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0502パーティー

ハイラント学園の生徒会が主催するパーティーは、王宮と、そのダンスホールを借りて行われることとなっている。生徒会長のエゼルバルドが第一王子だからという訳でもなく、社交界デビュー前の練習という側面があるからだ。

王族と、彼らの臣下を結ぶしきたりも、流石は貴族の為の学校という訳である。


パーティーの開幕時間を目前にして、馬車から降り立ったリリーは、また一つため息をついた。


先日ノエルが納品してくれてドレスは、この上なく素晴らしい出来だった。シャーロット曰く、うっかり目にしたら、花嫁姿を想像しかねないデザインで攻めてみたとのこと。

意味はよく分からなかったものの、柔らかい白地はリリーの色素の薄い肌にも馴染んだし、プリンセスラインの落ち着いた雰囲気も、彼女の好みに合っていた。

だが、色味は違えど、デザインが角度によっては、どことなくゲームと似ているのだ。最早、逃れられない運命なのか、リリーはゲームの流れから、未だ抜け出せきれていない。


結局のところ、ローズとの愛を深める大切なイベントを妨害するなんて、本物の悪役令嬢のやる事としか思えず、今回起きる事件について、アルフレッドに言えずじまいになっている。

馬鹿な事をしているのは、本人も自覚済みなのだが、もうリリーには、以前と同じように上手く立ち回ることは出来なくなっていた。


浮かない顔のリリーの横で、シックな青いドレスを身に纏ったシャーロットが不思議そうに尋ねる。


「リリー様、どうして開幕ギリギリに入場するのですか?」

「それはねシャーロット、誤解を招かないためだよ」


妙な答えを返されて、シャーロットの頭には疑問符ばかりがプカプカ浮かぶ。


ローズのドレスに関するイベントは、開幕直前にスタートする。

生徒会の仕事がひと段落ついて、着替えようとすると事件が発覚し、結果、予定に遅れが出て会場がざわつくも、エゼルバルドの贈ったドレスのおかげで窮地を脱し、事態も収束するというもの。

生徒会メンバー全員が着飾って、一列に挨拶をする中、主人公は隣に並ぶエゼルバルドの優しい横顔に、恋心を秘めることとなる。


それ故、誤解を生まない為にも、リリーは開幕直前に会場入りを決めた。


「まー、こういう面倒な場は、少しでも短い方が助かるけどな」

「俺も同意する」


リリー達の後ろから姿を現したのは、珍しく着飾ったラルフとコリンズ。リリーとシャーロットはこの場に婚約者が居ないため、リリーは友人のラルフに、シャーロットは義弟のコリンズにエスコートを頼んだのだ。

流石は攻略対象者と言ったところだろうか、彼らの姿は非常に眉目良い。


正装を着こなしたラルフを前にして、シャーロットはズボンの裾が折れていないかなど、念のため身だしなみに問題無い事を確認する。


「リリー様ったら、エスコートを頼む相手を事前に教えて下されば、ドレスもラルフ様の髪色で揃えましたのに!」

「うんにゃ、待て待て、当てつけならこっちの方が良いぜ。裏を考える奴ほどドツボに嵌る」

「裏を考える……?」


言葉を繰り返したシャーロットに、ラルフはニタニタと意地の悪そうな笑みを向けた。


「仮に、だ。身分違いの男爵子息が、婚姻を申し込めない代わりに花嫁を思わせるドレスを贈り、公爵令嬢は身に纏う事でそれに答えた、なんて想像しちまったら、憤死もんだろ?」

「ラルフ様ったら、本当に最高の当て馬ですわ。流石はお顔だけが良いお方!」

「おいおい、ちゃんと性格も褒めろよなー」


二人は盛り上がっているようだったが、リリーは先の展開を考えていて全く聞いてはいなかった。彼女の想定通りなら、この場が一番の正念場である。

不意に、ラルフがリリーの手を引いた。


「ほら、ちゃんとつかまっとけよ」

「……お願いします」


心の準備ができないまま、王宮の正面玄関を潜ると、周囲からの視線が集まった。リリーはひとまず息を付く。

元ノエルファンクラブのメンバーを引き継いだ、ラルフのエスコートならば、注目を浴びるのは分かりきっていた。これだけ入場時に印象付けておけば、同時刻に発覚した事件の犯人にされることもないだろう。


一歩進めば、赤い絨毯が引かれた廊下の装飾が目に飛び込んでくる。昔の記憶と違わず、綺麗な輝きを保っているそれらは、この場にあるのに相応しい。

自由に解放されている小部屋の前を過ぎると、待合室として使用している者たちもチラホラと居たが、皆が開幕を待ちわびているようだった。


会場となっているダンスホールの中でも、多くの生徒たちが華やかさを飾っている。皆の間では、情報交換を兼ねてなのか、数々の噂話が飛び交っていた。


「ねえ聞きましたか。王妃様、本日はご挨拶も無いそうよ」

「ええ、私たちを覚えて頂くチャンスでしたのにね」


幾つか耳に残った言葉達ですら、すぐに消えていく。

慣れているのか、シャーロットはそんな言葉に全く耳を貸さず、マイペース気味に周囲の様子を見回した。


「開幕直前に入場したのに、全く始まる気配がありませんね?」

「そうだね」


リリーは毅然と返すも、見えないものに監視されているような、ジリジリとした圧迫感を感じた。

やはり、生徒会メンバーはドレスの手配でごたついているのだろう。

時が進むにつれ、周りからは「遅いな」「何かあったのか?」といった囁き声が上がり始める。


すると、突如ラルフがリリーを抱き寄せ、覆い被さった。


「リリー、動くな!」


彼女は訳が分からず、身を硬直させる。密着したラルフの体との間から、小さな小瓶を持った男が見えた。

何を振りかけようとしていたようだが、勘付かれた動揺からか手元が狂い、つるりと滑ったそれは足元付近に転がって、黒い汚れを零して止まる。


「まずい、行くぞ!」


さらに後ろから現れた、もう一人の男が腕を引き、逃げることを促した。二人は顔を隠しながら、会場の外を目指して走り出す。


「おい、待てッ!」


ラルフはその場から飛び出し追おうとしたが、人波に揉まれ、行く手を阻まれてしまった。

残されたリリーを、シャーロットが青い顔で抱きしめる。


「リリー様、大丈夫ですか?」

「うん、何もなかったよ」


小瓶が転がった辺りでは、カーテンの裾に黒い染みが出来ていた。戻ってきたラルフは、布を手繰り寄せて匂いを嗅ぐ。


「この匂いは墨だな。顔より服を狙ってたぜ、なんか恨まれでもしたのか、お前」


ラルフがリリーに向かって顔を顰めた。一難去った事を感じ、先ずシャーロットは安堵のため息を漏らす。


「ドレスが汚されなくて良かったですわ」


リリーは険しい表情でラルフに尋ねる。


「顔は見えましたか?」

「見たには見たが、誰かはまでは流石に探さねーと……」


そんなやりとりをしていると、思わぬ人物が答えを示した。


「あいつらなら、ターナー家とスウィフト家のバカ息子どもだ」


コリンズの言葉に、三人の視線は一気に彼へと向かう。


「っ、ダレン・ターナー男爵の三男坊と、サム・スウィフト子爵の次男坊!」

「お前、変なもんでも食ったのか?」


ラルフは唖然とした表情で、わなわなと震えた。賞賛するとばかり、コリンズの手をシャーロットが握り、熱い眼差しで見つめる。


「私、コリンズのこと、見誤ってましたの……」

「勘違いするな、媚売り先で見た事があるだけだ。流石に俺も、一度会った奴を忘れるほど馬鹿じゃない」


彼はばつが悪そう顔を背け、シャーロットから逃れようと乱暴気味に腕を払った。

どうやら、ランパード伯爵の胡麻すりが、奇妙な縁で実を結んだらしい。

コリンズは腕を組むと、じっとりとした目でリリーを睨む。


「大方、南東部地方の小麦産業関係じゃないのか、変な農作物を作るから税収が落ちて恨まれたんだろ」

「そんな単純なら良いんだけどね……」


リリーの言葉をかき消すように、音楽が奏でられ、遅れていたパーティーが始まった。彼女が振り返ると、会場前方では生徒会のメンバーが順番に並び始め、シャーロットが興奮して声を上げる。


「出ましたわね、アルフレッド様!!」


正装したアルフレッドの隣には、ゲームと同じ衣装を身にまとったローズが、至極当然であるように収まった。

エゼルバルドとアルフレッドのどちらなのかは分からないが、やはりドレスを贈ったのだろう。ゲームでの立ち位置的には、アルフレッドが妥当なところ。

生徒会長のエゼルバルドが前に出たことで、拍手が鳴り響き、リリーの内側へ向かっていた思考も彼へと向かう。


「開幕が遅れてすみませんでした。本日は社交界デビューの練習と言わず、皆様どうか楽しんでください」


もう一度パチパチと音がなると、控えていた生徒会メンバーが揃ってお辞儀する。彼らが会場の脇へ控えると、一曲目のダンスを開始する準備が始まった。


周りが盛り上がる様子を、リリーがぼんやりと眺めていると、コリンズに軽く肩を叩かれた。彼は少し腰を屈めながら、人差し指を壁際に向けて耳打ちをする。


「あそこのワーバートン伯爵家子息、さっきの二人組の親が受け持つ管轄地域の、領主家族に当たるぜ。ゴマすっとけよ」


コリンズの指し示す先にいたのは、最後の攻略対象者、ジーク・ワーバートン。

彼は何かに焦って、苛立っているような仕草を見せていた。腕を組んだ状態で、右手の人差し指が忙しなく体を叩いている。


リリーがジークの顔をもっとよく見ようと、背伸びをしていたら、ラルフが唐突に彼女の手を取った。彼の後ろでは、シャーロットがガッツポーズをしながら鼻息を荒げる。


「行ってくださいラルフ様、アルフレッド様に見せつけてさしあげて!」

「おーよ、正論坊やに泣きベソかかしてやらぁ」

「えっ、えっ」


戸惑っているうちに背中を押され、リリーはダンスの輪へと入れられてしまった。戻ろうかと思案していると、それを察してラルフが耳打ちをする。


「エスコートの相手と一曲目くらい踊らなきゃ、逆に怪しまれるぜ」

「別に怪しまれてもいいです……」

「おいおい、アイツに左腕のこと、隠してるんだろ?」


ラルフは目線で、遠くに見えるアルフレッドの横顔を指した。予想外の反応に、リリーは目を見張る。


「ラルフさん気付いてたんですか!?」

「重心が変わったからな、しっかり見てればわかる」


ラルフはイタズラが成功したかのごとく、犬歯を見せながら口元で弧を描いた。


「俺に任せろ、誰にもバレないようにリードしてやる。痛かったら目で言えな!」

「うっ、目で言えるか分からないけど、任せます」


覚悟を決めて、リリーがラルフに身を委ねると、彼は一瞬だけ真面目な顔を見せ、左腕を支える為の力加減を手早く確認する。

ぎこちなく踊り出した二人だが、ステップを踏むころにはそれも分からなくなっていた。


左腕神経損傷による筋肉量低下が、左右で体重の不均等を起こし、重心が僅かに変化したと思われる。

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