D0101迷探偵との出会い
僕の名前はシャーク、王都では結構名の知れている探偵だ。解決した難事件は数知れず、赤毛の名探偵、ソバカスの貴公子、などの通り名で呼ばれる事もしばしば。
この日も依頼主の元を訪ねるため、有能な助手と共にエヴァグレーズ公爵領を目指していた。
馬車の荷台で飼い葉に半分体を埋めながら、空を眺める。気持ちいいくらいの青空とは反対に、僕は乗り物酔いで死にそうな顔をしていた。
「つらい、もう駄目かも」
「あと少しです、先生」
僕を『先生』と呼ぶのが助手のワット君。王都では珍しくもない金髪と青い瞳を持つ、7歳から9歳、つまりは8歳程度の少年だ。
曖昧なプロフィールなのは分かっている。でも、王都の裏路地で生活していた彼が自分の年齢を知らないのだから仕方がない。だって分かっていたら、サプライズで誕生日パーティーを開くにしても、僕と出会った日になんてしなかったもの。
さて、現実逃避混じりの回想は終わり。再び気持ち悪さのピークが訪れて限界を感じ始めた頃、ようやく馬が動きを止めた。
僕が草むらで上半身を折っている間に、ワット君が荷台の主人に礼を言って僅かばかりの駄賃を握らせる。受け取った方も気を良くする金額だったのだろう、「気を付けて歩けよ、ひょろい兄ちゃん」だなんて大口を開けて笑いながら、荷馬車を走らせ遠ざかって行った。
「お待たせしました、先生」
「ああ、えっ、うん、行こうか」
使い古したトランクを持ち上げ、やっとの思いで山の中の脇道を進む。ちょっと足元は揺れているけど、うん大丈夫、大丈夫。ここからでも黒い屋根が見えているくらいだから直ぐに着くさ。
一週間前に届いた手紙によると、依頼人はこの先の館で宿泊業を営んでいる管理人夫婦。内容もシンプルに、暗号を解読して館に隠された宝を見つけてくれとの、実に探偵らしい依頼だった。
なんでも、屋根の上の風見鶏のせいで、『風見鶏の館』と呼ばれている屋敷は、とある人物の隠し別荘として建てられたそうで、彼の死後、秘密裏に館を譲り受けた管理人夫婦は長年付き従ってきた従者だったとのこと。
彼らの主人が生前、宝のありかを示した暗号を残していたのだが、今まで誰も解くことが出来ず、誰かが宝を手に入れるのを見届ける、という約束をした管理人夫婦は、困り果てて僕に依頼をしたというわけだ。
道なりに進んで15分ほど経ったぐらいだろうか、建物の全体像が見えてきた。屋敷の正面に立って改めて見上げてみるが、赤レンガを敷き詰めた外観は壮観だ。
「見たまえワット君、ここが今回僕たちの活躍する舞台さ」
「わあ、これはまた大きなお屋敷ですね」
「フフフ、それだけ収穫には期待できるってことだよ」
なんたって発見したお宝は僕が持って帰ってもいいって話だからね。依頼料に加えてとんだビックボーナスだ。サマーバカンスの前に依頼が来ていれば、今頃はフォスター伯爵領のビーチリゾートで優雅な休暇を過ごしていただろうに。
ちなみに、さっき通った道を進行方向とは逆に進むと、フォスター伯爵領に辿り着くので、早めに依頼を片付け、帰りに寄るという手も考慮しておこう。
開放的な衣装で身を飾るお姉さんに思いを馳せ、瞼を閉じる。すると、妄想が具現化したように、ふんわりと良い匂いが鼻を擽った。
「あら、あなた達も風見鶏の館に泊まるのかしら?」
澄んだ声に驚いて振り返り、僕は心臓が止まりそうな衝撃を覚えた。そこには乗馬服に身を包んだ細身の女性が、長い栗色の髪を靡かせて立っていた。
「初めまして、私はクララ、しばらく滞在する予定だからよろしくお願いするわ」
「ど、ど、どうも、シャークです、よろしくネッ、こっちは助手のワット君……」
「ご紹介に与りましたワットです、よろしくお願いします」
「あら、随分見た目が違うと思ったら、家族じゃなかったのね、何かの職人さんかしら」
クララさんの薄く青に色づいた瞳が、じっと僕の顔を覗き込む。髪色や瞳の色をワット君と眺めてから、彼女はクスリと笑みをこぼした。
……美しい。
どうにも夢見心地でのぼせ上がってしまう。そんな心境に気づくこともなく、彼女が体の向きを変えたので、先回りしてワット君がドアを開けた。
「どうぞ」
「ありがとう、おチビさん」
彼女は細い指でワット君の髪を優しく撫でた。まさか助手に先を越されるとはね、中々スマートなエスコートも難しい。
慌てて二人の後に続くと、玄関を入って直ぐの広間は外観に負けず劣らずの様相だった。
王都で招かれた貴族のお屋敷には、金の装飾が所々に散りばめられており、平民とは違う財力を思い知ったけれど、この屋敷もそれらに引けを取らない。流石に金細工まではなかったけれど、階段や窓枠に使われている木材には全て、精密で美しい彫刻が施されていた。中央には屋敷のあるじを模ったと思われる銅像が立っており、銃の台尻を地面につけた男性に、猟犬が一頭寄り添っている。
「あっ、お客さんみたいだね」
声がした階段上の通路を見上げれば、10ほど歳上の男が立っていた。彼は背後にいた女性を呼ぶ。
「シドニー、管理人さんを呼んできてあげなさい」
「ええ、分かったわ、ちょっと行ってくるわね」
後ろ髪を編み込んだ女性、シドニーさんは奥の部屋へと向かう。僕と同じくらいの年齢の彼女は、一体あの男の何なのだろうか。例え恋人や妻なのだとしても、女性を顎で使う態度は僕の主義に反する。
モヤモヤした気持ちを抑えている間に、男は階段を降りきり、皆の前で右腕を差し出した。
「私はトム、さっきのは妻のシドニー、ワーバートン伯爵領から観光でエヴァグレーズ公爵領に向かう予定だったんだが、興味深い噂を聞いてここに居ついてしまったんだ。あと数日はいる予定だからよろしく頼むよ」
「シャークです、ヨロシク……」
「ワットです。先生と一緒に王都から来ました」
「私はクララ、二人とはそこで知り合ったの、フルード公爵領から乗馬ついでの一人旅行よ」
次々と握手を交わし、トムは納得したように頷いた。どうせちぐはぐな家族だなとでも勘違いしていたのだろう。
「坊やの先生ってことは、職人さんかなに……」
「シャーク先生お待ちしておりましたッ!」
トムの言葉をかき消すように現れたのは、真っ白な髭を蓄えた老人。そして、依頼人と思われる彼の後ろには、おそらく妻であろう老婦人が息を切らしていた。
「このような辺鄙なところにどうもありがとうございます。私が依頼人のウィリアムズです」
「妻のイレインです、先生のご活躍はヴィルネスク山の秘宝発見に、レネダ平原の集団幻覚事件の解決など、普段から耳にしておりました……」
話を聞いていたトムは驚きの声を上げる。
「レネダ平原の集団幻覚事件だって!? ということはつまり、君があの、赤毛の名探偵シャークなのか!」
ワーバートン伯爵領に住んでいるならば、僕の正体に気づいてしまうかと危惧していたが、やはりバレてしまったか。
隣にいたクララさんも感動して声が出なかったのか、目を見開きながら口を押さえていた。遅れてやって来たシドニーさんもトムから話を聞いてびっくり仰天、僕に驚きの眼差しを向ける。
「名探偵を招くだなんて、宝の話も本当だったのね……」
何の話をしているのか、宝について知らないクララさんは分からないようだったけれど、シドニーさん達からこの館に纏わる話を聞き、彼女は再び口を押さえた。
管理人夫婦は興奮する彼らを置いて、僕を階段上に導く。連れられた先、二階の壁にかけられていたのは、大きなキャンパスに描かれた絵画だった。
「こちらが暗号の記された絵画です」
「これはまた、なんとも……」
「げ、芸術性の高い作品ですな」
「旦那様自ら描かれました」
なんとか誤魔化してみたが、悪趣味だとしか言いようがない。だが、その内容は難解で、書き込みから推測するに、暗号も数種類あるようだ。
僕と同じように、ウィリアムズさんが肖像画を見上げる。
「実はいくつかの暗号は既に解かれているのです」
「なんだもう分かっているんですね」
「ただ、恐らくはダミーの暗号だったようで……」
肩を落としたウィリアムズさん曰く、どの暗号を解いても、出てくるのは元主人が溺愛していた孫娘を褒め称える文章だけだったのだとか。本気で宝を探していた宿泊客達も怒って帰ってしまい、文句を言われたのは一度や二度ではないそうだ。
ウィリアムズさんはしょんぼりとした顔で眉を寄せた。
「旦那様は孫娘であるお嬢様を、亡き奥様の生き写しだと溺愛されておりましたが、自慢話を読ませたくて宝があると嘯いた訳ではありません」
「うむ、もしかしたら全ての暗号を解けば、別の文章になるのかもしれませんね」
全ての謎を解いて答えを組み合わせなければ解けない、クロスワードパズルのような暗号は前にも見たことがある。暗号を解くには、 何をどの順番に使用するのか見極めなければならない。
だけど、暗号の解読よりも気になったのは、残された遺族についてだった。
「ご家族がいるのならば、何故宝を血族に相続させなかったのですか?」
「本来であれば、財産は唯一の直系男児、つまりはお嬢様の父親に当たる方が全て相続しなければならなかったのですが、あの方は決められた相手とではなく、一目惚れをした女性と勝手に結婚してしまい、旦那様を怒らせてしまったのです」
早い話が、政略結婚を拒絶し恋愛結婚をしてしまったということ。一度は家を出た息子も、娘が生まれると何食わぬ顔で戻ってきたそうだ。
「お嬢様が可愛いあまり勘当は取り消したものの、宝の扱いについて息子とは再び意見を違えると予想した旦那様は、彼奴の手に渡るくらいならば他人にくれてやる方がマシだと嘆かれ、この屋敷を私ども夫婦に託されました」
「なるほど、方向性の違いってやつですね、方向性の……」
過去、僕の所属していた音楽隊が、解散した時の出来事を思い出す。
音楽における方向性の違いから解散した音楽隊は、僕以外のメンバー間では方向性が一致していたらしく、次の日に名前を変えて再結成していた。仲間外れにされたようで悲しかったけれど、それがなければ名探偵として僕が名を馳せる事もなかったので、人生は何が起きるとも限らないけどね。
そんな思い出に一人浸っていたら、目に涙を溜めていた老夫婦が、とうとう僕に抱きついて泣き出した。
「お願いですシャーク先生、どうか宝を見つけて下さい」
「老い先長くない私どもが安心して眠れよう、何卒お願い致します」
「大丈夫、大丈夫だから、二人とも任せなさい」
僕は困り果て、足元のワット君と目を見合せる。けれど、彼の口元は何故だか誇らしげに弧を描いていた。
部屋の用意をする間、元は応接間として使用されていた二階の談話室でくつろいでいるように勧められ、宿泊を希望するクララさんと同じく、しばらく時間を潰すこととなった。
正直話しかけられるかは別にして、彼女と話す機会があるのは嬉しい。僕の気持ちを察してか、話しかけてくれたのはクララさんからだった。
「暗号に宝探しだなんて、驚きね、シドニー達も宝の話を聞いて滞在を延ばしたそうよ」
「えへへっ、そっかあ、クララさんも挑戦してみます?」
「私はやめとくわ、だって名探偵シャークには勝てそうにないもの」
彼女は同意を求めるように、ワット君に向けて「ね?」と首を傾げてみせた。ワット君も返事の代わりにコクリと頷く。
和やかな時の流れに身を任せていると、邪魔者は唐突にやってきた。
「やあ、俺はオズワルド、楽しそうだからよければ混ぜてくれないか」
鼻筋の通ったキザな男は、黒い前髪を嫌味ったらしくかきあげた。混ぜて欲しいと言いつつも、彼の緑の瞳はクララさんだけを捉えている。
「あら、私はクララよ、よろしくね。こっちの二人は名探偵のシャークさんに、助手のワット君なのよ、驚いた?」
「さっきトムの奴から聞いたぜ、凄いな、名探偵ならさぞかし忙しいんだろう」
「どうも……まあ、それなりに忙しいですけどネ!」
少々自慢げに胸を張ると、オズワルドはクララさんの手を取った。
「名探偵は忙しいそうだから、俺が屋敷の中を案内してやるよ」
「仕事を邪魔したら悪いものね、お願いするわ。じゃあ探偵さんも頑張ってね」
「えっ、あつ」
引き止める間も無く、二人は目の前から消え去った。あまりの落ち込みように見かねたのか、トムが僕の肩を小突いて体に寄りかかる。
「残念だったな、シャーク君。女性の扱いに関してはオズワルドの方が上手のようだ」
「はは、ははははははっ」
「彼も宝探しに夢中になっている一人だ、友人に騙されて借金を背負わされたとかで、金に困っているらしい」
トムのおかげで僕は少しだけ元気を取り戻した。借金持ちのオズワルドよりは僕の方に勝算がある。メラメラと闘志を燃やしていると、シドニーさんがクスリと笑った。
「ここにいる皆はライバルということになるのだけれど、探偵さんはもうヴィクターとグレンには会ったのかしら?」
「えっ、まだ会ってないです……」
「酒飲みの酔っ払いさ、エヴァグレーズ公爵領民は酒に強いだろう、同郷で気が合ったらしく、毎晩楽しそうに三階で飲んでるよ」
言いながらトムは天井を人差し指で指した。
「私たちと同じくらいに来たグレンはともかく、ヴィクターは本気で探しているみたいね、なにせ彼が半年も借りている三階の部屋は、館の元あるじが使用していた主寝室だ」
半年間も滞在しているのなら、ヴィクターとやらはそれなりに財のある人物のようだ。宝が隠されている可能性が高い主寝室を、お金にものを言わせて独占しているのかもしれない。
でも、どうせエヴァグレーズ出身の人と同じ宿に泊まるのなら、女の子が良かったなあ。
公爵領の女性は肌の色が薄くて美人が多いと噂になっているから、依頼を受けると決めた時も、地名を聞いて運命的な出会いを期待したくらいだもの。
そうこうしているうちに、部屋の用意が整ったとウィリアムズさんに呼ばれた。トムは僕の肩から腕を退かしがてら、ニヤリと笑う。
「早速部屋で暗号を解読するつもりかい?」
「いえ、今日は着いたばかりで疲れたから、本気を出すのは明日からにしておきます」
僕はワット君を連れて、談話室を後にする。
数々の難事件を解決してはきたものの、疲れているとやる気がどうしても出ないのだ。暗号がさっぱり分からないから、考えたくなくて後回しにしているのも理由だけどね。
一日目、夕方。
昼寝から目覚めた夕暮れ時、先ほどの様相とはうって変わって屋敷は突然の雷雨に見舞われていた。
談話室のソファーに腰掛け、寛いだふりをしていても、気になるのは大好きなクララさんといけ好かないオズワルドの会話だ。聞き耳を立ててみるが、二人と僕の間には恐らく先ほど会話に出てきた酔っ払い、ヴィクターとグレンがいて、彼らの会話の音にかき消され、何も聞こえてきやしない。
対面に座るワット君に目を向ければ、どこから拾ってきたのか赤いガラス玉を光に透かしていた。
窓の外で空がカッと光った後、大きな音が鳴り響いた。
薄ら寒いものが背筋に走り、トイレに行こうと席を立つ。談話室を出ると、階段下にある玄関の扉が、何故だか開いていた。
「なんで開けっ放しなんだ……」
ぶつくさと文句を言いながら、階段を下りる。
再び、稲妻が光った。
光によって映し出された影で、僕はようやく人が立っていることに気がついた。
「ごめんください……」
声から男と分かったが、声色は若い。ゴロゴロと近くで鳴った雷の音が耳の中で反響する。ずぶ濡れのフードから覗く口元が動いた。
「急な雨に降られ、困っています。どうか一晩だけでも泊めていただけないでしょうか」
フードを取ったのは、未だ18歳の成人を迎えていないであろう年数の青年。彼は王都では珍しくもない金髪に、青い目をしていた。
「僕の名前はアレックス、彼女の名前はリリアです」
光とほぼ同時に雷鳴が轟いた。
高い背に隠れて全く気がつかなかったが、確かに人影は二つ。フードの隙間から長い栗毛を揺らしたのは、彼と同じ年頃の女の子。
アレックスが顔に笑みを貼り付ける。
「無論、泊めていただけるなら謝礼は重々にいたします、重々に、ね……」
肖像画はボッティチェッリの名画、『ヴィーナスの誕生』のオマージュです。
乳首を隠せばなろうに上げても大丈夫だと判断しました。規約的にまずかったら教えていただけると助かります。




