D0108二人部屋さえ空いていなければ
談話室の扉を開けると、現場に突入したメンバーだけでなく、軟禁を解かれたリリアちゃんがワット君を抱いて椅子に腰掛けて待っていた。しかし、彼女の隣には、腕組みをしたアレックスが立っているせいで、不自然に人波が割れている。
僕が戻ったのに気がついて、リリアちゃんがこちらに顔を向けた。
「シャーク先生、ワット君から全て聞きました。ヴィクターさんが毒殺された可能性が高いとも……」
「ええ、今からそれについて皆に話をするつもりです」
部屋中の人間に聞こえるよう、僕は息を吸って声を張り上げる。
「ホワイトリリーの瓶に毒物が混入された可能性が高く、内部犯又は内部に協力者がいる疑いが出ました」
数名の目玉がアレックスの方向へと動く。冷たい視線を向けられても、彼は全く意に介さず、表情をピクリとも動かしはしなかった
「酒瓶を見たか、二回の『鳥男』襲撃時に何をしていたかを、今から個別にお話を聞きたいと思います。準備が整い次第名前を呼ぶので、順番に僕の部屋へ来て下さい」
しばし待つように伝え、僕は談話室を後にした。
出てすぐの自室に戻ると、椅子を動かして対面に並べる幸いなことに、散らかしていた僕の私物をワット君が片付けてくれていたので、二つのトランクを部屋の隅に寄せるだけで用意は整った。
流石はワット君、有能な助手だ。
呼び出す順番を考えながら何気なしに振り返ると、扉を少しだけ開けた隙間から、クララさんが部屋の様子を覗いていた。目元は未だ赤いが、泣きじゃくっていた時よりは冷静さを取り戻している。
「探偵さん、私の話を一番に聞いてもらってもいいかしら」
「今、ちょうど呼び出す順番を考えていたくらいなので大丈夫です」
「よかった……、お願いするわ」
彼女は真剣な面持ちで椅子へと腰掛けた。
クララの証言。
「犯人はアレックスよ、私は見たの」
「まさか、ホワイトリリーの瓶を渡すところを?」
「ごめんなさい、それは知らない……でも昼食の後、グレンの部屋にアレックスが入るところを見たの」
つまりは談話室でアレックスがグレンと揉めた後のはずだ。あれだけの事をやらかしておいて、部屋を訪れるというのもおかしい。
「それに、あの子はシドニーが襲われた後だって、彼女の指についていた何かを亡くなったヴィクターに舐めさせたでしょう?」
「そういえば、あの時は気がつかなかったけれど、甘酸っぱいなんて言っていた気が……」
「素手で触れないよう、慎重にハンカチを使っていたくらいだから、あれが毒だったんじゃないかしら」
「大胆すぎる犯行だけど、その方が逆に怪しまれないのか。しかしながら、指に付着する程度の量で人を死に至らしめる毒物とは、一体……」
それも、甘酸っぱくて、遅効性のもの。ごく少量かつ遅効性というだけでも珍しい毒なのに、甘酸っぱい味まで加わるなんて、さっぱり見当がつかない。
「アレックスの件は頭に入れておきます。それから、念のため確認しますが、シドニーさんが襲われた時はどこで何をしていましたか?」
「ちょうど馬小屋から屋敷へ帰るところだったわ。私の馬が話せるなら身の潔白を示せたのにね」
「そ、そんな一応全員から話を聞かなきゃいけないからであって、僕はクララさんを疑ってはいません!!」
「いいのよ、ありがとう。でもこの後アレックスと二人きりになるのなら気をつけてね」
オズワルドの証言。
「お前あの脅迫状をトムに見せただろう、馬鹿正直な奴だな」
「煩いな……、いや、煩いです、黙って質問に答えて下さい!」
「……本ッ当に不器用な奴。酒瓶は見ていないし、悲鳴を聞いた時はすぐに助けてやったんだから、そこは省略させてくれ」
茶化すのは止めて真面目に答えるように指摘すると、彼はアリバイが無いとこぼし肩を竦めた。
「シドニーが襲われた時、俺は部屋で一人暗号を解読していた」
「証言できる者はいない……と」
「まあ、でも、おまえの次に殺されるのは俺だろうし、ヴィクターよろしく俺が先に殺されたら、身の潔白は証明出来るかもな」
「殺されるって、ど、どういう意味だよ……」
取り調べモードの敬語を崩すと、オズワルドはニヤリと笑ってそれを指摘した。
「いいか、シドニーは確かに襲われた、だが実際に危害を加えられたのはグレンとヴィクターだろう。奴らはリリア絡みでアレックスと揉めていた」
「確かにシドニーさんは襲われたけど、怪我一つしていなかったな……ですね」
「それでだ、『鳥男』に脅かされ、脅迫状が届いた探偵は、昨日アレックスの目の前でリリアに色目を使ったりしなかったか?」
「そ、それは……否定したいけれど、可愛いなと思っていたらアレックスから牽制されました」
「俺はリリアを口説こうとしたところを見られた。お互いご愁傷様だよな」
オズワルドはわざとらしく長いため息をつく。この野郎、さっきはウィリアムズさんを犯人扱いしていたくせに。
彼は前髪をかきあげながら、流し目で僕を捉えた。
「あーあ、結婚前に最後の火遊びをしようと持ちかけた時、 クララが乗ってさえいてくれれば、俺もリリアに言い寄ろうとはしなかったのに……」
「………………は、結婚?」
コイツは婚約者がいるにもかかわらず、他の女性にちょっかいをかけていたのか。最低だ、婚約破棄されればいいのに。
僕があんぐりと口を開いていると、オズワルドは吹き出しそうになるのを堪えた。
「ああ、知らないなら教えといてやる、式は一ヶ月後だ。お互い楽しい思いができるのに、まったくクララはお堅いね……」
これ以上会話をしたくなくて、僕は早々に話を切り上げるのを決めた。だけど、オズワルドは僕に絡むのを止めない。
「それより、宝の在り処はわかったのか?」
「人が死んでいるんです、それどころではありません。次が控えているので帰ってください」
「約束を忘れるなよ、見つけたら山分けだからな」
「はい、次ッ!!」
イレインの証言。
「私は何も知りません……悲鳴が聞こえた夜は、夫から先に寝ていいと言われ、眠っていて気がつきませんでした。シドニー様が襲われた時は厨房で夫と一緒に仕込みを……」
彼女はウィリアムズさんの肩に顔を埋めた。
本来であれば、こういった取り調べは一対一の形式で行うのだが、憔悴が激しい老体を気遣い、特別に付き添いを許している。僕にホワイトリリーの件を伝えたウィリアムズさんは、恐らく潔白だろうしね。
イレインさんは目に涙をため、面を上げる。
「先生、こんな事になってしまったのは全部私のせいです、私があんな事を言い出したから、バチが当たったのです……」
「やめなさい、アレは夫婦二人で決めただろう」
ウィリアムズさんの言葉に、彼女はでも、だって、と口ごもった。さっぱり話が見えてこない。
「一体何の話です?」
「実は……」
管理人夫婦曰く、例の亡くなった旦那様、彼の溺愛していた孫娘が、最近婚約をしたと風の噂で聞いたそうだ。
子供のいない二人にとって、彼女の存在は孫同然。結婚式に参加する資格が無くとも、どうしても遠目から花嫁姿だけでも眺めたいとの思いを捨てきれなかった。せめて宝さえ見付かれば館を閉めて出掛ける事も叶うと思い、ズルをするようで気は引けたものの、僕に暗号解読を依頼したそうだ。
「私がお嬢様の花嫁姿を見たいと言い出しさえしなければ、きっと旦那様の館を汚さずにすんだのでございます、私が欲をかかなけば……」
「それが罪なら私も同罪だ……」
さめざめと泣きながら抱き合う老夫婦を前に、僕は胸を押し潰される。
「犯人は必ず捕まえます、僕にはそのくらいしか出来ませんが、どうか自分を責めないで下さい」
シドニーの証言。
「ごめんなさい、お酒には詳しくないの……覚えがないわ」
「分かりました。貴女が襲われる直前、指に何かをつけた覚えはありますか?」
「えっ、特に何も……」
彼女は自身の爪をしげしげと眺めた。何故かを問われ、悪夢のような出来事を知られる前に、僕は次の質問へ移る。
「グレンの部屋に誰かが入るのを見たり、争う物音を聞いたりはしましたか?」
「そう言われてみると、言い争いをしているようにも感じられたかもしれない。何かを叩き付けるような、ガンッガンッという音がした後、扉が閉まる音も聞いたわ」
「言い争いの相手が誰かは分かりますか?」
「そこまでは……グレン声かすらも確かではなかったから。でも昼食を終えて直ぐの話だから、時間としては私が襲われるよりもかなり前になるわ」
シドニーさんを襲った後、成人男性一人を連れ去るにしては時間が少なすぎると思っていたけれど、やはりグレンの方が先に襲われていたようだ。
そして、極めつけは何かを叩きつけるような音。テーブルや椅子に残っていた複数の傷は、細長い線だった。例えば、サンドイッチナイフを叩きつけてから引いたような。
「こんな曖昧な情報で役に立てるのかしら……?」
「いえ、ありがとうございます」
トムの証言。
「鳥男が出た夜はご存知の通り、果てしない飲み会だ。だけど二人がいなくなった以上、アリバイを証明出来ない」
「その節は本当に申し訳ないデス。ホワイトリリーの瓶は見ましたか?」
「いや、部屋にはなかったね。グレンもホワイトリリーを飲みたがっていたから、例え部屋にあっても彼が飲んでいただろう」
「そうですか。では、やはりその後に誰かが……」
ホワイトリリーをヴィクターが持ち込んだ線は消えた。そして、ヴィクターが酒瓶を手にしたのも、飲み会よりも後になるだろう。
「ちなみに、飲み会の時、隣の部屋からは何か物音がしましたか?」
「アレックスの部屋なら、ヴィクターとグレンが面白がって壁を叩いたりはしていたが、その時に叩き返されたくらいだな」
「窓の外に異変はありませんでしたか?」
「いや、特に何も……」
「分かりました、ありがとうございます」
リリアの証言。
「ホワイトリリーは父が愛用しているので、瓶の形もわかります。でも、この屋敷では見ていません」
「では悲鳴を聞いた夜と、襲撃のあった時間は何を?」
「夜はアルフレックスと一緒に部屋にいました、昼は暗号を解こうと一人で肖像画の近くに。アルフレックスを避けて別行動をしていたから、私にアリバイはありません」
銅像の件で、リリアちゃんは相当怒っていたからな。格好いいところを見せようとして嫌われるなんて、アレックスもまだまだ青臭い男だ。
しかしながら、ここまで自信を持ってアルフレックスと言われると、アレックスが間違いなのかとすら思えてくる。取り敢えず、僕は話を合わせることにした。
「ちなみに、悲鳴を聞いた時、リリアさんとアルフレックスさんは部屋で何をしていましたか?」
「実を言うと、私は悲鳴を聞いていません。その時の記憶が曖昧で……。ベッドの上にいたのは確かなんですけど……」
「えっ、ではどうして悲鳴を聞いた時、アルフレックスさんと一緒だと思ったんですか?」
「アルフレックスが突然、悲鳴が聞こえたと言い出して、窓に近付いて様子を見に行ったんです。私もようやく意識がハッキリしたのでベッドから起き上がろうとしたら、虫に驚いただけだろうから気にしなくて良いと言われて……」
話からすれば、アレックスが窓際で取った行動は怪しい。
トムに窓の外の様子を確認したのは、アレックス達の部屋は僕の部屋の真上で、脅かして壁伝いに逃げるにはもってこいの場所だからだ。やはり、彼から話を聞くのを最後にしておいて良かった。
「リリアさん、お話ありがとうございました」
アレックスの証言。
「酒瓶なんて見ていません。到着した日の夜はリリアと部屋にいました。襲撃のあった時は部屋に一人。戻ってもいいです?」
「談話室で揉めた後、グレンさんとは会いましたか?」
「いいえ」
「……」
やはりコイツは嘘をついている。アレックスを疑っている者は多いが、僕もそのうちの一人だ。失踪したグレンの捜索では、彼の担当は三階と屋根裏。リリアちゃんの目を盗んでホワイトリリーの酒瓶を置くのも容易い。
「リリアさんは意識が曖昧で、悲鳴を聞いた覚えはないと言っていました。彼女に薬を飲ませアリバイ工作に利用したのでは?」
「……」
「悲鳴が聞こえた時、本当は何をしていたんですか?」
僕が凄んでみせると、アレックスは観念したように長く息を吐いて力を抜いた。
「悲鳴が聞こえた時は、ベッドでリリアを抱き寄せキスをしていました」
「はっ?」
「だから舌を絡めて味わった後、上口蓋を舐めて次に唾液を……」
「ま、ま、まって、まって、情報が多すぎる」
バクバクと鳴る心臓を押さえ、僕は俯いて顔を隠した。
舌を味わうって何さ、あと唾液って一体!?
額から汗が流れ落ちるのを感じながら顔を上げる。視線が合うと、アレックスは目を細めた。
「そうですか、僕のテクニックでリリアは意識が飛ぶほど気持ちよかったんですか、あははっ。それを聞けたなら、君との会話を初めて有意義に思います」
アレックスは椅子に座り直して足を組む。僕は反対に縮こまって足を閉じた。
「でもそうなると、リリアさんの意識がキスで朦朧としていた間のアリバイはなくなります……」
「ハッ、馬鹿ですか、脳みそ詰まっていないんですか、考えてから物を言いなさい、唇を離せば当然正気に戻るでしょう、これだから女性経験のない輩は……」
「ど、ど、ど、童貞ちゃうわっ!!」
僕は未経験なのではなく、結婚まで貞操を守っているだけだ。身持ちが固いだけなんだ。
あのリリアちゃんに対するアレックスの余裕のなさは、同類だからだとばかり思っていたのに、なんたる裏切り。僕が下から鋭く睨み付けると、アレックスは鼻で笑い飛ばした。
「こっちはね、女の子みたいな悲鳴のせいでキスを中断されるわ、やれキスしてる場合じゃなくて暗号解かなきゃだわ、二人きりのお忍び旅行が台無しですよ、本当に馬鹿馬鹿しい」
ネチネチと嫌みったらしく文句を言うが、ほぼほぼ逆恨みじゃないか。何だかんだで、コイツはキスしかしたことないな。絶対そうだ、焦って損した。
アレックスのペースに巻き込まれ失っていた平常心を、僕はようやく取り戻す。
「グレンが失踪する直前、君が彼の部屋に入ったのを見た人がいる」
「ほう……、情報提供者は?」
「言えるわけがないだろう」
「…………」
先ほどの余裕とは一転、アレックスは苛立ちを隠そうともせずに黙り込む。
しかし、僕も譲らない。にらみ合いが続き、場に沈黙が流れると、意外にも彼は秘密を全て話すと言って折れた。
「僕の本名はアルフレッド・ブレトワルダ・オブ・アルレガリア、この国の第二王子です」
「どういうことだ?」
「だから、アレックスもリリアも偽名です、面倒事を避けるためのね。ほら、分かったでしょう、早く解放してください」
「アルフレッド王子は唯一の王位継承権保有者だぞ、護衛もつけずにこんなところに来るわけないだろ、嘘をつくのも大概にしろ」
「ああ、それには深い事情が有るんです、それはもう不可抗力な……」
この夏、自称アルフレッド王子は婚約者のエヴァグレーズ公爵令嬢、そして彼女のご学友数名と共に、フォスター伯爵領のビーチリゾートを訪れていた。
しかしながら、愛し合う恋人同士二人きりになれる機会は一度しかなく、それを憂いたご令嬢がもっと一緒にいたいとおねだりをしたそうだ。自称アルフレッド王子はそれを快諾し、自らの馬車で家まで送ることを提案。ご令嬢の望み通り、エヴァグレーズ公爵領へ向かう間、馬車内で二人は緩やかなひと時を過ごしていた。
しかし、急な雷雨で道がぬかるみ、一行が迂回を余儀なくされると、ご令嬢は再び彼に我儘を言った。
「迂回して時間を潰すくらいなら、あそこに見える屋敷に泊めてもらおうよ。ベッドが一つしかなくても、狭いなんて文句を言わずにくっついて眠るから、お願い」
それを聞いた自称アルフレッド王子は、婚約者から甘えてもらえると期待したわけではないが、邪魔をされたくないのでお付きの者たちにはいなくなれと命じた。
「……と、いうわけで、護衛には馬車と共に近くの町で時間を潰してもらっています」
「常識的に考えて、そんな理由で護衛を遠ざける王子はいないでしょ、 王族としての自覚が不足してるよね?」
「ぐっ、正論を言っても仕方ないでしょう、あーーーんな可愛い顔でおねだりされたら、僕だって期待して無茶くらいします!!」
恋は盲目だなんて、流石に設定に無理がありすぎて、騙されやすい僕でも嘘だと分かる。アルフレッド王子とエヴァグレーズ公爵令嬢が、ただのバカップルとしか思えない考えなしな行動をとるはずがない。だって王侯貴族の二人ならば、僕ら平民とは異なりもっと高い次元の考えを持っているからだ。
その上アレックスは期待していなかったと言ったり、期待していたと言ったり、コロコロと意見を変えるところも怪しい。
「僕はね、王都に住んでいるんだ、アルフレッド王子を見たことだってあるけれど、あの凛々しいお姿と、慈愛に満ち溢れた微笑みは、君とは似ても似つかなかったよ」
「それはそれは、ど、う、もっ!」
「もういいんだアレックス、嘘をつくのは止めて自首しろ……お前がやったんだろ?」
「……………………。分かりました」
突如、アレックスは薄っぺらい笑みを顔に貼り付け、憐れむように微笑んだ。ギョッとして身構えると、彼はゆっくりと立ち上がる。
「証拠があるのなら、どうぞ僕を捕まえてごらんなさい」
「待て、それは挑発か、一体何のつもりだ」
「馬鹿に付ける薬はありません、これ以上話す気は無くなりました。僕はリリーの元へ戻ります」
彼は止めるのも聞かず、勝手に立ち上がって話を切り上げる。
最後に見せた、内心見下しているであろう微笑みは、王都で民衆に手を振っていたアルレッド王子の笑い方と、やはり全く似ていなかった。




