プロローグ
「上様、こちらの通路も崩れております。」
「で、あるか。ならばここまで。」
「で、ですが..」
「脱出路が全て崩されておる。ここは奴に作らせた通路じゃ。金柑も知らぬ。
ならば金柑の動きに合わせて儂を無きものとしたのであろうよ。」
「なぜあの方が。」
「さて色々思いつくが本人しか分からんだろうな。ただ確実なのは、
ここまで来たからには奴らはわしの首級が欲しかろう。金柑はわしを討ったという証、
奴にはわしが確実に死んだという証がのう。
お蘭、ならば奴らに遺体が見つからんようにして嫌がらせをせんとのう。」
「上様、ですがどうやって...」
「先ほど討ち取った奴等の死骸から剥いだものを着て火の手の強い場所で腹を切る。
其奴と共に燃やせ。良いな。」
「う、上様。」
「泣くな。遺骸なぞ死ねば所詮ただの物でしかないわ。火も回っておるからさっさと
向かうぞ。」
誰にも会うことなく遺体を集め具足を適当に身につけ早速腹を切る準備を整える。
「くっくっく、わしの遺体が無ければ奴らは慌てふためく
ぞ。そちは遺体を焼き顔が判らなくなったのをみとどけたら捨てたら反対側から打って出よ。よいな。」
「はっ、脱出しようとして大いに暴れた後は見事討取られましょう。」
「うむ、そちも最後は大いに傾奇者け。先に往って待っておるぞ。」
薬研藤四郎を抜き、腹に差し一文字に切る。
「お蘭!」
声を出した瞬間、お蘭が振り下ろした刀の感触が首に感じたと思った瞬間
そのままぷつりと意識の無くなった。
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目をゆっく開けると白衣を着た医者らきし男が声をかけてくる。
「私がみえますか?見えるなら軽くうなずいてみてください。」
ぼんやりとした意識のなか俺は言われた通りうなずいて、
「ああ、わかる」と返す。
「意識が戻られたようなので森さん、皆さんをお呼びしてください。」
医者がそう言いうのを聞きながら意識がはっきりしてきたところで状況を整理する。
日課の鍛錬を終えて母屋に向かう途中で記憶がない、
どうやら鍛錬後に倒れ寝室に運ばれたようだ。
俺は織田信長。前世の記憶がもどったのは5歳の頃、
後世の日本に神主の次男として生まれ変わっていた。
戦国時代とは違う落ち着いた環境の中、あふれる未知の知識を貪欲に吸収しようと
色々なものに興味を持ったのを覚えている。
そんな姿を見た親の勧めで東京帝国大学へ進学。
思う存分学業にうちこむなか在籍中に太平洋戦争が勃発。
終戦後、戦地から無事帰還した俺は、学生時代に交友を結んだ友たちとともに
日本復興のためにありとあらゆる手段を執った。
そのためか仲間からは「昭和の第六天魔王」となんとも皮肉な綽名がつけられてもいた。
医者に脈を取られながら、扉を見れば息子たち家族、
孫家族たちが入ってくるのが見える。
「お父さん大丈夫ですか?突然倒れたというから皆心配して急いでまいりました。」
長男の信斉が声をかけてくる。皆心配そうな様子だ。
「ああ、大丈夫だ今はな。だが死期は近いようだ。長年戦場にいた感というやつだ。」
息子たちや孫たちは儂とともに修羅場をくぐっているためか動揺はないが、
ひ孫たちは悲痛なようすだ。
「じーじは死んじゃうの?」
ひ孫の信利が悲しそうな声で話しかけてくる。
「信利、すでに儂は101歳を数えておるのだ。生あるものはいずれ死ぬ運命だ。
であれば、十二分に生きたであろう?なに、あと数日は持つであろうよ。」
穏やかに皆を見渡して諭す。
「死期が来たら呼び寄せるから安心して帰れ。
森、のどが渇いたから白湯を持ってきてくれ。」
皆を帰し、少し横になっていると森が入ってくる。
「旦那様、白湯をお持ち致しました」
「来たか、森。意識を倒れている間、本能寺の時の出来事を夢の中で思い出しておった。どうやら{今回}も先に往くことになりそうだ。前世と違って大往生だがな。」
笑いながら森に話しかける。
この執事長の名は「森長利」。儂同様転生した「森成利」だ。
ある事件がきっかけで前世の記憶がよみがえり、そのまま執事として
仕えるようになった。年は今年で60歳だったはずだ。
「旦那様、前世と違ってだいぶ年も離れております。その覚悟はできております。
ただ、できれば今しばらくお仕えさせていただきたかったのが本音でございます。」
「無茶を言うな長利。信利にも言うがた既に100歳を超えたのだぞ。
むしろ良く生きたというべきよ。儂が死んだのちはどうする?」
「後を継がれております信斉様からお暇を言い渡されるまでは体が動く限り、
織田家に仕えさせていただきます。」
「そうか。儂の死を契機に大陸の連中が何か日本にちょっかいを
出して来るやもしれん。諜報の方は引き続き頼んだぞ。」
「はっ、身命にかけて信斉様をお助けいたします。」
「もう休む。ほぼ隠居状態だが引継ぎは少しあるからな、明日は午後にでも子供たちに
来るように伝えておいてくくれ。」
「わかりました。ではお休みなさいませ。旦那様」
長利が下がったのを見た俺はそのまま眠りにつく。
翌日から、起きている間に子供たちと現状の確認や手元に残していたものの引継ぎを
始める。日に日に衰える身体ととともに起きている時間も少しずつ短くなっていく。
引継ぎを終え1週間を過ぎるころにはもう4時間ほどしか起きていられない状態と
なっていた。
寿命が来たことを悟った俺は皆を呼び集めるよう長利に言う。
何故転生したかはわからぬがまあいいだろう。
そして2021年6月21日、子供達、孫、ひ孫たちに見守られて101歳で全うしたのだ。
奇しくも「本能寺の変」のあった日に。