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0002僥倖

王妃との謁見後、王都では色々な噂が飛び交った。

第二王子の廃嫡、突然の婚約解消及び、金鉱山採掘権の献上。いかにも、アルフレッドとリリーの間で何かがあった、と言わんばかりの状況だ。

本当は婚約破棄され、温情として婚約解消という扱いになったのでは、と面白がる者さえいた。

かくして噂は王都にあるエヴァグレーズ公爵家の屋敷にも届き、リリーの母アイリーンなどは卒倒してしまった。


「ふむ、やはりこうなったか」


書斎で遠い目をする父親のネイサンを、リリーは何も言わず見つめていた。ゲームでこの状況は、エヴァグレーズ公爵家の破滅フラグといって良い。


「お父様、噂はともかく領地は大丈夫なのですか?」

「だから悪手と言っただろう。まあ冷害でも起きないかぎりは大丈夫だとは思うがね」


確実に冷害が起きるんだけどな、とリリーは想像に難しくない未来を思い浮かべ、一人身をこわばらせる。しかし、そんな娘とは裏腹にネイサンは「だいたい採掘制限だとかが煩かったし、厄払い、厄払い」と満面の笑みで毒づいていた。


「で、今後のことだが……」


オホンと咳払いをしてネイサンが話題を戻す。


「馬車を出すから先に領地の屋敷に戻りなさい。私はまだ仕事がある」

「アルフレッドはどうなるのですか?」

「殿下の大叔父であるフルード公爵と連絡をつける。今後はフルード領での生活になるだろう」


ネイサン曰く、帝王学もおさめた公の元であれば色々学べることがある、とのことだ。

リリーは苦い思いを表情には出さずに(いぶか)しむ。この人はアルフレッドの王位継承でも狙っているのだろうか、と。

すでに庶子になったアルフレッドに対し、未だ『殿下』の敬称をつけ、敬意を払っている。実際、廃嫡に関しても、先王の遺言があるのにそんなこと出来るわけがない、と酒を煽りながらケラケラと笑っていたほどだ。

リリー個人の意見では、アルフレッドは王都から遠い地で、のほほんと生活して欲しいものなのだが。


「しかし、殿下はあの日以来、閉じこもっておいでだからなあ……」


ため息をつくようにネイサンが呟いた。

アルフレッドは、身柄をエヴァグレーズ公爵家に移されたあとも部屋に引きこもり、食事にも手をつけていない。このままでは体調を崩してしまうかもしれないと案じ、リリーはネイサンに尋ねる。


「帰郷する前に、アルフレッドと話をしてもいいですか?」

「構わないが、心を開いてくれるかどうか……」


ネイサンは難しい顔で言い淀んだ。しかし、何もしないよりはマシだと思い、リリーはアルフレッドのいる客間へと向かうことにした。












リリーが客間の扉をノックすると、中からは何の物音もしなかった。

仕方なく、リリーは扉越しに、アルフレッドに声をかける。


「私だけど、開けてくれないかな」


しかし、やはり返答はない。諦めて別の方法を取ろうかと、リリーがその場で考え込んでいると、やつれた顔をしたアルフレッドが、ゆっくりと扉を開けた。


「どうぞ……」


どうやら鍵はかかっていなかったようだ。リリーが思っていたよりも、アルフレッドはすんなりと彼女を中に迎え入れた。中に入ると、カーテンが閉め切られた部屋は薄暗い。

アルフレッドはベッドに腰掛けると、光の宿らない瞳でリリーを見つめる。


「怪我はもう良くなりましたか?」

「体の方はちょっとだけ痣になったけど、擦ったところは傷にならなかったよ」


リリーは全く気にも留めない様子でそう返したが、アルフレッドは、すみません、とだけ静かに呟いて顔を伏せた。沈痛な面持ちでうなだれる彼は、兄の暴力から解放された今も、やつれきっていた。目元には隈も見え、あまり眠れていないようだ。

不意に、アルフレッドの唇が動く。


「僕も、兄上と同罪だ」


忌々しげに頭をおさえるその姿に、リリーは哀れみを覚えた。もしかしたら、アルフレッドがあのまま幽閉されていたら、学園に入る前に自ら命を絶っていたのかもしれない。


「気にしなくていいのに」


リリーがしょんぼりと呟くと、アルフレッドは顔を上げ、表情を変えないままじっと彼女の目を見つめる。


「君は本当にリリーなのですか?」


リリーはゴクリと唾を飲む。青い瞳は底まで暗かったが、しっかりと彼女の正体を見据えているようだった。きっと彼の目に嘘は通用しないのだろう、そんな考えすら脳裏によぎる。


「……今の私には、リリー・エヴァグレーズとして生きた人生の記憶と、それ以外の記憶があるの」


リリーは出来るだけ分かりやすく『ハイラント学園ラブストーリズ』について説明する。

この世界はゲームの設定と似通った世界であるということ。五人の攻略対象者がいて、そのうちの一人がアルフレッドの兄、エゼルバルドであるということ。本来であればアルフレッドはゲームには登場せず、リリーもエゼルバルドによってゲーム終了時に処刑されること。


それらの説明を通して、アルフレッドに乙女ゲームの概念が理解出来たかは、不安であるのだが、分からなければそれでも良いとリリーは思っていた。

しかし、アルフレッドが驚いていたのは初のうちだけで、すぐにそれらを受け入れたようだ。


「つまり、あの瞬間過去の記憶が戻ったと」

「だから別人に見えるかもしれないけれど、リリー・エヴァグレーズ本人だよ」

「僕のせいで……」

「……どこまで後ろ向きなんだか。むしろ感謝してるのに」


アルフレッドの悲観思想に、リリーは呆れて笑いを返す。

こうして幼いうちに記憶を取り戻すことが出来たのだ、挽回の余地はある。それ以前にまだ窮地に陥ってすらいないのは僥倖(ぎょうこう)とも言えだろう。


「私は出来るだけ、全員をトゥルーエンドに近い状態に持っていきたい。皆には思い入れがあるから」


その言葉を聞いたアルフレッドは、困惑の色を見せる。リリーにとってゲームの登場人物たちが不幸になるのは忍びないことだが、彼にそれが理解出来ないのも無理はない。

アルフレッドはリリーの顔色を伺いながら、おずおずと尋ねる。


「自身の命がかっているのに、……兄上のことも救うのですか?」

「アイツを救うのは『主人公』の役目かな、私は彼女のサポートをするだけ」


愛を知らないエゼルバルドに愛を教えるのは、ゲームの主人公の役目であって、悪役令嬢リリーではない。性根が腐っているエゼルバルドのことを考えると頭が痛いが、学園入学まで放置するより他はないだろう。


「そう、ですか……」


リリーの返事に安心したのか、アルフレッドの険しい眉が少し解けた。彼の目に、光が戻った事を確認して、リリーは胸をなでおろす。

だが、少し間を置いてから、アルフレッドは急に鋭い表情になり、口元を手で押さえた。


「しかし、前世のことはこれ以上、他言しない方が良いでしょう」

「頭がおかしくなったと、思われるよね」

「それもですが、兄上に話が漏れれば、邪魔をされるかもしれません」


アルフレッドの言い分には一理ある。味方は多いに越したことはないが、情報が漏れるリスクも考えるとなると、迂闊に話を広めない方が良いだろう。

リリーは領地に戻ったら、理解ありそうなネイサンだけにはこの事を教えようと思っていた。しかし、当分秘密にするのが吉かもしれない、と彼女は考えを改める。


「この話は僕とリリーの秘密、という事で」


アルフレッドは少し嬉しそうに微笑んだ。

「分かった」、と言って、リリーが小指を差し出すと、彼はキョトンとした顔で、リリーの手を握る。リリーは意味が通じなかったことに苦笑して、彼の小指を自身の指を絡めて歌う。


「噓ついたら針千本飲ーます」

「ッ!?」


その言葉を額面通りに取ったアルフレッドは、絶句して青い顔でわなわなと震えだす。エゼルバルドに長年虐げられ続けた彼に、この言葉は少々酷だったのかもしれない。


「おまじないみたいなものだから気にしないで」

「……はい」


リリーの言葉に、アルフレッドは目をそらし、小指を見つめて恥ずかしそうに頰を赤らめる。


「じゃあ、私は領地に戻るから、また会ったら話でもしましょう」

「お元気で、リリー。何かあれば僕に連絡を下さい」

「うん。アルフレッドも元気でね」


アルフレッドに軽く別れの挨拶を済ますと、リリーはそっと彼の部屋を後にした。


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