大商会の孫娘
12.大商会の孫娘
二人で持ってきたすべてのスクロールを使い終わった後、冒険者ギルドのギルドマスタージュドさんの執務室へと拉致される。
「申し訳ありませんでした!」
扉がしっかりと閉められた途端、商業ギルドの職員パソナさんが土下座をして詫びてくる。
「ど、どうしたんですか一体・・」
「商業ギルドの職員として、また商人として大変失礼な事をしました」
「失礼な事・・ですか?」
「スクロール、魔法を簡単に誰にでも使えるようにする魔道具の事を、端から信頼せず・・」
「それは仕方ありませんよ。今まで限られた人しか使えなかった魔法なのですから」
僕は謝罪を受け入れ、土下座をやめさせる。
「マッヘン、このスクロールを一体いくらで売り出すつもりだ?」
「売れると思いますか?」
「売れます! 絶対に売れます! 売って見せます! 売れなきゃ私、商人辞めます!」
パソナさんのテンションが、おかしな事になっている気がする。
「実はパソナさんにも言ったのですが、その事で相談したい事があるんです」
「そう言えば、そうおっしゃっていましたね。どのような相談でしょうか?」
デモンストレーションの後で、と言っていた相談をする。
見本のスクロールがないので、口で説明するしかない。
「全て使い切ってしまったのでお見せ出来ないのですが、スクロールの中はかなり緻密で特別な文字や幾何学模様が描かれています」
「ふむ、誰でも魔法が使えるようにするんだ、そのくらい当然だろう」
「私もそう思います」
「と言う事はですね、作成に時間がかかってしまうんですよ」
「「当然だろうな(ですね)」」
スクロールが抱えている問題を、二人は簡単に理解してくれる。
「つまり大量生産が難しいって事だな」
「需要と供給の関係から言えば、一枚の単価がかなり割高になるでしょう」
「しかし一回きりの使い捨てに、そんな価格じゃコストパフォーマンスが悪いな」
「そうなると更に問題があるんです」
「「更に?」」
別の問題ではなく、発展する問題と言う事に二人は首を傾げる。
「僕は王城である仕事に就いていました。そのノウハウでスクロールができています」
「そうなのか?」
「ええ、その通りです。この町に来られた時に、その話は聞いています」
「それで?」
「ちまちまスクロールを作っては売るをしていると、何処からか嗅ぎ付けられる可能性があります」
僕のギフトなので、そんな事はないけど。
「あり得るな・・。そして潰される」
「あの腐れ魔法至上主義者どもならば・・」
二人は僕が言わんとする事を、納得して頷いている。
「実は二つの問題を一遍に解決する方法があります。それは大量に作って一斉に売り出すと言う事です」
「確かに、それができればベストだな」
「それが商業ギルドに相談したい事という訳ですね」
「その通りです」
できる限り短期間で世界全土に行き渡らせたい。
嗅ぎ付けられるなど、単なる建前でしかないのだ。
「それであれば、スクロールの商会を立ち上げるのは如何でしょうか?」
「商会を立ち上げる・・、すなわち社長になると言う事ですよね?」
「そうですが、何か問題でも?」
「できればあまり目立ちたくない、僕だと知られたくないもので・・」
「あっ、そうでしたね」
自分の商会で大量に作る事ができれば単価も安くなり、より広まりやすくなるだろう。
反面、僕が目立ってしまうと言う事が出てきてしまう。
「目立たないようにとおっしゃるなら、誰かに作成を依頼して、ワランティを得ると言う方法でしょうか?」
「それは良いですね」
それなら僕も、作成に係るその他大勢の一人に紛れる事ができ安全が確保できる。
「しかしその場合、どうしてもそのノウハウの一部を開示する必要性があります」
「金額、労力、安全性を考えた場合、開示した方がのんびり、安全に自分の好きな事ができますよね」
「なる程・・、分かりました。その線で煮詰めてみましょう」
「冒険者ギルドとしても、安く大量に入手できるに越した事はない」
話し合いが長くなりそうなので、一旦この場はお開きにして、商業ギルドの方で、いくつか方法を用意して持ち寄る事になった。
パソナは、大急ぎギルドに戻ると、自分のギルドマスターの執務室を訪れる。
「お忙しいところ申し訳ありません、ギルドマスター」
「んん? どうした、何か問題でも起きたのか?」
顔を上げもせず、資料に目を通し、必要なものにはサインをしていく。
「いいえ。新商品についてご相談したく」
「新商品? どんなものだ?」
商業ギルドに持ち込まれる新商品は、それこそ山のようにある。
新商品として登録されるためには、いくつかの審査が必要である。
まあ新商品と名が打ってありながら、実際は模造品が多いための措置だ。
ギルドマスターのところに来ると言う事は、ほぼ新商品と認められた事を意味する。
「今のところは極秘です」
「ふむ・・」
商業ギルドのマスターが眉間にしわを寄せ、その時点で初めて顔を上げる。
「それで相手の条件は?」
スクロールは一大センセーションとなる事に間違いはない。
この手は情報が命だ、商業ギルドとして公平性を保つために、ギルドマスターにさえどのような物かは伝えない。
「商品の製造と販売の委託、一定のワランティ、低額で短期間で全土に広められる。あとは信頼でき秘密厳守と言うことです」
「うむ・・、当たり前と言えば当たり前の条件じゃな。委託する理由は?」
新商品で秘密厳守であるなら、個人商店である方がメリットは多い。
「短時間で広め、且つ多くの人に安く使ってもらいたいと言うのが理由です。秘密厳守は技術ではなく、作成者についてと言う事です」
「なる程・・、そういう事か」
名誉や権利には、嫉妬や恨みと言ったものが付いて回る。
研究者や開発者には、そういうのが煩わしいと言う者が多いのは事実だ。
「となれば、どこぞの商会を勧めてやれば良いのではないか?」
「できれば後々文句が出ないように、公募を行いたいと思いまして」
「ん? と言う事は余程の大商いのようじゃな」
「公募に応じる商会が無ければ、商業ギルドで選んだ商会と言う流れが良いかと」
今の話だけで、大商いであると、分かる者には分かってしまう。
いきなり新商品を扱うのが、商業ギルドの職員たちの息のかかった商会であると、あちらこちらから、痛くもない腹を探られる。
例えば、武器を取り扱う商会が、防具を取り扱うと言っても左程問題にはならない。
しかしこれが、肉や小麦と言った食品を取り扱うと言えば、誰もが首を傾げる。
ましてやそれが、見たことも聞いた事もない物なら・・
公募は原則、自分の商会を持つ商業ギルドの職員の参加は見送られる。
多少の情報の隠蔽は許されてはいるが。
「うむ、よかろう。公募を許可しよう」
ギルドマスターの許可が得られるとすぐに公募の手続きが始められる。
商業ギルドの公募・・、実は人気がない。
理由は当然の事ながら、自分たちの旨味というものが無いからの一言に尽きる。
例えば、町と町を繋ぐ街道を新たに敷設すると言う公募があった場合、多くは国や領主の公共事業となる。
多くは多額の予算が付き、予算が少なく自腹を切っても、お偉方への足掛かりとしては十分お釣りがくるほどだ。
街道の維持という話になると、それぞれの町に任される。
それは街道によって、人や物の流れが生まれ、町には金が落とされていくからだ。
国や領主は、潤った町が街道を維持するのは当然と考えている。
町としても予算を組むのだが、できる事ならば少額に抑えられるように、商業ギルドに公募を依頼するのだ。
得られる人脈は精々町長止まりで、自腹を切っても旨味がない公募・・、一体だれが受けるというのか。
それならば公募が打ち切られた後、町と商業ギルドから頭を下げさせて、恩を売る形で貸しを作った方がまだマシである。
それでは新商品の場合はどうなるのか?
あらゆるものを手広く取り扱っている、大手の総合商会でもなければ、大抵の商会は取扱商品に方向性が生まれる。
公募に商品の情報があれば、取り扱う商会が参加してくるだろう。
ごく稀ではあるが、情報から技術やアイデアを盗まれることを恐れて、それらを一切出さないという公募は存在する。
正直なところハイリスクハイリターンである。
街道の維持のような金だけを出させる可能性や、全く畑違いの商品の場合もある。
当然の事ながら、そんな公募にだれも見向きもしない。
そうなればギルド職員の持つ商会か、取り扱う商会に頭を下げる・・はずだった。
そんなスクロールの公募の依頼に、目を止めた一人の女性が居た。
ピシッとした服を身に纏い、若干きつめの目であるが、誰もが美人と言うだろう。
「新商品の取り扱いの公募に対して、何の情報も開示されていないなんて・・」
ごく稀の公募に対して、ごく稀に手を出す商会が存在する。
この女性は、大手商会に名を連ねる大商会の会長を祖父に持ち、つい先日、勉強のために新たな商会を立ち上げるよう独立を促されたばかり。
そう、これから商会を立ち上げるため、取り扱い商品の決まっていない商会。
一風変わった公募に興味を惹かれるのは、必然の事だったのかもしれない。
ごく稀な事が重なる、ごくごく稀な幸運な状況であったとしても。
孫娘は、方向性がなかなか決まらず、祖父や父の商会の下請けから始めようかと思っていた矢先に、この公募を見つけたのだ。
「これはチャンス・・なのか、それとも・・?」
商業ギルドの職員に、公募の内容が書かれた紙を貰うと、祖父でもある大商会の会長にアポイントメントを取る。
祖父、親族とは言え、いや親族であるが故、他人より厳しい態度で接する。
これは他の従業員に示しがつかないと言う戒めからだ。
既定の手続きを踏んだのち、祖父すなわち会長との面談に漕ぎつける。
父親は総支配人として、王都と四つの地方の支店のまとめ役として、常に母親と世界中を飛び回っている。
「今日は何の要件かな?」
正式なアポイントのため、他の仕事をせず、従業員の面談としてきちんと接する。
「会長、実はこちらの商業ギルドの公募をやってみたいのです」
商業ギルドに張り出されていた公募の写しを差し出す。
「ふむ、どれどれ・・」
何度も何度も、穴が開くほど公募の内容に目を通す。
最初に引っかかったのが、全国展開という条件である。
確かに自分のところの大商会であれば、この条件は容易にクリアできるだろう。
しかし孫娘に与えられた権限は、この南の地方都市の中だけである。
「どのような商品なのか、一切書かれていないが?」
「はい、商業ギルドに確認しましたが、現時点では秘匿性優先の一点張りでした」
「そうか・・」
祖父である会長は、眉を顰めると、顎に手を持っていき考える素振りをする。
彼が考えるのは、どのような商品かではなく、この公募から孫娘が何を学び、どのような成長をするのかと言う事であった。
公募の多くは、自らの力量でリターンを勝ち取らなくてはならない。
多少の失敗は、大商会の力で何とでもなるので、試金石としては申し分ない。
ただ新商品が何なのかという謎の部分は、孫娘に少々荷が重いように思われる。
短期、長期計画、咄嗟の判断、失敗を取り戻す経験と、求められる能力は大きい。
せめてどのような商品かという情報があれば、やってみろと後押しできるのだが・・
とは言っても商業ギルドの公募、問題の多い欠陥商品を掴まさせるような事はしまい。
最悪でも孫娘が、町や商業ギルドとの繋がりを作る切欠にはなるだろう。
恩を売ると言う意味では、公募の終了後にギルドからお願いされるのを待つべきだが、お願いが必ず自分のところに来る保証はない。
それならば自分で見つけた案件を、一から築き上げた方がより良い経験となる。
「分かった。こちらのバックアップを取り付けたと言う事でやってみるが良い」
「ありがとうございます、会長!」
緊張した面持ちから一転、笑顔が咲きこぼれ、深々と頭を下げる。
祖父である、大商会の会長の支援を取り付けると、孫娘はすぐさま商業ギルドへと戻る。
「こちらの公募なのですが・・」
「参加されますか?」
「ええ、そのつもりです」
手隙の職員を捕まえて、参加の意思を伝える。
「では公募期間が終わりましたら、改めてご連絡いたします」
「はい、お願いします」
手続きを終えギルドを出ると、自分の商会の足掛かりと言う事で、我知らず深く息を吐きだしていた。