新商品続々
18.新商品続々
少々険悪な雰囲気となってしまったので、ここら辺で取っておきの実演を行う事にしよう。
「先程冒険者の方から、スクロールの公開は悪用に繋がるとご指摘がありました。例え模造品が出回ったからと言って、スクロールの公開は、悪事に拍車がかかるのは事実です」
冒険者、商人問わず頷いている。
「そこで効果的な、中級スクロールの使い方をご覧に入れましょう」
僕がそう言って、合図をすると犯罪者の特別取締部隊の人たちが入ってくる。
とは言え、集まった人々には、そんなことを明らかにすることはしない。
「彼らは冒険者ギルドでも高ランカーであり、スクロールの使用にも精通しています」
そのように簡単に紹介して、すぐに新商品のお披露目をしてもらう。
観客となる人々にはできるだけ離れてもらう。
犯罪者の特別取締部隊は、一人が荷車の傍におり、残りは周囲を囲むように散っている。メンバーの傍には訓練用の人形がある。
「・・これは、どう言う?」
「訓練会の護衛パターン・・か?」
観客たちで訓練会を経験した人たちは、これから起こる事を口々に予想している。
経験した事のない人たちは、戸惑いながらも周囲の人の声から状況を予想しているようだ。
「シチュエーションは、野盗や強盗に襲われたとしてあります。襲い方は星の数ほどあるでしょうが、倒木や落石などで道を塞いで動きを止めるのが一般的でしょう」
商隊や護衛の経験者たちは一応に頷いている。
「上級編として、突然商隊の前に木を倒したり、石を落としたりして、荷を引く動物を驚かせて隊を混乱させる方法もあるでしょう」
上級編と言うのは、倒したり落としたりする者と物を隠せる場所が限られ、絶妙なタイミングで実行する必要があるからだ。
「しかしスクロールであれば、前後左右何処からでも、唐突に仕掛ける事ができます」
野盗や強盗の好きなタイミング、場所で実行が可能なのだ。
「今のシチュエーションでも、突然スクロールで襲われ、商隊が混乱している間に、野盗や強盗たちが取り囲み、スクロールで脅している状況とお考え下さい」
絶対に、必ず起こりそうなシチュエーションに、固唾を飲んで見守っている。
「野盗や強盗が持っているスクロールが本物である必要はないでしょう。本当ならまず荷を引く動物を落ち着かせるので手一杯で多くの人々は隙だらけですが、今回は訓練を受けていたとして、護衛は瞬時に警戒に当たったとします」
訓練をしていない人たちがこれをやられれば、何事かと驚いている内に、あっという間に無力化されてしまうだろう。
「この状況で中級のスクロールを使ったところで、被害だけが拡大するでしょう。もちろん命をも寄こせと言うのであれば別でしょうが」
観客はせめて一矢報いる手段として、中級スクロールを使用すると考えたかもしれない。
そこで僕がアインハイトに頷けば、向こうも頷いて返し、手にしていたスクロールを発動させる。
「シェル(障壁)」
一瞬だけ荷車を、ドーム状に囲むように光が一周する。
「・・シェル? 何だ・・聞いた事がないぞ?」
観客たちが聞いた事のない魔法に、眉を顰め、ボソボソト喋っている。
シェルに続いて、比較的に被害の少ない中級のスクロールを発動させる。
その間に野盗役は、一旦身を伏せる。
「ウォーターアロー」
「「「おお!」」」
初めて見る者も多い、水の中級魔法に観客からどよめきが聞こえる。
十発のウォーターバレットが放たれ、訓練人形の四体ほどが吹き飛ばされる。
アロー系の魔法は、初級魔法を複数放つ魔法なのだが、初級が前方に放つため、同じように前方にと言う条件が付く。
エンハンストクラスになれば、全方位のアロー系の上位も存在する。
今度は残った野盗役が、一斉に初級のスクロールを放つ。
「「「あ、危ない!? 逃げろ!」」」
まさかデモンストレーションで、本当に魔法を、実際の人に向かって使うとは思いもしなかったのだろう。
六人分の初級魔法が、護衛役に打ち込まれ、轟音と爆音と、衝撃が響き渡る。
誰もが目を塞ぎ、大惨事に恐れ戦く・・
「以上が、中級スクロールの効果的な使用方法となります」
「「「・・・えっ!?」」」
僕の言葉に、目を恐る恐る開き、訓練場の状況に愕然とする。
「ば、馬鹿な!?」
「傷一つ追ってないぞ!?」
「うまく逃げたとしても、荷車も無事なのは何故だ!?」
観客からは、驚きと戸惑いの声が上がる。
「そう言えば、最初にシェルと言うスクロールを使ってたな・・」
「確かに・・。ドーム状に光が覆うように・・」
その声を確認してから、パンと一つ柏手を打つ。
「そうでした。一つご説明を忘れていました」
勿論効果的に使うために、わざと説明を忘れていましたけど。
二つのスクロールを、左右それぞれの手に、一つずつ持つ。
「右手の方がシールド(盾)と言います。左手の方がシェル(障壁)と言います」
「シールドとシェル・・、さっき使ったやつだな」
「はい。どちらも初級魔法を完全に防ぎます」
「「「なっ!」」」
全員が驚きの声を上げる。
「見てお分かりのように、シェルに関しては、荷車程の大きさのドーム状の壁を作り出し、全方位からの魔法攻撃を防ぎ、中からの魔法攻撃を可能とします」
観客たちは、全員がもう一度、無事だった人と物の方を見る。
「シールドは人一人を程の壁を正面に創り出し、効果はシェルと大差ありませんが、大きな違いは移動や向きを変える事ができると言う事です」
「移動可能と言うのはどういう事だ?」
「シェルと言うのは発動したその場にしか効果がありません。シールドは・・」
そう言って、アインハイトの面々に合図をする。
一人がシールドを発動し、残りの何人かが正面から攻撃する。
「うおぉ!?」
観客たちは、惨事を恐れつつも見守る。
一発二発と当たるが、シールドの後ろの人には被害が及ばないのが見て取れる。
その後、一歩一歩と前に進み出ながらも、魔法を防いでいく。
前後左右からの攻撃にも、向きを変えて対応する。
「おお!? これが移動可能と言う事か!」
「その通りです。状況によって使い分ける事で、より優位に事を運ぶことが可能です。これにより中級スクロールの必要はなく、初級でも十分対応できるでしょう」
「確かに・・」
「これにより初級魔法のスクロールを公開しても、安全性は保たれます」
シールドやシェルと、中級魔法のベーシックスクロール・・
これがあれば、初級魔法のスクロールが公開されても、何の心配もない。
「道具というものは、使う人間によっても便利な道具にも、凶器にもなり得ます。エンケ商会は、発明しておしまい、売っておしまいと言う無責任な事は致しません」
模造品を作ったであろう商人たちが、気まずそうな表情を浮かべる。
「これからも横流しなどで、これらの道具が犯罪に使われ、防いでとイタチごっこが続く事があるでしょう。しかし最大限、エンケ商会は誠意ある対応を心がけます」
おお、と周囲から歓声が上がるが、釘を刺しておく。
「しかし私たちにも、リソース・・時間や資金、人材などの限界があります。是非とも皆様のご協力も期待させていただきたい」
冒険者や商人たちは、一部の不承不承を除いて、尤もだと理解を示してくれる。
たった一つの商会で、世界全土を相手にするのは不可能なのだから当然だ。
「これからもエンケ商会を、よろしくお願いいたします」
そう締めくくって、臨時のお披露目会を終了する。
冒険者や商人たちを、シールドとシェル・・この際、防御系魔法としておこう、のスクロールで驚かせるまでは大成功だった。
「大成功、じゃありません! なんて事をしてくれたんですか!」
「防御系スクロールは良くなかったのです・・か?」
「大変良い事です。しかし物事には順序と言うのものがあります!」
目の下にクマを作って、お肌の状態もカサカサと良くなく、かなりやつれ、髪の毛もはり艶ともにないエンケの叫び声が続く。
「確かに、エンケさんに防御系スクロールを黙っていた事は済まないと思うし・・」
「まだ開発段階だったと言う事で、極秘扱いは当然でしょう。しかし・・」
エンケは、臨時のお披露目会には参加しなかった。
中級魔法のベーシックスクロールと言う話だったので、大量生産を優先して、すべてを僕に任せて走り回っていた事が仇になった。
臨時のお披露目会の後、満を持して客の対応に係ると、全く知らないシールドとシェルと言う二種類のスクロールの話を聞かされる。
僕の店兼店舗に飛び込んできて、臨時のお披露目会の話の詳細を聞いた途端、卒倒しそうになっていた。
「せめて使ったらすぐに連絡くれるとかして下されば・・」
増産ではない、別ラインでの製造である。
大慌てで人員の再割り振りと場所の確保、不足した分の人員の募集と面接などなど・・
「やっと一段落しました・・。これで初級スクロールの公開と、中級魔法のベーシックスクロールと防御系スクロールの販売ができます・・」
せめてもの救いは、二種類だけだと言う事のみ・・
「大商会の会長に助けを求めたら、現場に任せっきりだからこうなるのだからと大目玉くらっちゃうし・・」
この愚痴は僕のせいじゃないんだけど。
「大商会の会長の助言は、他にはなかったのですか?」
「・・いいえ、特には・・」
僕の言葉に対して、何か不貞腐れている様子だ・・多分何か言われているのではないか?
忙しいのは分かるけどエンケは、殆ど僕の自宅兼店舗に来た事がない。
何となくだけど、全ては自分の手柄みたいな感じで、僕は小間使いみたいな気がする。
僕を手放さないように、いろいろ気を遣うものじゃないのかなぁ。
しかも新製品にばかり気がいって、肝心の問題対策に目がいかないみたいだし・・
このまま任せていて大丈夫だろうか?
釈然としない気持ちを切り替えて、後回しになった新商品の開発に着手する。
着手するとは言っても、大体の方向性は固まっているのだが。
「さて、お待たせ。君たちの出番だよ」
そう言うと、冒険者ギルドからもらってきた、山のような魔石の一つを手に取る。
運が良い事に、今現状ならクズ石としてタダで手に入る。
新商品とは、魔石を使った魔道具である。
僕は前の世界のファンタジー小説などから、スクロールは使い捨てと言う固定観念があったため、魔石を使った、複数回使える魔道具のアイデアは考えていた。
その前に、まずスクロールで複数回使えないか検証をしてみる。
まだ初級のスクロールが出始めたばかりで時間もたっぷりあったので、色々と試すことができた。
まず簡単な生活魔法のスクロールを創る際の文言に、試しに二発分の、と入れてみる事から始める。
そうしたところ、二個のスクロールが創造された。
今度は、一枚の樹皮紙に二発分の、と入れてみた。
すると倍の大きさ、封を開けてみると、一枚の樹皮紙に全く同じ魔法陣が二つ描かれていた。
試しに発動すると、一つ分のスクロールの部分が粒子となって消えた。
魔法の数を増やせば、スクロールが大きくなるだけと言う結果になる。
別々でも、一つでも結果は変わらない・・、いや書き損じを考えれば別々の方がマシだ。
ただ高価な素材を使う事で、ある程度解消できる事が分かったので、魔法の発動する媒体の耐久力が関わっていると考えられる。
だったら軽くて、安い素材の使い捨てで十分と言う形のままで行く事にした。
そしてこの研究は、後の魔法を付与する方法の開発に大いに役立つ事になったのは幸いである。
スクロールは今のところうまく行かないと判明したので、実際に魔石を使った、魔道具を創ってみる事にする。
「そもそも魔石と言うのは、動植物の体内に魔素や魔力が集まって物質化した物・・、魔石の中の魔素なり魔力を使うのであれば、周囲の魔素を集める事と、魔力に変換する事は必要ないと思われる訳だが・・」
何の道具や素材を使わずに、魔石の魔道具に取り掛かる。
「ライト(灯り)を十回分使える魔石・・【創造】」
掌の上に、親指の爪ほどの大きさの魔石が出来上がる。
「これぐらいの大きさの魔石が必要になるんだな」
魔石に含まれる魔素なり、魔力を使うと言う事は、大きさの基準は必要になる。
ギルドに頼んで集めてもらった魔石から、大体同じ大きさの魔石を探し出す。
「ライトの魔法を魔法陣を魔石に転写する、金箔を貼った木の板に描いて・・、安全のためにキーワードとして【コピー】にして・・」
スクロールを創造した時のように、必要な事を書き出していく。
金箔をはった木の板と言うは、安い素材だと先程の経験のように、一回使うだけで無くなっては意味がないからだ。
金の板だと何度でも使えるのだが高価すぎるので、色々試した結果、金箔でも代用が可能と分かった。
「ライトの魔法の魔法陣を、【コピー】のキーワードによって魔石に転写する魔法陣が描かれた、金箔を貼った木の板・・【創造】」
まずは転写する魔法陣を創造する。
続いて金箔を貼った木の板の上に、探し出した魔石を載せてキーワードを唱える。
「コピー(転写)」
金箔の上の魔法陣が光り輝き、一呼吸程度で光が収まる。
魔石の表面には、色々な文字や幾何学模様を書き写されている。
「ありゃりゃ・・、コリャだめだ」
最初に創造した方と、手に取ってよくよく比べてみないと分からないが、失敗が一目瞭然だった。
創造した方は魔石の中に描かれているのに対して、転写した方は表面に描かれている。
「ライト(灯り)を十回分使える、魔法陣が表面に描かれた魔石・・【創造】」
今度は魔法陣が魔石の表面にと言う文言を付け加えて、もう一度創造する。
「これなら大丈夫かな? 正直小さすぎで良く分からないけど・・」
小さすぎて同じかどうかは、肉眼では分からない。
あくまでも魔石の中か、表面かの違いでしかない。
創造品も、転写品のどれも、きちんとライトの魔法は発動するのは確認した。
「四つの生活魔法十回分と、四属性魔法の初級の十回分を作って、必要な魔石の大きさを割り出しておくか・・。そのあと実際に動作確認か・・」
時間の許す限り、魔石による魔道具の作成を行っていく。