、よろしいのですか! お爺様!」
思わずプライベートでの言葉遣いが出てしまう程、嬉しい誘いである。
エンケ自身の商会では、スクロールを作る職人の手配や、各地との連絡や輸送、多額の資金を賄う事は難しいため、大商会の力を借りているのが現状だ。
独立と言う事は、自分の能力が認められた事に他ならない。
「ワシとて大商会の会長、スクロール以外の仕事もある。スクロールは最重要ではあるが、それを理由に、他を蔑ろにする訳にもいかんのでな」
「尤もです」
「身贔屓が過ぎるのではないか、と言う声も聞こえてはおる」
「申し訳ありません」
「その点は気にするな。何しろまさに時は金なりの事態じゃったからな」
一気にスクロールを広め、名を知らしめるには必要な事だったが、系列とは言え本来は別の商会、かなり会長に無理なお願いをした事は自覚している。
他の商人たちがら侮られないためにも、此処は一度、別の商会としてきちんと取引をする方が良いのは確かだ。
そしてスクロールはエンケ商会の物と周知させる事で、エンケ商会の格も上がってくる。
当然自分の名声と言うものも・・
「会長からの申し出、喜んで受け入れさせていただきます!」
「うむ。きちんと仕事を分け、必要な部分の契約を結ぶようにしよう」
「分かりました!」
全てを最優先にしてエンケ商会に譲り渡しては、流石に大商会とは言えども、商売に支障が現れるのは当然である。
譲れない部分は別途契約と言う形で相互協力を続けるが、スクロールの特に製造部分は、エンケ商会が担う事になった。
後日細かい打ち合わせを経て、契約を取り交わす事にして、一旦お開きとなる。
エンケが会長の執務室から出ると、すぐに父親である総支店長が別の扉から入ってくる。
「・・どう思う?」
「全ては自分の力、と思っているのでしょうね」
「何と愚かな事だろうか・・」
「嘘、とは思いませんでしたが、ここまで調子に乗っているとは・・」
父親は隣の部屋から、娘のやり取りを見聞きしていた。
会長の執務室の隣の部屋と言うのは、そういう覗き窓などの仕掛けのある部屋である。
「マッヘン殿からの話を聞いた時は、ちょっとした行き違いかと思ったものじゃか・・」
「私でしたら独立の話を聞いたら、まず切られるのかと疑いますよ」
独立の話がすべて悪いわけではない。
が、今や時の風雲児たるスクロールを手放すと言う事があり得ない。
商会の中核に据えるために、その手腕を見込んでとか言い包めて取り上げ、他の商品を取り扱うようにさせるのが普通だろう。
例え身内だろうが、美味しいところだけを丸ごとそのまま渡すはずがない。
それなのにそれらを持って独立? 見捨てられたの間違いでは? と自分に向けられたものだったらと思うと身の毛がよだつ。
「雇用主への態度と、危機管理の低さか・・」
「娘からは、マッヘン殿に関して何も出ませんでした」
「スクロールの立役者から、契約を切られた事を一切口にせんかったな」
「模倣品や犯罪に使われつつある事実も、問題と思っていないのか・・」
大商会の協力を得ている段階で、これらの報告を怠った居る時点で、商人としてアウトである。
「人手不足と言っておったが・・」
「間違いなく他の商会の手の者が紛れ込んでいるでしょう」
「・・準備はできておるか?」
「徹底して人選し、住み込みさせるようにしてあります」
「そうか」
会長は席を立つと、執務室に飾られている絵の一つを取り外す。
絵の裏から二枚の樹皮紙を丁寧に取り外し、総支店長である息子に渡す。
「マッヘン殿に託された最後の砦、中級魔法のベーシックを防ぐシールドとシェルの樹皮紙じゃ。厳重に取り扱い、至急生産に取り掛かれ」
「畏まりました」
恭しく樹皮紙を受け取ると、すぐに秘密の工房へと出かけていく。
流石は大商会を束ねる者たち、誰かと違って判断も行動も迅速である。
冒険者と思しき二人の人物が、扉に手をかけようとしたところでピタリと止まる。
「これはどう判断したらいいんだ?」
扉の看板は、CLOSEとなっている。
しかし付け足すように、中にいます、ともなっている。
「多分、店は閉めてるけど、店員は居ますよって事じゃないすか?」
「なる程、じゃあ一応ノックしておくか・・」
扉を少し強めに叩いてみると、すぐに中から返事が返ってくる。
「はいはーい。どちら様ですか?」
「俺だ。アインハイトの・・」
「ああ、リーダーさんですか。どうぞどうぞ中へ、鍵は開いていますから」
店に入るように促されると、取っ手に手をかけ扉を開ける。
中に入ると、マッヘンがちょうどに二階から降りてくる所だった。
魔法犯罪者の特別取締部隊「アインハイト」の面々は、スクロールのカスタマイズでちょくちょくこの店を訪れる・・、正確にはお客は彼らだけである。
スクロールの製造販売を、エンケ商会に委託したため、スクロールありますの看板を取り下げたのだ。
そして細々と彼らの要望に応える、専用の工房となっていた。
「今日はどうされたのですか?」
「いや、ギルドマスターから、お前さんがスクロールと魔石から手を引くっていう話を聞いてなぁ」
「ああ、なる程。この後どうなるかと?」
「そう言うこった。実際のところ、今後はどうするんだ?」
冒険者ギルドのギルドマスターの執務室での出来事の事だろう。
エンケとの解約騒ぎの後、商業ギルドの職員のパソナに大商会の会長との面会の約束を取り付けてもらった。
本来なら大商会の会長との面会など、一月、二月先になる事がザラらしいが、運が良い事に翌日会う事ができた。
「大丈夫ですよ、皆さんにはご迷惑をおかけしません」
「しかし手を引くって事は・・」
「手を引くのは大量生産と販売です。カスタマイズとか個口は別ですから」
初級や中級の魔法と言うのは、魔法至上主義者によって、より強力な魔法が体系化されたものだ。
本当はもっと便利だったり、使い勝手の良い魔法があるのだが、強力な魔法を使える上でのおまけ的な立場でしか認められていない。
前に話した中級魔法にある三分類のアナザーに当たる。
防御系もそれらに入り、他には追跡、時限、狙撃、不規則などがあげられるだろう。
正直、決まったものを永遠と作り続けるより、カスタマイズの方が面白かった。
「それは良かった。あれらは売っていないからな」
「そうっすね。まだまだ改良して欲しいスクロールもあるっすからね」
彼らから要望が多かったのが、四属性魔法以外の魔法で、その一つが防御系スクロールだ。
もう一つが、相手から先手や奇襲に使える探索系や隠密系のスクロールである。
探索系や隠密系のスクロールを創るのは簡単なのだが、いきなりものすごい効果の探索は不味いと考えていた。
そこで効果を弱めるように創るのに、前の世界のファンタジー小説にあったネタを流用するなどして、自分なりに段階を設定するなど一苦労している。
あと試しに使ってもらった身体強化をする魔法は、表には見えないが、あるとないとでは大違いだと、実戦で体感してもらって好評だったりする。
「できる限り、ご要望にお応えしますよ」
「これかも頼む」
「ちょくちょく顔を出させてもらうっす」
一安心したのか、今回は特に注文する事なく店を出ていく。
一日銀貨一枚と言う『神様のお駄賃』があるので、彼らにはこれからも無償で提供するつもりだった。
しかしワランティの全額を部隊の維持費として支払っていた分は、どうしても不足してしまう。
そんなこんなを悩んでいる最中に、幸運が向こうから転がり込んで来る。
先日エンケの事を相談した一件が、大商会側でも危機感を募らせたと言ってきたのだ。
そこで防御系スクロールの準備が必須と判断され、中級魔法のベーシックの防御系スクロールに対して、莫大なワランティが支払われる事になった。
開発者としての責任を感じて無償と言ったのだが、彼らは頑として首を縦に振らなかった。
そして一月も経たない内に、最悪の事態が訪れてしまう。
パソナさんに、至急と言う事で連れ出された先は、商業ギルドのギルドマスターの執務室。
そこに居たのは、商業ギルド、冒険者ギルドの両ギルドマスターとエンケである。
「(とうとう恐れていた事が現実になっちゃたのか・・)」
こんな事態にはならないで欲しいと願いつつ、内心ではやっぱりと思ってしまう。
「マッヘンさん、急なお呼出、大変申し訳ありません・・」
「マッヘンさん、至急中級魔法のシールドとシェルを作って下さい!」
自分を案内してくれたパソナのあいさつを遮るように、エンケが言ってくる。
その場にいる全員の顔が歪められ、一気に部屋の空気が悪くなる。
「えーっと、何をおっしゃって・・」
「四の五の言わずにシールドとシェルを作り、私に委託すると言って下されば、お帰りになって結構ですから・・」
「待って下さい。一体何の話ですか? パソナさん・・」
「実は、中級魔法による・・」
「マッヘンさん、いい加減にして! 時間がないんですから!」
パソナさんに水を向けようとするも、エンケが横やりを入れてくる。
「黙れ」
「っ!?」
冒険者ギルドのギルドマスターに、静かに一括され、エンケは驚き固まってしまう。
「エンケ、勝手に話に割り込むな。パソナよ、続きを」
続けて商業ギルドのギルドマスターが告げ、商業ギルドの職員に話の続きを促す。
「最近の事ですが、中級魔法を使用しての強奪事件が発生しました」
「中級とは断定できません!」
「いい加減にしろ!」
「次勝手な発言をするなら、この部屋から出て行ってもらうぞ」
両ギルドマスターに、再び責められしぶしぶ口を閉ざす。
「大体の事は分かりました。しかし僕が呼ばれる理由が分かりません」
「何を言ってるんですか! 開発者としての責任が・・っ!」
再び勝手に口を開こうとするが、両ギルドマスターに三度睨まれ黙る。
「一応、スクロールの関係者としてお呼びした次第です」
「待って下さい。僕はもうスクロールから手を引いているんですから」
「手を引こうが何だろうが、関係者として、開発者として責任を果たすべきなんです」
両ギルドマスターの圧力など、もう関係ない、なりふり構っていられないと言わんばかりに噛みついてくる。
「なる程、それでしたら関係者として大商会の会長をお呼びして下さい」
「はぁ!? な、何でお爺様を!?」
「関係者なんでしょ?」
「もう大商会は、スクロール事業から手を引いていますので無関係・・」
「ならば僕も無関係ですよね? 手を引いていますし」
「っ!?」
自分の発言に足元を掬われ、思わず言葉に詰まってしまう。
「関係者全員ならば大商会の会長の参加を、現時点でスクロールの関係者だけならば僕は不要と言う事になります」
「そ、それは・・」
自分の祖父とは言え、大商会の会長の参加は望ましくないのだろう。
なんせ自分の失態を知られる事になるのだから。
とは言え僕が帰ってしまえば、防御系スクロールの開発はできない。
エンケとしては、どちらも受け入れられる話ではない。
「マッヘンさん。そんな時間はないんです! すでに犠牲者が出ているんですよ! すぐにでもスクロールの生産に入る必要があるんです! これは開発者のあなたの責任なんですから・・」
となれば、ごり押し、勢いに任せて作らせると言わせにかかる。
僕が、いやその場にいた全員の冷たい視線を浴びせらるが、態度を変えずに話し続ける。
バァン!
「ひっ!?」
もの凄い破裂音がしたかと思うと、エンケは驚いて体を小さく丸める。
「さっきから小娘・・」
どうやら先程の音は、冒険者ギルドのギルドマスターが壁を平手打ちしたようだ。
かなり怒りの籠った眼で、エンケを睨みつける。
「マッヘン、ご足労をかけたな。もう帰ってよいぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
惚けていた孫娘が、その言葉に我に返り、僕を引き留めようとする。
伸ばしてきた手から身を躱しつつ、僕は無言で孫娘を見下す。
「あなたには人の心というものがないのですか! 何度も言いますが犠牲者が出ています! 時間がないんですよ! こんな茶番に付き合わずに、とっととスクロールを開発して下さい! それがあなたの責任なんです・・」
「失礼する。遅くなって申し訳ない」
エンケの言葉を遮って、ノックもせず、扉を開け中に入ってくる一人の老紳士。
「なっ!? お、お爺様・・、何で・・此処に?」
「我が系列の社員が無礼を働いている様子が聞こえたので、失礼とは思ったが中に入らせてもらった」
「勿論関係者なのだから、お呼びするのは当然だろう」
商業ギルドのギルドマスターがシレっと答えると、エンケは呆然とギルドマスターの方を、恐ろしい物を見るように振り返る。
「マッヘンさんへの説明の途中でしたが、その後でちゃんとお呼びしている事をお伝えして、お待ちいただく手はずだったのですが・・」
誰かの横やりで、その話が尻切れトンボになってしまったと口にする。
が、登場の仕方に三人が何の驚きも見せていない様子から、僕やエンケが来る前から、隣の部屋あたりで待機していたと考えるべきかもしれない。
もしかしたら本当に出待ちをしていたかもしれない、大商会の会長のドヤ顔を見る限りでは・・




