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路地裏の雑貨屋さん  作者: まる
12/31

大商会の孫娘

12.大商会の孫娘




二人で持ってきたすべてのスクロールを使い終わった後、冒険者ギルドのギルドマスタージュドさんの執務室へと拉致される。


「申し訳ありませんでした!」


扉がしっかりと閉められた途端、商業ギルドの職員パソナさんが土下座をして詫びてくる。


「ど、どうしたんですか一体・・」

「商業ギルドの職員として、また商人として大変失礼な事をしました」

「失礼な事・・ですか?」

「スクロール、魔法を簡単に誰にでも使えるようにする魔道具マジックアイテムの事を、端から信頼せず・・」

「それは仕方ありませんよ。今まで限られた人しか使えなかった魔法なのですから」


僕は謝罪を受け入れ、土下座をやめさせる。


「マッヘン、このスクロールを一体いくらで売り出すつもりだ?」

「売れると思いますか?」

「売れます! 絶対に売れます! 売って見せます! 売れなきゃ私、商人辞めます!」


パソナさんのテンションが、おかしな事になっている気がする。


「実はパソナさんにも言ったのですが、その事で相談したい事があるんです」

「そう言えば、そうおっしゃっていましたね。どのような相談でしょうか?」


デモンストレーションの後で、と言っていた相談をする。

見本のスクロールがないので、口で説明するしかない。


「全て使い切ってしまったのでお見せ出来ないのですが、スクロールの中はかなり緻密で特別な文字や幾何学模様が描かれています」

「ふむ、誰でも魔法が使えるようにするんだ、そのくらい当然だろう」

「私もそう思います」

「と言う事はですね、作成に時間がかかってしまうんですよ」

「「当然だろうな(ですね)」」


スクロールが抱えている問題を、二人は簡単に理解してくれる。


「つまり大量生産が難しいって事だな」

「需要と供給の関係から言えば、一枚の単価がかなり割高になるでしょう」

「しかし一回きりの使い捨てに、そんな価格じゃコストパフォーマンスが悪いな」

「そうなると更に問題があるんです」

「「更に?」」


別の問題ではなく、発展する問題と言う事に二人は首を傾げる。


「僕は王城である仕事に就いていました。そのノウハウでスクロールができています」

「そうなのか?」

「ええ、その通りです。この町に来られた時に、その話は聞いています」

「それで?」

「ちまちまスクロールを作っては売るをしていると、何処からか嗅ぎ付けられる可能性があります」


僕のギフトなので、そんな事はないけど。


「あり得るな・・。そして潰される」

「あの腐れ魔法至上主義者どもならば・・」


二人は僕が言わんとする事を、納得して頷いている。


「実は二つの問題を一遍に解決する方法があります。それは大量に作って一斉に売り出すと言う事です」

「確かに、それができればベストだな」

「それが商業ギルドに相談したい事という訳ですね」

「その通りです」


できる限り短期間で世界全土に行き渡らせたい。

嗅ぎ付けられるなど、単なる建前でしかないのだ。


「それであれば、スクロールの商会を立ち上げるのは如何でしょうか?」

「商会を立ち上げる・・、すなわち社長になると言う事ですよね?」

「そうですが、何か問題でも?」

「できればあまり目立ちたくない、僕だと知られたくないもので・・」

「あっ、そうでしたね」


自分の商会で大量に作る事ができれば単価も安くなり、より広まりやすくなるだろう。

反面、僕が目立ってしまうと言う事が出てきてしまう。


「目立たないようにとおっしゃるなら、誰かに作成を依頼して、ワランティを得ると言う方法でしょうか?」

「それは良いですね」


それなら僕も、作成に係るその他大勢の一人に紛れる事ができ安全が確保できる。


「しかしその場合、どうしてもそのノウハウの一部を開示する必要性があります」

「金額、労力、安全性を考えた場合、開示した方がのんびり、安全に自分の好きな事ができますよね」

「なる程・・、分かりました。その線で煮詰めてみましょう」

「冒険者ギルドとしても、安く大量に入手できるに越した事はない」


話し合いが長くなりそうなので、一旦この場はお開きにして、商業ギルドの方で、いくつか方法を用意して持ち寄る事になった。





パソナは、大急ぎギルドに戻ると、自分のギルドマスターの執務室を訪れる。


「お忙しいところ申し訳ありません、ギルドマスター」

「んん? どうした、何か問題でも起きたのか?」


顔を上げもせず、資料に目を通し、必要なものにはサインをしていく。


「いいえ。新商品についてご相談したく」

「新商品? どんなものだ?」


商業ギルドに持ち込まれる新商品は、それこそ山のようにある。


新商品として登録されるためには、いくつかの審査が必要である。

まあ新商品と名が打ってありながら、実際は模造品が多いための措置だ。


ギルドマスターのところに来ると言う事は、ほぼ新商品と認められた事を意味する。


「今のところは極秘です」

「ふむ・・」


商業ギルドのマスターが眉間にしわを寄せ、その時点で初めて顔を上げる。


「それで相手の条件は?」


スクロールは一大センセーションとなる事に間違いはない。

この手は情報が命だ、商業ギルドとして公平性を保つために、ギルドマスターにさえどのような物かは伝えない。


「商品の製造と販売の委託、一定のワランティ、低額で短期間で全土に広められる。あとは信頼でき秘密厳守と言うことです」

「うむ・・、当たり前と言えば当たり前の条件じゃな。委託する理由は?」


新商品で秘密厳守であるなら、個人商店である方がメリットは多い。


「短時間で広め、且つ多くの人に安く使ってもらいたいと言うのが理由です。秘密厳守は技術ではなく、作成者についてと言う事です」

「なる程・・、そういう事か」


名誉や権利には、嫉妬や恨みと言ったものが付いて回る。

研究者や開発者には、そういうのが煩わしいと言う者が多いのは事実だ。


「となれば、どこぞの商会を勧めてやれば良いのではないか?」

「できれば後々文句が出ないように、公募を行いたいと思いまして」

「ん? と言う事は余程の大商いのようじゃな」

「公募に応じる商会が無ければ、商業ギルドで選んだ商会と言う流れが良いかと」


今の話だけで、大商いであると、分かる者には分かってしまう。

いきなり新商品を扱うのが、商業ギルドの職員たちの息のかかった商会であると、あちらこちらから、痛くもない腹を探られる。


例えば、武器を取り扱う商会が、防具を取り扱うと言っても左程問題にはならない。

しかしこれが、肉や小麦と言った食品を取り扱うと言えば、誰もが首を傾げる。

ましてやそれが、見たことも聞いた事もない物なら・・


公募は原則、自分の商会を持つ商業ギルドの職員の参加は見送られる。

多少の情報の隠蔽は許されてはいるが。


「うむ、よかろう。公募を許可しよう」


ギルドマスターの許可が得られるとすぐに公募の手続きが始められる。






商業ギルドの公募・・、実は人気がない。

理由は当然の事ながら、自分たちの旨味というものが無いからの一言に尽きる。


例えば、町と町を繋ぐ街道を新たに敷設すると言う公募があった場合、多くは国や領主の公共事業となる。

多くは多額の予算が付き、予算が少なく自腹を切っても、お偉方への足掛かりとしては十分お釣りがくるほどだ。


街道の維持という話になると、それぞれの町に任される。

それは街道によって、人や物の流れが生まれ、町には金が落とされていくからだ。


国や領主は、潤った町が街道を維持するのは当然と考えている。


町としても予算を組むのだが、できる事ならば少額に抑えられるように、商業ギルドに公募を依頼するのだ。


得られる人脈は精々町長止まりで、自腹を切っても旨味がない公募・・、一体だれが受けるというのか。


それならば公募が打ち切られた後、町と商業ギルドから頭を下げさせて、恩を売る形で貸しを作った方がまだマシである。




それでは新商品の場合はどうなるのか?


あらゆるものを手広く取り扱っている、大手の総合商会でもなければ、大抵の商会は取扱商品に方向性が生まれる。


公募に商品の情報があれば、取り扱う商会が参加してくるだろう。


ごく稀ではあるが、情報から技術やアイデアを盗まれることを恐れて、それらを一切出さないという公募は存在する。

正直なところハイリスクハイリターンである。


街道の維持のような金だけを出させる可能性や、全く畑違いの商品の場合もある。


当然の事ながら、そんな公募にだれも見向きもしない。

そうなればギルド職員の持つ商会か、取り扱う商会に頭を下げる・・はずだった。




そんなスクロールの公募の依頼に、目を止めた一人の女性が居た。

ピシッとした服を身に纏い、若干きつめの目であるが、誰もが美人と言うだろう。


「新商品の取り扱いの公募に対して、何の情報も開示されていないなんて・・」


ごく稀の公募に対して、ごく稀に手を出す商会が存在する。


この女性は、大手商会に名を連ねる大商会の会長を祖父に持ち、つい先日、勉強のために新たな商会を立ち上げるよう独立を促されたばかり。


そう、これから商会を立ち上げるため、取り扱い商品の決まっていない商会。

一風変わった公募に興味を惹かれるのは、必然の事だったのかもしれない。


ごく稀な事が重なる、ごくごく稀な幸運な状況であったとしても。


孫娘は、方向性がなかなか決まらず、祖父や父の商会の下請けから始めようかと思っていた矢先に、この公募を見つけたのだ。


「これはチャンス・・なのか、それとも・・?」


商業ギルドの職員に、公募の内容が書かれた紙を貰うと、祖父でもある大商会の会長にアポイントメントを取る。


祖父、親族とは言え、いや親族であるが故、他人より厳しい態度で接する。

これは他の従業員に示しがつかないと言う戒めからだ。


既定の手続きを踏んだのち、祖父すなわち会長との面談に漕ぎつける。


父親は総支配人として、王都と四つの地方の支店のまとめ役として、常に母親と世界中を飛び回っている。


「今日は何の要件かな?」


正式なアポイントのため、他の仕事をせず、従業員の面談としてきちんと接する。


「会長、実はこちらの商業ギルドの公募をやってみたいのです」


商業ギルドに張り出されていた公募の写しを差し出す。


「ふむ、どれどれ・・」


何度も何度も、穴が開くほど公募の内容に目を通す。


最初に引っかかったのが、全国展開という条件である。


確かに自分のところの大商会であれば、この条件は容易にクリアできるだろう。

しかし孫娘に与えられた権限は、この南の地方都市の中だけである。


「どのような商品なのか、一切書かれていないが?」

「はい、商業ギルドに確認しましたが、現時点では秘匿性優先の一点張りでした」

「そうか・・」


祖父である会長は、眉を顰めると、顎に手を持っていき考える素振りをする。


彼が考えるのは、どのような商品かではなく、この公募から孫娘が何を学び、どのような成長をするのかと言う事であった。


公募の多くは、自らの力量でリターンを勝ち取らなくてはならない。

多少の失敗は、大商会の力で何とでもなるので、試金石としては申し分ない。


ただ新商品が何なのかという謎の部分は、孫娘に少々荷が重いように思われる。


短期、長期計画、咄嗟の判断、失敗を取り戻す経験と、求められる能力は大きい。

せめてどのような商品かという情報があれば、やってみろと後押しできるのだが・・


とは言っても商業ギルドの公募、問題の多い欠陥商品を掴まさせるような事はしまい。

最悪でも孫娘が、町や商業ギルドとの繋がりを作る切欠にはなるだろう。


恩を売ると言う意味では、公募の終了後にギルドからお願いされるのを待つべきだが、お願いが必ず自分のところに来る保証はない。


それならば自分で見つけた案件を、一から築き上げた方がより良い経験となる。


「分かった。こちらのバックアップを取り付けたと言う事でやってみるが良い」

「ありがとうございます、会長!」


緊張した面持ちから一転、笑顔が咲きこぼれ、深々と頭を下げる。




祖父である、大商会の会長の支援を取り付けると、孫娘はすぐさま商業ギルドへと戻る。


「こちらの公募なのですが・・」

「参加されますか?」

「ええ、そのつもりです」


手隙の職員を捕まえて、参加の意思を伝える。


「では公募期間が終わりましたら、改めてご連絡いたします」

「はい、お願いします」


手続きを終えギルドを出ると、自分の商会の足掛かりと言う事で、我知らず深く息を吐きだしていた。





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