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D0104絶許

二日目、昼前。




僕は談話室でソファーに腰掛け、手帳とにらめっこをしながら暗号を解こうと四苦八苦していた。

自室ではなく、わざわざ談話室を選んだのは、愛しのクララさんが飲み物を片手に読書をしているのを見かけたからだ。話しかける勇気は無いけれど、視界に居てくれるだけで僕は幸せ。


休憩がてら彼女の姿を眺めていると、部屋の後方ではワット君が、ハンドルを回しながら壁に埋め込まれた棚の中を覗き込んでいるのに気が付いた。何回かハンドルを回転させると、箱がせり上がってきて、そのまま上へと消えていく。

ははあ、恐らくこれがトムの言っていた魔法のポケットの正体だろう。


談話室の真上にあるヴィクターの部屋には、下階にある厨房やワインセラーに繋がる昇降機があるのだ。魔法でも何でもなく、毎晩酒を三階に送り続けるウィリアムズさんの腕は、恐ろしいほどの筋力を誇っているに違いない。

面白いものに気が付いたな、と感心していると、いつの間にかワット君の横にはリリアちゃんが立っていた。


「昇降機が気になるの?」

「はい。歯車が回転すると、中の滑車が巻き上がるようで興味深いです」

「ワット君は賢いね、小さいときのアルフレッドみたい」


アルフレッドとはリリアちゃんの弟君かな。どうやら彼女はアルフレッド君を溺愛しているようだ。探偵としての本能が正解を求め、家族構成を知りたくなってきた。ただの勘だけど、リリアちゃんには妹もいそうな気がするんだよね。

ちょっと尋ねてみようかな、なんてウキウキ考えていると、飢えた獣のようにぎらついた目をしたアレックスが談話室へとやってきた


「あーーっ、もうっ、ここにいたんですか」

「げっ」


彼から逃げていたのか、リリアちゃんは屈んでワット君の背に隠れた。


「探したんですよ!」

「だって昨日からネタバレしようと狙ってるんだもん」

「悩んでいたから、手伝ってあげようとしただけでしょう。またワガママを言っても、明日には帰りますからね!」

「やだーっ、ワット君助けて!」


リリアちゃん、君のことは大好きだけど、僕の助手を盾にして抱き付くのだけは止めてくれ。凶暴なアレックスに何をされるか分からない。

咄嗟に僕は立ち上がって止めようとしたけれど、数歩進んでどうやら想像とは様子が異なることに気が付いた。アレックスは顔をゆでダコみたいに真っ赤にし、涙目でプルプルと震えている。その姿は苛立っているというよりも、単純な嫉妬の表れのようだ。


「そうですか、そうですか、僕には……ッ、意地でも助けを求めないくせにッッ!」

「自分の力で解決したいの!」

「そういう問題ではありません!!」


アレックスは甲高い声でキーキーと喚いた。

なんなんだコイツは。二重人格なのか、急に子供っぽく振る舞いだしたな。

そうして奴は、なおも不平を吼える。


「大体ね、そのくらいの年なら、もう十分に異性を意識する年齢ですよ、むやみやたらと触れば今日も触れてくれるかな、なんて会う度に期待して、ベッドで隣同士に座ってしまった日には、自分に好意を抱いているんじゃないかなんて勘ぐりで、内心はちゃめちゃになってしまうお年頃なんですッッッ!!」

「でも、アルフレッドがワット君くらいの時は、そんなこと考えていなかったでしょ?」

「……ええ、もちろん。彼は純粋でしたから!!」


アレックスは一転して主張を翻した。

なんだかアレックスにはお兄さんがいそうだな、それもとびきり優秀な。劣等感を拗らせすぎて、抜き身のナイフみたいになっているような気がする。もしかしてアルフレッド君はリリアちゃんの弟君ではなく、アレックスのお兄さん……?

僕が二人の関係性を考え込んでいると、盾にされているワット君がつぶらな瞳でアレックスを見上げた。


「我が身の無礼をどうかお許しください……」

「ウグッ」

「ワ、ワット君、私のせいで怖がらせてごめんね」


慌ててリリアちゃんはポケットに隠していた包みを取り出した。中からキャンディを取り出し、ワット君の手のひらへと乗せる。数個受け取って礼儀正しくお礼をしたところで、僕はワット君を呼んだ。

トコトコと駆けてくる彼の後ろで、リリアちゃんが軽く手を振る。


「先生、お呼びでしょうか」

「いやね、遅くなったけど、助け船のつもりだよ」

「ありがとうございます、丁度誤解が解けたタイミングで助かりました」


ワット君が振り返った先では、二人が未だ揉めていた。

……まあ、ただの痴話喧嘩だけど。


「小さい子に酷いことしたらダメでしょ!」

「僕は悪くありません、悪いのは子供を盾にしたリリアでしょう」

「反省してよ!」

「アァアアァッ、な、なにをッッ、なにをするんですか!」


頰を引っ張られ、アレックスはバランスを崩して尻餅をつく。だがしかし、背伸びをしたリリアちゃんが頰を摘みやすくなるよう、自ら膝を折ったまま待機していたあたり、大概にしろよなと思う。どうせあの様子じゃ大して痛くもないくせに。

それでも、リリアちゃんを満足させるには良い方法だったようだ。


「じゃあ、私は宝探しを続けるから、もう邪魔しないでね」

「はいはい、役立たずの邪魔者は、部屋で大人しくしています……」

「ちゃんと頼りにしてるよ。私じゃ探せない場所だったら呼ぶから、その時はお願い」


不満げな顔をした男の頬にキスを落とし、リリアちゃんは談話室を出た。

皆が見ている前で結構大胆だよね。された側のアレックスなんて、頬を押さえながらトロットロにとろけているではないか。

しかし、幸せそうな彼の元へと近寄る人影が一つ。


「ケッ、ろくに飲めもしねえようなガキが、調子に乗りやがって」


声をかけたのは、昨日と同じく酔っ払いのグレン。

彼は半分出来上がっているらしく、昨日よりもふらついて危なっかしそうだった。

そして、抱えている酒瓶は鈍器にもなりうる。


「そろそろ分かれよ、お嬢ちゃんとお前とじゃ、価値が釣り合わねえって言ってんだ」

「ほう、僕とリリアが……」


アレックスは既に先程まで被っていた猫を捨て、据わった目になり始めていた。

この場にトムはいない。僕が二人の間に入る覚悟を決めると、ワット君が袖を引いた。


「先生、殺人事件に発展してしまいます」

「分かってるよワット君、だから僕たちの部屋に先に戻っていてくれないか、直ぐに行くから……」

「犠牲者が先生です」

「……」


いくらなんでも信用がなさすぎるのではあるまいか。確かに二人に挟まれたら、ひとたまりもないのは僕だろうけど。

そうこうしているうちに、離れたところに座っていたヴィクターまでもが腰を上げた。


「ワシもグレンの意見には同意する。お嬢ちゃんは純粋なエヴァグレーズの人間だろう、瞳の色が正にそうだ」


同意してグレンが頷く。


「俺たちの持つ栗毛と銀の瞳のうち、瞳の色は真っ先に消えちまうからな」

「我々の誇りを忘れ、金髪だの、青い瞳だので、つまらない男に浮かれるなど、両親の教育がなっとらん、お嬢ちゃんには考え直すようしっかり説教してやろう」

「そうしてやれ、エヴァグレーズの男を裏切った罰が当たる前にな」


一般的に、エヴァグレーズ公爵領の人間は、皆同じような髪と瞳の色をしている。だけど、正直な感想で申し訳ないが、僕にはリリアちゃんを含め、彼ら全員の瞳は銀ではなくグレーにしか思えなかったし、他の色に劣るとも優れるとも言うつもりはない。

事態は急を要すると感じ、ワット君にいつもの口調よりきつめに言い聞かせ、こっそりと部屋から逃がす。僕はその後振り返って直ぐに喧嘩を仲裁するつもりだったけれど、耳に飛び込んできた台詞に全身が固まった。


「俺たち以外と添い遂げるなんざ、ガキの瞳が濁っちまうぜ、あの女のようにな!」


グレンが親指で指し示したのは、本を読んでいたクララさん。吊し上げに近い形で急に非難された彼女は、力強い目で睨みつけながらも、反射的に薄い青の瞳と栗毛を隠すように顔を背けた。

ニヤリと嫌らしくグレンの口元が歪む。


「おいおい、その反応は母親がエヴァグレーズの出か? どうせ青い目をした父親には捨てられたんだろう」

「違うわ……でも、そうだったとしても関係ないでしょ!」


涙ぐむクララさんを前に、普段は温厚で思慮深い僕も頭に血が上った。アレックスに加勢するつもりなんて、これっぽっちもなかったけれど、僕は彼の隣に並ぶ。

二体一の形になっても、グレンはあえて顎で僕らを挑発した。


「何だよ、探偵さんもやんのか!?」

「流石に聞き捨てならなかったのでネ!」

「うッるせえ、てめえらみたいな南の連中が、俺達の女をかっさらっていきやがるんだよ!!」


絞り出すような叫びを前にして、アレックスが唐突に吹き出した。


「アハハハハハハッ、これは面白い」


さも可笑しそうに笑う様子にギョッとする。てっきり怒りを貯めていたと思っていた彼は、グレンを前にして目尻に浮かぶ涙を拭っていた。


「やけに突っかかってくると思えば、単なる嫉妬に駆られての行為とは……。そうまでしてこの髪と瞳が羨ましいか」

「ッ……」

「お二方とも独り身のようだが、言わずもがな理由がよく分かる」


何も言えなくなったグレンは、立ち尽くしてプルプルと震えた。ヴィクターも目を逸らす。二人とも図星だったのだろう。外面をモテない言い訳にする奴ほど、内面の方が酷かったりするからね。

トドメとばかりに、アレックスがグレンの耳元で囁いた。


「大丈夫、貴殿のような何の魅力もない男、瞳の色が変わろうが、髪の色が変わろうが、女性は興味を持ちませんよ」

「テメエッッッ」


グレンが酒瓶を振りかぶり、僕は反射的に前へと……。


「アル、アル、アル、アルレ、アレ、あれ? アル、アルフレックスッ、ちょ、ちょ、ちょっとだけ身長貸して!!」


談話室へと飛び込んできたリリアちゃんの声に、緊迫していた空気が一気に吹き飛んだ。場違いな明るさを纏う彼女には、グレンですらポカンと開いた大口を向けて静止する。口と同じく指の力も緩んだのだろう、滑り落ちた酒瓶が僕の頭に当たった。痛いな、もうっ。

アレックスが沈痛な面持ちで眉間を掴む。


「リリア……、今は取り込み中です。直ぐに行くので待っていて下さい」

「わかった、でも早く来てね!」


パタパタという足音が徐々に小さくなっていく。

皆が何も言えずに黙っていると、アレックスがわざとらしい咳払いをして仕切り直した。


「ですから、価値がないのは自分自身の……」


言葉の途中で再びパタパタと足音が鳴り響き、こちらへと迫る。


「アルフレックス、やっぱりオズワルドさんに手伝ってもらうから来なくていいよ。忙しいのにごめんね、もう呼ばないから好きにしてて」

「まっ、待ってくださいっ、忙しくなんてありません、絶対に僕の方が君の役に立つ男ですから!!」


アレックスがリリアちゃんの後を追って走り去る間際、覚えていろとでも言いたげにグレンとヴィクターを指差したが、全く決まっていなかった。むしろ、リリアちゃんに手綱を引かれた情けない男としての印象が強くなる。

残された側もばつが悪くなり、そそくさとヴィクターが立ち去って、グレンも後に続く。僕はクララさんの元へ駆け寄った。


「ありがとう探偵さん、でも今は一人になりたいの……」

「アッ……うっ……」


せめて彼女の瞳が美しいと伝えられればよかったのだけれど、僕は何も言えずに立ち尽くすだけだった。








二日目、昼過ぎ。




昼食を食べてからしばらくの間、僕は二階の廊下を行ったり来たりしていた。

結局、リリアちゃんの予想は検討違いだったので、宝探しは続行中。なんでも、銅像の主人は服を着ているのに、肖像画の中では全裸になっている理由をワット君から尋ねられ、服を脱がせば何かが見付かるかもと閃いたそうだ。

アレックスが彼女に指示された通り、犬の背を踏み台にして腕をハンチング帽に伸ばしてみたけれど、下からだと一見着脱可能に見えていた帽子も、実際に触れると銅像と一体化していて取れなかった。

思いつきが外れて落ち込んだリリアちゃんを、アレックスが至高の喜びだとでも言いたげな態度で慰め、怒らせてしまったのは別の話。


ふと、思いついた事を試そうとして180度回転すると、隣を歩いていたワット君も僕に習って進行方向を変えた。


「先生、次はどこへ行かれるのですか?」

「玄関から角度を変えて肖像画を見れば、暗号も解けるかと思ってね!」

「分かりました、お供します」


騒動の後、ワット君は僕の真似事がしたいのか、トイレにまで引っ付いてくるようになってしまった。僕は子供が憧れるような名探偵だから仕方ないよね。師の背中を見てのびのびと育ってくれ、ワット君。

ほんわかした気持ちのまま階段を下りると、奥の廊下でトムが立ち尽くしているのが目に映った。


「やあ、トム」

「ああ探偵君、それにワット君じゃないか、さっきは大変だったらしいね」

「はい、先生が死体になりかけてしまいました」

「……これは中々手厳しい助手君だね」


苦笑するトムに羞恥を覚え、僕は内股気味になる。


「えっと、終った話はやめましょう。それより、廊下で立ち尽くしてどうしたんですか?」

「外に出ていたら、シドニーが鍵をかけたまま眠ってしまったらしい、呼んでも起きないんだよ」


こういう場合、中にいると思っていたら、意外にも外に出ていたなんてことはよくある。本当に中で寝ているのか確認しようと、僕は中腰になって鍵穴に片目を近づけた。


「ああ、流石は探偵だね、鍵穴から様子を伺うとは」

「まあね、よくやるんですよっと」


円形に切り取られた視界の中、真っ先に鍵が開いている窓が目に入った。

続いて角度を変えれば、次第にそれが見えてくる。白いシーツに散らばる漆黒の羽、ベッドの上で乱れたシドニーさんの髪の毛、そして彼女に覆いかぶさる『鳥男』







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