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0102飲んだくれは領地を救う

あの後、リリーは気を取り直した母、アイリーンに両肩を掴まれて、こんこんと説き伏せられていた。


「あのね、リリーちゃん、カルトッフェルは食べ物じゃないのよ」


アイリーンはリリーに、これはお花の苗なの、と泣きそうな声で(すが)った。


「でも、どう見てもジャガイモ……」

「毒があるのよおぉぉぉ」


頑として言うことを聞かないリリーに、彼女はついに泣き出してしまった。その様子を見ていた父親のネイサンは、二人の間に入ってアイリーンをなだめる。


「今回は大丈夫だったじゃないか、ほら泣き止んで」


ネイサンがアイリーンの手を取ると、彼女はようやく泣き止んだ。

どうやらジャガイモは、芽に含まれる毒の処理が浸透していない為、食用の文化が根付かず、観賞用の花として普及しているようだ。

そういえば、ゲームの関係でヨーロッパの歴史を調べていた時に、ジャガイモは輸入当初、花として扱われていたと書かれていた本もあったな。なんて事を思い出しながら、リリーはいい雰囲気出し始めた両親に声をかける。


「たしかに毒はあるけど、芽の部分と皮だけです。それも水にさらせば簡単に抜けます」

「そ、そうなのかね……」


ネイサンは驚いた声を出したが、すぐに真顔になると、顎に手を当て小首を傾げる。


「ところで、どこでそれを知ったんだい?」

「……アルフレッド、ガ、イッテタヨ! モットジャガイモ、タベテッテ!」

「……。なるほど、なるほど」


ネイサンは一瞬だけ固まったが、リリーの片言の言い訳にも納得してくれたようだ。彼は穏やかに笑いながら顎を掻き、「流石は殿下」と漏らしている。

リリーは不審な様子に訝しんで父親を見つめるも、彼は目を合わせてくれなかった。

気を取り直し、リリーはジャガイモ料理について前向きに考え始めた様子のネイサンに尋ねる。


「食用として、普及することは難しそうですか?」

「花としての認識が強いからね」


ジャガイモは、既に『カルトッフェル』の名前で、観賞花として広まってしまっていた。こうなると、アイリーンのような忌避感が生まれる可能性が高い。

リリーは腕を組み、悩ましい顔で、ムムムと唸る。そんな娘が自分と対等に話が出来ると思ったのか、ネイサンは膝を折り、リリーの目線に自身合わせた。


「しかし、エヴァグレーズ領内だけなら、なんとかする手があるゾ!」

「うちの領内、だけ……?」


不可解な面持ちでネイサンを見つめるリリーに、彼はニカッ、と笑って答える。


「我が領民は、全員が酒浸りだからね!」


そう自慢げに述べる父親に、リリーは目眩を覚えた。


エヴァグレーズ公爵領は北方に広がる大きな土地。大きな山脈があるせいもあり、降雪量が多く、冬場は極寒の地となる。そのせいあってか、体を温めるために多量のアルコールが消費され、仕事終わりには多くの労働者が酒場で酔っ払う。

と、いった内容がネイサンの言い分だった。


「酒場のメニューに加えて、酔っ払いに食べさせれば良い。基本的に彼らはなにも考えない」

「それは人道的に問題があるのではないでしょうか……」


リリーの答えに、ネイサンはチチチッ、と言って人差し指を振りながら、ウインクをする。


「彼らは自ら喜んで食べるだろう。特に見慣れない料理は度胸試しにもってこいだからね」

「えっと……」

「リリーにはまだ理解できないかもしれないけど、それが酒飲みの宿命というものだよ……」


きっと自分の父親も酒飲みなのだろう。そう思って、リリーは諦めたような目でネイサンを見つめる。一方、ネイサンはそんな娘の様子を気に留めることもなく、新しいツマミが増えるかもしれない、と喜んでいた。


外でも家でも、いつでも飲む。それこそが一般的なエヴァグレーズ公爵領民の姿。酒場で気に入ったメニューがあれば、家庭で妻に作ってくれと頼むもの。そうして新しい料理は公爵領中に広まっていく。


「私の考えていた食料改革と違う……」


そんなリリーの悲しい呟きを、誰も聞いてはくれなかった。











その後、ネイサン指導の元、リリーによって新しいメニューがいくつか提案された。シチューでは酒のつまみにならないので、別の物の方が良い、とネイサンが判断したからだ。

リリーの提案で『カルトッフェル』を『ポテト』又の名を『ジャガイモ』と改め、メニューのレシピを酒場へと提供した。

フライドポテト、ジャーマンポテト、マッシュポテト、じゃがバター。

それらのメニューは酒場での評判も上々で、秋の終わりには、ジャガイモ料理はエヴァグレーズ公爵領の新しい郷土料理として定着した。



現在、リリーはネイサンの執務室で、それに関する報告書を読んでいる。

ニコニコ顔のネイサンは少しアルコール臭い。


「ね、私が言った通りだろう?」

「おそるべし酔っ払い……」


リリーの言葉を賞賛と捉えたのか、ネイサンは更に上機嫌になり、鼻歌まで歌い出す。

ジャガイモを蒸留すると、お酒ができることは秘密にしておこう。

そうリリーは固く心に誓った。大量のアルコールが供給されれば、より多くの酔っ払いが形成されてしまう。その上、ジャガイモの蒸留酒はアルコール度数も高いときた。

これはもう、絶対にバレてはならない。


リリーがネイサンに目をやると、彼は隠していた酒瓶を手に持って、それをじっと見つめていた。


「ふむ、小麦の代わりになるのなら、アルコールの原料にできるかもしれないな」

「何故、バレたし……」


娘の嘆きも何のその。ネイサンは既に新しい蒸留酒のことで頭がいっぱいの様子だった。

どうやらアルコール増産は、リリーにも止められないようだ。


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