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0507あやまち

フルード公爵家で一晩を明かしたのち、リリーとアルフレッドは、エヴァグレーズ公爵領内でダーヴァ男爵家が管轄する、湖の街グラーヴィアへと馬車を走らせていた。


「私にダーヴァ男爵家との仲介を頼むなんて、一体どういう風のふきまわし?」

「まあ、家に帰るついでだと思ってください」


対面の座席に腰掛けながら、二人は半刻ぶりの会話を交わす。

目を細め、機嫌良さそうに話すアルフレッドに対して、リリーは口数も少なく、その表情は浮かない。昨日の一件以来、彼女はこの動く密室に彼と二人きり、という状況に、居心地の悪さを感じていた。


リリーはアルフレッドの様子をチラリと伺う。彼は頬杖をついて窓から外の景色を眺めていたが、視線にも気が付いているらしく、まるで意識されていることを楽しんでいるようだった。


自分がしでかした事を思い出し、リリーは頭を悩ませる。

どう考えても、完全におかしくなってしまったとしか言いようがない。激情なんてものが芽生えてから、完全に自身のコントロールを失っている事に対して、何とか元に戻さなければと、彼女は焦りを感じる。


このままでは、再びアルフレッドの胸に抱かれ、彼に守られる事を望んでしまうだろう。最初から、それだけは本能的に避けてきたのだが、誰かに責められるような気がしてならない。



リリーが思考を止めると、丁度、外の景色が雪に埋もれた平原から、穴ぼこだらけの禿山へと切り替わった。

彼女はふと、昨日話にあがった、金鉱山について思い出す。記憶によると、場所はグラーヴィア湖の上流に位置する、この辺り。


「ちょっと馬車を止めてもらって良い?」

「えっ、ええ、わかりました」


突然のことでアルフレッドは面食らっていたが、すぐに御者に馬車を止めるように指示を出した。リリーが扉を開けて外に出ると、アルフレッドもそれに続く。

あたりは山肌が続くばかりで、シンと静まり返っていた。


「金鉱山が枯れたなんて、エゼルバルドが嘘をついたと思っていたけど、全く活気がない」

「確かに、不気味なほど人がいませんね」


アルフレッドもあたりを見回すが、やはり人の気配は全くしなかった。目の前に広がる場所は、廃山したと見て間違えないほどに、そこかしこが雪に覆い隠されている。


「エヴァグレーズ公爵家の調査でも、こんな短期間の採掘で無くなる量ではなかったはずなのに」


リリーの言葉を聞いて、フム、とアルフレッドは首をひねる。ザクザクと雪を踏みしめてリリーが歩き出すと、彼も付き従うように後を追う。






しばらく道なりに進むと、鉱夫達の住居跡と思われる建物に出くわした。ここにも人の気配はなく、数年間は放置されているようである。

不可解な静寂に背筋がブルリと震え、リリーは思わず腕を抱えた。


「なんだろう、すごく不気味」

「リリー、これは誰か出て来た方が危ないので、気をつけてくださいね」


険しい表情でアルフレッドは野盗がいないか、しきりに周囲の気配を伺っているようだった。

遠方に見える金鉱山の入り口も、木の板で塞がれていて、人の出入りがない事を示している。吸い寄せられるように、リリーが一歩足を踏み出そうとすると、アルフレッドがそれを腕で制した。


「下がって、誰か来ます」


彼の示す目線の先では、数人の男達がこちらに向かって走って来ていた。身構えてはみたものの、思いとは裏腹に男達の身なり正しく、王室直属を意味する、サラマンダーの紋章を記した腕章すらつけている。

リリーとアルフレッドは顔を見合わせた後、体の緊張を解いた。


「おい、君たちここで何をしている!」

「活気がないので、様子を見にきました」


先頭の男が叫んだので、リリーは前に出て答え、再び歩き出そうとした。しかし、守衛なのだろうか、彼らは退去を促すように行く手を阻み、あまつさえ彼女を捕まえようとする。


「ここは王族の管轄地だ。勝手に入ることは許されな……エ、エ、エゼルバルド殿下!?」


リリーの後ろで、殺気にも似た凄まじい圧を放っているアルフレッドの存在に気がつくと、全員が一斉に挙手の礼をした。


「ご、ご無礼を、どうかお赦し下さい、殿下!」


男達はすくみ上がりながらも、温情を訴えた。アルフレッドは自分の顔がエゼルバルドと似ていると思っていなかったのか、人違いに虚を突かれたようだったが、すぐに状況を把握し、表情を作り、彼に倣う。


「俺たちは近くに寄ったので、視察に来た。彼女の邪魔をしないでくれ!」

「しかし、落盤の危険もある為、摂政殿下からは、例えエゼルバルド殿下であっても、中に入れるなとのご命令です」

「母上がか?」


アルフレッドは声のトーンを下げ、顔を曇らせた。更に機嫌を損ねたと勘違いした男達は慌てだす。


「次期王体に何かあってはいけませんので、どうかお下がり下さいッ!」


アルフレッドはまだ何かを尋ねようとしていたが、「帰ろう」とリリーが袖を引くのでそれに従った

男達を置いて二人は来た道を戻り、また雪をザクザクと踏みしめる。妙に諦めの良いリリーに、アルフレッドが訝しんでいると、彼女は辺りを見渡して、体を隠せる場所を探していた。

道を迂回して林に入り、木々に隠れながら様子を伺う。


「やはり諦めていませんでしたか……」

「だって、廃鉱に守衛を付けるなんておかしい話だよ」

「それには僕も同意です」


アルフレッドはわざとらしく、ハーッと音を立てて白い息を吐いた。木に張り付いたリリーを見守りながら、彼は背中を幹に預けてしゃがみ込む。


されど、守衛らはいつまでたっても住宅跡を巡回し続け、いなくなる気配を見せなかった。そのうちリリーが寒さで強張った左肘をさすり、顔をしかめ始める。


「リリー、体に障ります。これ以上はどうにもならないので、戻りましょう」

「……そうする」


こうして、後ろ髪を引かれながらも、二人は金鉱山を後にした。










日も暮れる時間になった頃。

リリーはベッドに腰掛けながら、賑やかな通りをぼんやりと窓越しに眺めていた。


林に長時間身を隠していたせいで、グラーヴィアに到着したのは、夕刻も近づいた頃。

いくら配下のダーヴァ男爵家とはいえ、あまり遅い時間に突然訪問するのも気が引けたので、とりあえずこの街で一泊することとなった。

ベッドは二つあるものの、アルフレッドと同じ部屋で一夜を明かす事が、馬車と同様に、リリーの心をざわつかせている。


しばらくすると、扉を開ける音がして、アルフレッドが雪を払いながら入って来た。


「やはり、この部屋以外空いてないですね、ワカサギ釣りのシーズンらしく、別の宿も取れませんでした」


コートを脱いで壁にかけると、彼は暖炉の前へと移動する。


「うん、ありがと……」


返事を返したリリーの声色に、力がない事に気がついたのか、アルフレッドは振り返った。彼女が腰掛けているベッドに近づくと、遠慮なく隣に腰を下ろす。思わずビクリと身を強張らせれば、彼は頰を赤らめて、不服とばかりにむくれた。


「別に僕は何をするつもりもありません……」


やましい気持ちが無い事を伝えたかっただけなのだが、黙ったままのリリーが物言いたげな眼差しで見上げるので、アルフレッドはたじろいだ。

リリーはそっと彼の胸に身を預け、その名を呼ぶ。


「アルフレッド……」


アルフレッドは一瞬だけ目を見開くと、すぐに真剣な面持ちでリリーに顔を寄せた。しかし、唇が触れるより先に、彼女は言葉を続ける。


「お願い、昨日の事は忘れて」


その言葉で、アルフレッドは動きを止めた。


「最近私はおかしいの、あなたとあんな事をするなんて」


リリーが胸から身を起こし、固まったままの彼から表情を確認すると、少しだけいつもより暗く見えた。

震える声で、彼女はもう一度彼の名を呼ぶ。


「アルフレッド……?」


彼は目を伏せ「分かりました」とだけ返すと、またいつものように微笑んだ。

リリーは肩の力を抜き、ホッと一息ついて体を離す。しかし、背を向けた彼女の動向を探るように、アルフレッドの光の失せた瞳が追っていた。


彼は貼り付けた笑みをドロドロに腐らせながら、唇を噛む。

何故、彼女が壊れかけているうちに、甘言を囁いて、完全に壊してしまわなかったのかが悔やまれた。


歪な愛が、心の獣を駆り立てる。無理やり暴いて、何も考えられなくなるよう教え込め、と。

誰が所有者かを刻み付ければ、再びその体が収まるのは腕の中。


ギシリと小さく音を立て、ベッドが軋んだ。


本能的に狙ったのは左肘。どれだけの力を込めれば、彼女をシーツに縫い付けられるのかを目算し、口元は自然に歪む。

だが、アルフレッドの指先が彼女の体にかかる寸前、目の端で捉えたものに怯んで、全身が総毛立つ。


窓に反射して映る男が、あの兄と同じ顔で笑っていた。



「ッ……リリー、そろそろ食事にでも出かけましょう。店は見繕っておきました」

「うん、そうだね」


リリーが同意して振り振り返ると、先ほどの朗らかな口調に似合わず、彼は俯いたまま、自身の顔を隠すように掌で覆っていた。しかし、すぐに面を上げると先ほどと変わらない、穏やかな表情を見せる。


先にリリーが立ち上がり、上着が掛かっている壁際へ歩き出すと、アルフレッドは安堵の吐息を漏らした。自分が何を仕出かそうとしたかを考え、右腕を掴みながら、彼も腰をあげる。

アルフレッドはコートを羽織りながら、信頼しきったリリーの表情を見つめ、作り上げた表情で秘密を塗りつぶした。













夕暮れ時の賑やかな表通りを抜けて、アルフレッドが目星を付けていた店につくと、二人は窓際の席に通された。おおよそ貴族が通う店には思えないが、リリーが堅苦しい場所を嫌うのを知って、あえてこの店を選んだようだ。

メニューに目を通せば、じゃがいも料理も大分定着していることがうかがえた。


「……やはり、食べるなら魚料理ですかね」


若干気を落とし気味のアルフレッドが料理を見繕っていると、隣のテーブルから男がにゅるりと上体を突き出した。


「お前さんたち恋人同士か? 悪いことは言わない、魚を食うのはやめておけ」


突然の事に驚いて、二人がキョトンとしているにも関わらず、男はなおも話を続ける。


「ここの湖は、女の幽霊に呪われてるんだ」


アルフレッドは怪訝な顔をして、男を適当にあしらおうとしたが、逆にリリーは興味を持ったようだ。アルフレッドが腕で遮るにも関わらず、テーブルに身を乗り出した。


「魚を食べるとどうなるんですか?」

「病気の子が産まれるんだよ」


男は手で口元を隠しながら、耳打ちをする。


「地元の人間の間では、ヴィクトリアの呪いと言われている」


そう言い残すと、立ち上がり会計を済ませて出ていった。

寝耳に水といった表情で、リリーは彼が通りの人混みに消えるのを見送る。


「乙女ゲームにホラー要素が出てきた……」

「あまり相手にしない方が良いですよ。学のない民草の間では、迷信の類がよく流行ります」


アルフレッドはメニューに目を落としながら、軽くたしなめた。しかし、リリーは男の言葉が引っかかり、心ここにあらずといった様子。


当然の事ながら、ヴィクトリアの呪いなんて設定は、ゲームに無い。

設定が噛み合わないだけでなく、新たなに設定が加わりだした事にリリーは首を傾げた。

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