スクロールを創ってみる
10.スクロールを創ってみる
二階の作業場の方に、雑貨から武器、防具といった物が、放り込まれている。
自分に世界管理者(幼女)から、与えられた能力には、前の世界にあった、ファンタジー小説でよく見かけられた異空間収納とか、倉庫とか、インベントリと言ったものはない。
目に付いたものを買い集め、持ちきれなくなれば家に投げ込みを繰り返す。
正直に言えば、幾つかは同じ物、似たような物を買ってしまっているだろう。
適当に置くだけおいたので、一体何がどこにあるのかも分からない状況である。
「もうちょっと、計画的に買うべきだったなぁ」
頭を掻きながら、購入品の山をみる。
しかしながら、幼女の依頼を果たすためには、この世界に何があるのかは知っておかなくてはならないのも事実。
「まずはざっくり、仕分けをするか・・」
せめてもと大雑把に片づけながら、買ってきた物を一つ一つ見ていく。
「ただ魔石に類するものがなかったのは痛いな」
前の世界にあったファンタジーの物語には、モンスターの体内にできる魔石を使って、色々便利グッズを作る作品が多くあった。
自分のアイデアの一つに、この魔石を使った魔道具を作り出すものがあったのだが、この魔石が存在しない。
存在しないと言うのは少々語弊がある。
実際には魔石は存在するのだが、使い道がないとされ、ゴミクズ同然、邪魔やな荷物として回収されず捨てられ、流通されていないのだ。
この世界は今は魔法至上主義者が牛耳っている上、魔道具が存在しないため仕方がない事である。
「何とか魔石を入手する手段か、代用品を探さないと・・」
入手できない物を使う魔道具については、一旦脇の退けておく。
「まず第一弾としては、スクロールから始めよう」
この世界にある、筆記用具を取り出して机の上に載せていく。
「ペンと筆・・、インクに顔料、染料と・・、そして紙と・・」
前の世界は中世レベルとは言え、中世には色々な紙が開発されていたと知識にある。
こちらの世界でも、色々な紙に類する物が作り出されいた。
草の茎を薄く裂いて、縦・横に並べ圧力を加えて脱水し、乾燥させたもの。
動物の皮の毛を抜いて、木枠に張って乾かし、表面を磨いたもの。
植物の繊維を細かく砕いて、水の中で漉き、乾かしたもの。
ただこれらは手間がかかる事で、単価が非常に高くなり、重要な書類にのみ使われている。
日常的には木の板の木簡や、樹皮を使っている。
「木簡はスクロールって感じじゃないし、スクロールは使いっきりだから樹皮紙が良いよね。他のより安いし」
インクとペン、樹皮紙を目の前に持って来てくる。
「大切なのはイメージ・・」
手触り、質感、匂い、文字を書いた感触、書かれた文字、丸めた状態など試していく。
「最初っからとんでもないのはやめて、最初は生活魔法から・・」
これも前の世界のファンタジー小説からのアイデアで、基本的な魔法としてライト(灯り)、イグニ(着火)、ドリク(飲水)、エイド(応急)の四つでワンセットだ。
後々こちらの世界にも、似たような魔法が存在すると分かる。
試験魔法と呼ばれ、あくまでも四大魔法を使えるかどうかの登竜門的な役割だった。
今のところはこちらで適当に名前を付けるしかない。
「まずはしっかりとイメージを掴もう」
樹皮紙にインク、ペンの感触を確かめつつ、自分のイメージを箇条書きに書き連ねていく。
「えーっと、空気中の魔素を集めて・・、魔法、魔法陣を・・、樹皮紙に作るっと」
自分の頭に思い描いたイメージと、書き出した物を見比べる。
「うーん、集めた魔素を魔力に変換と、魔力を魔法に変換する魔法陣にした方が良いか」
箇条書きに付け足していく。
「今はライトとイグニとドリクにエイドの四つを創るっと」
魔法と書かれたところに、カッコ付きで四つの魔法名前を書き足す。
「何の魔法か調べるのに、スクロールのを開いたり、開かないと魔法が発動しないだと不便だから、同じく樹皮紙で封をして、魔法名を書いておこう」
書き足しながら、買ったものの中から接着剤や糊を探していると、発動条件が無い事に気が付く。
「創った瞬間発動しないだろうな・・。分からん。発動条件として封に書かれた魔法名を読み上げるとした方が良いな」
安全と確実性のために、発動条件を追加する。
「これを全部イメージしながら、スクロールを創るのか・・、長いな」
深呼吸をすると、やってみるかと気合を入れる。
ライト(灯り)の魔法のイメージをしっかりと意識する。
「空気中の魔素を集めて魔力とし、魔力をライトの魔法に変化する、樹皮紙の封に書かれたキーワードによって発動する魔法陣を、樹皮紙に書いた巻物・・【創造】」
差し出した手の辺りがほんのり明るくなると、手の上にスクロールが現れる。
「おおぉ!? 成功・・だな」
出来たばかりのスクロールを、色々な角度から見ていき、おもむろにキーワードを唱える。
「ライト」
手元のスクロールが、一瞬で粒子と化すと同時に、自分の頭上のちょっと上、手をまっすぐに伸ばしたちょっと先ぐらいに、明かりが灯る。
魔法と言うのは、目標点がなく漠然と発動すると、欲しいなと思った辺りに発動しやすい。
「うん、間違いないね。消えて」
灯りの魔法は、基本は今の位置に一定時間灯りを灯す魔法であり、目標物を定めれば、剣の先に灯して移動させることも可能だ。
先程のように任意で明かりを消すことも可能だが、再び明かりを灯すにはもう一度魔法の発動が必要となる。
「さてもう一度・・」
先程の長々とした詠唱をして、灯りのスクロールを、もう一度創り出す。
「さてと、中身はどうなっているのかな・・。・・うっ、これは無理だ・・」
ピッと封を剥がして、中のスクロールに書かれた物を見て固まる。
そう、魔道具を作るのに、実はあんな長々とした詠唱は必要ない。
例えば『灯りのスクロール 創造』この一言で足りる。
では何故あんなに長々と詠唱をしたのか・・
当然、世界管理者(幼女)との約束、この世界の住人にも作れるようにするためである。
マッヘンは封を開けて驚いたのは、書かれた魔法陣の文字や幾何学模様が、ピシッとしており、自分ではマネして書けないと分かったからだ。
「つまり先程の詠唱のどこかに、手書きがと言う注釈を入れないとダメか・・」
詠唱の文を見直し、手書きと言う言葉を付け足してもう一度チャレンジする。
「空気中の魔素を集めて魔力とし、魔力をライトの魔法に変換し、樹皮紙の封に書かれたキーワードによって発動する手書きの魔法陣を、樹皮紙に書いた巻物・・【創造】」
ライト(灯り)のスクロールが作られると、すぐに発動して同じである事を確認。
もう一度灯りのスクロールを創り出して封を破る。
「うーん、文字とか線とか大分手書き感が出たけど、その分文字とか線とか増えてるな。手書きとは言え、定規とかコンパスも使ってと言った感じではあるか・・」
先程の買い物では気づかなかったため、それらは購入してはいない。
「一度休憩も含めて、道具の買い出しをしてくるか」
すぐに道具を揃えて、見本のスクロールと同じように書き、封をした物を手にする。
深く深呼吸をして、魔法を発動する。
「ふぅー・・、ライト!」
【創造】で作り出したスクロールと全く同じライト(灯り)の魔法が発動する。
「これで第一段階はクリアか・・」
自作第一号のライトのスクロールの成果を、感慨深く飽きる事無く見つめる・・
「ぐがぁ・・、目が痛え」
自分の成果とは言え、かなりの明るさの光源を見続ければそうなって当然だった。
「つ、次。次行こう次」
感動も激減して、次の魔法に取り掛かる。
「次はドリク(飲水)にするか。魔素を集めて・・【創造】」
先程のライトと同じように、ドリク(飲水)のイメージを自分の中で強く持つ。
長々と詠唱をして、灯りの部分を飲水に変えてスクロールを二つ創り出す。
「ドリク」
キーワードを唱える。
因みにドリクは水だけを生み出すものであり、コップなどの容器は作られないし、途中でキャンセルは効かないので、全量で終わるまで出続ける。
「ぎゃぁあぁぁぁー!?」
当然テーブルの上は、バケツをひっくり返したかの様な有様になる。
濡れてしまったもう一つのドリクのスクロールは発動しなかった。
封を切って中を見ると、インクは水性だったため、文字や幾何学模様が滲んでいた。
運が良いのか悪いのか、インクの種類によっての注意点が分かってしまった。
「持ち運びの事を考えると、雨・・だけじゃなくて湿気も考えなくちゃな」
此処南の地方は砂漠と荒野でかなり乾燥しているが、他の地方、特に北では湿地や湖沼が多いと聞く。
全世界規模で広めるためには、注意が必要な点であろう。
「次はイグニ(着火)に取り掛かるか・・」
テーブルの上を片付けた後、もう一度飲水のスクロールを創り、手書き、イグニのスクロールを二つ創って、うち一枚を開封して手書きをする。
場所を台所に移して、ドリクとイグニのスクロールのテストを行う。
もう一度水浸しにするつもりも、ボヤを起こすつもりもないからだ。
「イグニの火力とか燃焼時間が分からないし、コンロじゃなくて、かまどの方にしよう」
コンロは持ち運びのできる、炭だけしか使えない物が多いタイプで、かまどは台所に据え付けて、薪でも炭のどちらでも使える。
せっかくイグニのスクロールを使うのだから、炭や着火剤を使わずに試すべきだろう。
組んだ薪の中心、火付け用に細かく裂いた木片や木屑あたりを狙う。
「イグニ」
親指程の赤い炎が、十数える程の時間燃え続け、薪に移っていく。
「ちゃんと薪を組みさえすれば、問題なく火を付けられるな」
ついでにドリクで生み出した水で、お茶を沸かす事にする。
お湯が沸くのを待ちながら、台所の包丁を手に取る。
指先を包丁でチクチクとするのだが、傷つけるほどの勇気は出ない。
「うん、怖いからやめよう。エイド(応急)のスクロールは本当に怪我した時に」
実際に効果があるかどうかは、傷を作る必要がある。
とは言え、はいそうですかと、自らの体を傷つけるのも躊躇われる、絶対に痛いから。
幸か不幸か慣れない異世界生活に、怪我をする事は多く、以外にも一番お世話になるスクロールとなった。
王城から追い出され、王都を離れ、ここ南の地方都市にたどり着き、雑貨屋を開くために家を購入したマッヘンさん。
あれから早二週間程経った・・
「マッヘンさんは、どうなさっているのでしょうか?」
私パソナが担当しましたし、魔法至上主義者のクソ野郎どもに、すべてを奪われてしまったマッヘンさん。
運よく支度金を貰えたようですが、全てを一から築き上げなくてはなりません。
「二週間ほど経ちますが、様子を見に行った方が良いでしょうね」
王城では物作りの仕事をしており、その経験を生かした冒険者向けの雑貨を作ると言っていました。
確かに南の地方はダンジョンが多く、冒険者たちも多く滞在し、優秀な道具であればやっていけるでしょう。
「どのような道具を作られているのか、興味もありますし」
王城で培ったノウハウと言う事で、どのような道具を作るかは教えていただけませんでしたし。
「そう言えば・・」
自宅兼店舗の建物の引き渡しをして二日か三日ほどで、マッヘンさんが商業ギルドへ来たことを思い出す。
町にないアイテムはどうやったら手に入れられるか?と言う問い合わせだった。
「大抵の商品は商業ギルドで発注ができます、ダンジョンで手に入る物は冒険者ギルドで依頼をかけます、と教えたのですが、上手くいったのでしょうかねぇ」
それ以降、商業ギルドに来ないところを見ると、ダンジョンで入手できるものだったのでしょう。
仕事も一段落したことですし、同僚に声をかけてマッヘンさんのお店へと足を運びます。
お店に着いて、通りに面した部分をざっと見渡すと、思わず看板に眉を顰めます。
外観は引き渡した時から大きく変わっておらず、お店の名前も掲げられていません。
ドアには開店中と手書きの看板が掲げられています。
ここまでは良いです。
お店としては多少の難はありますが、まだ普通でしょう。
しかし壁に意味不明な、小さな看板が取り付けてあります。
「『スクロールあります』・・か。 そうですか、マッヘンさんはスクロールを作って売っているんですね・・って、何ですかスクロールって!?」
自分でボケとツッコミをこなして、大慌てで扉を開けると、呼び鈴の涼やかな音色がチロリーンと鳴り響きます。
「あっ、ドアベル付けたんですね・・、じゃなくて!」
「いらっしゃいませー。今行きます!」
二階にある作業場の方から、店の主であるマッヘンさんの声が聞こえました。
部屋の中は、インクの匂いが充満していました。
売り場をざっと眺めると、樹皮紙を丸めた巻物のようなものが棚に並べられています。
「スクロールは・・、あの巻物の事でしょうか?」
巻物以外に売り場にない以上、あれがスクロールと言う事になります。
しかしあれが冒険者向けの道具とはどう見ても思えません。
「マッヘンさん! スクロールっていったい何ですか!?」
二階から降りてきたマッヘンさんを捕まえて問いただします。
「スクロールですか? これですよ」
棚の中の巻物の一つを手に取る。
「いや見れば大体そうかなーって思いますが、そもそもスクロールってどんな効果があるのか、って言うのを聞きたいのです!」
勿論秘密な部分があるのは承知の上だが、せめてどんな効果があるのかは商業ギルドとしても、個人的にも知っておきたい。
購入者からのクレームに対応するためには必須な事だからである。
「ああ、そういう事ですか。スクロールと言うのは・・、簡単に言えば、誰にでも魔法を使えるようにする道具、魔道具となりますね」
「・・・ ・・・は? 今なんと?」
「魔道具です」
「いや、その前です。何やら聞き捨てならない言葉が聞こえたもので・・」
「誰にでも簡単に魔法を使えるようにする道具、ら辺ですか?」
「・・誰にでも? 簡単に? 魔法が使える? そんな夢みたいな道具?」
「夢みたいじゃなくて、実際の道具です」
「はぁ!?」
マッヘンさんの言葉に、思わず素っ頓狂な大声をあげてしまいました。