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0404生徒会

休み明けの午後。

授業が終わるのを待ってから、アルフレッドは足早に移動していた。その後ろをリリーが追いかけるものの、足の長さが違うせいか、中々追いつく事が出来ない。


普段生徒たちが授業で使う教育棟を抜けて、人気のない渡り廊下の先にあるのは、生徒会室のある東棟だ。教育棟と、別棟である東棟は、一階の石畳と、三階の渡り廊下で繋がっている。

アルフレッドは今、この渡り廊下を進み、生徒会長室を目指していた。


「ちょっと待って!」


リリーが叫んでも、ちらりと後ろを見るだけで、アルフレッドは足を止めてはくれなかった。

本日、午後からは生徒会役員による、生徒会参加者の選定会議が予定されている。アルフレッドがその前にエゼルバルドを訪ね、事を進めるつもりだろうと、リリーは危惧していた。


「アルフレッド、あっ!」


足がもつれてバランスを崩すと、リリーは右腕で抱えていた教科書とノートを離し、床に手をついた。バラバラと床に持ち物が広がってしまったが、左腕を守れたのでまだ良い方だろう。

後方で響いた物音に、アルフレッドはようやく足を止め、ため息をついて引き返す。床に散らばったノートをかき集めると、彼は手を差し出した。


「ほら、掴まって下さい」

「ありがとう、でも私は大丈夫」


右手が既に拾った本を握っていた為、仕方なく申し出を断って、彼女は自ら立ち上がる。アルフレッドはリリーの行動に、失望したとばかりの目で睨み、腕を払うように下げた。


「意地でも頼らない気なら、勝手にどうぞ」


彼は拾った物を乱暴に押し付け、腕を組んだ。リリーはアルフレッドに勘づかれなかった事に安堵して、心の中で謝罪しながらも、無意識に左肘をさする。

そんな彼女を、ギリギリと歯を噛んで見下ろしていたアルフレッドだったが、急に表情を強張らせると、勢いをつけて東棟に向き直った。


「ハハハハハッ、俺の愚弟は、今やその女の犬か」


笑い声と共に、渡り廊下の先から姿を現したのはエゼルバルドだった。ゆっくりと二人との間合いを詰めるように近づく彼に、リリーは思わず身構える。

エゼルバルドは先日の様相とは打って変わり、ネクタイを外し着崩した制服姿で、悪意に満ちた表情を覗かせていた。

一方、彼を認識したアルフレッドは、一瞬だけ口の端を釣り上げて歯を見せると、怯むことなく応酬を交わす。


「いいえ、偉大なる賢兄様、何なら靴の先でも舐めましょうか?」


思いがけず皮肉を返された事に驚いたのか、エゼルバルドは頬をヒクリと引き攣らせた。挑発を続けるかのごとく、アルフレッドは白々しくも、とぼけてみせる。


「ああ、すみません、おかしな噂が増えても困りますね。つまらない噂一つで、王位継承が揺らぐ位の状況なのに、これはとんだご無礼を」

「……噂か。全てを理解した上での発言ならば、見上げたものだな」

「お褒めに預かり光栄です」


ニコリと清々しく笑うアルフレッドは、余裕のある口調だったが、後ろに組んだ腕は震えていた。気取られぬよう腕に込める力を強め、体裁を保つ。けれども、エゼルバルドは彼の胸中よりも、時間を気にしているようだった。


「じき人がここにも集まる。単刀直入に聞こう、復讐がてら、俺を殺しにでも来たのか?」

「いいえ、僕が誓うのは忠誠です。生徒会に推薦して下されば、愚鈍な弟を演じて差し上げましょう」


エゼルバルドは「ほう」とだけ漏らし、少しだけ残念そうな表情を見せ、アルフレッドの全身を値踏みするように眺めた。

自身が利用するために、人をまるで道具のように扱う、過去と変わらぬ人間性。リリーはエゼルバルドの本質が、今もなお全く変わっていないことを認めるしか無かった。彼は表面上を取り繕っていても、根本的にはやはり歪んでいる。


生徒会へ参加させるのが危なければ、煽るような会話を続けさせるのもまずい。

嚙みつく機会を伺うアルフレッドを、一旦退かせようとリリーが決めた、瞬間、エゼルバルドは自身が柱の死角に位置する事を確認して、ニタリと口元を歪めた。


「渡り廊下は、転びやすいから気を付けろ」


言うが早いか、腰を回すように足を振り上げると、アルフレッドの胴へと力の限り叩きつけた。


「ガッ……!」


空気が潰れるような音を出して、アルフレッドは欄干に体をバウンドさせた。そのまま膝から崩れ落ちると、体を痙攣させてうずくまる。


「アルフレッド!」


慌ててリリーが彼に駆け寄り、庇おうと胸に抱く。しかし、彼女が新たな攻撃に構えても、エゼルバルドは蔑んだ目を向けるだけで、何もしてこなかった。

警戒を解かないリリーを無視し、エゼルバルドは一度しゃがんでアルフレッドの顔を覗き込むと、彼を真似た表情で笑う。


「良いだろう、躾て欲しいなら躾てやる。だが、尻尾を振るのが先だ、この駄犬」


吐き捨てるように言い残し、エゼルバルドは去っていった。

彼の姿が見えなくなると、アルフレッドはベッと音を立て、口腔内に溜まった血を吐く。体を打ち付けた時に、口の中を噛んでしまったのかもしれない。


リリーが自身の判断の甘さを悔やみながら、荒い呼吸を落ち着かせる為、アルフレッドの背を撫でていると、彼は自身の手を見つめ、未だ収まらない震えに顔を歪めていた。何とか小刻みに揺れるそれを止めようと、腕を強く抑えるも、一向に収まる気配を見せない。


「クソッ、クソッ……」


アルフレッドが忌々しげに呟いて、爪を食い込ませてまで何度も力をこめ続ける痛ましい姿に、リリーは表情を曇らせた。やはり、いくら協力させろと脅されても、これ以上エゼルバルドと接触させて、アルフレッドに負担を強いることは認められない。

震え続ける彼の手に、彼女は自身のそれを添えた。


「もう止めて、こんな状態で戦って勝とうなんて無理だよ。エゼルバルドは私が相手をするから、アルフレッドは何もしなくて良い」


その瞬間、アルフレッドは目を見開き、一気に瞳を濁らせた。


「そんな目で僕を見るな……」


彼は青ざめた顔で、何かに対して怯えていた。


「違う、僕は変わったんだ……変われたんだ、もう前とは違う……憐れまれるだけの、子供なんかじゃ、無い」

「どうしたのアルフレッド、落ち着いて。エゼルバルドはもう居ない、大丈夫だから」

「止めろッ、そんな目で見ないでくれ……ッ!!」


絞り出すように声を張り上げ、リリーの腕を振りほどくと、アルフレッドは足を引きずって、逃げるようにヨロヨロと走り出す。

追いかけようとはしたものの、鬼気迫る表情に一歩を踏み出せず、リリーは一人その場に取り残された。












あの後、リリーはアルフレッドを見付けるため学園中を探し歩いていた。

彼女は焦燥感に苛まれる。どんなに拒絶されても、怪我の手当て位はさせて欲しかった。


教育棟はあらかた探し終わったが、どうやら戻ってはいないらしい。

エゼルバルドの居る東棟に行くとも思えず、既に寮に戻っている可能性を考慮して、その場を後にすることにした。

男性寮には入れないので、コリンズあたりに探って貰おうかと思案するも、彼に言う事を聞かせる自信がリリーには無かった。


念のため、先ほどのやり取りがあった渡り廊下に顔を向けると、意外にもその下に探していた人物の後ろ姿を見つけた。東棟の脇に広がる緑の芝生の先で、アルフレッドがベンチに腰掛けている。

慌ててリリーは駆け寄るが、はっきりと姿を捉えられるまで近づいたところで、その足は自然と止まってしまう。


「えっ……?」


彼は一人ではなかった。

リリーは咄嗟に物陰に隠れ、声が聞こえるところまでこっそりと近づく。


「痛ッ……」

「大人しくしなさい。傷口の砂が落とせないじゃない」


親密な様相で、アルフレッドと声の主が体を寄せて座っている。彼の頬にハンカチを当てる横顔には覚えがあった。

緩いウェーブの茶髪に、ヘーゼルの瞳、彼女はリリーがゲームで使用していた主人公の容姿をしていた。初めて目の当たりにした主人公の姿に、彼女は息を飲む。

手の中のハンカチを動かしながら、ローズは表情を和らげた。


「私、アルフレッドが渡り廊下で転ぶ瞬間をここから見たわ」

「それは……恥ずかしいところをお見せしました」

「良いのよ、強がらないで甘えても」


彼女は強気な笑みを浮かべると、ハンカチをしまい、指先で彼の頰を優しく撫でた。その動作に反応して、アルフレッドは口元を隠すと、ローズから顔を背け背中を丸める。

背後から彼の表情は見えなかったが、リリーにはその情景が記憶にあった。

それは、エゼルバルドが主人公に思いを秘める場面のスチル。気恥ずかしそうに顔を逸らし、赤らんだ頬を隠す姿。

リリーの唇がゆっくりと動く。


「嘘……でしょ」


意図せず呟いた彼女の言葉さえ、ゲームになぞらえて進行してしまう。

この場面は、ゲーム内でエゼルバルドと主人公が初めて会話を交わすシーンだった。二人のやり取りを見てしまったリリーが、エゼルバルドに芽生えた恋心に気がついて傷つき、主人公への嫌がらせを始める為のスイッチ。

エゼルバルドとアルフレッドは、兄弟だけあって容姿も似ている。だからエゼルバルドの立ち位置にアルフレッドがいても、全く違和感は無かった。


状況も人物も違うのに、どうしてこんな事になってしまったのか想像も付かず、リリーはよろよろと引き返す。それもゲームと同じ光景だったのだが、彼女には考える余裕がなかった。


早鐘のように鳴る鼓動の音だけが、頭の中で何度も響く。

平静さを失った顔で、リリーが胸に手を当てると、自身の心臓は何故か焼けついたように痛みを訴えた。






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