大商会での一幕
14.大商会での一幕
エンケさんは商業ギルドがイニシアティブを握る、スクロールの委託契約を無事に締結すると、自宅へと戻っていく。
勿論すぐにスクロールの事を報告に行くためだ。
自宅には祖父と、両親が揃ってテーブルに座っていた。
「ただいま帰りました」
「お帰り、エンケや」
「「お帰り、エンケ」」
「珍しいですね、お父様とお母様までいるなんて・・」
「ワシが戻るように手配しておいた」
「お爺様が?」
流石に自宅では、会長や総支店長と言う呼び名は使われない。
「それで契約は無事にすんだのかね? 新商品とはどんなものなのかな?」
「これお土産です」
珍しくせっつく祖父に、スクロールの一つを渡す。
これはマッヘンが、大商会の方でも実演が必要でしょうと、室内でもできる魔法を一つ残しておいて帰り際に渡してくれたのだ。
「封をしてある文字を読んでくださいますか?」
「封の? 文字をか? ・・ドリク?」
スクロールが粒子と化し、水が手先から零れるように落ちる。
「「「なっ!?」」」
落ちた水はテーブルの上に広がり、更には床や祖父の足を濡らしていく。
祖父は起きた出来事に呆然とし、両親は椅子をひっくり返して立ち上がっている。
「申し訳ありません、床やズボンを濡らしてしまいましたね。飲み水を生み出す魔法と言う事で、量まで確認しておりませんでした」
「そ、そんな事はどうでも良い・・。こ、これは・・」
祖父の呟きを無視して、孫娘は立ち上がっている父親に、残ったもう一つのスクロールを黙って渡す。
「この封の文字を読めば良いのか・・? ライト・・」
呟くように言うと、スクロールが粒子になるのと引き換えに、父親の頭上のちょっと上、手をまっすぐに伸ばしたちょっと先ぐらいに、明かりが灯る。
「うおっ!?」
父親は突然の光に、思わず両手で視界を覆ってしまう。
「エンケよ・・、先ほど魔法と言って居ったな?」
「はい、これが新商品、魔道具です。ご覧いただいたように、誰にでも簡単に魔法を使えるようにします」
「魔道具・・」
「誰にでも簡単に・・、魔法が使える・・」
「これが新商品・・」
三人が呆然とした表情で呟いている。
「こ、これは世界が変わる・・、世界がひっくり返るぞ・・」
父親のその言葉に、お爺様がはっと我に返る。
「これだけの商品だ、とんでもない条件が付きつけられたのではないか!?」
「「っ!」」
両親も我に返り、娘が結んできた条件が心配になる。
「実は・・」
私は先程交わしてきた、スクロールの製造販売委託の条件を語って聞かせる。
商業ギルドの職員のパソナさんの司会で、まずは僕の条件から提示される。
「マッヘンさんから提示されている条件の一番目は、できる限り安価で短期間で、全土に広められる事とありますが、可能ですか?」
「私の商会の母体である大商会から支援を取り付けてあります」
「大商会は、全国に支店を持っており、問題ないと思われます」
「分かりました」
エンケさんとパソナさんの言葉に僕は頷く。
「二番目は守秘義務と、スクロールのトラブル全般の対応です」
「守秘義務とは、スクロールの製造方法でしょうか?」
「いいえ。僕の存在を秘匿していただきたいのです」
「つまり製造者を保護すると言う事ですね」
「その通りです」
「その点に関しましては、一切私の商会が矢面に立つ事をお約束します」
基本的にやり取りする人間を限定すれば、問題はないとは考えている。
「トラブルの対応に関しましては、最善を尽くしますが、何分新しい技術のため、どうしても後手に回ってしまうと言う事をご了承下さい」
「迅速な対応、誠意ある対応を心がけていただければ結構です」
魔道具を広めるためには、この心がけは重要で必須だ。
「最後となりますが、特許料と委託料の比率ですが、売上から原価を引いた一割と言う事です」
「・・はぁ!? い、一割? しかも純利益の?」
あまりの事にエンケさんは素っ頓狂な声を上げる。
これは商業ギルドでも驚かれたが、これほどの商品であれば半々でも文句を言う商人は居ないと言う事だ。
通常であれば、売り上げの二割から三割が普通らしい。
あまりの破格の条件に、エンケさんが確認してくる。
「あまりにも破格の条件で、何か裏があるものと思ってしまいますが?」
正直に、ストレートに訪ねてくる。
「実は、先の二つの条件に大きく関わってくるのですが・・」
「全土に広めると、守秘義務と言う事ですか?」
「はい。僕は王城である仕事に就いていましたが、不要と追い出されました。スクロールはその時のノウハウを流用して作っています」
「・・スクロールは、国から狙われる危険性があると?」
全く関係はないが、暗に国と敵対すると告げておく。
そもそも平民が魔法を使うのを、魔法至上主義者が黙って見過ごすかと言う話ではある。
ノウハウは全く関係ないけど、「アイテムクリエーション《魔道具限定》」は知っているから、いずれ僕に行きつく可能性はある。
「そうです。そのために手を出せない程、必要なものにまで格上げする必要があります」
「それが短期間で広くと言う条件ですね」
「全世界に広がれば、僕だ何処にいるのか掴みにくくなるでしょう」
「守秘義務に繋がるという訳ですね」
目を固く瞑り、眉を顰め、顎先に手を当て、難しい顔をして考え込む。
「悩まれて当然です。ただ一つだけ考えて欲しいんです」
「何をでしょうか?」
僕が発した言葉に、エンケさんは驚いたように目を見開いていた。
一通り冒険者ギルドのギルドマスターの執務室での話し合いを告げる。
「なる程、国から平民が魔法を使うと言う権利と製造者を守る。ハイリスクハイリターン・・か」
「まさかすでに契約を済ませたんじゃないだろうな!?」
お爺様の呟きに、お父様が声を上げる。
「済ませてまいりましたが?」
「ば、馬鹿者! これだけのリスクを抱えて・・」
「まあ待て」
怒鳴り声をあげるお父様を、お爺様が手で制する。
「大体予想は付くが・・、何故契約してしまったのかな?」
「こちらに有利な条件を固辞すれば、契約が流れる可能性がありました」
「やはりそうよのぉ・・。難しい判断ではあったな、ワシでも迷う」
リスクを回避しようとすれば、魔道具の取り扱いは、別の商会に流れる可能性が大きかった。
「父さん・・。とは言えあまりにもリスクが大きい」
お爺様の言葉にも、お父様は、私の事、大商会の事を思って苦言を零します。
大商会に国としても、そう簡単に手は出せないでしょう。
勿論その気になれば、どんな手を使ってでも潰しに来ます。
「スクロールを開発された方がおっしゃっていたのですが・・」
正直に話してくれたリスクに悩んでいる私へ、彼は一言いいました。
「何をだ?」
「ノウハウを流用しようが、魔法至上主義者たちはスクロールを快く思わないのではないか? そもそも平民がが魔法を使う事を良しとしないのではないかと」
「それは・・」
彼は結局、誰が何をしようと、平民が魔法を使うこと自体、国から目を付けられる可能性は大きいのではないかと言っていた。
「もしお爺様の大商会で・・いえ、お爺様がスクロールを開発したらどうされますか?」
「むぅ・・」
万人が長年願ってきた事・・、誰もが魔法を使える世界。
不可能だと思っていたから、誰もがずっと研究してきた。
それを発見したのが自分だったら、国を敵に回しても世に広めるのではないか。
「エンケよ、今後どうするつもりだ?」
「全国展開を目指しますが、まずは基盤固めが必要と考えています。材料の定期的な確保、製造過程の確率、ギルドとの連携、認知度の向上を、この南の地方都市で行います」
「ふむ。それで?」
「入念な下準備を経て、全国展開すべきかと」
「徹底した情報封鎖と、すぐに全国展開に移れるように随時情報共有をな」
お爺様は決断されたようです。
「分かりました」
「父さん! 良いのですか!?」
「長年虐げられてきた者たちの夢がかなうのだ。そしてワシらの商会の飛躍的な発展の最後のチャンスとなるだろう」
大商会の総力を上げて、スクロールの販売に向けて動き始めました。
契約を結んだ翌日、エンケさんが僕の自宅兼店舗にやってくる。
「お土産としていただいたスクロール、とても役に立ちましたわ」
「それは良かった」
母体である大商会の面々に、黙って実演させたと言う。
「リスクの件は、若干揉めましたが・・」
「当然ですよね」
「マッヘンさんのプレゼンテーションが、良かったからですよ」
全国規模の大商会が、国を敵に回す事を選ぶと言う幸運に感謝する。
「今は大商会全体として動く事となりました。ただ全国販売に関しては、不測の事態に備え、入念な検証をこの南の地方都市を行ってからとなりました。申し訳ありません」
「そうですか。それは仕方のない事でしょう」
商品に精通している僕が居る南の地方都市であれば、万が一の事態にも対応できるだろう。
しかし此処から遥か遠くの北の町などでは、対応に遅れが出てしまう。
幾ら全国展開している大商会と言え、大陸の端と端では、技術度も、知識も、経験の差を埋めるのには時間がかかる。
「・・では早速始めましょうか」
「お願いします」
彼女が今日来た理由は、スクロールの作り方である。
これが分からなければ、人材、材料、場所の決定がままならないからだ。
「これからスクロールの中をご覧に入れます」
ギフト「アイテムクリエーション《魔道具限定》」で創っておいた、オリジナルのスクロールの封を破って広げる。
「見てわかるように、このような文字、幾何学模様で成り立っています。それぞれ意味がありますが、そこまではお教えできません」
「これらの組み合わせで、魔法が発動すると」
「その通りです」
興味津々と、スクロールの中身を見入っている。
「今僕が使っている道具がこれらになります。樹皮紙、顔料、ペン、定規、コンパス、糊などですね」
「樹皮紙や顔料を使用するのは何故ですか?」
「一度スクロールを水浸しにしてしまった事があるんですが、文字や幾何学模様が滲むと、正常に発動しないので、濡れても良いように顔料にしてあります」
「なる程、それは重要ですね」
「樹皮紙は、単に単価の問題です。羊皮紙などでもできると思いますが、まだ試したことはありません」
エンケさんの前で、文字や幾何学模様の書き写しを実演しながら話を続ける。
「あくまでも、南の地方都市で入手できるものに限られているんです、現状は」
「例えばここにある物よりも、良質で、大量に、安価に手に入るものがあれば試していただけますか?」
「勿論です。北の地方は湖沼が多いと聞きますから、耐水性に優れたインクなんかがあるかもしれないですよね? 西の地方は大森林ですから、樹皮紙とかいろいろな紙があるかもしれません」
「私の商会の親会社は、全国に支店がありますので、その手の商品の入手には最適です」
サラッと、自分の商会との取引の良いところをアピールしてくる。
何百と繰り返してきたが、やはり人前で話しながらだと緊張しつつも完成する。
「良く乾かしまして、くるくるっと丸めて、最後にこの封で糊付けします」
「ミスを減らそうとすると、一つの作成に時間がかかりそうですね」
「それもあって、個人ではどうしても数が作れないので、製造販売を委託した方が良いと考えた次第ですね」
勿論、世界管理者(幼女)の希望を叶えるためでもある。
「確かに個人での製造と販売では、世界中に広めるも、作成者の秘匿にもなりませんね」
「そういう事です」
「分かりました。早速これらの情報を持ち帰って、準備に取り掛かりますわ」
「お願いします」
エンケさんの話では、スクロールに適した技術を持ち、信頼のおける職人を探す所から始めると言う。
同時進行で、今の製造工程と秘密保持の観点から、スクロールの製造拠点を準備しつつ、大体素材の調査を行っていくようだ。
「マッヘンさんは、今後どうされますか?」
「エンケさんから持ち込まれた素材での検証をするのが一つ、もう一つは冒険者ギルドへ行きます」
「えっ? 冒険者ギルドですか?」
「やはり使ってもらう人に見せる必要があると思うんですよ」
「つまり冒険者の方々にも実演をした方が良いと?」
「どちらかと言えば、スクロールの使用講習会でしょうか」
エンケさんに、僕のこれからの販売計画を打ち明けるていく。