転生セミナー
1.転生セミナー
黒を基調とした服に、黒いネクタイや真珠のネックレスなど、大体統一された装いの老若男女が、一つの大きな会堂に集まっていた。
人々はところどころ一塊となっては、ヒソヒソと何やら話をしている。
彼らの前には、色とりどりの花々に囲まれた祭壇がある。
その祭壇には、棺と青年の写真が置かれている。
一番前では、かなり高齢の導師が、ポクポクポク、時折チーンと何やら楽器のような物を叩きながら、ムニャムニャムニャと何やらと呟いていた。
「(何だ一体、五月蝿くて眠れないじゃないか・・)」
導師の演奏と歌?と周りのざわめきによって、僕は無理矢理起こされてしまった。
目を開ければ、目の前には四角い窓があり、天井らしき物が見える。
「(・・・ここは何処だ?)」
周りを見回すと、どうやら四角い箱の中に閉じ込められているようだ。
「ちょ、ちょっと待て!? 何だ何だ!? どうして俺はこんな所に!?」
慌ててもう一度周りを見回すと、自分の周りには花が置かれている。
「まだお若いのに・・」
「脳の病気だったとか・・」
「何でも大人のお店で、いきんだ拍子に・・」
「まあ! じゃあ、腹上死!?」
「しぃー!」
あまりにも恥ずかしい会話に、思わず聞き耳を立ててしまうが、突然声が聞こえなくなる。
「ん? ・・あれ? 何も聞こえなくなったぞ?」
何となーく聞いていた時は聞こえていたのに、『話しを聞く』ことに意識を向けた途端に、人々の話声が聞こえなくなった。
「ううん? 何だどう言う事だ? 意味が分からん」
そんな事を考えながらも、今の自分の状況を鑑みる。
「あー・・、さっき聞こえた話しは僕自身の事で、多分脳の病気で死んだ・・。で、今は葬式の真っ最中で、僕が居るのは棺の中と言う訳か・・」
脳の病気の前の行為に関しては、この際スルーさせてもらう。
「脳死と判断されたんだろうけど、仮死状態だった・・? もしくは蘇生した・・?」
事故か何かで、体がグチャグチャであれば、蘇生のしようがないだろう。
しかし脳の一時的な病気であったならば、仮死状態だった可能性はある。
うんうん、と頷いて現状を冷静に整理する。
「うんうん、じゃない! このままジッとしていたら生きたまま焼かれる!」
他の国々によって弔い方は違うが、僕の住んでいる国では、残った肉体を火で焼いて、魂を天に返すと言う考えの火葬が主流だ。
「はぁー・・。皆には驚かれたり、何かされるだろうけど・・、仕方がない」
棺の蓋を持ち上げようと、手で押すとそのまますり抜ける。
「・・あん?」
肘から先が蓋で見えなくなる。
ゆっくりと腕を引き戻すと、ちゃんと指先まである。
「あはははは、今のは一体・・。疲れているのかな? ああ、病気の影響で幻覚か・・」
空笑いして、自分をそう思い込ませる。
「ふん!」
不意打ちの様に、両腕を開いて両側の壁に突き出す。
「ほっ!」
右足を上げる。
「はっ!」
左足を上げる。
上だけではなく、左右、足まで使ってみるが、すべて棺の壁を通り抜ける。
「・・なる程、僕の状況がより理解できたな。念のため、最終確認をするか」
両手両足を棺から出した状態で、誰も何も言わないのだから確定だと思う。
仕方なく上半身を起こして、蓋を通り抜けて、棺の外に出てみる。
「すり抜けたは・・、しかも皆には見えていないのか・・」
時折こちらを見る人が居て、目があったような気がするのだが、特に驚く様子もなく、隣の人や、会話の輪の中で平然としている。
「はぁー・・、やれやれ。やはり生き返ったわけじゃなかったんだね」
振り返って、棺の窓から中を覗き込むと、鏡で見慣れた僕の顔がある。
「人間には魂が存在すると・・。どうやら僕は死んだ事に間違いはなく、幽霊になってしまった、と。いやはや参ったね」
幽体離脱とか生霊とも思ったが、あくまでも肉体が生きている前提だろうから、当てはまらないだろう。
あと色々な宗教での論争に終止符を打てるんじゃねぇ?と思ったが、誰にも気づかれないのであれば、誰にも伝えられない。
「あっ! そうだ。ちょっとやってみよう!」
再び棺に戻って、蓋のところに目を合わせてみる。
壁とかをすり抜ける際、何が見えるか気になったのだ。
「・・何も見えん。真っ暗だ」
棺は木で出来ているから、木の繊維でも見えるかと思ったが、光が目に入って見えるのだから、光を透過しない物質の中は真っ暗と言う訳だ。
「よいしょっと」
そう言って、全身を棺から出し、ゆっくりと祭壇を降りていく。
「うーん? すり抜けるのに、こうやって降りれるのは何故だろう?」
あっちこっちを触ろうとするのだが、すり抜けてしまう。
しかし歩く限りは、祭壇も床もすり抜ける事はなかった。
「ん? 待てよ? 逆はどうなんだ?」
空を飛ぶつもりで、ジャンプしてみるが、スーッと地面に戻ってきてしまう。
浮けー、浮けーと念じてみるが、体が浮き上がる気配はない。
「空に浮いている霊は、どういう仕組みだ?」
自分の今の現状と、良くあるホラーの話の食い違いに首を捻る。
・・これは後に聞ける話だが、魂は生前の時の経験に左右されるらしい。
自分のように、普通に目覚めるかのように霊となった場合は、生前の生活習慣や固定観念に縛られる事が多いらしい。
逆に死ぬ間際の状況、特に事故などで自分が死んだと理解できていない場合は、そういった物事に縛られる事がなく、とんでもない事態を引き起こすと言う話だ・・
「そう言えば、さっき声とか音がが聞こえなくなったのに、今聞こえているような・・。あれ? 又聞こえなくなったぞ!?」
何か他の事に集中して、漠然と周囲の音や声を耳にしている限りでは聞こえるのだが、その声や音に意識を集中すると、突然聞こえなくなる。
「しっかし、見にくいなぁ・・。誰が来てるんだ? って、何だ!? 真っ白になったぞ!?」
見る方も同じで、漠然と全体を見渡すと、ボヤーっと、やや霞が掛かったような感じで見えていた。
しかし良ーく良く見ようとしたり、近づいて見ようとすると、霞が濃くなって、真っ白になり、何も見えなくなってしまう。
少し離れたり、ぼんやりと見始めると、少しずつ霞が薄くなって元に戻る。
「これはどういう事なんだろう?」
・・これも後で聞ける話なのだが、本来は死者は現世の事に、強く関われない仕組みとなっているらしい。
ただ先程と同様に例外があって、死に方によっては、そんなルールを無視する場合もあるそうだ・・
「駄目だ、コリャ・・」
誰からも気づかれず、自分からも相手に何もできない。
自由な死者という不自由を痛感する。
このまま此処にいても仕方がないと、皆の間をすり抜け、会堂から町に出る。
外も同じ状況で、やや霞がかかったように、ぼんやりと景色が見える。
「どこに行けばいいんだろう・・」
フラフラと歩いていると、歩行者や、車通りは分かる。
思わず車道に飛び出して、ワザと車に轢かれようとするが通り過ぎる。
人や物も同じで、何一つ自分が触れたり、ぶつかったりする事ができない。
「そっか・・。これが浮遊霊って奴なんだなぁ・・」
しみじみと自分の、現状にため息を吐く。
「・・えっ!?」
そんな時、自分の目にはっきりと飛び込んでくる看板を見つける。
すべてに靄がかかっている風景の中、それだけが色鮮やかであり、はっきりと文字の読める者であった。
「な、何だ・・、何の看板だ!?」
思わず駆け出して、看板に近づいてみる。
道路の真ん中に、ポツンと立てられた、不思議な看板だった。
三百六十度、どの角度から見ても、文字の書いてある面が自分の方を向くのだ。
「どういう仕組みだ? それよりも・・」
ちょっと理解の及ばない摩訶不思議な現象は置いておく。
そんな事よりも、まずは看板に何が書かれているかが問題である。
「何々・・『転生セミナーはこちら』・・ 何じゃこりゃ?」
矢印と一緒に、看板にはそう書かれ、向かうべき方向を指し示していた。
「あっちの方向に、その『転生セミナー』って言うのをやっているのか?」
自分は死んだ事によって、何も見えず何も見えない。
しかしこの看板だけは、そんな自分にもはっきりと見る事ができる。
そして自分を通り過ぎる人々は、この看板に気づいた気配がない。
「なる程つまり、この看板は死んだ人向けという訳だ」
我ながら、嫌な納得の仕方をする。
「はぁ、しょうがない・・。行ってみるか」
やる事も分からないし、できる事もなさそうなので、転生セミナーに足を運ぶ事にする。
看板に従って、そちらに向かうと、至る所で看板を見かけるようになる。
「迷子にならないようにか? それにしては多いような・・」
看板と言うか、案内板に従って、その転職セミナーの場所へと向かう。
「ご同類には会わんなぁ。もっと死んでいても良いと思うんだけど・・。それとも見えないだけか?」
案内板の方向に向かう、人影は自分以外には見当たらない。
何故そんな事が分かるかと言えば、案内板の方に向かう程、徐々に建物などが無くなって、終いには何もなくなって、真っ白い世界となってしまったのだ。
更に元来た道を戻ろうとするのだが、全方向真っ白で、ポツンポツンと案内板だけしか存在しない。
「どうやらあの建物に向かえ、って事なんだよな」
建物が無くなり始めた辺りから、案内板のように、はっきり見える建物を見つけていた。
案内板の矢印も、間違いなくその建物を指し示していた。
「後戻りもできない以上、あの建物に向かうしかないか・・」
軽くため息を吐いて、案内板の矢印の先にある建物へと向かう。
・・これも後で聞いた事なのだが、矢印と反対方向へ、一心不乱に向かえば、元の世界に戻れたらしい・・
遠目には普通の平屋の建物のように見えたのだが、建物を目の前にすると、扉や窓は付いているが、単なる板張りの四角い箱だった。
「ここで転生セミナーとやらを開催する? 大丈夫か・・?」
確かにこの建物を見れば、そこはかとなく不安を感じさせる。
他の霊が居たとしても、Uターンして元来た道へと戻ってしまったのではないか? そう思わせるのには十分な建物である。
「しかも誰もいないじゃないか・・」
窓から中を覗き込んでみるが、他の霊はおろか、受付らしき人も居なそうである。
ますます不安になり、後ろを振り返るが、あるのは真っ白な空間だけ・・
「はぁー・・、仕方がない入ってみるか」
行くも地獄帰るも地獄の状況に、ため息を吐いて扉に手をかける。
窓には除き防止のための偽装でもしてあるのかと思ったが、実際に建物の中に入ってみても、窓から覗いた状態と全く同じであった。
「やっぱり誰も居ないのか・・」
軽く見回すと、三つの椅子が置かれた長い受付台のあり、そのすぐ後ろには五つの事務机が並べられている。
事務机の上には、古臭い真っ黒な電話機が一台置かれているだけだ。
パッと見は小さな事務所のような感じだが、机の上には何もなく、事務所を立ち上げたばかりに見える。
「うん?」
受付台の上に、呼び鈴を見つける。
「『御用の方は、鳴らして下さい』か・・。本当に大丈夫か、此処?」
思わず口にしながらも、呼び鈴を押すと、チーンと言う澄んだ音が響く。
・・どどどどどどど
「・・ん? 何だ、この地響きは!?」
すると何処からともなく、もの凄い勢いで駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
キョロキョロと辺りを見回していると、バーンといった感じで扉が開かれる。
「お、お待たせいたしましたぁー!」
「えっ、そっちから!?」
確かに事務所には、他の入り口が見当たらない。
しかし扉に鍵がかかっておらず、すんなり入れたので、てっきり中に誰かいると思い込んでいた。
「・・えっ?」
「何か?」
入ってきた人物、女性だったのだが、僕はその姿を見てポカンとなる。
僕の表情に首を傾げてから、自分の姿に何かあるのかと、その女性は下を向いて自分の姿を見る。
金髪をひっつめにした、碧眼の見目麗しい女性で、、ゆったりとした白いローブのようなものを身に纏っている。
「ああっ!? しまった! こちらの格好は!」
そう叫ぶなり、扉から飛び出てして、バタンと扉を閉める。
まるで電話ボックスで着替えたかのように、すぐに扉が開くと、リクルートスーツに、こげ茶い瞳に同色の髪の色の、それ以外はそっくりの女性が現れる。
「大変失礼いたしました。作業中だったもので・・」
どうやら同一人物に間違いないようだ。
あの格好で何の作業?と、口から出す事なく、心の中で思うだけに成功する。