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路地裏の雑貨屋さん  作者: まる
17/31

問題対策

17.問題対策




さて偽物騒ぎのため、僕がまず初めに着手する事は、スクロールの改良である。


「真似るのは良いけど、粗悪品や不良品が出回るのは良くないからなぁ・・」


スクロールを創り出す前に、樹皮紙に顔料で適当に文字や線を描き、その上からエンケによって持ち込まれた糊を塗っていく。


流石に大商会の孫娘である。

糊は門外でも、数多くの伝手を使って探せば、運よくすぐに数種類が見つかる。


「どの糊もこの顔料は滲まなせないね。あとは接着力か」


糊付けしたスクロールを一度丸めた後、剥がしてみるとバリバリと破れていき、どのような文字や線が描かれていたか分からなくなる。


「一番良いのは、顔料を溶かすような溶剤でないと剥がせない糊だから・・」


水やお湯に漬けただけで糊が剥がれては、水に溶けない顔料はそのまま残り、誰でも真似できるようになってしまう。


「この糊が一番良いみたいだ。運よくすぐに見つかってよかったよ。あとは実際にきちんと発動するかと」


前もって準備してあった灯りの樹皮紙に糊付けし丸め、魔法を発動する。


「ふむ。問題なく発動するか。一応念のため・・」


ライト(灯り)のスクロールを、「アイテムクリエーション《魔道具限定》で、糊付けしても大丈夫な物と言う一文を加えて創造する。


「空気中の魔素を集めて魔力とし、魔力をライトの魔法に変換し、樹皮紙の封に書かれたキーワードによって発動する顔料の手書きの魔法陣を、糊付けしても大丈夫なように樹皮紙に書いた巻物・・【創造】」


実際に糊付けした物を創造しては、自分で開いて中身が確認できなくなるからだ。


「ふむ、良かった。全く同じだ、運が良いね」


糊付けしても大丈夫な物と言う一文を加えたスクロールと、加えていないスクロールの違いは、僕が見た限りではなかった。


一からすべてを作り直しにならずに済んだのは、本当に運が良かった。


「念には念を入れて、初級や中級のベーシックでも試しておこう」


全部を試すのは非常に手間なので、いくつかピックアップして冒険者ギルドで試すことにする。




僕自身は冒険者ではなく、日々冒険者ギルドに通っている訳ではない。


「あっ! マッヘンさん、いらっしゃい。テストですか?」

「はい、訓練場をお借りできますか?」

「勿論です! ギルドマスターからも最優先に使わせるように言われていますから」


ギルドマスターから、僕が来たら優先的に使わせるようにと言う通達があったらしい。

それよりも、やはりスクロールのインパクトが強いのだろう。


「では、お借りします」

「立ち入り禁止にしておきますので、思う存分やって下さい」

「はは・・、ありがとうございます」


スクロールの実験と言うのは分かっているのだろう、お言葉に甘えて思う存分検証する。




糊付けのスクロールが問題ない事を確認すると、今度はエンケ商会へと向かう。


「マッヘンさんの方からいらっしゃるなんて珍しいですね」

「糊付けスクロールの検証が終わりましたので、その後報告に」

「そうですか! 進捗は如何ですか?」


かなり期待した様子で、声をかけてくる。

うーん? 糊を持ち込んだだけで、日々の進捗を聞きに来ていないなぁ・・


「全く問題ありません。今の材料、製法であれば糊付けしてもきちんと魔法は発動します。これは中級のベーシックスクロールでも同じです」

「そうですか、それは良かった! これですぐに中級のベーシックスクロールの制作に取り掛かれます!」


これで一気に事を進められると、エンケは大喜びである。

スクロール問題の解決の第一歩は、まさに糊付けの可否にかかっているから当然だろう。


しかし中級魔法のベーシックを販売するにあたり、問題点と事前策の話が出てこない。


準備ができ次第、改めて今後の方針を話し合う事にして、エンケ商会を後にする。




続いてやってきたのは、商業ギルドである。


特に急ぎの用がある訳ではないが、どうせ外出するならば、この機会に纏めてやってしま王と思って訪れる事にしたのだ。


「あれ? マッヘンさん、いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件ですか?」

「いえ、ちょっとお伺いしたい事がありまして・・」

「どのような事でしょうか?」

「以前、作成をしましたバレル(大樽)のスクロールの事なのですが、最近注文がないので、何か不都合な事があったのかと思いまして・・」


商人たちから、ドリク(飲水)のスクロールでは、商売に向かないので、強化版を作れないかと打診があったのだ。


そこでドリク(飲水)がバケツ一杯ほどの飲み水を生み出すスクロールの強化版として、樽五杯ほどを生み出す、バレル(大樽)のスクロールを創ったのだ。


「そう言えば、作っていただいた当初は飛ぶように売れましたが、最近は発注がありませんね・・。どういう事でしょう」


パソナさんも、そう言えばと言う感じで首を捻っている。


「問題がなければそれで良いのですが、それとなく聞いていただけますか?」

「分かりました。こちらも作成をお願いした立場です。確認してみますね」

「お願いします」


バレル(大樽)のスクロールは糊付けしていない。

エンケ商会の方でも、商人たちから初級のスクロールの購入が減っていると言う話もある。


「商人は信頼が第一のはずなんだけど‥」


まさかと思いつつも、買うより作った方が得だと思う人間はいるだろう。

そして作れるのであれば、自分で売った方が儲かると考える者も・・


すっきりしない思いを胸に、商業ギルドを出て、自宅兼店舗へと帰る。






今日一日、あちらこちらに出回った後、僕は残った最後の作業に取り掛かる。


「冒険者ギルドのギルドマスターの言い分は尤もだよね」


冒険者ギルドに組織してもらった、アインハイトは抑止力にならない。

中級魔法のベーシックスクロールも、たぶん抑止力にはならない。


スクロール対スクロール・・、魔法使い対魔法使いと同じ状況になる。

初級スクロールの公開は、当然その状況を生み出すだろう。


「やっぱりアインハイトの皆から要望が多く、あくまでも検証として創ったけど高評価だったあのスクロールを用意しておくか・・」


一人ごちると、余っている紙にアイデアを纏めていく。


「あの時は、売り出す予定じゃなかったから、一発創造で生み出したけど・・。パターンとしては盾と、障壁の二種類か。検証用の盾はどちらかと言うと壁だったよな、動けなかったし・・」


一人で仕事をしていた時間が長かったせいか、どうも独り言が身についてしまったようだ。

特にスクロールの詠唱をする機会が多ければ多いほど、そうなってしまった。


「えーっと、空気中の魔素を集めて魔力とし、魔力をシールドの魔法に変換し、樹皮紙の封に書かれたキーワードによって発動する顔料の手書きの魔法陣を、糊付けしても大丈夫なように樹皮紙に書いた巻物・・【創造】」


初級以下の魔法を防ぐ、全身より一回り大きい透明な盾で・・

盾だから一方向だけ防ぐが、自分の方からは攻撃できるように・・

盾は持ち運べるから、移動できるはず・・


これらの事を強く意識しながら、スクロールを創造する。


元の文言に、顔料と、手書きと、糊付けを加えたから、長い事長い事・・


「うーん・・、詠唱の言葉を一度きちんとと整理し直した方が良いとは思うんだけど、何か良いアイデアはないかなぁ・・」


自分の手の上に出来上がったシールド(盾)のスクロールを見て、一言呟く。


カッコつけようが、ダサかろうが効果は変わらず、何よりも大切なのがイメージ力である。

自分だどの様な効果の魔法を、どのような形にするかが大事なのである。


単に頭の中で思っているよりも、はっきりと言葉にして表した方がイメージは高まる。


「もう一つ作ってから、シェル(障壁)のスクロールを二つ作って、手書きして、検証して・・。果たして中級魔法のベーシックのスクロールのお披露目会に間に合うのか?」


間に合う間に合わないの前に、もう一つ自分で解決しなければならない問題があった。




今回のスクロールの検証は防御、自らの身体を差し出さなくてはならない。

これが一番の問題なのだ。


「気が重いなぁ、気が進まないなぁ」


そんな事を思いながら、冒険者ギルドを訪れる。


シールドやシェルの検証の話を、アインハイトの皆に、自分にスクロールを打ち込んでくれとお願いしたところ、何とも幸運な事に自分たちがやると言ってくれる。


「試作品のシールド(盾)のスクロールで経験済みだし、何ら問題がなかったしな。そもそも魔法を防ぐスクロールは、俺たちから言い出した事だ」

「でもまだまだ検証の段階なんですよ、危険ですよ? 良いんですか?」

「シールドやシェルは、これからの犯罪の防止に不可欠だ。失敗したとしても、直せるお前に何かあれば、犠牲者が増えちまう。それにこう言った問題の洗い出しは、もとより俺たちの仕事だ。それで飯を食ってる」


何とも漢らしいセリフを言って、シールドやシェルの実験に取り組んでくれる。


「試作品と違って、シールドが動けるのは非常に良い」

「シェルは、一方向で動けなかった試作品が、全方向になった訳か、すばらしい」

「何よりも、内側からの魔法攻撃が可能になった事もな」


アインハイトの面々からは、かなり良好な手ごたえを感じる。


エンケからも、中級魔法のベーシックスクロールの目途も付いたと連絡があり、細かな調整を経て、新商品のお披露目を行うだけである。







全ての準備が整い、冒険者ギルドと商業ギルドに、緊急講習会の通知をお願いする。


冒険者や商人たちは、前回のスクロールのインパクトから、ごねるどころか我先にと参加を表明したらしい。


「本日は急なお呼出にも関わらず、このように大勢の方にお集まりいただき、誠に感謝の念に堪えません」


冒険者と商人たちは、一言一句聞き逃すまいと、シーンと静まり返り、聞く事に集中している。


「この度も新商品のご説明となります」


良くぞこの短期間で開発できたものだと、全員が全員感心している。


「新商品はスクロールですが、中級魔法のベーシックとなります」


おお、と驚き色めき立つ。


「しかしながら、ベーシックとは言え中級となりますと、全員に試していただくほど、ご用意はできません」


初級と中級の内容は大きく変わり、より細かくなって、どうしても製造に時間がかかる。

さらに訓練場でベーシックとは言え、中級魔法をバカすか打ったら大変な事になる。


それはその場にいる誰しも理解しているのか、納得して頷いている。


サンプルとしてスクロールを皆に回すと、目ざとく違いを見つけたものが聞いてくる。


「中級のスクロールだが、前の初級と違うようだが?」

「そりゃそうだろう」

「何が違うんだ?」


違いに気づいた者たちが黙ってスクロールを見、気づかない者はざわついている。


「このスクロール、しっかりと糊付けだれているようだ」


糊付けされていると気づいた者たちは、中を確かめようとしたのだろう。


「はい。それが今回新商品を前倒しして販売した理由であり、現在起こっている問題の解決策でもあります」

「問題、とは?」


分かって言っているのか、分からずに聞いてきているのか・・


「現在スクロールの偽物が出回り始めています」

「ふむ・・、それで糊付けか」

「いえ、スクロールを広めるためには真似ていただいても構わなかったんですが、不良品が多く出回りまして」

「そうか・・」


商人の一部が渋い顔をする。

彼らの内の誰かは偽物、模造品を作っていたかもしれないが、流石に不良品は商人として売るつもりはなかったのだろう。


しかしモグリの輩が作ったスクロールで、自分たちの利権が奪われ腹を立てているようだ。


「しかし初級に関しては、今更感が拭えんと思うがね」


もう出回っているのだから手遅れだろうと、イラついた感じで棘のある言い方をする。


「はい。初級に関してはスクロールの製造方法を公開します」

「なっ!?」


驚くのは当然だろう、まだまだ初級スクロールで稼ぐことは可能だから。


「初級の権利を放棄する代わりに、中級のスクロールを秘匿する事で収益を得ます」

「まあ、当然と言えば当然か・・」


偽物で荒稼ぎしていた者たちは、僕たちの動きの速さに内心歯噛みしているかもしれない。


「それから初級のスクロールを公開しました関係上、今まで無償で行っていました講習会は中止させていただき、今後は有償の訓練会一本とさせていただきます」

「それは・・」


周囲がざわっとどよめく。

今までタダでスクロールを試せていたのに、今後は自分たちで作るなり買うなりしなくてはならなくなったためだ。


「し、しかし初級のスクロールが公開されたら、悪用されるんじゃあ・・」

「もちろん公開するにあたり、エンケ商会や各ギルドは対策を考えなくてはなりません」


冒険者の一人が、たとえ中級のスクロールが出たとしても、格段に危険が上がったことに変わらない事を指摘してくる。


「しかし偽物が出回っている時点で、その危険性はあったと思います」

「そ、それは・・」

「商業ギルドから以前、ドリク(飲水)の強化版のスクロールを作成して欲しいと言う依頼がありました」

「えっ!? そ、それが何か?」


質問をしてきた冒険者は、何を言われてりるのかさっぱり分からない様子。

反面、商人たちは、これから何を言われるのか理解して顔色を変える。


「バレル(大樽)と名付けたスクロールは、売り出した当初は飛ぶように売れましたが、今では全く注文がないのが現状なのです」

「そんなはずは・・」

「商業ギルドの調査では、結局飲み水は自分たちで用意する事にしたと言う回答でした」


護衛をしたこのある冒険者たちは、商人たちを見ると、殆どが目を逸らしている。


彼らはバレルのスクロールを使用しているのを、見たことがあるのだろう。


スクロールをばらせば、作り方が簡単に分かる。

作り方が分かるのであれば、買う必要がない。

自分たちでも作れるのであれば、自分たちだって売れば良い。


「いくら身分証を提示してもらってお売りしても、転売されればその先は分かりません。偽物に関しては、誰が誰に売ったと調べるのは、現実的に不可能です」


勿論すべてがすべて商人から出回ったわけではないが、善人悪人限らず、スクロールは手にする事が可能となってしまった。


「偽物騒ぎと密造者に対して、中級魔法のベーシックのスクロールを、仕方なく投入する事となった次第です」


誰の責任と言っても詮無きことだし、この場は断罪する場所でもない。

あくまでも問題解決と、新商品を知ってもらう場所なのだから、次へと話を進める事にしよう。





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