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0405雨

柱廊を歩きながら、しとしとと降りしきる雨を、リリーは眉間にシワを寄せて見つめていた。中庭では芝生が半分ほど水に浸かり、水滴が絶え間なくベンチから滴っている。

長く降り続ける雨に、リリーの左腕は連日疼き続けていた。


ローズとの一件の翌日、アルフレッドからは「取り乱しました」と謝られ、それからはリリーへの態度も元に戻っている。だが、元々授業クラスが異なる彼とは顔を合わす事自体少なく、生徒会に加わった今では、もう話をする機会さえ無くなっていた。

彼女は二人の間に、どこか距離を感じてしまってならない。


たまに見かけた時ですら、ローズと連れ立っているアルフレッドは、昔と同じ物柔らかな笑みを崩さず、心穏やかに過ごせているようだった。彼を苛立たせてしまうリリーよりも、ローズと一緒にいる時の方がよほど気を許している感は否めない。

リリーはほとほと困って、ため息を漏らす。


アルフレッドが何を考えているのか分からない。

本来ならば、エゼルバルドとローズの間に発生するはずのイベントを、今のところ全て奪い取っている。このままでは、彼がエゼルバルドルートを確立してしまうだろう。

学年色は違えど、先日の制服を着崩したエゼルバルドよりも、整えた服装を乱す事のないアルフレッドの方が、攻略対象者としてのエゼルバルドに似つかわしいとすら思えた。

そのうち、ゲーム画面上に表示される、好感度ゲージまで見えてしまいそうだ、なんて悩みを抱えながら、リリーが背を丸めて歩いていると、突如声をかけられる。


「ちょっと、あなた! 私の教科書をどこへやったの!」


突然の無礼な物言いに、リリーは怪訝な顔で振り返る。そこには、胸を張ったローズが、鼻息荒く睨みをきかせていた。

一体何に苛立っているのかは知らないが、あまり彼女に関わりたくは無かった。


「何か用ですか?」

「とぼけないでちょうだい、あなたがやったんでしょう!」


『あなたがやったんでしょう!』という聞き覚えのある台詞で、リリーはゲームの内容を思い出す。

前回のイベント直後から主人公の嫌がらせは始まり、ヒソヒソと嫌みを言われることから次第にエスカレートしていく。

おそらく、今日になってついに、物を隠されるイベントが発生したのだろう。ローズは誰かの手によって、いじめの対象になっていた。

本来のリリーであれば、冷静に対応し、誤解を解いてからお帰り願うところだが、攻撃的な物言いに彼女は珍しく不快感を覚えた。


「私は知らない。急いでいるから止めてください」


素っ気なく答えると、腕の痛みで歪んだ表情も混ざって、ゲーム中のリリーと同じ、意地の悪い顔になってしまった。

その態度にローズはカチンときたようだ。彼女は小馬鹿にするように鼻で笑う。


「どうせ、私とアルフレッドの事で妬いているんでしょう」


ゲーム画面に出現する、選択肢の一つがリリーの頭に浮かぶ。

『どうせ、私とエゼルバルドの事で妬いているんでしょう』

この選択肢が出現するとなれば、彼女のステータスは直情傾向にあるということだろう。状況を分析しながらも、リリーはつい、ゲームの台詞をなぞってしまう。


「嫉妬なんて、私がする理由が無いわ」


言ってしまってから、リリーがまずい事をしたと、半ば冷静さを欠く。それを見て、ローズは核心をついたとでも言うように、口角を上げた。

何とかこの場を逃れなければと、焦燥感に駆られるも、逃げ出してしまっては誤解が解けない。


ゲームでは柱廊の中程、柱の天井付近に教科書が隠されていた。

状況を打開する為に彼女がそれを目で探すと、ローズは自分の探し物が目線の先にあることに気が付いた。


「あなた分かりやすいのね」


彼女は両腕でひょいと腰丈ほどの石壁に登ると、柱の装飾部分に隠されていた教科書を持ち上げる。飛び降りた後に、タンッと軽い音を立て着地して、彼女は振り返らずに去って行った。


嫌がらせに加わった覚えも無いのに、リリーが首謀者にされている。まさにゲームの通りの進行だった。

彼女はやるせなさを感じ、表情を暗く陰らせると、痛む左肘をもう一度撫でた。










数日後、日差しが強くなると共に、ようやく雨が晴れた。

エヴァグレーズ公爵領とは違う王都の暑さに、リリーはすっかり参ってしまっていた。雨が続くよりマシかと思い、彼女は目をつぶる。


「はー」


教育棟から東棟へと続く、渡り廊下の風は涼しく、リリーの体温を冷ましてくれた。

アルフレッドは今この廊下の先にある東棟で、生徒会の雑務をこなしている頃だろうか。少し期待して東棟を見るも、窓から中をうかがうことはできない。

生徒会を辞めさせたいとは思うものの、最早リリーは、彼にどう話しかければ良いのかすら忘れてしまった。


本日、シャーロットは、再び伸びてきたコリンズの前髪を切ると言って、彼を追いかけ回している。未だ長袖で走り回る二人は、暑さなど感じていなさそうないくらい威勢が良い。

体力お化けのコリンズを捕まえる為に、持久戦の構えを見せ、生き生きとハサミを鳴らすシャーロットを、引き止める事なんて出来なかった。


リリーは彼女に悩みを相談したりはしないが、話し相手がいない事に、現在ションボリと体を萎えさせている。

すると、突如ビリビリとした怒声が響く。


「おい、お前ここで何をしている!」


ビクッと体を震わせ瞼を開き、リリーが声の出所を探すと、そこには腹を抱えたラルフが、指を差して大笑いしていた。


「ちょっとラルフさん、止めてくださいよ!」

「驚いてやんの!」


彼は近づいて悪戯っぽい笑みを見せると、そのまま人差し指でリリーの眉間を弾いて遊ぶ。


「もー、次やったら知らない人のふりしますからね」


指を払いながら言い返すものの、リリーは話しかけられた事で、頰が緩んでいた。


「ほら、パン分けてやるから機嫌直せ!」


そう言ってラルフは脇に抱えていた紙袋から、菓子パンを取り出してリリーに渡した。彼女は手の中のそれを、身構えながらも食い入るように見つめる。


「もしかして、ローズから貰ったパンですか?」

「誰だそいつは。俺の相方からの差し入れだ」


リリーは思いがけず、肩透かしを食らう。思惑が外れた腹いせに「なんだ、この人また抜け出したのか」とでも言いたそうな生暖かい目でラルフを見つめると、その視線に気が付いたのか、ラルフは言い訳を始める。


「王子さんから、俺はかさ張るから、生徒会活動中は外に行けって言われてんだよ」


おそらく、エゼルバルドの言う『外』とは、そういう意味では無い。

神経質なエゼルバルドも、入学してから一年間はついて回る事を我慢してくれていたが、それ以降はラルフの扱いがぞんざいになり、突き放しているらしかった。

リリーは貰ったパンを、ありがたく齧りながら尋ねる。


「それはそうと、誰かから食べ物を貰ったりはしませんでした?」

「貰っても食わねーよ」


ラルフは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

曰く、過去にファンからの差し入れで、クッキーを貰った事があるらしい。だが、嫌な予感がしたので割ってみたところ……。


「信じられるか? 細かく切った髪の毛が入ってたんだぜ」

「うっ、わぁ……」


顔面蒼白でボソボソと話すラルフに、食べている時に聞くんじゃ無かったと、リリーは早くも後悔する。


「まあ、髪の毛でまだ良かったですね」

「……これ以上恐ろしいもんがあんのかよ」


指に付いたカスをペロリと舐めつつ、ラルフは肝を潰す。

これだけトラウマが植え付けられていたら、恐らくローズから食べ物を受けとることも無いだろう。その上、彼は既にホームベーカリー役を手に入れている、彼女に興味を持つとも思えなかった。

攻略対象者が女性不信になってしまった事は残念ではあるが、ラルフも安全圏に入った事で、リリーはひとまず胸をなでおろす。

が、次の瞬間、聞き覚えのある声が耳に入り、彼女はギョッとして息を止めた。


「リリー、もしかして、僕を待ってくれていたんですか!?」


東棟の方を見ると、紙袋を抱えたアルフレッドが、嬉しそうに顔を輝かせて立っていた。その表情に、リリーは安堵の笑みを漏らす。


「え、あっ、久しぶり……」

「最近会えないから、僕も気にはしてたんですよ」


満面の笑みでアルフレッドが彼女に駆け寄ると、ラルフはすかさず突っ込みをいれる。


「見えてねーだろうが、俺もいるからな?」

「……。僕は何も期待なんてしていないから、別に良いですけどね」

「期待しやがって、ドンマイな……」


肩を組もうとしたラルフを、アルフレッドは微笑のまま鮮やかに躱す。しばしその場に沈黙が流れるも、何かを思い出したアルフレッドが、腕の中の物をラルフに差し出した。


「そういえば、パンが好きでしたよね。貰い物ですが、よろしければどうぞ」

「うげ……」


アルフレッドが突き出した紙袋を覗き、ラルフが低い悲鳴を漏らした。怯えて距離をとる彼に、何だと思ってリリーが代わりに受け取り、中身を取り出す。

出てきたのは、可愛らしい菓子パンが一つ。袋の中も、似たものがいくつか収まっているだけだった。

警戒心を剥き出しにして、唸り出しそうなラルフを横目に、リリーは小声でアルフレッドに尋ねる。


「もしかして、ローズに貰ったの?」

「ええ。痩せてきたから少しは食べろと押し付けられましたが、丁度良く攻略される相手を間違えている人がいたので、これで思い出させてあげようかと……」

「やめて!!」


リリーの反応に、アルフレッドは解せぬといった表情で、悪びれる様子もなく不貞腐れた。

どうやら、ラルフのイベントが発生しない故に至った、パンの末路らしい。アルフレッドの考える事は、やはりさっぱり分からなかったが、以前よりも少し肉の落ちた彼を見ると、餌付けしたくなる気持ちは理解出来た。


とりあえず、手にとってしまったものは仕方がない。ラルフの舌を唸らせたパンの味も気になるので、リリーが試しに食べてみようとすると、血相を変えたアルフレッドに両肩を掴まれた。


「万が一の事があるといけないので、止めてください!」


その言葉を、聞き捨てならないとばかりに、ラルフは眉を吊り上げた。のそりと動いて近寄ると、彼はアルフレッドを羽交い締めにして、ぐるぐると振り回し始める。


「俺の事はーーっ、いいのかよーーーッッッ!!」

「離、してくだ、さいーッ! 僕に、触、らないでッ!」

「ほーら、ほーら、もっとスピードを上げるからな!」

「ヒ、ヒィッ!!」


意気揚々とした笑みでラルフはアルフレッドに頬ずりをした後、最高速度を叩き出し、次第に回転するスピードを落とす。ラルフは満足げに額の汗拭っていたが、アルフレッドは解放されると、その場にうずくまって青い顔で嘔吐えずいていた。

アルフレッドに近寄って、リリーが背中をさすってやっていると、訳知り顔でラルフは頷く。


「なーる、ほーど、なあ」


やりすぎだとリリーが呆れて抗議するも、ラルフは玩具を見つけたと言わんばかりに、ケラケラと笑っていた。


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