0608エピローグ
卒業式、つまりゲームのが終了してから、半年がすぎた頃。
リリーとアルフレッドは海岸線沿いの欄干にもたれながら、二人でのんびりと夕日に染まる海を眺めていた。
「綺麗な海だけど、やっぱり体調崩しそうなくらい暑いよね、失敗したかな」
「ははは、やっぱり僕達の間には情緒も何も無い。同意を求められても、リリーが暑さに弱すぎるだけです」
アルフレッドは「何も期待しなくて良かったですよ、本当に」、なんて漏らしながらも、横目でチラチラと様子を伺っていた。
同意を得られず、頰を膨らませたリリーの表情には、以前のような無感情さはもう無い。
しっかりと開かれた瞼からは、太陽の光を映した丸い瞳を覗かせていた。
季節は夏。
リリーたちは学園の夏休暇を利用して、フォスター伯爵領にあるビーチリゾートに来ていた。勿論シャーロットをはじめ、彼女の婚約者のローデン、友人のノエル、ラルフ、コリンズも一緒だ。
しかしリリーが、少しの間だけアルフレッドと二人きりになりたいとシャーロットに打ち明けたところ、「いってらっしゃいませ」と背中を押されて、現在に至る。
何気なく、卒業式の日を思い出して彼女は口を開く。
「エゼルバルドを追放だけで済ませて、アルフレッドは本当によかったの?」
「僕の意思より、尊重しなければならないものがあった。それだけです」
アルフレッドは表情をピクリとも動かさず、さも興味が無さそうに返した。
あの時、リリーは意識不明に陥ったまま数日を過ごし、目覚めて直ぐにエゼルバルドを愛情パンチで殴りに行ったのだが……。
自室で軟禁状態だった彼に、頭を擦り付ける勢いで今までのことを謝られ、彼女は毒気を抜かれてすごすごと引き返したのだった。
実際のところ、心肺停止状態が長かった後遺症なのか、ゲームの記憶やら何やらに対して、あまり実感が持てなくなっていたため、勝手に改心してくれて良かったのかもしれない。
恐らく、以前に思っていたような、母親に近い愛情で彼を殴ることは出来なかっただろう。
最終的に、表向きエゼルバルドは病死したこととなり、彼は人相を変えて、王都の孤児院で働くことになったそうで、思い描いていたトゥルーエンドとは違ったものの、これ以上彼女は手出し出来なくなってしまった。
釈然としない表情で、リリーが頬杖をつく。
「卒業式の真相も、分からず仕舞いになりそうだなぁ」
「リリー、君はまだ諦めていなかったんですね……」
「誰に聞いても教えてくれないから、気になるんだもん」
アルフレッドはじっとりとした目で彼女を見つめると、声のトーンを下げて釘を刺す。
「言っときますけど、あの日のことを君に漏らした人間は、次期国王の権限で全員斬首ですので悪しからず」
「うわっ、らしくもなく、えげつないこと言い出した」
「ほらね、知らなくて良いことだってあるんです!」
そんなことを言われると、余計に知りたくなってしまうのが人間の性であるのだが、他人の命と比べられてはリリーも諦めるより他は無い。
アルフレッドは彼女の様子にヒヤヒヤしながらも、口を尖らせ、拗ねたような口調で小さく呟く。
「あんな姿がバレて、君に逃げられる訳にはいかないんですよ……」
「えっ、何か言った?」
「なんでもありませんーっ!」
そう誤魔化すも、リリーがしつこく頬を突こうと、「ねえ、ねえ」なんて言いながら指とつま先を伸ばすので、アルフレッドは顔を守りつつ、話題を変える事を思い付く。
「そういえば、グラーヴィア湖周辺の環境改善はどうですか?」
「それは何十年もかかりそうかな。魚を食べないようには徹底的したけど、産業的にも大打撃だし」
やはり先は明るく無いのかと、アルフレッドの眉間のしわが深くなるが、リリーは「でも」と言葉を続ける。
「金鉱山とは逆側の山脈で温泉を発見したから、湯治場として広く人を呼び込めないか考えてる」
「何でまた偶然そんなものが……」
アルフレッドが怪訝な顔を向けると、彼女は少し自慢気に人差し指を立てて説明を始めた。
「鉱石が取れると言うことは、マグマの熱が地下で活発なのではないかと、昔の記憶から推測した訳で、探してみたら大当たり、と」
「『ゲーム』の話が終わったと思えば、今度は『現実世界』とやらの話ですか……」
アルフレッドは情けない声を出すと、手すりに額を打ち付けた。
「ああ、もう、いいです、面倒な話は。二年後位に病人を一人、そこに送るんで、それだけッ、適当にッ、お願いしますッ!」
何度か音を立てると満足したのか、欄干にぐったりと身を預ける。彼は指先でリリーの左手薬指にはまった指輪を弄りながら、「早く目を覚ませばいいのに」とブツブツ呟いていた。
アルフレッドの左手薬指にも同じデザインの指輪がおさまっているのは、二人があの後、正式に婚約したからだ。事を知らないリリーは不思議がったが、好機を逃すアルフレッドではない。
大勢の貴族に囲まれ口付けを披露したのを言い訳に、左腕の件を含め、次期国王として責任を取るとエヴァグレーズ公爵に迫り、リリーが目覚めて拒否する前に言質を取った。長年の悲願達成である。
過去の苦労を思い出してか、なおもぶつくさと、『ゲーム』や『現実世界』に文句を言い続けるアルフレッドの姿に、リリーは愛おしさを覚えた。
口元を緩ませると、彼を喜ばせたい一心で、伝え忘れていた事実を語る。
「実は私、一回死んでいたの。次に死んだら多分終わり。だからこっちの世界が現実だよ」
リリーの予想に反して、アルフレッドは無反応だった。
どうして喜んでくれないのかと一人小首を傾げていると、突如として高音気味の奇声が上がる。
「もおぉぉーーっ、ゲームのシナリオライターだとか、僕にとってどぉぉぉぉでもいいことを言う前に、どうしてそれを言わなかったんですかッッッ!!」
「ひ、ひどい、アレを伝えるの、物凄く勇気を出したのに」
「知りません、リリーは本当に大馬鹿者です。わざとなら外道すぎる、鬼畜、人外、この淫魔!」
おそらく、リリーがここまでアルフレッドに罵られたのは初めてだろう。彼女は手すりを掴んだ腕に顔を埋め、彼の言葉をやり過ごす。
「うう、喜ばそうと思っただけなのに……」
「ぐううっ、君はどれだけ人を苦しめたと思って……ッ。素直には喜べません!」
未だ怒り心頭なアルフレッドは、地団駄を踏んでひとしきり暴れると、腕を組んで彼女を斜めに見る。
「あーあ、僕を呼び出した本題はそれですか。まったくもう、日が暮れる前に戻りますよ」
「本題は、違うよ?」
アルフレッドがむすっとした表情を解くと、彼女は少しだけ頰を紅潮させて目を伏せた。その表情には彼も戸惑いを見せ、ゴクリと唾を飲む。
「私たちは今、婚約者同士だよね?」
「ええ、でも破棄は認めません」
「そうじゃなくて、婚約者になったんだから……」
愛おしそうに薬指の指輪を撫でながら、アルフレッドを見上げるリリーに、彼の心臓が跳ねた。
「……キスしよ?」
「!!」
アルフレッドが真っ赤な顔で汗を滲ませ固まると、リリーは悲しそうに「だめ?」と尋ねた。
完全に期待値を超えた、キャパシティーオーバーである。
がっついているのがバレないように、先走る気持ちを抑え、唇に軽くキスを落とす。リリーは大人しくそれを受け入れたが、服を掴んで離れることを拒んだ。
「ん、もっと……」
「クソッ、僕の気持ちも知らないでッ!」
頭をおさえて、噛みつく様に唇を奪うと、リリーはくぐもった声を漏らしながら身を震わせた。唇を離せば、今度こそ納得したらしい彼女は瞳を潤ませ、コクリと唾液を飲み下す。
そのまま大人しく腕に収まる様子に満足して、アルフレッドは得意げに鼻息を荒げた。しかし、リリーが体の力を抜いて、胸に身を預けると、次第に穏やかな眼差しになる。
水平線に夕日が沈む。並んで伸びていた二つの影も、今では一つになっていた。
アルフレッドは緩やかな手つきでリリーの髪を撫でながら問う。
「リリーは僕とこの世界を生きてくれるんですか?」
フフフッとイタズラっぽい笑みを浮かべると、彼女は面白おかしくこう言った。
どうやら公爵令嬢は、ゲームの設定と噛み合わないこの世界を生きるようです!




