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0407約束

夏期休暇まで、あと少しといった頃。

リリーとシャーロットはいつも通り授業を終えて、他愛もない話をしながら談話室へと向かっていた。


「リリー様、夏のご予定はもう決まりましたの?」

「うん一個だけ」


シャーロットに訊ねられ、リリーは笑顔を見せて答えた。

アルフレッドと約束も問題無く進み、あとは彼に返事をするだけ。


貴族院の会期中の為、王都の屋敷に滞在中の父親、ネイサンに手紙を送ったところ、構わないとの返事だった。ただし、アルフレッドの誕生日に、彼に接触しようとした人間がいた場合、名前を覚えて必ず報告するように、とのこと。

また良からぬ事を企んでそうだとは疑いつつも、浮かれてしまい、暑さで参っていたリリーは元気を取り戻していた。

そんな彼女の気持ちを察してか、シャーロットの表情もふわりと綻ぶ。


「ウフフ、じゃあ空いてる日は、フォスター伯爵家にお泊まりに来てくださいね」

「ありがと、それも楽しみにしてる」


二人が教育棟の、空き教室を通りすぎようとすると、聞き覚えのある男女の声が耳につき、思わずリリーは立ち止まる。


「どうしたのアルフレッド、ここのところ、何だか上の空の時が多いわよ」

「え、ああ、……すみませんでした、少しだけ他事を考えていて」


教室の中ではアルフレッドがローズに勉強を教えているらしく、二人は仲良く肩を並べ、ノートを前に座っていた。リリーは何故だか悪いことをしている気分になって、隠れながら中を伺う。


「眠れてないのかしら、顔色まで悪くなってきてる」

「いえ、大丈夫です」


眉間を押さえていたアルフレッドは柔らかく笑い、気遣いは無用だと手で示した。ローズは彼の顔に伸ばしかけた腕を下ろす。

いつも通り微笑んではいるものの、リリーが遠目に見ても、確かにアルフレッドは疲れたような顔をしていた。痩せたというより、やつれてきたといった方が近いのかもしれない。


「悪夢でもみるの?」

「考え方によっては、悪夢かもしれませんね」


目を伏せたアルフレッドの表情を、まじまじと覗き込んでいたローズであったが、ニヤリと笑うと得意げな表情で彼のネクタイを引いた。

触れる寸前まで引き寄せた顔を見つめ、彼女は艶のある声を出す。


「分かったわ、いやらしい夢でしょ」

「ッ!!」


アルフレッドはみるみる耳まで赤くなり、それを見たローズは弾けた笑顔で笑う。


「なんだ、あなたそんな顔も出来るのね」


表情の変化を指摘されたアルフレッドは、決まりの悪そうな顔をして、拳で口元に杖をつく。気を良くしたローズは、未だ彼のネクタイを繰り返し緩く引いていた。


二人のやり取りを見ていると、リリーは何とも表現出来ない気持ちになってしまう。少なくとも、アルフレッドはローズを睨みつけたりしそうにない。

触れてはならないものに触れてしまった気がして固まっていると、彼女の異変に気付いたシャーロットが、不安げな表情をしていた。


「リリー様、大丈夫ですか?」


それに頷いて、歩きだそうとした時、リリーの耳にローズの声が飛び込んだ。


「そういえば、夏の慰問旅行だけど、アルフレッドも参加出来ることになったわ」

「……どうしてまた急に」

「私がアルフレッドも一緒なら参加すると言ったら、エゼルバルドが許可を出したのよ。返事はしておいたけど、問題ないわよね」


指でネクタイをいじりながら肯定の言葉を待つローズに、アルフレッドは目を細め、僅かに返答の間を置いた。けれど、表情は直ぐに心底心苦しそうな笑みへと変わる。


「先約が入ってしまいました。不本意ながら参加できず、非常に残念です」

「あんなに私と一緒に行きたがってたじゃない。無理してないで、つまらない約束なんて断っちゃえば?」


ローズが胸にしなだれ掛かると、アルフレッドは反論するでもなく口を噤む。キスを許しそうになる距離は、二人の親密さの表れか。

見つめ合う二人をそれ以上直視することが出来なくなり、リリーはシャーロットに向き直った。


「この調子だと、私との予定はキャンセルかな」


エゼルバルドの件が無くとも、アルフレッドはローズと離れがたそうに感じられた。

その上、どの道リリーには、約束を取り下げる以外方法が無い。事が思い通りにならなければ、エゼルバルドを苛立たせてしまい、アルフレッドの傷を増やす結果となるだろう。

先約だからなんて理由で優先されても、結局のところ困るのだ。

力なく笑うリリーに、シャーロットは、キッと鋭く表情を変える。


「あらやだ、アルフレッド様じゃないですか、庶民の方とも仲がよろしいのですね!!」


突如響いた大声に反応して、ローズはアルフレッドから身を離す。叫び声をあげたシャーロットの隣にリリーがいる事を認めると、アルフレッドは一気に顔色を失った。


「仲良く旅行だなんて羨ましいですわ。でも、私はリリー様をずっと独り占めして過ごしますの!」


ベッと赤い舌を突き出すと、シャーロットはリリーを一度抱きしめてから腕を掴み、そのまま引きずって歩きだす。

アルフレッドは何かを言おうと立ち上がったが、リリーが目を逸らすと、追いかけてくることは無かった。












結局、アルフレッドとの約束はうやむやのまま、8月が終わろうとしている。

夏休暇中、リリーは王都のフォスター伯爵家で、ずっとお世話になっていた。暑さのせいか、はたまた別の理由なのか、休暇が始まって直ぐ寝込んでしまっていた彼女を、シャーロットに看病させてしまったという、言葉通りの意味で。


休みに入って直ぐに、ネイサンが迎えには来たものの、どの道リリーは馬車にも乗れない状態だった為、意気揚々と世話をしたがったシャーロットに娘を託した。


そのタイミングで、リリーはネイサンに言いつけの件を謝罪したのだが、「本当に色呆けしたようなら、残念だがプランAは諦めよう。なに、まだプランOがあるさ」と溢し、ニッコリと笑いながら顎を掻くだけだった。

ぼんやりと聞いていた言葉の意味を尋ねる前に、父親はどこかへと去って行き、

「宣言通り、私の独り占めですの」なんて言いながら、シャーロットが甲斐甲斐しく世話を焼くに至る。





新学期を控えたこの日、ようやくベッドから起き上がれるようになったリリーが客間で荷造りをしていると、シャーロットが駆け込んで来た。


「リリー様、今度のダンスパーティーで、アルフレッド様を見返しませんか?」

「と、突然どうしたの?」


不意を突かれて驚いたリリーが聞き返すと、シャーロットは鼻息荒げる。


「秋の終わりに、生徒会主催のダンスパーティーが開かれるらしいのです!!」


リリーは二学期に起こるイベントを思い出す。

主人公が悪役令嬢リリーにドレスを駄目にされて、エゼルバルドが急遽別のドレスを用意するというもの。


ゲームでのエゼルバルドは、前々からドレスを贈ろうと用意していたが、主人公の育ての親である孤児院の院長が苦心してドレスを作り上げたと知り、諦めて仕舞い込んでしまう。

しかし、当日にリリーが主人公のドレスを引き裂いた上に、インクをぶちまけ、汚れた布レベルまで汚損させたので、エゼルバルドが持っていたドレスを代わりに贈り、めでたし、めでたし、という展開だ。


ちなみに、その後には主人公への嫌がらせをしていると知ったエゼルバルドが、鬼気迫る表情でリリーに詰め寄って泣かせる、「ざまあ」要素も有るのだが……。

狼に腕を砕かれても、涙一つ流さなかった現在のリリーを泣かせるだなんて、それこそ骨が折れる作業なのかもしれない。


学園に戻ったら、ローズの危機をアルフレッドに伝えなければいけないと思うと、リリーは気が重くなり、ため息をついた。


「私は参加したくないかな……」

「リリー様は悔しくないのですか? 私は悔しいです」


シャーロットは身振り手振りで憤慨を表現するかのごとく、バタバタと手足を忙しく動かし始める。


「アルフレッド様は、昔はあんなにリリー様の事を追い回してたのに、今度はポッと出の貧乏娘にお熱だなんて!」

「そんなの、アルフレッドの自由だよ……」

「やだっ、リリー様いじらしい!」


叫び声を上げると、シャーロットは客間のベッドに突っ伏して、身悶えを始めた。


吐いた言葉は、嘘偽り無くリリーの本心だ。

例え、アルフレッドがローズと恋愛を成立させたとしても、あのエゼルバルド相手よりは、全員のトゥルーエンドを目指すリリーにとっては良い結果である。

未だ姿を見せていない攻略対象者、ジークの恋心も気になるが、それでも円満に終わるなら問題ない。


望み通りいい結果で、問題も無いはずなのに、リリーは再びため息をついた。

結果ではなく、感情で動きそうになっている自身こそ、今ではおかしくなっていると感じ、彼女が頭を押さえながら顔を伏せる。


もしかしたら、アルフレッドはこの休み中に、ゲームには無い、彼専用の誕生日イベントまで産み出してしまったのかもしれない。

不幸な幼少期を過ごさせてしまった分、昔から幸せになってくれと願ってきたが、出来れば自分のあずかり知らないところでやって欲しかった、だなんて、おかしな考えまで頭に浮かぶ。

少しだけ皮膚に爪を立てた後、視線を感じて頭を上げると、覗き込むシャーロットと目があった。


「ねえリリー様、参加しましょう」

「……」

「ノエル様も張り切ってドレスを作ってくださるようですよ。私が発注の準備も整えました、リリー様にプレゼントいたします!」


ノエルはドレスを作る仕事をするため、仕立て屋で働いていたが、早くもその努力が実ったらしい。

シャーロットは、その大きな青い瞳をウルウルと潤ませる。


「リリー様ぁ……」

「仕方ないなあ」


半ば泣き落としのような方法に、リリーの方が折れた。するとシャーロットは直ぐに涙を引っ込めて、力強く拳を上げる。


「打倒アルフレッド様、ですわよ!」

「すごい、女優みたいだ……」


リリーが苦笑するも、シャーロットの瞳に宿った炎はメラメラと燃える。


「ウフフフ、色味はどんな当てつけにいたしましょう」

「黄色以外なら何でも良いよ」

「ええと、髪色のゴールドだけでなく、連想させる黄色自体がお断りという強い拒絶……それとも、色言葉でしょうか?」


単純に、『ゲームのリリー』が着ていたドレスと、異なる色を指定しただけなのだが、シャーロットは深い意味を探っているようだった。



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