0403お茶会
今回ちょっと長めです。
学園が始まって初めての週末。ラルフとの約束を果たすため、リリーとシャーロットは待ち合わせ場所に向かっていた。
途中、男性寮の前で、シャツの襟首を掴み、コリンズを引きずったアルフレッドと合流する。
「約束通り連れてきました」
「アルフレッド様、ありがとうございます!」
シャーロットはコリンズを受け取ると、ニコリと笑って会釈した。
「コリンズもお友達を増やして、人慣れした方がいいですからね」
「嫌だーーーっ!」
暴れるコリンズは、前髪を短く切り揃えられており、とても無残な状態だ。完全にシャーロットの玩具にされていると、リリーは憐れみの目を向ける。
しばらく歩いた先の合流地点では、ラルフが既に待ちくたびれていた。
先頭を歩くリリーが声をかけると、彼は俯いていた顔を上げる。
「遅せーぞ……って増えてんじゃねーか!」
「アルフレッドとコリンズです、増えたら不味かったですか?」
「不味くはねーけど、目立つからな」
挨拶もそこそこに、周囲を見渡してラルフは一行の足を動かすように促す。意味深な彼の行動に、シャーロットは興味津々な顔で尋ねる。
「本当に外出許可証が無くても、大丈夫なのですか?」
「おう、安心しろ。紙切れに縛られない自由をくれてやるからよ」
全寮制のハイラント学園では、実家への一時帰宅だろうが、ちょっとした買い物だろうが、外出や外泊には例外無く許可証が必要になる。いつ、どこ、誰と、それに加えて親のサイン、又は保証人のサイン……。
面倒な手続きは、生徒たちを安易に学園の外に出さない枷にもなっている。
しかし、ラルフは許可証が必要で無い代わりに、汚れても良い服で来るように指示を出したのだ。リリーは嫌な予感しかしなかったが、反対にシャーロットは期待に胸を膨らませているようで足取りも軽い。
しばらくは歩くと木々の先に、学園の外壁が姿を現した。大きな岩がある場所でラルフが立ち止まると、彼は壁に寄りかかって足で大岩を退かす。
すると、その下からは、ぽっかりと開いた穴が口を見せた。
「ここを通る!」
「「「「!?」」」」
普段から物事に対して、興味なさそうな反応をしているコリンズですら、口を開けて絶句していた。皆が驚く様子に、ラルフはしたり顔になる。
「半年かけて掘った」
「ラルフ様は忍耐力もあったのですね!」
シャーロットは感心のあまり、大変失礼な発言をするも、ラルフは「もっと褒めていいぜ」なんて軽口を叩く。
ラルフサイズのトンネルは、全員の体が問題なく通れる大きさだった。一人ずつ中を進んでいると、途中コリンズが逃げ出そうとして、最後尾のアルフレッドにぶつかり、言い合いとなる。
「ちょっ、僕に触らないでください!」
「触ってない!」
「いいえ、触れました、押されました、狭いのに寄らないでくださいッ!」
彼らは成長しても、反りが合わないようだった。
トンネルの先は王宮近くの林に繋がっていた。
そのまま王宮から離れるように歩き出す。しばらく行って一般市民に混じりながら通りを歩き、細い通りを抜けると、小さな扉の前にたどり着いた。どうやらエストレスタ邸の裏口らしい。
ラルフは不規則に三回扉をノックして囁く。
「こちら『イースト』、『シュガー』の為に『クレイジー』を連行中」
「こちら『シュガー』、了解した、入れ」
ガチャリと音を立てて裏口の鍵が開き、一同は中に忍び込む。中で迎えてくれたのはノエルだった。
「よく来たな、お嬢様方!」
腕を組み、仁王立ちの格好で迎えてくれたノエルは、行動とは裏腹に女性らしくなっていた。腰ほどまで伸びた赤い髪は、途中から三つ編みにして束ねられており、ゲームの立ち絵よりも数段大きくなってしまった胸が、はちきれそうに弾んでいる。リリーとシャーロットは思わずバストに話しかけてしまう。
「ノエルさん成長しましたねえ……」
「大きくなって、羨ましいかぎりですわ……」
「ん、身長は前と変わらないぞ」
二人の言動を不思議がるノエルだったが、後ろに見知らぬ顔があることに気が付いて、頬を赤らめた。
「こ、こちらの美しい殿方たちは一体!?」
アルフレッドとコリンズは顔が良い方なので驚いたようだ。コリンズの前髪も、案外中性的な顔立ちに合って、似合っているのかもしれない。
ノエルはまじまじと彼らを見つめた後、リリーとシャーロットに尋ねる。
「もしかして、二人の婚約者か?」
「ちが……」
リリーの言いかけた「違う」という言葉は、シャーロットとコリンズの、「違います!」、「断じて違う!」という大声にかき消された。
ノエルはその剣幕に怯んで額に汗を滲ませる。必死に謝るも、シャーロットは既に口を尖らせていた。
「それより、ノエル様は良い方を見つけられたのですか?」
「うーむ、中々難しい。仕立て屋の坊ちゃんは私を慕ってくれてはいるが、子供だしな」
ノエルは苦い顔で、情けない声を漏らした。すると、ラルフがリリーとシャーロットの背後から肩を抱き、含み笑いをする。
「お前らより三つ下。子供と言っても、あっちは惚れてたぜ、絶対」
「それ、無自覚巨乳おねショタなのでは……」
どうやら彼女が新たに獲得した色っぽさは、少年を魅入らせてしまったらしい。リリーが思い描いていたものとは異なるものの、無理に女騎士として女性の手を握らせるよりは、トゥルーエンドに近づいてくれたようだ。
シャーロットも、「大人になれば、大した歳の差でもありませんわね」なんて言いながら、ウキウキと自身と婚約者のローデンの年齢差を例に出していた。
ノエルは想像力が逞しいと苦笑するも、シャーロットは気にせずにうっとりとため息を漏らす。
「リリー様も、王家に婚約破棄を叩きつけて差し上げた件で小煩い、貧乏貴族どもなんて放っておいて、身分に囚われない愛を育むのはどうでしょうか?」
「だから円満な婚約解消だってば」
「まあ、どちらにせよ彼らは貴族ほど煩くは言わないだろうな。私に対しても何も言わないし、気の良い奴らさ」
ノエルが言うのは彼女が男装の麗人をしていた事についてだろう。貴族の男性からは煙たがられる要素と言える。しかし、逆に彼女も貴族の男性を煙たがっているので、お互い様であるのだが。
しばらくの間、シャーロットの熱い視線を持て余していたリリーであったが、彼女は名案を閃いた。
「王族との婚約ほど面倒じゃ無いなら、無い腹を探られるより、庶民と婚約した方が効率的で良いかも」
「では、婚約を申し込まれたら、今なら……」
なんて意味深な事を言いながら、シャーロットは面白そうにアルフレッドに目線を送る。リリーもそれにつられると、彼はいつもの笑みを崩し、少しだけ顔をしかめていた。
「公爵家の令嬢が、爵位を持たない人間と婚約だなんて、貴族院で何を言われるか分かりませんよ」
苦々しい声色で吐かれた正論に対して、シャーロットは幻滅したとばかりに、頰を膨らませた。アルフレッドは肩をすくめながら、更に釘を刺す。
「男爵家でも、土地を持たない部類の家とは、勝手が違うと言っているんです。第一、彼女との婚約を決めるのはエヴァグレーズ公。話を出すにもそれ相応の身分が無ければ、失礼極まりません」
「もうっ、アルフレッド様ったら、昔から世間体ばかり気にして。そういう男性は嫌われますわよ」
「……すみません、出過ぎた真似でしたね。以後気をつけます」
謝罪と共に微笑みを返されたシャーロットは、ベッと赤い舌を見せた。彼女の態度は喧嘩腰というよりも、単にからかっているだけのようだ。
その時、ラルフが気の抜けた声で、ノエルに不満を訴える。
「それより早く食いながら話そうぜー、腹減った……」
「ああ、食べ物なら私が用意しておいた。移動しよう」
一同が動き出すと、リリーはアルフレッドにこっそりと近づいた。
他の者たちが聞いていない事を確認しつつ、随分遠くなってしまった耳元に、可能な限り口を寄せる。
「ねえ、アルフレッド、さっきの公爵令嬢と庶民の話……」
「リリーが以前に婚約に関して、子供じみた事を言っていたので、僕は忠告をしたまでです。他意はありません」
「王子様と庶民は結婚出来たはずだけど、設定が噛み合ってないの?」
彼女の意図を察したアルフレッドは、ため息をついて眉間を押さえた。
「……完了形で誰の話をしているのかは分かりませんが、前例が無い訳ではありません。王族であれば、上手くやれば可能でしょうね」
「だからエゼルバルドとローズの話よ」
「ああ、はいはい、分かっています。兄上ならば可能です!」
忌々しげにギロリと睨まれて、リリーは回答への礼すら言えずに口を結ぶ。アルフレッドから邪険な扱いをされることに、彼女は慣れていなかった。初めて見せる彼の態度で、不快にさせてしまった事は理解出来るも、どう接すれば良いのか見当がつかない。
しばらくリリーはつま先を見つめていたが、仕方ながないので、皆に追いつこうと、アルフレッドの背中を押して、遅れた距離を取り戻した。
その後、移動した一同は、ノエルの焼いたマフィンを頬張りながらの、お茶会となった。
先ほどから、リリーはブルーベリーの入った物を黙々と齧っている。別に空腹という訳でもないのだが、絶妙な甘味は、なんだか少しだけ気を紛らわしてくれた。
彼女はプレーン味にも手を伸ばしながら、ノエルに感想を述べる。
「これ、美味しいですね」
「ライラさんに教えて貰ったんだ」
「なるほど、病みつきになりそうです」
マフィンを頬張りながら返事をするリリーを眺め、ノエルは嬉しそうにふんわりと笑った。少しだけ気恥ずかしそうな彼女の様子に、シャーロットも顔を綻ばせる。
「ノエル様、次は町で女子会もしましょうね。さっきの話も詳しく聞きたいですし」
「うん? ああ、楽しみにしている」
二人の会話を聞いて、ラルフは子供のように、両手で机をバンバンと叩き出した。
「仲間はずれ、はんたーーーい」
なあ、とラルフがアルフレッドとコリンズに同意を求める。 アルフレッドは返答の代わりに曖昧な微笑みで答えたが、コリンズは「女なんて、ほっとけ」と叫んだので、ラルフにネックロックを決められてしまった。
なんとか逃げ出そうと、コリンズは暴れるも、強靭な筋肉に阻まれてそれは叶わない。
助けを求める指先が、アルフレッドの目の前に飛び出たところで、彼は全く気にも止めずラルフに話を振る。
「ところで、兄上の警護をされているそうですが、彼はお元気そうですか?」
「ん、毎日忙しそうにしてるぜ。色々とゴチャゴチャやってやがる」
突然の質問にも、ラルフは腕の力を緩めずに答えた。
話の続きは気になるものの、白目を剥き始めたコリンズが、そろそろ限界そうな事をリリーは指摘しようと決める。しかし、タイミング良くシャーロットが彼をラルフから引き離し、背中を叩いて気を取り戻させたのでそれは止めた。
改めてエゼルバルドについての会話に注意を向けると、ラルフがニヤリと口元を歪め、人差し指を立てているところだった。
「ここのところ、特待生を生徒会に入れようと、躍起になってるみたいだぜ。一等級のお貴族様で固めた生徒会に庶民を入れるなんて、どんな罰ゲームだよってな」
「お貴族様って、お前も男爵家子息だろう!」
割って入ったノエルに、的確なツッコミを入れられるも、ラルフは腹を抱えてケタケタと笑っていた。
どうやらローズはシナリオを順調に進め、生徒会に所属するようだ。
生徒会は成績だけでなく、それなりの身分が無ければ入れないが、特待生は特別に参加出来るという設定である。最初は雑務に始まり、スキルを上げると、徐々に書記などの役職を得ていくというのも特徴だ。
やはり、攻略対象者が生徒会長と生徒会副会長である以上、生徒会との接点が必要になってくる。リリーが今後の展開について思案していると、アルフレッドが眉間にシワを寄せているのが目に入った。
話を切り出す頃合いを探っていたのか、マフィンにも口を付けていない様子は、裏があってのことだろう。
彼が何か企んでいるのかもしれない事に、リリーは自身の眉間もしわを作り始めているのを感じた。
お茶会も終わり、ラルフお手製のトンネルを抜けると、二人ずつ時間をあけて帰るように指示された。大人数で目立つと、誤魔化すのが難しいそうだ。
「リリー様は、アルフレッド様とお先にどうぞ」
シャーロットにそう勧められたのもあって、二人は一緒に歩き出した。
しばらく歩いて人気の無いことを確認すると、リリーはアルフレッドに問いかける。
「何を企んでるの?」
「僕は生徒会に入ろうと思います。兄上の推薦があれば、身分も問題ないでしょう」
アルフレッドはリリーと目も合わせずに、当然のごとくスラリと述べた。無愛想な態度が、彼女の不安をより煽る。
「その方が情報を収集しやすいですからね」
「でも、エゼルバルドが昔のままだったら……」
リリーが言い淀むのを聞いても、アルフレッドは表情をピクリとも動かさず、足を動かし続けた。
「変わるわけが無いでしょうね。その上で何をされるかは大体想像できますが、兄上が断らないことも予想できます」
先王の遺言では、兄弟のうちでより息子として相応しい優れた方に王位を継承させる、とのことだった。
だが、エゼルバルドはまだアルフレッドへの優位性を証明しきれていない。幼い弟王子は18歳の成人すら待たず、先王の妻であったというだけの女に、勝手に廃嫡させられてしまったのだから。
これは、エストレスタ男爵家で起きた、跡目争いの原理と全く同じ話だ。
あの時は『試合』で決着をつければ良かったが、どちらが何をもって優れているかなど、曖昧な遺言では白黒つけようが無い。
過去、入学当時のクラス分けテストで、エゼルバルドはフルスコアを叩き出した。しかし、今年アルフレッドも二年ぶりに同じ事をやってのけたのだ。周囲から二人は、潜在能力的に同じレベルと見られるだろう。
リリーの父親、ネイサンのように、アルフレッドにまだ王位継承権を持つと考える者達が、彼を後継として神輿に担ぐのを防ぐ為、エゼルバルドは格の違いを周囲に示す必要がある。
だから、弟を手元に置いて、ボロを出すまでいたぶり続ける、というのがアルフレッドの述べる推測だった。
彼の行く末を想像し、足を止めたリリーが顔を上げると、当の本人が無表情で彼女を見下ろしていた。
自身の喉がゴクリと音を立てるも、彼女は意を決する。
「また殴られたらどうするの……そんなの止めて」
「ハハハ、その目は僕に対する憐れみですか、それとも蔑みですか」
せせら笑った、抑揚の無い平坦な声は、アルフレッドの不機嫌さを物語っていた。しばらく会わない間に、彼の気に触る人間になってしまった事を自覚してしまい、リリーは何も返せなくなる。
すっかり冷たくなってしまった青い瞳に睨まれて、彼女は視線を落とすと下唇を噛んだ。




