D0107Let’s解剖☆ミ
声の出所を探して三階にたどり着くと、廊下にはクララさんがへたりこんでいた。彼女を支えているのはリリアちゃん。そして慌てふためく管理人夫婦の隣には、対岸の火事とばかりに突っ立っているアレックス……。
慌てて駆け寄ると、ウィリアムズさんとイレインさんが、あわあわと両手をばたつかせた。
「大変です先生」
「ヴィクター様が扉にもたれて倒れているようで……」
震える指が指差したのは、扉の隙間から絨毯に広がっている赤黒い染み。
「ち、血……いや、これは赤ワイン……?」
「単に酔っているだけかと思ったのですが、先生のように鍵穴から中を覗いてみたら、様子がおかしくて」
「呼び掛けても答えて下さらないし、息もしていないようなのです」
イレインさんは今にも倒れそうな顔で狼狽えた。
確かにこの状況はまずい。前回と同じように体当たりで鍵を壊しても、大柄なヴィクターの体がストッパーになって内開きの扉は開かない。万が一成功しても、大怪我を負わせる可能性が高いだろう。
どうしようかと頭を巡らせていると、トムとオズワルドも騒ぎを聞き付けてやってきた。
「ど、どうなってるんだシャーク君、ヴィクターに何かあったのか!?」
「分からない、でも息をしていないみたいなんだ」
「俺とトムで扉を開けるから探偵はどいてろ!」
「無理だ、ヴィクターの体が邪魔で開かない!」
オズワルドが舌打ちをする。
次の瞬間、僕はリリアちゃんからの提案に耳を疑った。
「シャーク先生、私の体にロープを巻き付けて屋根から吊るしてください!」
「はぁっ?」
「窓を蹴破って侵入します、ロープで勢いをつけて体当たりすれば、バリケードを突破できるはずです!」
明らかに普通の女の子が口にしないようなぶっ飛んだ発想だが、彼女は本気だった。何故なら冗談でない証拠に、アレックスが眉間を掴んで大きなため息をついている。
どう断ればリリアちゃんが諦めてくれるのか分からず、アレックスに説得を任せようとしたのに、意外にも彼は従順に従い、どこからともなくロープを用意した。
「ちょっ、おまっ、愛してるなら止めろよっ!!」
「僕も最近ようやく学習しましてね、一度言い出したら聞かないリリアには、気が進まなくともこれしか方法がありません……」
言い終わるや否や、アレックスはリリアちゃんの襟首をむんずと掴んで引き摺りだした。ヴィクターの部屋の隣にある自室に彼女を連れ込むと、椅子を抱えて部屋を出る。
「出してーっ!!」
怒り混じりの訴えを聞かないまま、横向きにした椅子をつっかえ棒にして、ロープでドアノブと固定した。
一ミリも躊躇のない行動が、恐ろしすぎる。あれならば、引いたところでドアは開かない。
顔をひきつらせて事の顛末を眺めていたら、ワット君が僕の袖を引いた。
「先生、名案があります」
廊下で固唾を飲んで見守っていると、鍵が開く音がしてゆっくりと扉が開いた。ひょっこりとワット君が顔を覗かせる。
「先生、鍵は部屋の中に落ちていました」
「重たいヴィクターをよく退かせたね……」
「椅子を使ってテコの原理で動かしました」
「なるほど勉強の応用だね。それで怪我はない?」
「はい、大丈夫です」
腕を広げた様子では、埃を被っていても特に怪我などは見当たらず、僕は安堵の息を吐いた。
ワット君の提案はこうだ。
談話室の昇降機を外し、滑車にかけられたロープを伝って三階の部屋に入る。小柄で体重の軽い子供なら、中に入ることが出来れば、壁に足をかけながらロープを掴んで簡単登れる。ただし、途中で失敗すれば、二階から地下まで真っ逆。
念のため受け止められるように腕を差し入れて待機していたけれど、あれは相当肝を冷やしたね。
皆が部屋に入る間、僕はヴィクターの体調を確認する。首に指を当てるが脈拍はない。扉の横にぐったりと身を横たえている彼は、口から涎をたらし、息絶えていた。
出血等の目立った兆候はなし。床に転がっているボトルからは赤ワインが溢れ、カーペットを濡らしている。
痕跡から察するに、部屋の中頃でボトルを落とし、足に引っ掻けてヴィクターが転倒、中身を撒き散らしながら転がったボトルは扉にぶつかって止まり、ヴィクターは這って出口にたどり着こうとしたが鍵を開ける前に絶命した、といったところだろう。
最後に、瞳の様子を確認しておこうと手を伸ばす。だけど、音もなくアレックスが僕の隣で中腰になっていたので、思わず声が出た。
「な、なに?」
「いえ、別に」
素っ気ない態度で彼は口元に指を当てる。そして何故かワット君を呼び止めた。
「脈は確認しましたか?」
「はい。素人判断ですが脈は認められませんでした」
「瞳孔は」
「蝋燭の光で対光反射の消失も確認しています」
「なるほど」
だからどうしてお前は探偵ぶるんだよ。素直に答えてしまうワット君もワット君だが、僕のせいで死体慣れさせてしまって件に関しては申し訳なく思う。
ムカムカして手早く瞳の様子を確認するが、やはり瞳孔に変化はなかった。立ち上がり、固唾を飲んで見守っていた管理人夫婦にヴィクターの死亡を伝えると、彼らはその場に泣き崩れた。二人の介抱をトムに任せ、室内の様子を観察する。
机の上にはゴミと思われる紙くずや、空のワインボトル、そして度数が高いことで有名な『ホワイトリリー』の空き瓶。どうやらヴィクターは赤ワインにホワイトリリーを混ぜ、一人隠れて酒盛りをしていたようだ。
床には飲みかけのグラス砕け、赤い液体が広がっていた。
状況から判断するに、何かの毒物で亡くなった可能性が高い。
考え込んでいると、寒気に近い気配を感じた。
まただ。今度はアレックスが僕の背後に立っている
「な、何か用があるなら言って!?」
「いえ、貴方に用はありません」
プイッとそっぽを向いて彼はヴィクターの方に歩いていった。あの態度は一体なんだと思いながら、泣きじゃっている管理人夫婦に足を向ける。
「ご気分が優れないところすみません、ヴィクターから持病の有無について聞いていますか?」
「い、いいえっ……うぐっ、聞いてっ……おりまぜんっ」
「む、しろっ……健康をっ、自慢していた……くらいでっ」
二人は抱き合うと一際大きな泣き声を上げる。グレンの時は行方不明だったけれど、とうとう自分達の経営する館の一室で、死人が出てしまったのだから無理もない。
僕は最後にこれだけは聞いておこうと、閉じかけた口を開いた。
「赤ワインとホワイトリリーは、ウィリアムズさんが用意したものでしょうか、それともヴィクターがワインセラーから勝手に?」
「うっ、ううっ、ホワイト……リリー?」
「ちょっと待ちなさい、アレックスッッッ!!」
大声に驚いて振り向くと、クララさんがアレックスの腕を掴んで押さえていた。彼の手には、どこに隠し持っていたのか、今朝に見たサンドイッチナイフが握られている。
アレックスがヴィクターの遺体にめがけて振り下ろそうとするナイフを、クララさんが必死に止めていた。
「僕に触らないで下さい!」
「触らないでじゃないでしょう、とめるわよ、何をするの!!」
「僕は胃の内容物を確認したいだけです!」
「ふざけないでっ!!」
僕はトムとオズワルドに目配せをする。そして三人で一斉に飛び出した。
トムがナイフを奪い、オズワルドがクララさんを受け止める、僕はアレックスを取り押さえようとようとした……
……が、しかし鳩尾に肘鉄が決まり、まんまと逃げられてしまった。
「邪魔しないでください、状況から毒殺の可能性を否定できない以上、危険物を特定する必要があります!」
「もう嫌ぁっ、この子信じられない……、遺体にそんな事をされたら、残された家族がどう思うか考えたりしたの?」
クララさんは床にうずくまり、泣き出した。検討違いな慰め方でもしようと思ったのか、オズワルドは唇を近付けたが、触れる前に顔面に掌底が決まり彼は尻餅をつく。ざまあ……。
僕は腹部を押さえてプルプルと震えながらアレックスの元へと進む。
「……やめとけ、司法解剖は地方だとまだ忌避感を持つ人も多いんだ」
「ですが夕食前のこの時間、胃液に固形物が混ざっていたのならば、酒ではなく食べ物に毒物を混入された可能性が高い」
「そういう問題じゃなくてだな……、僕だって司法解剖は医師に任せてるんだよ?」
「嗜む程度に医学書も暗記しているので、胃の位置ならば分かります!」
どうしてか当然の如く、ピシャリと言い切られた。
ああ言えばこう言う、わからず屋め。そもそも、嗜む程度の興味で高価な医学書を手に入れるなんて不可能だろう。王立図書館の蔵書だって、医師会会員以外は表紙を拝むことすら叶わないのだからね。
リリアちゃんがいないとやりたい放題だなコイツ、と内心引いていると、口元を歪ませたアレックスが一歩にじり寄った。
「リリアは無防備に何でも口に入れてしまいますからね、酒ならば酒、その他ならばその他と、排除すべき物を早急に把握しておかなければ……」
「ヒェッ、リリアちゃんに死体を切り開こうとしたのがバレてもいいのか!?」
「死人に口無しですよ」
「僕が告げ口してやるって言ってんの!」
「チッ、……感情論者どもめ」
苦肉の策だったが、ようやくアレックスは諦めた。
結局、アレックスが再び勝手を起こす前にヴィクターの遺体を移すこととなり、男三人がかりで地下のワインセラーへと運び込んだ。階段下の扉と、地下への入り口に鍵をかけ、現場保存の意味でもヴィクターの部屋は施錠して閉鎖。
いつもやっているはずなのに、どっと疲れが出てしまった。トムにワット君を任せ、先に談話室へ行くように頼む。壁にもたれて一息ついていると、周囲を警戒しながらウィリアムズさんやってきた。
「先生、ヴィクター様のお部屋にあったホワイトリリー、あれはこの館の物ではありません」
「この屋敷にあったものじゃないんですか!?」
「ええ、ヴィクター様には再三に渡って仕入れるようにとの要望があったのですが、王都での愛好家が増えた影響で品薄になり、最近では中々手に入らずでして……」
となると、本人が持参した、又は、何者かが意図的に用意したか。だが、ヴィクターが持参していたのだとしても、館に宿泊を始めてからの半年の間、飲まずにいられるだけの自制心が彼にあるのかは怪しい。皆がバリケードを作っている最中、こっそり酒盛りをするくらいだ、手に入れて直ぐに部屋にこもったに違いない。
「ちなみに、『鳥男』が出た夜とシドニーさんが襲われた時、ウィリアムズさんはどこで何をされていましたか?」
「えっと、悲鳴が聞こえた時なら、ワインセラーの昇降機で追加のワインをヴィクター様の部屋に上げ終わったところでした。シドニー様が襲われた時も、厨房で妻と夕食の仕込みをしておりました」
「そうですか、ありがとうございます」
「どうしてそのような事をお尋ねに?」
ヴィクターにホワイトリリーを渡すにせよ、拾わせるにせよ、警戒されることなく行動出来るのは、今この館にいる者のみ。僕が皆を疑っているのを察し、ウィリアムズさんの顔からは血の気が引いていく。
「犯人、又はその協力者が内部にいるようです、この後、全員に事情聴取を行いましょう」




