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路地裏の雑貨屋さん  作者: まる
19/31

孫娘の失態

19.孫娘の失態




てんやわんやだけが理由じゃないエンケが、こちらを気にかけないのであれば、こちらとしても気にかけるつもりはない。


「新商品ですか? 何故私たちに?」

「お前のところの、エンケが居ないが良いのか?」


冒険者ギルドのギルドマスターのジュドさんと、商業ギルドの職員のパソナさんの二人だけである。

場所も新商品と合って、ギルドマスターの執務室である。


「まあ色々ありまして。今回はお二人に新商品を見ていただきたいと」

「また文句を言われませんか?」

「何故、僕が文句を言われなくちゃいけないんです?」

「ん? どういう事だ?」

「どういう事でしょうか?」


ギルドマスターと、パソナさんは顔を見合わせて首を傾げる。


「契約上はトラブルに関しての対応は、エンケ商会が行う事になっています」

「そうですね」

「本来なら中級魔法のベーシックスクロールと防御系スクロールを開発する必要も、エンケ商会に委託する必要はないんです」

「「あっ・・」」


二人は僕が言わんとする事を理解してくれたようだ。

僕とエンケの関係は、僕が依頼主であり、雇っている側である。


「もうすでに偽物が出回っており、原本は悪徳業者の手元にあり、糊付けの対応では意味を成しません」

「そうですね・・。契約上、悪徳業者の対応はエンケ商会の役割となります」

「人命と言う緊急性から、中級魔法のベーシックスクロールと防御系スクロールの委託をしましたが、他の商会でも良いはずなんです」

「大商会の方は、それを理解していたから大目玉を食らわせた・・」

「しかしエンケの方は、それを理解するどころか腹を立てている・・」


商人にとって大失態、顧客との信頼を失う行為をエンケは行ったのだ。


「と言う訳で、自分の立場を理解できない方と仕事はできないし、仕事は任せられないので、この場はお二人だけと言う事になった訳です」

「なる程・・」

「承知しました・・」

「まあ彼女の今ある生産力や、販路は馬鹿にできませんけどね」


エンケの話はそこまでにして打ち切って、実際に魔石の力を見てもらう事にする。






三人揃って、執務室からそのまま訓練場にやってくる。


「新商品と言いましたが、スクロールの延長線上の物でしかありません」

「延長戦上とは、どういう意味ですか?」

「あくまでも魔道具マジックアイテムと言う事です。ですのであまり真新しさはありません」


そう言うと、掌の上に、掌のくぼみ程度の大きさの魔石を載せて、二人の前に差し出す。


「・・クズ石ですね」

「むっ? もしかして上手い事使えるようになったのか?」

「何かご存じなのですか? ・・そう言えば以前、依頼してまで集めていたと・・」

「まあな。マッヘンに頼まれてクズ石を集めてはいたが、実際に何かできるとは思っていなかった」

「早速ご覧に入れますね。ストーンバレット、ストーンバレット、・・」


訓練場の的に向かって、二人も見慣れただろう、ストーンバレットを十回連続で放つ。


九回目で魔石にひびが入り、十回目で灰のような細かい粒子となる。


「こんな感じです。単にスクロールの連続使用できるものと言う事です」

「・・スクロールの延長って話だったよな?」

「クズ石が化けた・・」


振り返ると、ギルドマスターとパソナさんが目を見開いて呟いているいる。


「お二人とも、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃねぇ! お前なんてもん作ったんだ!」

「本当ですよ、マッヘンさん! とんでもない事ですよ!」


二人が我に返り、同時にがなり立ててくる。


「ちょっと二人とも落ち着いて下さい。魔法が使える事には変わりないんですよ?」

「明らかに違うだろう! 連続して使える事、携帯できる利便性、保存性の向上」

「ああ、そう言う意味ならば別物ですね」


単純に魔法を使えると言う点では、スクロールと魔石は同じ魔道具マジックアイテムだ。

しかしスクロールと魔石を比べた場合、性能差は歴然としてくる。


「良いですかマッヘンさん? たった今、クズ石に価値が付いたんですよ! 経済がひっくり返りますよ! その辺分かってます!?」

「魔法が使える事を除けば、確かにそうですね」


捨てられていた物に価値が付く、これは経済に大きな影響を与えるだろう。


スクロールの延長線上の一つと思っていた魔石は、ただ事ではない事態になってしまった。






再び訓練場から、ギルドマスターの執務室に戻り話し合いの場が持たれる。


「で、いつ売り出すんだ?」

「一体いくらで売り出すつもりですか?」


扉を閉めた途端、二人が同時に聞いてくる。


「待って下さい、お二人とも。魔石にはまだまだ問題があるんですよ」

「「問題?」」

「そもそも誰に委託するか決まっていません」

「「なる程」」


僕一人では絶対に手が回らないし、世に広める事にはならない。

量産体制が整っていないのに、幾らとか何時なんて言えるはずがないのだ。


「販売云々の前に、スクロールと魔石の違いを簡単に説明しますね。そもそも魔法を使うためには魔力が必要とされています」

「そうだな」

「スクロールは空気中の魔素を取り込んで魔力に変換していますが、魔石は、魔石自体に蓄えられた魔力を消費します」

「そうだったんですか」


二人に簡単にスクロールと魔石の違いを説明する。


「魔石に含まれる魔力の多さは、魔石の大きさに関係しています」

「どんな魔石でも良いと言う訳じゃないのか」

「魔法によって、魔力はまちまちですので、きちっととした標準化は難しいかと」

「しかしある程度の魔石のサイズの標準化をしないと、不都合が出てきますね」


今の今まで魔石は取り扱われなかったのだから、決める事は山のようにあるはずだ。


「あとは作成に関する事なので詳しく申し上げられませんが、初期投資はスクロールより掛かりますし、魔石の価格によっては単価が跳ね上がる可能性があります」

「スクロールとの性能比で言えば、やむを得まい」

「しかし簡単には手が出せる代物ではないと言う事ですね」


魔法の種類の数だけ、金箔の板を作る必要がある分、初期費用はバカ高いものになる。

大きい魔石は強いモンスターからしか取れないので、入手し難く価格も高くなるだろう。


「魔石の取り扱いを、ある程度ギルドで決めていただいた方が良いですよね?」

「しかし物の価値など、正直あってないようなものだぞ?」

「そうですね、需要と供給によって価格は変動しますし」


必要で希少な物であればあるほど価格は高くなり、量があればあるほど価格は下がる。


「とは言え、いきなり魔石の情報が流れれば、混乱は目に見えているな」

「先程のある程度のサイズの標準化と、せめて最低価格には目途を付けておかないと」

「ギルド間で話し合っていただいている間に、僕は委託先を考えたいと思います」


それぞれの話が纏まってから、魔石のお披露目をすると形に落ち着く。






これで話は終わりかと思っていたら、ギルドマスターから話が続けられた。


「そうそう、こっちもお前さんに話があったんだ」

「僕に、ですか?」

「ああ。気がかりだった件・・、スクロールの悪用だ」

「・・どのような?」


先程までの和やかな雰囲気から、一転緊迫した空気となる。


「当然、野盗や強盗の使用だな」

「そう・・ですか? それで?」

「南の地方都市周辺の輩は、お前さんの訓練会や、犯罪者の特別取締部隊「アインハイト」の成果もあって、あっさり方が付いた」


講習会や訓練会で、少しでも魔法に接していた事で、咄嗟に動けたという。


「南・・と言う事は、他の地方でも?」

「ああ。でも他のギルドマスターたちには、きちんと警告と対策はしっかり伝えてあったんだがなぁ・・」

「講習会や訓練会、その他の対策には、どうしてもお金がかかりますからね・・」


南の地方都市は、僕と言うパトロンが居たから何とかなった。

他の町や地方では、僕のような理解者が居なければ難しいだろう。


また支店があるとは言え、事実上スクロールの製造拠点は南の地方都市のため、他の地方では正規品よりも偽物が横行し易い。


誰にでも安く広くと言う思いが、残念な方向に向かってしまった事にため息を吐く。






今思えば僕も焦っていたのかもしれない。

もう少し情勢を見てから、魔石と言う魔道具マジックアイテムを投入すべきだった。


スクロールの悪用が増加するのに、発明品を見て欲しいと言う自己満足のために、ギルド側の準備ができた途端にお披露目会を開いてしまった。


魔法と言う真新しさはないにもかかわらず、参加した冒険者たちと、商人たちは、冒険者ギルドのギルドマスターや、商業ギルドの商人と同じような反応だった。


冒険者曰く、連続性、携帯性、何よりも魔石集めと言う新たな仕事が生まれた事の評価が高い。

商人曰く、今まで価値のない物に価値を見出した事に評価が高く、これから始まる新たな商売にすでに動き出す者もいる。




スクロールの販売に関しての反省から、声掛けしてなかったエンケが、何処から聞きつけてきたのか参加していた。


魔石の効果を確認すると、そのまま冒険者ギルドのギルドマスターの執務室に連れ込まれる。


その場には冒険者ギルドのギルドマスター、パソナさんも揃っていた。


「いきなり何でしょうか? エンケさん?」

「魔石の契約です、決まっているでしょう?」

「どういう事でしょうか?」

「何をおっしゃっているのですか? 私とマッヘンさんの魔石の製造販売の契約をするんですよ」


既に自分と契約するものと断定して連れてきたようである。


「申し訳ありませんが、魔石の契約はエンケさんとする予定はありませんよ?」

「・・はぁ!? 何を言っているのですか?」

「何故僕は、魔石の事に関して、あなたと契約しなくちゃいけないんですか?」

「そんなの当り前じゃないですか。あなたが開発した物なんですから」

「ですから、僕が開発した物を、あなたに製造販売してもらう必要があるのですか?」

「当たり前でしょう。スクロールの時もそうだったんですから」


心底心外だと言う表情である。


「どうやらお判りいただけないようですね。このままあなたと仕事を続けるのは難しいでしょう。あなたとの委託を解約したいと思います」

「はぁ!? できる訳ないでしょう。委託の解約は一方的にできませんよ! お互いが利益になる、もしくは不利益になる場合・・」

「僕とエンケさんの関係は?」

「関係? 私がマッヘンさんからの委託を受けて、スクロールの製造販売を・・」

「つまり主従関係にあるはずなんですが、その責務を果たしていますか?」

「えっ・・」


あまりに意外な言葉だったのだろう、エンケが間の抜けた顔をする。


やはり彼女は、魔道具マジックアイテムと言う夢のアイテムを、自分が扱えると言う事に有頂天になっていたのだろう。

自分が製造して、売ってやっているんだと・・


「あなたは依頼主の僕のところに、どの程度足を運ばれていますか?」

「何度だって!」

「契約とトラブルの時だけじゃなくてですよ? トラブルはエンケ商会での対応のはずですから」

「っ!? それは・・」


痛いところを突っつかれたからか、挙動が不審になる。


これは僕の知らない所での話だが、彼女の祖父、すなわち大商会の会長からもすでに指摘されていた事でもある。


「スクロールの偽物騒ぎに関して、あなたは何をされましたか?」

「何をって、私にできる事なんかありませんよ!」

「僕が手伝ったのは人的被害を、どうにか減らすための対策です」

「当たり前じゃないですか! 開発者なんですから!」

「偽物を扱う人たちに対して、あなたは法的な措置をしましたか?」

「私の力じゃ、悪徳業者を捕まえるなんて無理です!」

「僕は、捕まえたか? と聞いたのではなく、法的な措置をしたのか? と聞いているんですが?」

「・・それは」


エンケは反論する事ができずに、歯を食いしばって黙り込む


僕がスクロールの看板を店先に出していた時、パソナさんが怒鳴り込んできた事があった。

商業ギルドが知らない商品に、目くじらを立てるのは、違法商品の横行を防ぐためと、偽物を摘発するためである。

これらは町を守り、商人や冒険者を守るためだ。


当然こちらから、どう言うものが本物で、それ以外は偽物と言うのを商業ギルドに提示しなくては分かりようがない。


彼女は対策・・、結局のところ中級魔法のベーシックスクロールと防御系スクロールに舞い上がって、自分がすべき義務を怠っていたのである。


「良いですか? 下手をすれば、中級魔法のベーシックスクロールと防御系スクロールの横流しが始まっているかもしれないんですよ」

「そんな事はありません!」

「確認は取れていませんが、各地で中級のベーシックと思われる魔法や、防御系の魔法を使う野盗や強盗ではないかと言う噂があります」

「俺のところにも来ているな」


僕の言葉に、パソナさんと、冒険者ギルドのギルドマスターが乗っかる。

安全を図る事、早めに予防する事には、彼らも大賛成なのだろう。


「ただの噂じゃありませんか!」


そう怒鳴り声をあげると、自分は関係ないと否定し始める。


「ええ、分かりました、分かりましたとも! 委託の解約に応じましょう! しかしスクロールの製造販売のために、多額の投資をしており、このままでは大損です!」

「・・それで?」

「今あるスクロールの権利を要求します! そしてその魔石の権利も!」

「なっ!? エンケさん! あなたは自分が果たすべき責任を・・」


あまりの物言いに怒るパソナさんを、僕は手で制する。


「今あるスクロールと、生活魔法と、初級魔法の魔石の権利で良いのですか?」

「ええ、それで結構です」

「分かりました」

「ちょっとマッヘンさん!?」

「おいおい、良いのか?」


あまりにも公平公正さに欠ける条件に、パソナさんとジュドは驚きの声を上げる。


「構いません。これで縁が切れるなら安いものです」


その言葉に、エンケは苦々しそうに睨みつけてくる。


スクロールの業務委託を、スクロールの権利と魔石の権利をエンケに譲る事、エンケは一切僕に関わらないと言う条件で解約する。


「マッヘンさん。あなたはきっと後悔して、私に頭を下げに来る」

「どうでしょうか・・。僕はもうスクロールにも魔石にも関わるつもりはないので」


負け惜しみをと言う捨て台詞を残して、エンケは去って行く。


「本当にスクロールや魔石から手を引くのか?」


魔法犯罪者の特別取締部隊「アインハイト」の関係上、手を引かれては困る冒険者ギルドのギルドマスターが聞いてくる。


僕はチラリとギルドマスターの方を見てから、パソナさんに声をかける。


「パソナさん」

「何でしょうか?」

「大至急、大商会の会長とのアポイントメントをお願いします」

「・・分かりました」

「おいおい、そっちから手を回すのか?」


二人は僕の行動を、密告と受け取ったのかもしれない。


しかしその時の僕は、二人の咄嗟のウソが本当にならない事を願いつつ、万が一の場合の相談相手を探さなくてはと考えていた。





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