スクロール販売に向けて
13.スクロール販売に向けて
自宅兼店舗で、スクロールの作成に取り組んでいると、商業ギルドの職員の訪問を受ける。
「いらっしゃい、パソナさん。特に問題はないと思いましたけど?」
「いやいや。スクロール自体が大問題なんですってば・・」
首と手を振って、問題が現在も進行中であると強調してくる。
「で、本日のご用件は?」
「スクロールの製造販売の公募が、昨日締め切られました」
「そうですか! それで受けてくれるところは・・あるのですか?」
「秘密に極秘に内緒としていましたが、何と一件応募してくれました!」
「へぇー、それはまた奇特な」
「ご自分で言わないで下さい、マッヘンさん・・」
今の段階でのスクロールの秘匿性を考えれば、公募に情報を載せないでとお願いしたのは当然だと思いたい。
何言ってんのこの人と、言った冷めた目で見られるのは仕方ないが。
「どんな方なのですか?」
「最近、暖簾分けされた、まだまだ小さな商会で、取り扱い商品も決まっていません」
「・・は?」
自分が出した条件と、全くマッチしない事に首を傾げる。
「あのぉー・・、僕が出した条件と合わないような気がするんですが?」
「暖簾分け先が全国に支店を持つ大手商会で、そこの支援を受けられます」
「つまり良い商品であれば、全国展開しますよ、と言う事でしょうか?」
「あれだけ情報を隠してたんですから、それくらいは仕方がないでしょう」
「まあ、それはそうですね」
全く情報がなく、売り物になるかどうかわからない新商品を、いきなり全国展開すると言う冒険を、どの商会でもやるはずがない。
であれば一旦下請けや子商会や、孫商会にやらせてみて、問題が無ければ全国に広めると言う考え方は、当然と言えば当然だ。
「じゃあ、その商会との話し合いですか?」
「ええ、今スケジュール調整中なのですが、マッヘンさんは何時が良いですか?」
「僕はずーっと店にいますから、何時でも構いませんよ」
「分かりました。これから向こうの商会の代表と話してきますので、その後もう一度こちらに寄りますね」
「お願いします」
パソナを送り出すと、二階へ戻って作業の続きに取り掛かる。
「スクロール、だけじゃなくて、魔道具を取り扱ってくれる商会が決まるのか・・。急がなくちゃ」
ギフト『アイテムクリエーション《魔道具限定》』で創り出したものは、百%間違いなく動作する。
しかしそれを元に手書きで写すとにすると、ちょっとしたミスで動作不良が発生する。
せっかくの魔道具が、いざと言うときに使えなくては意味がない。
とは言え、不良品かどうかは使ってみなくては分からないのが現状。
極力そのミスを無くせるような方法をずっと模索していたのである。
最初の失敗は、手書きの文言を入れなかったため、写すのが不可能な精度の文字や幾何学模様でスクロールが構成されていた。
次は濡れると滲むインクの問題だったが、耐水性の顔料や染料を使ってみると、これまた描きにくく精度が下がってしまう。
ベストな組み合わせを見つけるため、この道具でとか、ラフな感じでとか日夜研究していたのだ。
そしてつい先日、魔道具がちゃんと動くか検査する、魔道具を創造する事を思いつく。
そう今は、その検査用魔道具が正常に動作するかの検証に勤しんでいる・・本末転倒だな。
「あまり不良品が多いと、世界規模じゃあ広まり難くなるからな」
今まで全くなかった道具、第一歩目から躓かせるわけにはいかないのである。
まあ、検査用魔道具はあくまでも自分専用で、今のところ委託先に出すつもりはないけど。
しばらくすると、パソナが戻ってくる。
「・・明日、ですか?」
「ええ、先方もかなり乗り気・・と言うか、急いでいると言うか・・」
新商品が売り物になるかは、できるだけ早く知りたいと言うのは当然かもしれない。
「デモンストレーションをする場所は・・」
「先程、冒険者ギルドによって予約してきました」
「し、仕事が早いですね・・」
「マッヘンさんの新商品の件での相談があったら、冒険者ギルドのギルドマスターにすぐ話が行くようになっていて、訓練場が空いて居ようがなかろうが空けるとの事で」
「ああ、そうですか・・」
冒険者ギルドのギルドマスターとしても、早く商品化して欲しいのだろう。
「分かりました。明日・・どうすれば?」
「話は通してありますので、直接冒険者ギルドの訓練場にお越し下さい」
「それでは明日・・」
「できましたらスクロールを多めにお願いします」
「・・えっ?」
話を切り上げようとしたら、スクロールの持参量を多めにとお願いされる。
「えーっと、もしかして商会からの担当者の分だけではなく?」
「明日は商業ギルドのギルドマスターも参加します」
「では二人分・・」
「私や冒険者ギルドのギルドマスターも立ち会います」
「・・そちらの分もいるのですか?」
「是非、お願いします」
「お二人は前回やりましたよね? 原価とか手間とか、結構あるんですけど・・」
「・・デモンストレーションの一部としてお願いします」
タダでやらせろときた・・。
まあミスを減らす方法の模索で、かなり作ったから在庫処分に丁度いいか。
「採算度外視なので、今回限りですよ?」
「勿論です!」
念押しをしながら、軽くため息を吐いて承諾する。
翌日、冒険者ギルドへ赴き、そのまま訓練場に入ると、すでに四人が待っていた。
四人の内二人は、全く会った事のない男女である。
「お待たせしました」
「いえいえ、つい先ほど全員揃ったところですから、お気になさらずに」
冒険者ギルドのマスターのジュドさんが、ズイッと二人の間に手を差し出してくる。
手には皮袋が握られていた。
「えーっと?」
「商業ギルドの職員のパソナが、随分と無理を言ったようだな」
「えっ!?」
「俺たちの分までタダにする必要はない。受け取れ」
冒険者ギルドのギルドマスターは、流石に無理を言ったと分かっていらっしゃる。
どっちが冒険者で、どっちが商人だろうか?
「えっ!? えっ!?」
「良いんですか? ギルドマスター?」
「構わん。いくらなんでも無理を言いすぎだ」
驚くパソナさんを尻目に、革袋を僕に押し付けてくる。
「ありがとうございます」
この際だからありがたくいただいておこう。
感触としては、硬貨が十枚ほど入っているようだ。
在庫処分だしタダでも良いかと思っていたが、思わぬところから幸運が転がり込んできた。
因みに銀貨と思ったら、中身は金貨だった・・、別の意味でやべぇ。
続けてパソナが、まだ会った事のない二人を紹介する。
「こちらが商業ギルドのギルドマスターです」
「ドミニじゃ。今日の参加は、単なる年寄りの好奇心と思ってくれ」
白髪の男性は、なんど商業ギルドのギルドマスターだった。
「本日はお忙しいところありがとうございます」
「いやいや、新商品と聞いてな。しかも情報秘匿扱いの公募ともなれば、な」
ニコニコと笑顔ではあるが、儲け話を失って勿体ないと言った雰囲気が感じられる。
「で、こちらがマッヘンさんの新商品の委託を受けられる、エンケ商会の会長のエンケさんです」
見知らぬ二人のうちの、残り一人の若い女性を紹介する。
「新商品の発表、今か今かとずーっと楽しみにしていましたわ」
「ご期待に沿えるものだと良いのですが」
お互い笑顔で挨拶するが、こっちからは値踏みするような雰囲気が感じられる。
反面、既に経験済みの二人は、心持ちなのかニヤついている。
未体験の二人の驚く姿に期待している様子だ。
悪趣味だなぁーと思いながらも、エンケさんに声をかける。
「ではこちらへどうぞ」
的から、前回と同じぐらいの距離に彼女を誘導する。
「こちらでよろしいですか?」
「ええ、結構です。そうしましたら、この巻物を持って、あの的に向けて、巻物の封に書かれた文字を読んで下さい」
「これでよろしいですか? 文字を・・、読むんですか?」
いきなりの事に戸惑いながらも、指示に従い封に書かれた文字を読む。
「ストーンバレット?」
その言葉をキーワードに、樹皮紙が粒子と化し、拳大の尖った土の塊ができると同時に、的に向かって放たれる。
ドゴーン!
これまた前回と同じように的を破壊する。
「・・えっ!?」
孫娘が呆然と的と、自分の手を見ている。
初めて見る商業ギルドのギルドマスターのドミニさんも、唖然としている。
二人の前にスクロールを差し出す。
「これが僕が開発したスクロールです。誰でも簡単に魔法を使う事ができる魔道具となります」
「スクロール・・、魔道具・・」
エンケさんは、手渡されたスクロールを眺めている。
「ウォーターバレット!」
声をした方を見ると、商業ギルドのギルドマスターもスクロールを使っていた。
「おおぉぉ! わ、ワシにも、ま、魔法が使える、使えるぞ!」
自分が起こした事象に、ドミニさんが狂喜乱舞していた。
「俺の分を」
「お願いします」
ジュドさんと、パソナさんが、寄こせ寄越せと両手を差し出している。
「二人とも、ちょっと待って下さい」
スクロールを三つ取り除き、残りを二人に渡すと、嬉々として試し打ちに向かう。
「わ、ワシにも、もう少し・・」
ドミニさんは、二人に縋り付いて、もっとやらせてくれと叫んでいる。
「ダメだ」
「ダメです!」
二人は商業ギルドのギルドマスターに凄んで、触れさせる事さえしない・・醜い。
エンケさんにも、三つの内の一つを手渡す。
彼女は渡されたスクロールを使う事もせず、じっーっと見つめていた。
全てのスクロールを使い切ると、全員が冒険者ギルドのギルドマスターの執務室に集まる。
最後まで使えなかった、エンケさんが手にしたスクロールを指さす。
「重ねてとなりますが、その巻物がスクロール。誰にでも簡単に魔法を使えるようにする魔道具であり、エンケさんに製造販売を委託するものです」
「くぅー、公募で流れておれば・・」
未だ呆然とするエンケさんを尻目に、商業ギルドのギルドマスターが歯噛みする。
「誰にでも魔法を使えるようにする魔道具を、私の商会・・、私が取り扱う?」
自分でその言葉を繰り返す内に、徐々に意識が戻り、頭が冴えてきたようだ。
「マッヘンさん、こちらのスクロールの製造販売を、我が商会にお任せいただけると言う事で間違いありませんね!?」
「ええ、その通りです」
「では早速契約を取りまとめさせていただきます!」
最大のチャンスを絶対に逃がすまいと言う、気概・・と言うか狂気が感じられる。
「エンケさん、勝手に話を進めないで下さい」
「あなたは黙っていて! これは私とマッヘンさとの契約です!」
その思いが彼女の暴走に拍車をかけている様子だ。
「コホン」
商業ギルドのギルドマスターが、軽く咳払いをする。
「何です、ギルドマスター?」
商人を纏める商業ギルドのギルドマスターにまで牙をむく。
ドミニさんは、パソナさんに顎で指示をする。
「今回の新商品は公募であり、第三者が仲立ちになる事とになるのはご存知ですね?」
「・・ええ」
エンケさんが、しまったと言う表情になる。
「どういう事ですか?」
公募の仕組みが分からない僕が尋ねる。
「公募に限りませんが、商業ギルドを通しての商売の仲立ちを依頼された場合、契約締結まで商業ギルドが中心になって動きます」
「何故ですか?」
「お互いの不利益を、極力減らすためです」
第三者が入る事で、言った言わないと言う事が無くなり、お互い納得の上で契約を結べる。
特に僕のような開発一筋の人間は、契約の事がが良く分からず、不利な条件で結んでしまう事があると言う。
しかし仲立ちを依頼したとはいえ、こちらは一銭もお金がかかっていない。
「商業ギルド側のメリットは?」
「契約締結まで、商業ギルドの方で次の商会を斡旋できます。それは商業ギルドの職員が持つ商会でも構いません」
「なる程」
金儲けになる話と分かっているなら、職員の誰もがやりたいのだろう。
「更に契約締結の暁には、手数料をいただきます」
「ええっ!? そんな話聞いていませんけど!?」
「ご安心下さい。皆様からいただくのではなく、収めていただいている年会費から、特別ボーナスとして・・」
「コホン! コホン!」
商業ギルドのギルドマスターが咳をして、それ以上言うなと止めに入る。
どうやら商業ギルド内での、秘密裏なお約束だったようだ。
基本給プラス歩合制・・、商業ギルドの職員の笑顔と態度の闇を見てしまう。
「当然それを無視する事は、公募を辞退すると見なされます」
「ま、待って下さい! 決して無視するつもりは・・」
「次はありませんよ」
「・・申し訳ありませんでした」
エンケさんがすっかり意気消沈し、小さくなって詫びを入れてくる。
今回の大商いが流れると思えば強くは出られず、完全に商業ギルドがイニシアティブを握ってしまう。
もっとも最初の暴走がなければ、商業ギルドとしても、ここまで強くは出なかったのだろうけれども。
その後はパソナさんの司会進行で、委託契約の調整が進んでいく。