0508噂
結局あの後、二人は魚を食べる気にはなれず、適当に無難そうな料理を選び、食事を済ませた。空の器が片付けられると、リリーは小声でアルフレッドに話しかける。
「もしかしたら、これは誰かの『二次創作』なのかもしれない」
「なんですか、それは」
当然のことだが、アルフレッドは二次創作が何か分から無いらしく、眉をひそめて彼女に聞き返した。
「ゲームの設定を元に、アマチュア作家に作られたストーリー、みたいなものかな……」
例えば、とリリーは人差し指を唇に当て、少し考えてから言葉を続ける。
「コリンズとノエルの恋愛ストーリーとか」
「ハハハハ、また突拍子もないことを言い出しましたね。事実であれ、勝手にやってろって感じですけど。まあ、放っておきましょう」
アルフレッドは冷笑的な見方でもの申した。もううんざりだといった態度に加え、返答もぞんざいである。
対するリリーは、冷たく扱われる事に良い加減慣れてきたのか、気にせず話を続ける。
「うーん、じゃあ、シャーロットとコリンズや、リリーとエゼルバルド当たりかな」
他人事のように語られる内容に、最後の部分だけは考えたくも無い、といった様子でアルフレッドは眉間を指で押さえた。
兄とその婚約者が将来的にどうなるかを知って、一人悶々と爛れていた少年時代を思い出したく無ければ、当時の気が狂いそうになる想像を物語にするなんて、拷問に近い。
「ちなみに、二次創作の概念だと、ゲームに存在しないアルフレッドは、オリジナルキャラクターになるよ」
「僕は実在しているし、この世界では、誰しもそれぞれオリジナルキャラクターです……!」
眉間のシワを深めたアルフレッドは、指の間から不服そうな声を漏らした。
「とにかく、将来的にはゲームに関わる事かも知れないから、早目に情報収集をしておきたい」
「もう日も暮れそうなのに、どうするんですか……」
「あの場所に近寄りたくは無かったけど、アテがあるの」
立ち上がったリリーが支払いをしようとする気配を察し、アルフレッドは慌てて会計を済ませた。
リリーが探すような足取りで向かったのは、表通りの中でも一際騒がしい建物だった。うっすらと雪の積もる看板は、酒瓶の形をしている。
古めかしい黒い木造の外観を前に、アルフレッドはごくりと唾を飲む。その間にも、数人が建物に吸い寄せられ、ふらついた足取りの男たちが、中から倒れるように出て行った。
リリーは少し躊躇いがちに扉を開けると、中へと足を踏み入れた。
場違いな少女の登場に、真っ赤な顔をした大男たちが、一瞬だけ目を止めてシンと静まり返るも、またすぐにあたりは騒々しさを取り戻す。アルフレッドは周りの目線からリリーを庇うように歩いたが、どうしても二人の姿が放つ違和感を隠しきれない。
リリーは店主らしき男に金貨を渡すと、近くテーブルで一際騒いでいるグループを指差した。
「お釣りはいいので、あそこの人たちが飲んでいるものを、彼らの人数分お願いします」
リリーの行動を見守っていたアルフレッドは、彼女が指し示す中年の労働階級と思われる男たちを見て、口をはさむ。
「リリー、あの人たちは、まともに話が出来るかどうか、分かりませんよ」
「まともじゃない話をするのだから、そういう人の方が良いの」
リリーは意味深な発言をすると、グラスを持った店主と一緒に男たちのテーブルへと進む。グループのうちの一人が、それに気がついたのか顔を向けた。
「あんだよっ、イアン、気がきくな!」
「この嬢ちゃんからの奢りだとよ」
店主はグラスをテーブルに景気の良い音をたてて置くと、またカウンターへと戻っていった。真っ赤な顔をした男は、リリーを舐めるように眺め、ヒュゥッと口笛をならす。
「俺たちと、仲良くしてくれっのかぁ?」
ニタニタと笑いながら、節々が太い手を伸ばすが、それはアルフレッドの腕によってピシャリとはたき落とされた。男は、アルフレッドの凍るように冷たい目に見下げられ、背中を丸める。
「チッ……男連れかよ」
彼は恨み言のように呟いて、目をそらした。
リリーはそんな様子を気にも止めず、彼らに尋ねる。
「皆さんは、ヴィクトリアの呪いについて、何か知りませんか?」
「ヴィクトリアの呪いぃっ?」
「ほら、あれだぁ、夜中に湖を見ると呪われってヤツっ!」
沸き立ちながら、ダンッとテーブルを打つと、互いに指をさして彼らは口々に言い合った。
「野盗に陵辱されて、自殺した女の霊!」
「違うっ、俺は犯罪を犯した罰って聞いたぞ」
「やめろ……」
「黒いドレスの幽霊だろ!?」
「そうだ真っ黒い爪に、黒い口!」
「や、め、ろ!!」
面白可笑しく盛り上がる仲間をよそに、一人だけ青い白い顔をしていた男が叫んだ。
「止めろって、俺は本当に見たんだ……」
彼は心底怯え、その目玉は周囲の全てを警戒し、忙しなく動き回っていた。リリーは興奮する男を刺激しないように、極めて優しい声を出す事に努める。
「何を見たんですか?」
「20年ほど前、女の遺体が湖の近くで発見された……指は全部折れ曲がって、そ、そいつには爪も歯も全部、残っていなかったッ! 」
あまりに残酷な内容に、テーブルには周りの喧騒から浮いてしまったかのような沈黙が走った。それでも止まらず、男は噂の真相を突きつける。
「いいか、黒いドレスじゃ、ない! 全部こびりついた血、だったんだッ!!」
震えて怯える男から恐怖が伝播したのか、他の男たちも口を閉ざし、血の気の引いた顔をしていた。その空気を破るように、アルフレッドが口を開く。
「もしかして、それは先王の妃が嫁ぐ前、彼女に仕えていたメイドのことですか?」
リリーはフルード公爵の話を思い出し、えっ、と小さく声を漏らす。自身に仲介を頼んだ意図を察し、アルフレッドを見上げると、彼は真剣な顔つきで男に迫っていた。
「知っていることを全部話してください」
「俺は何も知らねえよっ、ッ、でもヴィクトリアは実在したんだ! 父親の、ロヴィン爺さんだって、まだ生きてるッ!!」
「では、その方はどこに住んでいますか、どこに行けば会えますか、教えてくださいどうすれば会えますか」
尋問のように淡々と問い詰めるアルフレッドを、腕を掴んでリリーが止める。
「やめなよ」
「しかし……」
その後に続く沈黙の中、自身に向けられる目線に耐えられなくなったのか、男が蚊の鳴くような声を漏らす。
「町の外れ……湖畔近くの小屋にいる……」
リリーは彼に礼を言うと、場を白けさせてしまったことを謝罪して店を出た。
表通りをしばらく行って、リリーは隣を歩くアルフレッドに尋ねる。
「もしかして、ダーヴァ男爵に会いたいと言い出したのも、メイドについて探るため?」
「ええ、ダーヴァ男爵家ならば、領民の出生や納税の記録が残っているかも、と思いました」
悪びれる様子もなくアルフレッドは答えると、辺りを軽く見回す。通りの人影は減らないものの、日は傾いて、もう地平に沈みきる寸前だった。
「暗くなってきたので、宿まで送ります。リリーは待っていて下さい」
「私は行く。ヴィクトリアの呪いについて調べたいから」
アルフレッドは「ですよね」と無愛想に漏らすと、口元をきつく結んでリリーに付き添った。




