D0111再会
ヴィクターが帰還したことで、談話室からは様々な悲鳴が上がった。神に祈る者、ゾンビが出たと怯える者、父との再会に堪えきれずしゃくり上げる者。
クララさんがヴィクターに駆け寄り、彼も娘を強く抱いた。
先ほど突然カミングアウトされた、クララさんの結婚についても言及したいけれど、ちょっとまだ脳が追い付いていないので、それは置いておく。親子の再会を邪魔しないように、僕は恐る恐る口を開いた。
「あのー、お尋ねしますけれど、脈も止まって、瞳孔も開いてましたよ……ね?」
「ツマミで食べたフグの一夜干しのせいだ、死んでから稀に棺の中で息を吹き返す例があると聞いたが、まさか自分の身で証明することになるとは……」
彼はそこまで言って身震いすると、チラチラとアレックスを見た。
「怖かった……、心臓も肺も止まっているのに、耳だけはずっと聞こえていて、会話も全部筒抜けだったのに、あんな……ううっ」
恐らく胃を取りだそうとした時の会話だろう。可哀想に、あれはトラウマになっても仕方ない。
「ご無事で何よりでした。でも、どうしてフグなんて恐ろしい魚を食べてしまったんですか?」
「エヴァグレーズ公爵領では酒のツマミとして昔から食されておる。それにピリピリと舌や唇が痺れ始める絶妙な毒加減が一番旨い」
駄目だこの人、どうにかしないと。常用しすぎて完全に脳までやられている。なんだか頭がクラクラしてきたが、それはアレックスも同じようだ、彼は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「そうやって何人も中毒を起こしたから、河豚食は国の法で禁ぜらたでしょう!」
「食わん奴等が決めた法など知らん。ワシらはエヴァグレーズ公爵が領主法で禁じるまで誰も従わんぞ」
「……クッ、この調子だと、未だに公爵家でも食されているようですね」
ブツブツと文句を言うアレックスに対して、ヴィクターは不服そうに顔をしかめた。
「第一、毒にあたったのは、ワシではなくグレンのせいだ」
「えっ、失踪したグレンと関係が?」
僕が驚きの声を上げると、ヴィクターは真剣な眼差しでコクリと頷いた。
「酒を隠しているとみて奴が残した荷物を漁ったら、狙い通りホワイトリリーと、おまけでフグの一夜干しを見付けてだな……いい加減な男だとは思っていたが、毒処理まで甘いとはけしからん!」
つまり、毒殺未遂事件の犯人は、内部も内部、ヴィクター本人の酒に対する意地汚さだった。他人がどう処理したかも分からない猛毒生物を口に入れるなんて、常人の僕には理解出来ない。この分なら、例え犯人が本当に『鳥男』だったのだとしても、彼なら酒貰えばその場で飲んでしまっていただろう。恐るべし酔っ払い。
そんなことにも構わず、クララさんがヴィクターを抱き締める。
「もう、生きてたなら何だっていいわよ……パパ……」
「娘よ……」
その様子を眺め、アレックスは首を捻る。
「血縁であれ、憎み合うなんてざらなのに、どうして血が繋がっているという事実だけで抱き合えるんでしょうね」
彼は心底不可思議そうに呟いた。オズワルドが笑いを堪えながら茶化す。
「くくっ……お前がサンドイッチナイフでとどめを刺そうとしたのを、ふふっ、体を張って止めてくれたからじゃないのか?」
「なるほど、彼女が命の恩人ですか……」
他人行儀なすっとぼけた返答に、とうとうオズワルドは吹き出した。最早、叱る気にすらなれない。
いくらなんでもヴィクターも怒るだろうと思って彼の表情を伺うと、意外にも嬉しそうに赤っ鼻をすすっていた。
「いいや皆が、ワシの恩人だ、青春を思い出させてくれたご婦人も、頭のイカれた小僧も、凶行を止めてくれた男達も、助けに来てくれたリリアちゃんも……」
「!?」
一名を除き、全員が同じ理由で衝撃を受けた。
僕はヴィクターに詰め寄る。
「リ、リリアちゃん、見付かったんですか!?」
「ああ、なんだ探していたのか、ピンピンしていたぞ」
ドサリと音を立て、アレックスがソファーへと座り込む。
やりたい放題に見えて、焦りから半分錯乱状態だったようだ。彼は顔を覆った指の隙間から安堵の息を漏らすと、そのままクッションに身を沈めた。
ヴィクターはこれまでの出来事をポツリポツリと話し始める。
「あれは明け方のことだった……」
体に自由が戻るまでの間、ヴィクターの頭には色々な出来事が過った。幸せな青春を噛み締めていた時、愛した女性が男と逃げた時、ひょんなことから一財産を築いた時、会いに来た娘を追い返した時、解剖されそうになる己の体を娘が必死に庇った時……。
「遺体にそんな事をされたら、残された家族がどう思うか考えたりしたの?」
その台詞は、金目当てなどではなく、家族としての愛に溢れていた。そうして彼は決意した、絶対に生き延びて、娘を傷付けた事を謝ろうと。
痺れが弱まったタイミングで手足を動かし、なんとか床を這って地下から逃げ出そうとした。だが、途中で体力が切れ、今度こそ死の危機に瀕したその時、お迎えは意外なところから現れた。
「ヴィクターさん、大丈夫ですか!?」
突如、昇降機から飛び出してきた女の子が、彼の介抱を始めたのだ。
その女の子こそがリリアちゃん。彼女は三階のヴィクターの部屋から昇降機のロープを使って降りてきたそうで、介抱の甲斐があってか、ヴィクターも体力を取り戻し、歩けるまでに回復した。
しかし、問題はその後。
地下を出ようにも、外から鍵をかけられているせいで出るに出られず、また、リリアちゃんは肘を怪我しているせいで、片腕だけでロープを降りることは出来ても、登ることは出来なかったのだ。
なんでも、毒殺事件だけは自分の力で解決しようという執念を燃やしていたせいで、帰る時のことを失念していたらしい。
彼女曰く、「むしゃくしゃしてやった、後悔はしていない」とのこと。
そこまで話を聞いて、アレックスは頭を掻きむしりながら身悶えを始めた。
「あぁぁぁっ、もぉぉぉっ、また無茶をっ!!」
お前も色々と苦労しているんだな。アレックスは過保護すぎると思っていたけれど、リリアちゃんに対してなら正しい判断だったのかもしれない。
結局、二人は助けを求めしばらく叫んでいたが、皆寝ているのか誰にも気付かれず、色々な話をして時間を潰していたそうだ。
そうしてかなりの時間をお喋りに費やした後、リリアちゃんがソーセージの焼ける匂いに気が付いた。昇降機の中から一階の厨房へ続く扉に石を投げたところ、管理人夫婦によって発見され、ようやく地下の鍵を開けてもらえたそうだ。
「その後も色々あって、管理人夫婦は感動のあまりリリアちゃんに抱きついて号泣を始め、居づらくなってこっちに来た」
思い出したように、ヴィクターはしょんぼりと首を垂らした。折角生還を果たしたのに、酷い扱いだ。
ふと、僕の頭に疑問が湧く。
「ちなみにリリアちゃんは、貴方の部屋の鍵をどうやって手に入れたんですか?」
「スペアキーを床板の隙間に隠すのがエヴァグレーズの流儀だとか言っていたな、ワシの故郷では聞いたことがないが、南寄りのこの地域ではよくやるのかもしれん」
「ええっ、客室の管理にしてはウィリアムズさんもいい加減な……」
「細かいことはどうでもいいだろう、助けに来てくれたのだから」
考えるのが面倒になったらしく、強制的に会話は打ち切られた。ヴィクターに抱きついていたクララさんが顔を上げる。
「みんなありがとう、アレックスには酷いことばかり言ってしまってごめんなさい」
「いいえ、お構い無く」
「リリアにもお礼を言っておいて、私はパパと先にここを出るわ、早く婚約者を紹介しなくっちゃ」
アレックスは返事をせず、手で軽く追い払うような仕草をした。
僕は目を逸らし続けてきた、クララさんが結婚してしまうという事実に打ちひしがれる。考えてみれば、オズワルドの口から結婚の話が出たときも、微妙に会話が噛み合っていなかった。
クララさんと共に去ろうとするヴィクターを、トムが呼び止める。
「ヴィクター、宝探しはやめるのか?」
「ああ、ワシはもう娘という本当の宝物を見付けたからな」
トムはシドニーさんと顔を見合わせ苦笑する。アレックスは臭い台詞だとでも言いたげに、こっそり舌を出して吐く真似をしていたが、僕はお前が同じ台詞を言ったのを覚えているからな。
ヴィクターが談話室の扉を閉める……、と思ったら、彼は閉じかけの扉から上半身を出して、アレックスを手で呼んだ。
「おーい小僧、事件のトリックだけでなく、暗号の解読法から宝の見つけ方まで、全てリリアちゃんに教えたそうじゃないか」
「そうですけど何か?」
「リリアちゃんは相当怒っておったぞ、逃げられる前にご機嫌をとっておけ。では、さらばだ、ワシのような後悔をしないようにな!」
「……」
案の定、アレックスは身を翻して走り出す。しかし、横から飛び出したオズワルドが彼の腰にしがみついた。
「ギャッ!!」
「宝の在り処を教えろ!!」
二人はゴロゴロと床を転がり、机の支柱にぶつかってなぎ倒すと、そのまま揉み合いになる。
「僕に触らないで下さいッ!」
「いいや、触ってやろう、触ってやろう、情報を吐くまで俺はやめないぜ!」
「ヒイイッ、触るなッ!!」
止めようかとも思ったが、割って入ると怪我をしそうなほど暴れる姿に困り果て、トムと目を見合わせる。彼は手のひらを見せながら肩を竦めた。
しばしの乱闘の末、両者が距離を取る。アレックスが血走った目で、全員を威嚇した。
「教えます、ただし面倒事になるのは嫌です、見付けた宝は貴方たちできっちり三等分にしてください!」
僕はワット君を背負い、最後に談話室を後にする。
あの騒々しい争いの中、彼はいつの間にかソファーの上でぐっすりと寝入っていたのだった。
外の通路ではトムとオズワルドがアレックスの指示のもと、二人がかりで件の肖像画を取り外していた。僕は黙ってシドニーさんの横に並ぶ。
床に絵が置かれると、アレックスが手を触れた。待ちきれないとばかりに、オズワルドがアレックスを急かす。
「なあ、次はどうする?」
「絵画であろうが、キャンバスから外してしまえばただの布」
「つまり裏に宝の有りかが書かれているのか!?」
「あ、違います」
ピシャリと言いきると、アレックスは何処からともなくナイフを取り出し、肖像画を引き裂いた。
やはり奴は凶器を隠し持っていたのか。激昂してクララさんが刺されなくて良かった、と安堵していると、彼は一本の細長い布を切り出した。
それは絵画の下部に描かれていた、リボンに当たる部分。
「スキュタレー暗号ですよ、指定された幅の物体に巻き付けることで、無秩序だった文字の羅列が一直線に並び、隠されていた単語や文章が浮かび上がるようになっています」
アレックスは布を螺旋状に腕に巻いて皆に見せた。無論、 示された文字は文字の羅列であって何の意味も持たない。巻き付けるべきものが何であるのかを考えていると、肖像画に描かれた犬が目についた。アレックスもそれを指し示す。
「絵の中には紐で縛られた犬が描かれています、ですがこの犬種は猟犬、紐で繋ぐはずがありません」
「つまり銅像の犬か!」
オズワルドがキーとなる布を引ったくり走り出す。僕達も慌てて後に続く。
「ちょっと待ちなさい、君たちいい大人ならゴミくらい片付けるべきでしょう!!」
残されたアレックスが大声で叫んだが、誰も見向きもしなかった。
三日目、昼前。
銅像の首から浮かんだ単語は、宝の隠し場所自体を示してはいなかった。布に記されたヒントを頼りに、僕達は次から次へと指示される物に布を巻き、屋敷の外にある花壇にまでたどり着いていた。
その間、背中で眠るワット君は一度も起きる気配がない。そろそろ体力的に限界が見えてきたころ、布を巻いていたオズワルドの手が止まった。
「次のキーワードは、壁……?」
「壁のどこに布を巻けって言うのよ……」
シドニーさんが辺りを見渡す。屋敷の外壁が続くばかりで、どこにも布を巻けそうになかった。トムが壁に貼り付いてレンガを調べ始めると、オズワルドとシドニーさんも同じように真似をする。
僕も壁を眺め、周囲との違いがある部分を探す。すると、足元のレンガの欠片に気付き、外壁が外れかけている箇所を見付けた。しゃがんで手をかければ、レンガは容易く動く。
「あった!」
「どけッ、俺のだ!!」
僕を押し退けようとしたオズワルドを、トムとシドニーさんが押さえ込む。
「三等分でしょ!」
「シャーク君、今のうちだ!」
トムに促され、僕はレンガを外す。
「あっ!!」
そこに現れたものは――




