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路地裏の雑貨屋さん  作者: まる
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悪用のはしり

16.悪用のはしり




冒険者ギルドの訓練場での、スクロールのお披露目会を終えた後、エンケ商会やギルドは、殺到する問い合わせの対応に四苦八苦していた。


どうやら商人たちは南の地方都市だけでは埒が明かないと、親会社でもある大商会の方に、各地方で問い合わせを行ったらしいのだ。


「・・と言った訳で、嬉しい悲鳴なのですが、正直これ以上スクロールの事を止めておくのは難しいんです」

「それは大変でしたね」


かなり疲れている様子の孫娘に、思わず同情してしまう。


「南の地方都市で時間をかけてじっくり取り組む予定でしたが、南の地方都市から先行販売という形にせざろう得ない状況です」

「えーっと、同じような事を言っているように思えるのですが?」

「他の地方の準備が殆ど整っていません。製造すらままならない状況なんです」

「地方からの圧力も、更に増してくると?」

「そうなるでしょうね、はぁー・・」


全国展開の場合、遠ければ遠いほど、情報や対応が遅れがちだし、準備に時間がかかる。


そのため一から準備するのではなく、南の地方都市で技術を学んだ者たちが、各地方で製造に携わる予定だったらしい。


「因みに、マッヘンさんの方は如何なのですか?」

「僕の方は・・、冒険者ギルドだけじゃなくて、商業ギルドからも無料の講習会をやってくれって言われてますね。あともっと頻繁にと」

「それにしては、ゆったりしたようにお見受けしますが?」

「無料ですから、向こうも無理はあまり言えないんですよ」

「なる程・・」


冒険者ギルドのギルドマスターは、魔法犯罪者の特別取締部隊のために、スクロールを提供しているのを知っているので、無理は言ってこない。


有料の訓練会も、まだまだ未知なところもあり、コストパフォーマンス的にも手を出してくる冒険者は居ない。


更に新商品の開発をしているので、その隙間を縫って練習のため作ったスクロールが溜まってから、無料の講習会である。


「断りやすいとは言え、毎日のようにお願いの連絡がありますけどね」

「ですよねー」


自分と同じ苦しみを分かち合える僕に嬉しそうである。






数日後エンケ商会から、つまり南の地方都市からスクロールが販売される。


冒険者たちや商人たちは思っていた以上に安価で売り出され事で、我先にと買い、まさに飛ぶように売れ、作っても作っても即完売だと言う。


幾ら誰でも魔法を使えるようになるとは言え、やはり使う場所は限られてくる。


「うーん、これは使うよりも収集のため・・、物珍しさのための買い占めかも・・今のところは」


持っていれば使いたくはなるが、勿体ないと言う気持ちもわかる。


そこで無料の講習会に皆が目を付ける訳だ。


当然安くスクロールが手に入り、訓練をやれば、実際に使いたくなる。

これによって即実践ではなく、有料の訓練会の依頼が入るようになった。


唯一の欠点は、他の地方に人材を割くような余裕は一切ないと言う事である。

そうなると、地方からも買いに来る人々が現れ、更に売れていくと言うスパイラル。




しかし僕と言えば、先ほどもあったようにゆったりと仕事をする。


主な仕事は魔法犯罪者の特別取締部隊「アインハイト」のためのスクロール作成と、講習会や訓練会。

裏方として新製品の開発と、それぞれ上がってきた要望からのカスタマイズである。


例えば、こんな具合である。


「・・ドリクの強化ができないか、ですか?」

「はい。商人たちから要望が上がっているのですが、何とかなりませんか?」


エンケさんと、パソナさんが二人揃って、自宅兼店舗を訪れた際の出来事だ。


「ドリクのスクロールは、コップ一杯と言うお話でしたが、実際にはバケツ一杯ほどの飲み水が得られます」

「しかし数日分の商隊全員の飲み水を賄うためには、何十と言うスクロールが必要になります」

「それでドリクの強化と言う要望ですか・・」


旅程に必要となる全部の量をスクロールで賄うつもりはなく、非常用と言う認識が強いが、非常の際に使えなくては困ると、定期的には使用したいらしい。

そのためには、何十と言うスクロールは結構場所を取る事になる。


「分かりました。何とかやってみましょう」

「「ありがとうございます!」」


カスタマイズと言った個別対応は、当然開発者である僕しか行う事ができない。

魔法による利便性を向上させるために一役買つつ、きちんと仕事をこなす訳だ。





しかし儲け話であれば、悪い事を考えるのは居るもので・・

ドリクの強化版のスクロールを作成してしばらくすると、問題が上がってくる。


「・・偽物、ですか?」

「ええ。しかも殆どが不良品らしく、クレームが当方に来ています」

「似ているのですか?」

「似ている物から、似ていない物まで・・」


エンケさんが何やら抱えて、うちの店に来て愚痴り始める。


「まず形が違う物・・、スクロールは巻物状ですが、偽物は携帯性をうたって、折りたたんでいます」

「折りたたむって・・、内容がおかしくなっちゃうじゃないですか!?」

「はい、当然不良品です。同様に粗悪な素材を使って、文字が滲んでいたり、樹皮紙がボロボロ・・」

「これらは絶対に発動しない不良品ですね・・」


スクロールは、文字や幾何学模様が描かれているが、切れたり擦れたりすれば効果は得られないし、他の文字と重なり合っても同じだ。


「こちらに関しては、孫娘商会の製品ではないと突っぱねていますが、安価版だとうちの商会から売られていると言われてます」

「簡単に分かりそうなものですけどね・・」


もちろん証拠などはない。

卸はしていないと言っても商人、裏で何をしているかなど分かるはずもないと言う。


「そしてこちらが模造品です」

「へぇー、良くできていますね」


確かに、僕が作ったり孫娘商会が作っている物と遜色ない。


「はい、確実に発動できますが・・」

「が?」

「価格は百倍近くします」

「百倍!? 何でみんなそんなの買うんですか!?」

「手に入らないからですね。転売目的の人もいると聞きますし・・」


品薄どころか幻の商品となりつつあるスクロール。

どうしても欲しいとなれば、百倍でも購入する者がいると言う。


便利なものを悪用するのは世の習いと思って、魔法犯罪者の特別取締部隊を考えた。

しかしこれは、野盗や強盗、殺人、襲撃などを思っての事だ。


まさか金儲けのために悪用とは、当然の事なのに頭からすっぽり抜けていた。


「普通こう言った模造品は出所が分からない、分かるまでかなりの時間が要します」

「それは仕方がないのでしょうね・・」

「その分なのでしょうか、こちらに責任転嫁される形になりまして・・」


正直言えば、孫娘に悪いが、僕の中では偽物の横行は歓迎してしまう。

より短時間で、スクロールを広め、認知させる事ができるから・・


しかし不良品は問題だ。

何にしろすぐに見つかって、対応できると言うのは運が良い。


「エンケさんは、どのような対応を?」

「大商会を通じて、偽物と本物の違いを伝え、当商会の窓口以外から買わないようにと注意喚起をしているにすぎません」

「抜本的な問題解決の方法はないと?」

「現時点では・・」


あらゆる問題解決はエンケ商会が行うと契約にあるが、これほど短期間で広範囲になると対応も難しいのだろう。


「マッヘンさん、何か手立てはありませんか?」


新商品で手を加えられるのが僕だけともなれば、改良もこちらにお願いされるしかない。


「うーん、先に新商品を販売したかったんですがね・・」

「新商品、ですか?」

「ええ、そうです。スクロール以外の商品を開発したのですが、偽物問題の解決を優先しましょう」

「何か策があるのですか!?」


新商品の事よりも、偽物問題に食いついてくるところを見ると、余程困っているのだろう。


「僕やエンケ商会で使っている顔料を溶かさない、かつ樹皮紙をしっかり貼り付けられる糊ってご存じありませんか?」

「糊、ですか? すぐには思いつきませんが・・、それが何か?」


検証は必要だろうが、多分問題はないはずだ。


「スクロールを糊付けして、中が見えないようにします」

「なる程、それならば新規の模造製造者は抑えられますね」

「そして初級のスクロールの製造方法をオープンにします」

「それなら誰でも作れるように・・、えっ!? どういう事ですか? ちょ、ちょっと待って下さい!? うちの大損じゃないですか!?」


スクロールで持っているエンケ商会に、多大な支援をしている大商会、此処でスクロールを手放せば、元の取れていない商会は丸損である。


「ご安心を。その代わり中級魔法のベーシックのスクロールを、エンケさんに委託します。初級の元を取るために、価格はお任せします」


初級魔法は、バレットと言う、単なる塊を打ち出すだけの魔法一つだけだ。


しかし中級は山のように種類があり、その中でも便利、扱い易いものが、ベーシック、エンハンスト、その他を一括りにアナザーという体系として残された。


ベーシックは、初級魔法の強化、変化、応用である。

例えば、火魔法のファイヤバレットの強化はファイヤボールとなる。

変化はファイヤアローと言い、ファイヤバレットを複数生み出す。

応用はより高速にや、貫通力アップ、と言ったファイヤスピアである。


エンハンストは、ベーシックの強化や変化、応用となる。


アナザーは、体系に入らなかった、ファイヤーウォールと言う防御系や、その他の追尾、時限などを一括りにしたものである。

これは色物として馬鹿にされ、身に着けても評価されないのが今の魔法至上主義である。


更に強化していったり、広範囲としていくのが上級魔法となる。


人間一人の限界と思われる魔法が最上級魔法であり、今の世界では複数の魔法使いたちで使うのが当然となっている。


「えっ!? 中級魔法のベーシックのスクロールができているんですか!? それが新商品ですか!? しかも価格はこちらに任せていただけるんですか!?」

「お、落ち着いて!? 落ち着いて下さい」


先程の比ではないほどの、もの凄い食いつきである。

因みに新商品とは、中級のベーシックスクロールではない。


「本来このような手段は使いたくないのですが、不良品は誰にとっても益とはなりませんから」

「その通りです、その通りです!」

「今回の反省から、次回に向けた事前策を考えておいてもらえますか?」

「勿論です!」


偽物だけならば、エンケ商会や大商会には悪いが、手出しするつもりはなかった。

しかし最悪の場合、人命にかかわる可能性がある以上、見過ごす訳にはいかない。


「エンケさんには糊の選定、僕は糊付けしてもちゃんと動作するかの検証、動かなければ動くように加工します」

「分かりました! 早速ご用意いたします」

「一応契約変更をしていただいて、形状変更とうたって糊付けした初級のスクロールを販売しつつ、不良品の牽制。中級のベーシックスクロールの販売と同時に、初級スクロールの公開と販売中止と言うのが、簡単な流れになるかと思いますが?」

「分かりました! 細かい契約の調整はこちらで行わせていただきます」


四属性魔法の一つが、数倍に膨れるのだから、人員や工場など、色々調整はしなくてはならない事も多いだろう。

しかも初級から中級へのシフトには、技術力の向上は必須である。


「大変でしょうが、お任せします」

「お任せ下さい!」


やるべき事が山積みではあるが、エンケさんが先ほどまでの落ち込んでいた表情とは打って変わって、生き生きとし始めているのは救いだろうか。


「(そう言えば最近、ドリクの強化版のスクロールの注文が来ないけど・・)」


個別品は大量に生産しないので、エンケ商会ではなく、商業ギルドから注文を受けていた。


「(嫌な予感しかしないけど・・、後で確認してみようか)」


そんな事を考えながら、エンケさんを見送る。






エンケさんを見送った後、そのまま僕は冒険者ギルドへと向かう。

そして今、ギルドマスターの執務室で、今後の対策を話し合っている。


「ふん、早速悪用が始まったか・・」

「悪用・・と言うか、粗悪品の密造と販売ですかね」

「大して変わらん。悪いがアインハイトは動かせんぞ?」

「分かっています」


僕とギルドマスターが想定していた悪用とは、あくまでも物理的な使用、野盗や強盗、殺人や脅迫と言った事に使われた場合を指す。

魔法犯罪者の特別取締部隊「アインハイト」は、この手を想定した訓練をしていない。


考えの及ばなかった僕が悪いのだが、密造は考えておくべきだった。


「そこで中級魔法のベーシックまで販売します。初級魔法のスクロールは全て情報を公開します」

「そのための報告か、今日は・・」


そう、すぐにここに来た理由である。


「中級のスクロールは、今回みたいなことにはならないのか?」

「一応は対策を考えています」

「頼むぞ、おい。あいつらの仕事の難易度に直結するんだからな」


初級魔法対中級魔法より、当然中級魔法対中級魔法の方が難易度、危険度は上がる。

アインハイトを預かるギルドマスターとしては、当たり前として渋い顔をする。


「分かっているのか? 闇ルートができちまってるんだぞ?」

「闇ルート、ですか?」


聞きなれない言葉に、思わず聞き返してしまう。


「お前もエンケから聞いただろう? 転売目的って」

「ええ。それが何か?」

「好事家たちが買うなら良い。しかし転売先が必ずしも善人とは限らん」

「それは・・」


そもそも犯罪に使われることを前提に転売する、それが闇ルートだと言う。


「密造云々は別にして、そう言った闇社会への転売は必ず横行する。それを危惧したからこそお前も、アインハイトの設立を頼んできたんだろう?」

「その通りです・・」


正直転売まで考えていなかったが、これも考えてしかるべきだった。

悪党が自らの顔をさらして、自らの足で買いに来る必要はない。


「ましてや初級スクロールの情報を開示すりゃあ、誰でも作れちまう」

「情報の公開方法を検討した方が良いですね」

「おいおい、ギルドに登録している全員が全員善人じゃねぇぞ? 情報が漏れたからって、ギルドのせいにされても困るしな」

「そんなつもりは、ありませんが・・」


誰が情報の窓口をやっても、必ず情報漏洩はするだろう。

例え一々誓約書を書かせたところで、犯人を特定するのは難しい。


「果たしてアインハイトだけで対応できるか・・。他のギルドマスターたちにも注意喚起してはいるが、どれほど準備できているか・・」

「そうですね・・」


苦い思いだけ胸に残して、ギルドマスターの執務室を出る。


「そうだ。訓練がてら集めているクズ石が結構溜まってるらしいから、ついでに持って帰ってくれるか」

「・・分かりました」


倉庫へ寄って、これからの新商品に使われるはずの魔石の山を前に、暗い気持ちしか湧いてこなかった。


「はぁ、仕方がない。アインハイトの皆からのヒアリングで希望も多くて、あくまでも検証として渡していた、あいつを投入するしかないかなぁ・・」


魔石の一つを手に取って、ため息を吐く。


「君たちの出番はもう少し先になりそうだよ・・」


それからあまり日が経たない内に、最悪の予想が現実のものとなる。





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