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0503芽生えた感情

パーティー会場では数曲目の音楽が鳴り響き、皆がダンスを楽しんでいた。

シャーロットはフォスター伯爵領内にある男爵家、子爵家の子息たちからのお声がかかり、社交辞令的にダンスをしている。


先ほどラルフも、自分よりも身分が高い女性からダンスに誘われ、死にそうな目でリリーに助けを求めていた。

だが、彼女が「いってらっしゃいませー」と小さく手を振ったので、恩を仇で返されたとばかりに眉間をヒクつかせて抗議するも、最終的には借りてきた猫のように、大人しく連行されていった。


こうしてリリーは、コリンズと共に壁の花となっている。


「わざわざ自分から売れ残りアピールをするなんて、勇気があるな」

「はいはい、あなたもね」


コリンズの嫌味を話半分に聞き流す。憎まれ口を叩かれはするものの、現状彼がいてくれて、助かっているのもまた事実。


『まだ見張っている奴らがいる。そいつの隣を離れるな』


去り際にラルフは、リリーに耳打ちで警戒を促した。理由は分からずとも、警戒心の強い彼は、幾つかの視線が向けられ続けている事を、敏感に感じ取っていたようだ。


壁に背を預け、リリーはぼんやりと物思いに耽る。

おそらく、先ほどの液体は、ローズのドレスを汚したものなのだろう。こっそり目立たない部分に汚れを作り、「このシミはなんだ、お前が犯人か!」 なんて茶番でもするつもりだったのかもしれない。

結局それは失敗に終わったし、証拠不十分な形での幕引きにしかならないのだろうが。


一旦肩の力を抜いて息を吐くと、視界の端で馴染み深い金色の髪が揺れた。


「ああ、アルフレッ……」


リリーは名を呼ぼうとして、そのまま身を硬直させる。姿を現したアルフレッドは、彼女が思い描いていた表情とは違い、怒りでうち震えていた。


「どういうことか説明してください、リリー!」


言うが早いか、アルフレッドはリリーの左腕を掴んで、無理やり体を引き寄せる。彼女が小さく呻いたのを聞いて、無関心を装っていたコリンズも流石に顔をしかめた。


「シャーロットの狙い通り嫉妬かよ、みっともない」


吐き捨てるように嘲笑するが、睨みつけられた瞳からそれとは異なる激しい色を見て、冷水を浴びたように固まった。

肝を潰したままのコリンズを置いて、アルフレッドは握った腕を引きずるように歩きだす。リリーは痛みでひきつる顔を何とか抑え、スピードに足を合わせた。


「待って、やったのは私じゃない。シャーロット達とずっと一緒にいたの……」

「ああそうですか、君はドレスの件も知っていたんですね。わざとらしく兄上が新しいものを用意していましたよ」


アルフレッドは振り向かず、腕を握る力を強める。ギシッと骨が軋む振動が伝わり、肘に激痛が走った。声を漏らさないようにリリーは歯を噛み締め、顔を歪める。

立ち位置的にはアルフレッドのはずなのに、エゼルバルドがドレスを贈っていた事実に困惑するも、それを問えるような状況ではなかった。




アルフレッドは人目をはばからず、勝手知ったる王宮の廊下を進むと、人気の無い部屋にリリーを連れ込んだ。壁際に彼女を追いやり、逃すまいと距離を詰めると大きな音を立てて壁を叩きつける。

そして、絶対的な優位性を見せつけるように、あの青い瞳で彼女を見下ろした。


「どうして嫌がらせの犯人にされていることを、僕に言わなかったんですか!」


強い立場からの怒号。しかし、その立ち位置とは逆に、追い詰められた表情をしていたのはアルフレッドだった。


「兄上はリリーの犯行を見たと言った。証拠は無いが、皆がそれを信じてる」


感情を吐き出すように腕を壁に叩きつけ、再び鈍い音が響く。リリーは反射的に目を瞑った。彼女の耳元で大声が上がる。


「君はアイツに嵌められた!」


悲痛な叫びが消えた後、恐る恐る伺うように視線を合わせると、アルフレッドの顔がクシャリと歪んだ。


「どうして……、どうして一言でも、僕に助けを求めてくれなかったんだ……」


詰まらせた声が悲痛さを物語る。嗚咽と共に荒い息を切らせたアルフレッドは、薄っすらと涙で覆われた瞳を揺らし、リリーの肩に顔を埋めた。


「教えてくれ、僕はあと何を努力すれば、君の中にいる、無能で役立たずのアルフレッドを殺せる……?」


しゃがれた声で問われ、リリーは彼の頭を抱く。思考が上手く働かず、想いを上手く紡げなかった。それでも泣かせたくない一心で、たどたどしくも口にする。


「違うの、アルフレッドは……、ローズの事を守るのに、忙しそうだったから……」


少しだけ鼻をすすり、アルフレッドは顔を上げた。

赤くなった目尻にリリーの胸が締め付けられる。


「私の事で、あなたを煩わせたくなかっただけ」


それを聞いた瞬間、アルフレッドは目を大きく見開いた。

一瞬の沈黙のあと、彼は俯くと同時に声を上げて笑い始める。


「ハハハハハハッ、とんだ茶番だ、本当に傑作ですよ、リリー!」


腹を抱え、可笑しそうに笑い、アルフレッドは何度も、何度も、頭を壁に打ち付けた。リリーはそれを直視出来ず、血が凍ったように身を竦ませる。

そうしてようやく動きを止めたアルフレッドが顔をあげた時、リリーを見据える彼の瞳は、涙も乾き、濁りきっていた。


「ああ、これだから僕は馬鹿で困る。一番重要な目的を忘れ、この後に及んでとんだ世迷い事を……」

「アル、フレッド……?」


彼からは、獲物の前で牙を剥き、荒々しく威嚇するような恐ろしい獣の気配を感じた。ガチガチガチッと音を立てて歯が踊る。

彼女は思い出す、自身の左腕を噛み砕き、今もなおその爪痕を残すそれを。


「いいから、君の処刑を回避する努力をしろ」


逆光で真っ黒に顔を塗りつぶしたアルフレッドは、リリーから目線を外す事なく見下ろしていた。


「僕のこと、兄上のこと、ゲームのこと、全部話したって構わない」

「無理、よ、……誰に言うの? ローズは私の言うことなんて絶対に信じない」

「なら彼女に媚びろ、嘘の謝罪でもすれば良い。君の死を逃れられるなら、何だってしてくれ」


何故、ローズに媚びて、謝る事を強制されなければいけないのか。

リリーは言葉に出来ずとも首を横に振る。どんなに努力したって、アルフレッドのように彼女に対して優しく接する事なんて出来そうにない。

いや、リリーは彼のようにだけはなりたくなかった。


しばし堂々巡りとなり、強いたところで聞き分けのない態度に、アルフレッドは頭を掻き毟ると、語勢を強めて吐き捨てる。


「愛されるべき『主人公』なら、君だって愛せばいいだけだろう!」


その言葉に、リリーの心臓が大きく跳ねた。反射的に体が動き、アルフレッドを突き飛ばす。


「そんなの嫌、絶対に嫌。だって私は、あの子のこと、嫌い……だもの」


彼女から拒絶されたアルフレッドは奥歯を噛むと、再び腕を掴んだ。無理に捻られ、リリーは一粒だけ涙を零す。


「リリー、頼むから下らないゲームの感情なんてものに、引き摺られないでくれ!」

「それはあなたでしょう、アルフレッド!!」


アルフレッドはビクリと体を震わせ動きを止めた。それでも、リリーの叫びは啖呵を切ったように止まらない。


「エゼルバルドのイベントを奪ってまでローズと一緒にいたじゃない。最ッ高に心踊るストーリーだったでしょ。一番近くで彼女に愛され、あなたも彼女に微笑んだ。設定通りなら思いが芽生えてしまうはず。それでも本当に彼女に何も思わなかったの? 何も感じなかったの?」

「君に僕の何が分かる……」


傷付いた表情を見せたアルフレッドは、真っ青な顔で唇を震わせていた。両腕を握る手に力がこもり、彼女は嗚咽を漏らす。


「日々、薄氷を踏んでいるのと同義だ。一歩間違えれば僕の唯一は永遠に失われるのに、本人には踏みとどまる意思すら無い。そんな気持ちを、君は一度だって考えた事があるのか?」

「ッ……!」

「君は僕が……ッ」


アルフレッドの激昂が、関節を通し激痛へと変わる。


「どういう思いで彼女の隣に立っていたかを、知っているのかと聞いている……ッ!!」

「や、めて」




奇しくもそれは、ゲームでエゼルバルドがリリーに詰め寄った台詞だった。

親に決められた婚約者を持つがゆえに、恋い焦がれる人を愛することが出来なかったと、吐露する台詞。

彼女は、リリー・エヴァグレーズだけが見ることを許された、描かれていない角度からの光景を知る。目の前にいたのは、情動を植え付ける獣。

この時、燭台に照らされた彼女のドレスは、ゲームと同じ淡黄色に染まっていた。


「止めなさい!」


唐突に上がった非難の声に、アルフレッドはリリーの腕を離して振り返る。ずるずると力なく座り込むリリーの目に映ったのは、仁王立ちするローズの姿。


「いくらなんでも可哀想でしょう!」

「君は下がれ、これは二人の問題だ!!」


苛立って突っぱねるように答えたアルフレッドに、ローズはなおも食ってかかっていた。即興で繰り出される二人の会話さえも、見覚えのある文字列と化していく。




ローズ    『私は平気、嫌がらせだって些細な事よ』

■■■■■ド 『そんな事は関係無い、下がれと言ったはずだ!』


ローズ    『あなたの怒る顔は見たく無いの、折角の顔が台無しよ』

       『お願いだから、一旦落ち着きましょう』

      →『気にかけてくれるのは嬉しいけれど、そんなに怒らないで』

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ゲームの中で、主人公は悪役令嬢リリー・エヴァグレーズにも優しかった。自分のドレスを滅茶苦茶にされて、それでもなお彼女に対する憐れみを忘れなかった女の子。リリーが裏で行ってきた事を知り、怒りを爆発させ、我を忘れたエゼルバルドさえも止めてみせた。


彼女と全く同じ意思を乗せたローズの台詞は、状況と何一つ一致しない意味しか持たないにも拘らず、まるでそれが真実かのように振舞おうとして、全ての言葉の意図が噛み合わずとも、ゲームのシナリオだけが寸部の狂いなく進行していた。


アルフレッドを説得するのは無理だと察し、ローズは腕を組むと顎でリリーを指し示す。


「彼女、怯えてるわ……」

「ッ、リリー……?」


壁を背に、リリーは身を縮ませ、涙を流しながら荒く呼吸を繰り返していた。

自らの失態に、アルフレッドは膝を折る。

二度と傷つけたくなかった人を再び傷つけた。何よりもその事実に泣き出しそうになりながらも、必死に安心させようと、彼女に腕を伸ばす。


「ヒッ……」


その腕を拒絶するように、リリーはビクンと大きく体を震わせて、頭を抱えてうずくまった。アルフレッドの顔から一気に血の気が引いていく。


「ち、違う、僕は、ただ……」


再び伸ばそうとした腕の先で、アルフレッドから逃れるため、必死に身を反らし、彼に怯えるリリーがそこにいた。

それは遠い過去、兄から逃れようとする自身の姿と重なった。


ごめんなさい、ごめんなさい、痛くしないで。

その言葉を吐く側から吐かれる側へと立場は変われど、目の前の人間へ向ける感情が何であるのか、記憶には忘れられないほど刻み付けられていた。


「は、ははは……」


乾いた笑いを漏らして、アルフレッドはゆっくりと立ち上がる。ふらふらと足がもつれ、転びそうになりながらも後ずさると、逃げるようにその場を去った。ローズはリリーの姿を一別してから、やはり彼の後を追う。




残されたリリーは、目覚め起こされた激情に涙を流す。

芽生えた感情は、恐怖。


彼女はこの世界で神にも等しい目線を持っていた。

俯瞰して物事を眺め、激しい感情を全て切り離した、灰色の瞳に映る世界には、どんな心の色なども存在し得なかったのに。


「どう、して……?」


ガクガクと体が震えて言うことを聞かない。そんなことあるはずが無かった。

情愛も、憎悪も、恐怖も、この作られた世界に持ち込むことは間違っているのだから。

リリーは弱ってしまった体を、必死に一人抱き締めた。


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