0103誕生日パーティー
12月某日。
エヴァグレーズ公爵領の屋敷では、12歳になるリリーの誕生日パーティーが開かれた。もっとも、実態はそれを口実とした大人たちの交流会であるのだが。
現在、彼女は顔に笑顔を貼り付けて、自分に寄ってくる来客達と挨拶を交わしていた。
一通りそれが終わると、壁際へと移動して、目立たないように努める。内心、こういう行事は面倒臭い事この上ないのだが、顰蹙を買うのは良くない事もリリーは十分理解している。
彼女が一息ついていると、見知った顔が近寄ってきた。
「お久しぶりですねリリー、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、アルフレッドも来てくれたんだね」
久しぶりに顔を合わせたアルフレッドは、前より血色がよくなっていた。目元の隈もなくなって、ニコリと微笑む姿は、良い所のお坊ちゃん、といったところだろうか。身長も少し伸びて、リリーより少し小さかった背も、彼女と同じくらいになっている。
元気そうで何よりだ。そう思うと、リリーの肩の荷が下りた。
「お招きありがとうございます。しかし、今の僕の身分だと場違いかもしれませんが」
キョロキョロと辺りを見回すと、アルフレッドは恥ずかしそうに苦笑した。
どうやら廃嫡され、第二王子の身分を失った事を気にしているようだ。フルード公爵領に今は身を寄せているものの、養子になっていないのが現状なので、今の彼は実質何の地位も持たない。
「フルード公爵領での生活はどう?」
「穏やかに過ごせていますよ、大叔父も良くしてくれています」
アルフレッドの大叔父、フェリックス・フルード公爵は、先々王の弟に当たる人物だ。元は王位継承権を持つ王子の為、厄除けに長いミドルネームもあったそうだが、フルードの名を冠してからはそれを捨てたらしい。
リリーはフルード公爵のことをよく知らないが、最近彼と懇意にしている父親のネイサンが言うには、温厚で面倒見が良い性格だそうだ。話を聞く限り、穏やかな性格のアルフレッドとは気が合いそうに感じていたが、実際に上手くいっているようなら、もう文句のつけどころは無いだろう。
リリーが「よかったね」とアルフレッドに笑いかけるも、彼はそれに対して伏せ目がちに周囲を確認してから、彼女の耳元に口を寄せる。
「ところで、『ゲーム』の件は進んでいますか?」
リリーは同じく辺りを見回して、聞き耳を立てている者がいないことを確認すると、小声で答える。
「春になったら騎士団長一家と接触するつもり」
騎士団長、エストレスタ男爵には、本妻と愛人の間にそれぞれ一人ずつ子供がいる。
二人は偶然にも同じ年、同じ日に産まれた。先に産まれたのが本妻の子であるノエル、その数時間後に産まれたのが、愛人の子、ラルフ。リリーより2歳年上の二人は、共にゲームの攻略対象者だ。
現在、ノエルとラルフは、ドロドロの家督相続争いをしている最中だろう。
「ノエルの方は攻略法が分かるし、なんとかなると思う」
「しかし、エストレスタ男爵達のいる王都は……」
アルフレッドは言い澱みながらリリーの顔色を伺う。おそらく、エゼルバルドと接触する恐れがある、と言いたいのだろう。
「エゼルバルドの事なら平気。私になんて興味ないだろうし」
「僕からすると、兄上はリリーに執着しているように見えました」
「まさか、私はただの政略結婚相手よ。愛も恋もないでしょう……」
そんな感情はゲームの設定と噛み合わない。ゲームでのエゼルバルドは、リリー・エヴァグレーズに対して、親の決めた婚約者という印象しか抱いていないのだから。
いくらなんでも設定から逸脱しすぎといえるだろう。
リリーの困惑を汲んでか、アルフレッドは彼女を窘める。
「なにも好意だけが、執着の理由とは限りませんよ」
「うーん、でもなあ」
渋るリリーにアルフレッドは決していい顔をしなかった。
確かにエゼルバルドとの接触の危険性はある。しかし、騎士団長一家以外にも、もう一つ彼女には懸念があったのだ。
「実は攻略対象者じゃ無いから言わなかったけど、友人のシャーロットの事も気になるんだ……彼女も悪役令嬢だから」
「ゲームのリリーと同じ、例のやつですか」
「そう」と返してリリーはアルフレッドに説明を始める。
シャーロット・フォスター。
攻略対象者、コリンズ・ランパートの婚約者兼、コリンズルートの悪役令嬢である。
ハイラント学園入学前、コリンズに一目惚れした彼女は強引に両家の婚約を結ぶ。しかし、学園で主人公との恋に落ちてしまったコリンズは、シャーロットとの婚約を破棄すると一方的に伝え、悲しんだ彼女は、主人公の前で自らを傷つけてしまう。
トゥルーエンドでは、シャーロットは命に別状はないものの、傷跡が残り大事件となる。傷つけたと誤解された主人公がいくつかの困難をへてコリンズと結ばれ、それを見たシャーロットも前に進むというもの。
バッドエンドでは、同事件により、ギクシャクしてしまった主人公とコリンズはそれを乗り越える事ができず、お友達エンドとなる。
ゲームの設定を聞いたアルフレッドは、腕を組み口元を手で押さえ渋い顔をする。
「また嫌に過激な話ですね」
「外野は手厳しいなあ。多少過激な方が売れるものだよ」
リリーが苦笑いを浮かべると、丁度人の気配を感じたらしいアルフレッドの目線が動いた。
「ごきげんよう、お誕生日おめでとうございますリリー様」
「シャ、シャーロット!」
少しだけ色の濃い肌に、金のソバージュの髪、身長はリリーよりも数センチ小さい。噂をすれば何とやら、現れたシャーロットはリリー達に向けて、可憐なお辞儀を披露している。
「アルフレッド、こちらは今噂をしていたシャーロット・フォスター伯爵令嬢」
「うふふ、以後お見知りおきを」
シャーロットはスカートの裾を軽く摘んで微笑んだ。それに対して、アルフレッドもお辞儀を返す。
「アルフレッドです。今は名乗る姓も無いので恥ずかしいかぎりですがお許しください」
「やはりアルフレッド様でしたのね、ふふふふふふふふふっ」
「「!?」」
突如笑い出したシャーロットに、二人が思わず一歩後退ると、彼女は「あらすみません」と朗らかに謝った。
「ど、どうしたの、シャーロット!?」
「遠くから見て、とぉーーってもお似合いに見えましたの」
まじまじとアルフレッドの顔を覗き込みながら、再び意味深に笑うシャーロット。アルフレッドは彼女に見つめられる事で表情を崩し、目を泳がせてぎこちなく笑っている。リリーが目をやると、彼の耳は少しだけ赤くなっていた。
「ともかく、今日は私のために、遠いところをありがとう」
「いえ、つまらない噂ばかりする王都の人にも、いい加減うんざりでしたの」
そう言って、彼女はプクと頰を膨らます。
リリーとシャーロットは仲が良かったため、王都内での噂に腹をたててくれていたようだ。思わずリリーは声を震わせる。
「そう、なんだ……ありがと」
リリー・エヴァグレーズ、唯一にして絶対の親友。彼女が王都にいると思えば、王都に行くのも悪くないと思えてしまう。そんなリリーに対して、シャーロットは膨らませた頰を戻し、上機嫌で笑った。
「そうそう、王都によっていただけたら、私もよい人を紹介したいのです」
「えっ、それはどういう……」
「では、お邪魔しましたごきげんよう」
呆気にとられ、呼び止めようと腕を伸ばしたリリーに、シャーロットは目もくれず、ペコリともう一度かわいらしいお辞儀を披露して、軽やかに去っていった。
伸ばされたリリーの腕は、空を掴んで、また元の位置に下ろされる。
「恋する女の子ッ!!」
「もう『例の彼』と出会ってしまったのですね……」
あまりのショックに頭を抱えて固まるリリーの横で、アルフレッドがぽつりと漏らした。彼女もようやく顔を上げると、決意を固める。
「やっぱり王都に行って、私が何とかしてくる」
「しかし……」
なおも止めようとするアルフレッドの両手を、リリーはしっかりと握る。
「アルフレッドはフルード公爵領でのんびりしてて。良い結果を報告するから」
その言葉を聞いたアルフレッドは、口を結んでそれ以上何も言わなかったが、捨てられた子犬のような顔をしていた。
一話目で第二王子の名前を1文字打ち間違えていたので修正しました。




