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0603失踪

リリーが失踪してから3日。


卒業式を目前に控えた今、卒業生たちは一時帰宅によって姿を消し、学園内はいつもより落ち着いた雰囲気を出している。

そんな中、談話室の一角では、落ち込んで暗さをまとうシャーロットと、彼女に対して興味が無さそうにしているコリンズが、同じテーブルについていた。


ガラッ、と音を立て談話室の扉が開き、険しい表情のアルフレッドが顔を出す。彼はシャーロットを見付けると、足早に歩み寄った。


「トンネルを使って王都にも行きましたが、やはりどこにもリリーはいませんでした」

「先生方も、外泊届けが出ているから問題無いとおっしゃっています」


お互いに成果をあげられなかった事を悔やみながら二人は俯いた。

アルフレッドが爪を噛む。


「せめて届け出の内容が分かれば……」

「公爵家と肩を並べるフォスター伯爵家と言えど、所詮は伯爵家、リリー様の身分が高い分、学園も私的な情報を漏らしません」


せめて自分が公爵令嬢だったら、とシャーロットは嘆いた。

肩を落とした彼女を前にして、コリンズは自分らしくもない提案をしようとしていることを内心自嘲する。


この兄の婚約者は、無遠慮にも自分を連れ回し、散々な目に合わせてきた。正直もう女性という生き物はこりごりだが、友人として考えるならば彼女は存外嫌いじゃない。きっと自身の感性も大分彼女に引きずられてしまっているのだなと、シャーロットの顔を眺めながらコリンズは考える。


そして、表情を変えないように注意を払い、いつも通りぶっきらぼうに口を開く。


「フォスター伯爵家の力でも、やり方によってはなんとかなる」


思わぬ言葉に、シャーロットとアルフレッドが食い入るように彼を見た。二人に見つめられ、一瞬怯んで、ゴクリと唾を飲む。

やっぱり言わなければ良かった、なんて後悔を浮かべつつ、コリンズはやけくそ気味にテーブルを叩いた。


「いいか、妄言だって真顔で吐けば、信じる奴は信じるんだ。俺の言う通り、煽って、煽って、押し通せ」










四半刻後、シャーロットは理事長室へ続く扉の前で、祈るように指を組んでいた。彼女と行動を共にしていたアルフレッドは、自身の無力さに一度歯を噛んだ。


「大役を任せてしまい、すみません」

「フォスター伯爵家の令嬢でないと出来ないことですもの……これは私の役目です」


シャーロットは組んでいた手を離し、アルフレッドに見せた。


「私は駄目ね、大それたことをするときは、いつも震えてしまうもの」


小刻みな動きには、アルフレッドにも覚えがあった。意に反する動作は、止めることが難しい。

それでも、過去、自身の失態からランパード伯爵家を救った少女は、再び震えながら、親友を守るために覚悟を決めた。

彼女の決心に、アルフレッドも真剣な表情で拳を握り締める。


「僕もご一緒します」

「フフフ、頼もしいですわ。良い男になったものですね」

「ようやく貴女のお眼鏡に叶うようになれたのなら、光栄です」


アルフレッドが微笑みを返すと、シャーロットがいたずらに舌を突き出してみせた。お約束めいたやり取りに、彼女も緊張を解く。

そして、表情を切り替えたシャーロットがノックをすると、アルフレッドも後ろに付き従った。






口髭を蓄えた理事長は、頰を引きつらせながら、二人の訪問に心底困っているようだった。

学園に多額の寄付をしている、フォスター伯爵家のご令嬢と、扱いの難しいアルフレッドを無下にすることは出来ないが、要望を聞くのは以ての外。

とにかく機嫌を損ねずお帰りいただこうと、高級な茶菓子で懐柔を試みたものの、どちらも一向に手を付ける気配が無い。

遂に理事長は大量の汗を噴き出した。


「何度も申しますが、外泊届けも出されておりますし、お友達には外出を伝えなかっただけではありませんか?」


笑顔を作って必死に退室を促すが、アルフレッドは淡々と言葉を繰り返す。


「今のリリーが、黙って一人で出ていくとは思えません。せめて書類を見せて下さい」

「ですから、公爵家の大切なご令嬢のプライベートを晒すとあっては、私の首も飛びかねませんのでご容赦下さい」


綺麗に受け流しつつ、頰を伝う冷や汗を拭う。彼の相手も大切なのだが、先ほどから黙り込んでいるシャーロットが気になって、チラリと目をやると、具合でも悪いのか、彼女は暗い顔で俯いていた。


「私怖いわ、もしかしたら賊にリリー様が拐われたのを、理事長先生は隠されているのではないかしら?」

「い、いえ、そのようなことは……。事実、過去一度もそのような事は起きておりません故」


口ごもりながらも、学園の安全性を主張すると、シャーロットは目線を逸らし、物憂げにため息をついた。


「私、学園内に外と繋がるトンネルを見つけましたの……」

「な、なんと、それ、は!?」


理事長の心臓が凍りついた。もし、本当にそんなものがあれば大問題である。王国の第一王子、エゼルバルドが三年間も通った学園だ。本当の意味で首が飛びかねない。

彼はシャーロットの一挙一動に、クギ付けとなる。


「怖いわ、とても怖い。私もうこんな学園にはいられません」


声は震えていないのに、取り出したハンカチで目元を隠す仕草は、まるで涙を拭うよう。

シャーロットはハンカチを下ろすと、アルフレッドが座る側へ重心を寄せた。


「私が取り乱して学園中に言い触らさなかったことを、誉めて下さらないかしら、アルフレッド様?」

「ええ、勿論。とはいえ、いつ不安がはち切れるとも限りませんので、僕はそれが心配です」


アルフレッドはさも心配そうにシャーロットを見つめ、気を確かに持つように励ました。よろめきながらも、彼女は意味深に目を伏せる。


「ああ、話が広まれば、来年からはお父様も寄付金を減額されるでしょうね、もしかしたら寄付自体が取りやめかもしれません」

「ですがそんなことになったら、フォスター伯爵家が負担してきた分は、どの家が補填するのでしょうか?」

「あらいやだアルフレッド様ったら、慣れない負担を強いられたら、貧乏人は皆逃げ出すものですよ」


ウフフフフッ、そんな笑い声が聞こえそうなほど優雅に話すシャーロットに理事長は、顔色を失った。


「お、お止めくださいっ! 貴族が学園を見限る事態になれば……王家から学園を任された私の信用は地の底。いや、私だけでなく、学園存続にも関することですッ!」


ソファーから立ち上がり、理事長はシャーロットの前で床に身を伏せた。

対する彼女は、冷たく見据えながら、つま先で彼の顎を持ち上げる。


「ええ、ですからその不安を打ち消して下さらないかしら?」


トドメとばかりに放たれた笑顔の圧に、理事長は言葉を無くし、諦めてガックリと頭を落とした。











その日、エゼルバルドは久方ぶりに、生徒会長室を訪れていた。

今ではジークの物になっているそこは、以前彼が使っていた時とは少しだけ様変わりしており、私物と思われる物が増えている。


エゼルバルドは皮張りの椅子に腰かけると、文机へと足を置き、ゆったりとした手つきでネクタイを外す。青みがかった緑色、学年色のみどりを指で弾くと、グシャリと握りつぶした。


「まさか、父上の瞳と同じ色に、三年間も首元を握られるとはな……」


忌々しげに呟いて、視線を窓へと移す。東棟の1階ではアルフレッドが足取りを荒げ、こちらへ向けて歩いているところだった。


「ようやく俺が来たことに気がついたか」


エゼルバルドは余裕を取り戻し、ニヤリと口元を歪める。

以前、同じようにこの窓からアルフレッドを見下ろした時、エゼルバルドはその場で彼を殺してやりたいとすら感じた。


あろうことかアルフレッドは、与えた傷を愛するローズに手当させていたのだ。

まるで、恋物語のワンシーンを切り取ったような男女の姿だけでも、目眩を覚えたというのに、ローズの表情から読み取れたのは、これから始まるであろう何かへの大いなる期待。


まだ正式には彼女と出会ってすらいないエゼルバルドには、二人の間に入り込む余地がなく、憎しみを噛み殺す以外に方法がなかった。

それでも、長年理想に叶う女性を探し求め、ようやく見付けた彼女に関してだけは、絶対に諦めることなど出来るはずがない。


どう罰を与えてやろうかを考え、爪を噛んでいると、傷ついたかのように歩く憐れな元婚約者の姿が目に止まった。

再会した時の様子から、彼女には昔と同じくアルフレッドの心を傷つけるだけの利用価値が残っていると確信していたが、結果はやはり、相も変わらず想像以上。


エゼルバルドは緩やかに目を閉じる。

幾分かそのようにしていると、慌ただしい音がし始め、彼が瞼を開くと同時、アルフレッドが中に飛び込んできた。


「母上まで巻き込んで、一体どういうつもりですかッ!」


言うが早いか、激しい音を立て書類を机に叩き付けた。

外泊先が王宮と記載されたリリーの外泊届、その保証人欄に記入されていたのは、王妃セシリア直筆のサイン。


「ふむ、思ったより冷静だな」


エゼルバルドが首を傾げると、アルフレッドは顔を歪めてギリッと奥歯を強く噛んだ。

彼は目を細め、ほくそ笑んで立ち上がる。床を軋ませながらアルフレッド近づくと、舌舐めずりをして、歌うかのように話す。


「良いなその面、ようやく仕上がってきたじゃないか」


アルフレッドがエゼルバルドを睨みつけても、彼は全く視線を気にせず、言葉を続ける。


「母上は俺が頼んだら直ぐに協力してくれたよ。あんな女一人、簡単に捕まえて、快く俺にくれた」


体を小刻みに震わせながら、アルフレッドの瞳が揺れる様子に、エゼルバルドは更に目を細めた。


「卒業式までの暇を潰すには、丁度良い玩具だろ?」

「リリーには手を出すな……」

「残念、もう俺とお前の違いも分からんさ」


満足したようにエゼルバルドはクツクツと笑い、アルフレッドの耳に口を寄せる。


「壊れた後なら、お前にも一回くらい遊ばせてやるよ」


囁いた後、エゼルバルドは後ろに軽く身をかわすが、予想に反してアルフレッドが動かないため、不可解な面持ちで、俯いた彼の顔を覗き込む。髪で隠れた表情は分からなかったが、微かに口元が笑っていることだけは理解できた。


無視されていることが気に障り、エゼルバルドの眉がヒクリと動く。しかし、アルフレッドがのそりと動いて部屋から出ていったので、彼はその背中を見送るに留めた。

完全に戦意を失くしたと見て、不愉快そうに吐き捨てる。


「まさか途中で逃げ出すとは。一人泣きながら首でも括るのが関の山か」


頭をよぎったのは、何もできずに自室に逃げ帰り、涙を流すだけだった子供の姿。つまらないものを思い出させてくれるなと、エゼルバルドは毒を吐く。




そして、その日を境に、アルフレッドもまた、学園から姿を消した。


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