冒険者ギルドでの裏話
15.冒険者ギルドでの裏話
先日エンケさんに簡単に話した講習会の話をするために、冒険者ギルドを訪れる。
ギルドマスターのジュドさんとのアポイントメントを取っていなかったが、すんなりと執務室へと案内される。
「すぐに面談に応じて下さり感謝します」
「どうせスクロールの件だろう? 今や冒険者ギルドの最優先事項の一つだから構わん。それでどんな話だ?」
「スクロールのデメリットに関しまして」
「デメリットだぁ? ・・価格の問題か?」
先のデモンストレーションで見せたのは、あくまでもスクロールの一端に過ぎない。
「スクロールのメリットは、誰にでも簡単に魔法を使えるようにする、この一点だけです」
「その一点が大きいと思うがな」
僕の言葉に、ギルドマスターは苦笑いする。
「しかしデメリットは多数存在します」
「例えば?」
「スクロールは道具である以上、どうしても持ち運ぶ必要があります」
「当たり前だろう?」
「しかし冒険者にとって、荷物が増える事はデメリットです。モンスターなどの討伐ならば良いでしょうが、ダンジョンの探索には不向きになります」
「そりゃ・・そうなるな」
「さらに折れたり破れたりして、中に書かれている事がおかしくなると、魔法そのものが発動しません」
「最悪は、スクロールを運ぶためだけのポーターが必要になるか・・」
魔法が使えるメリットの裏には当然、そこまで運ぶと言うデメリットの存在を指摘され、ギルドマスターは顎に手を当てて考える。
「二つ目として、使い捨てであると言う事」
「それは仕方あるまい」
「道具の多くは再利用できますが、使い捨てですのでコストパフォーマンスが悪い。使える人、使う場所を選んでしまうでしょう」
「その辺は使用者の判断にかかってくるだろうな」
魔法によって討伐速度が上がる、依頼達成率が上がる、更には生存率が上がる。
そこに価値を見出し、金をかけるかどうかは冒険者に委ねられるとギルドマスターは言う。
「三つめは、不慣れによる自爆」
「・・自爆?」
不穏な言葉に、怪訝そうな顔をする。
「スクロールのデメリットの一つに、一度発動させるとキャンセルが聞かないというものがあります」
「ふむ」
本来の魔法であれば、魔法の発動には詠唱が必要であり、発動途中でキャンセルができると言う。
「しかしスクロールは、キーワード一つで発動しますので、『ほれ、ファイヤバレットのスクロール』と手渡しすれば・・」
「ぬぅぅ・・、うちは脳筋が多いからなぁ・・」
あり得そうだと、思わず視線をずらずギルドマスター。
「これが狩人と言った職種の人が、弓矢の代わりにスクロールであれば、対応もしやすいでしょうが、前衛職がいきなりスクロールを使って、射線や影響範囲を考えず味方を巻き込んで、って事になりかねないかと・・」
「うちは脳筋が多いから・・」
あり得そうだと、再び視線をずらずギルドマスター。
「今のは思いつくだけですが、全く未知の道具にどのようなイレギュラーが隠れているかわかりません」
「さっきのうっかりでは済まされんミスもあるだろうな」
「逆に作成者の意図に反して、画期的な使い方を思いつく人もいるでしょう」
「否定はできん」
どんな道具であっても、一つしか使い方がないと言う事はあり得ない。
「そこでスクロールの勉強会、講習会を開きたいと思っています」
「それは願ったり叶ったりだ!」
「更にはテスターと言うか、モニターを募りたいと思います」
「テスター・・、モニター・・、つまり常にスクロールに携わる人物って事か? 言わんとしている事は分かるが・・結構な金額になるだろう」
ギルドマスターとしては必要経費と思いつつも、痛い出費のため即決ができないようだ。
「講習会とテスターのためのスクロールは、僕の方で用意します」
「おいおい、良いのか? ・・と言うより何を企んでいる?」
あまりに旨すぎる話に、ギルドマスターが警戒を強める。
「先程までの話は、エンケさんにも話した部分で建前です。これから本音の話をします」
「建前・・に、本音・・だぁ?」
ギルドマスターの値踏みする視線が、僕を貫いてくる。
「スクロールはまだまだ未知の部分、使ってもらわなくては意味がない。使ってこそ改善点が出てくる」
「その洗い出しがテスターや講習会と言う事か」
「スクロールの熟練と、問題点の洗い出しは、一つの大問題に対応するためです」
「大問題とは?」
「・・犯罪への・・悪用」
「むっ!?」
僕の濁した一言に、明らかにギルドマスターの顔色が変わる。
「便利でかつ容易で、有用であるなら、犯罪にも使われる可能性が大きい」
「犯罪者のスクロール悪用・・か、絶対に現れるな」
スクロールの最大のデメリットが、犯罪者の流用である。
「テスターと言いましたが、僕としては魔法犯罪者の特別取締部隊の設立をお願いしたいんです」
「魔法犯罪者の取り締まりか、なる程・・」
「必要なスクロールは僕の方で準備します。スクロールの販売のワランティは全てその部隊にかかる費用の一部に補填して下さい」
「マッヘン、お前一人で何もかも背負う必要は・・」
「これだけのリスクを知りながらも、広めたいと願う人間としての責務なんです」
「しかし・・・」
言い淀むギルドマスターに、僕はきっぱりと言い切る。
「本来ならば領主や町、村のトップが担う部分でお願いしたいところですが、その人々は魔法至上主義者の可能性があります」
「まあ、そうだな」
国政を預かるのは王族や貴族であり、彼らはほぼ魔法至上主義者だ。
「そうなると平民が魔法を使えると分かったら、犯罪にも使えると分かれば・・」
「ちっ! あいつらの事だ、絶対文句を言う・・、ほら見た事かと潰しにくるな」
ギルドマスターの言う通り、一人の人間に責任を負う必要はないと僕も考えている。
しかし責任を分担できる人が今のところ居らず、頼れるのが冒険者ギルドしかないと言う現状を伝える。
「そして魔法戦となった場合、中級魔法のスクロールや、カスタマイズが必要となるでしょうから、できる限りお応えしたいと思います」
「中級にカスタマイズだと!?」
既に中級魔法のスクロールの準備ができている事と、カスタマイズできる事に、ギルドマスターは驚く。
「・・お前の言い分は分かった。冒険者ギルドとしても最大限の準備はしよう」
「お願いします」
ギルドマスターと、魔法犯罪者の特別取締部隊について煮詰めていく。
お披露目会の当日、冒険者たちはギルドマスター権限の絶対命令で、強制的に参加させれらていた。
「依頼を休ませてまで、何をやるって言うんだ?」
「何でも新しい道具を見せるらしいぜ」
「おいおい、マジかよ・・。そんな事のために」
と言った、文句がそこかしこで聞かれていた。
同じように商業ギルドからも、商業ギルドのギルドマスター権限で、都合のつく商人たちが集められていた。
エンケ経由で、お披露目会を耳にしたギルドマスターも強権を発動したのだ。
「時は金なり」
「左様! それなのにたかが新商品ごときで・・」
と言う風に、商人の集団からも文句が聞かれていた。
つまり冒険者ギルドの訓練場は、喧噪たる状態だった。
しかしその騒ぎも、無作為に選ばれた冒険者と商人にスクロールが手渡され、魔法が発動し、的を破壊するまでの間だった。
一瞬で訓練場は静まり返る。
やがて口々に騒ぎ始める、一体何が起きたのか、と。
魔法を発動した者たちも、的を見ては驚愕し、自分の手を見ては唖然としている。
やがて口々に言葉を発する、自分はいったい何をしたのか、と
冒険者ギルドの訓練場は、再び喧噪に包まれる。
そんな中一人の男性、先ほど無作為に人を選び、スクロールを手渡した人物が前に進み出る。
「えーっ、皆さまご静粛に願います。これから新商品であるスクロールのお披露目会を開催したいと思います。私は孫娘商会のマッヘンと申します。こちらが今回の商品となる、スクロールと呼ばれる物で・・」
進み出た男性、マッヘンは、周囲の騒ぎに関係なく話を進める。
「ちょ、ちょっと待て! 静かにしろ!」
「お前らうるせぇぞ! 聞こえねぇじゃねぇか!」
マッヘンが何も言うではなく、勝手に静かにするように働きかけてくれる。
「・・以上となります」
が手遅れで、静かになった時には、あっさり紹介を終わらせてしまう。
「ちょっと待ってくれ、もう一度頼む・・」
「何故ですか?」
交渉の駆け引き、イニシアティブを持っているのはこちらと分からせる事。
「こいつらが、ぎゃーぎゃー騒いで聞こえなかったんだ」
「俺のせいにすんじゃねぇ!」
「あんたたちが騒いだからだろう!」
冒険者と商人が再び周囲で揉め始めるのをチャンスと見て、もう一度声をかける。
「分かりました。もう一度ご説明しましょう」
その声にピタリと周囲の騒動が収まる。
「こちらの樹皮紙で作られた巻物、スクロールと言いますが、エンケ商会がこの度開発しました新商品で、ご覧いただいたように、誰にでも簡単に魔法が使える道具です」
「誰にでも・・」
「簡単に・・」
「魔法が使える・・」
その場に集った全員が、ゴクリと唾を飲み込んでいる。
「ではもう一度、先ほど選ばれなかった方にやってもらいましょう」
スクロールがぎっしり詰まった箱を前に出すと、好き勝手に選んで、魔法が発動できる事を確認してもらう。
「これで誰にでも簡単に魔法が使える事がお分かりになったかと思います」
僕の言葉に、冒険者と商人が頷いて肯定する。
「お分かりのように一度の使い切りでコストがかかります。誰にでも簡単に魔法が使えるような仕組みは非常に精密で、このままの状態を維持し、持ち歩く必要があります」
魔法を使うと言う長年の夢の裏側、デメリットの説明を行う。
「ダンジョンの探索などには不向きかもしれませんが、逆に討伐対象が分かっている場合や、商品の運搬の護衛の際の安全性などは向上はするでしょう」
冒険者や商人たちは、新たな可能性に興奮している。
「しかし魔法であっても、使い慣れない道具を、長年パーティを組んで築き上げた戦術に、いきなり組み込むのは難しいでしょう」
僕の言葉に、冒険者たちはハッと顔を見合わせる。
「例えどのような便利な、優れた道具であっても、不慣れな道具はパーティに危機をもたらすでしょう。荷物が増え、使い捨てを考えれば、左程必要を感じないと思います」
冒険者たちの間には、魔法を使いたいと言う雰囲気はある。
しかし依頼の達成、仲間を守る事を考えると、容易に使えないとも思い始めている。
「そこでエンケ商会は、不定期ではありますが、無償でスクロールの講習会の機会を持ちたいと考えています!」
「「「おお!」」」
あまりの大盤振る舞いに、冒険者たちがどよめく。
商人たちは、スクロールの定着の販売戦略であると分かっており、顔を顰めている。
「勿論、お金を支払っていいただければ、ご希望のシチュエーションでの訓練をお受けできます」
こう言ってお披露目会をお開きにしようとすると、何時から売り出すのか、どこで買えるのか、いくらなのかと言った質問が飛び出してくる。
「あくまでも新商品の紹介でありまして、発売日などは後日発表します」
全て未定ですと返して、詳細はエンケ商会やギルドの方へ問い合わせて下さいと逃げた。
その日から、エンケ商会や大商会、冒険者ギルド、商業ギルドに問い合わせが殺到する。
お披露目会の終了後、冒険者ギルドのギルドマスターの執務室に何人かの冒険者が呼び出される。
彼らは、ギルドマスターが一番信頼している者たちであった。
「ギルドマスター、お呼びだとの事ですが?」
「お前たちを呼び出したのは他でもない。ある仕事をして欲しい」
「仕事、ですか?」
ギルドマスターから直々の依頼、そうある事ではない。
「スクロール、どう思う」
「驚きました。俺たちにさえ魔法が使える道具だなんて・・」
「スクロールを開発した奴は、犯罪への悪用を懸念している」
「っ!」
誰にでも簡単にと言う事は、当然犯罪にも使われる可能性がある事を気づかされる。
「そこで魔法犯罪者の特別取締部隊を設立し、その任務をお前たちに頼みたい」
「なる程・・」
「優先的にスクロールを渡すって話だ。徹底的に練度を上げてくれ。必要なら中級魔法のスクロールも用意するし、カスタマイズにも応じると言っている」
「なっ!?」
初級とは言え、誰にでも魔法が使えるようになった事実に驚いていたのに、更に中級魔法の準備がある事、カスタマイズもできる事に驚きを隠せない。
「本来なら犯罪に関することは、領主や町や村の長が係る事だ。しかしそいつの多くは魔法至上主義者であり、スクロールを潰す可能性が高い」
「尤もです」
先日、マッヘンがギルドマスターに話した気がかりを、そのまま伝える。
「また現時点で特別取締部隊は極秘扱いだ。そのためお前たちは、エンケ商会専属の魔道具のモニターと言う形になってもらう」
「分かりました」
流石ギルドマスターの人選、阿吽の呼吸である。
このようにスクロール販売の裏側では、犯罪に対する準備も着々と進められていく。