0402反抗期
リリーの前に現れたアルフレッドは、以前とは大きく姿が異なっていた。喉仏が出て声が低くなり、身長も彼女よりずっと高くなってしまっている。体つきが、兄のエゼルバルドと似てきたのだろう。
あんぐりと口を開けたまま、リリーは人差し指を彼に向ける。
「どうしてここへ?」
「僕も入学したんですよ、大叔父には随分無理を言いましたが」
彼の言葉は、リリーにとって思いもよらないものであった。ゲームに登場していないからでは無い、エゼルバルドが在籍する学園に、わざわざ入学するとは思えなかったからだ。
しかし、アルフレッドの着ている制服はハイラント学園指定もので、彼女と同じ学年を示す、群青色のネクタイを締めていた。
「僕には、僕の目的がありますので、リリーのゲームに協力しようと思いました」
「前にも言ったけど、もう協力しなくて良いって」
アルフレッドの申し出をリリーが突っぱねると、彼は見越したようにニコリと笑う。
「忠告ですが、僕には首輪をつけておいた方が良いですよ」
「えっ……?」
アルフレッドは微笑を崩さないが、リリーに立ち上がる隙さえ与えず、長い足で逃げ道を塞ぐ。壁に追い詰めるように迫られた状態で、はるか頭上から見下ろされると、彼女の体にゾクリとした寒気が走った。
「今まで聞いた話を、僕はうっかり誰かに言ってしまうかもしれません」
胸に手を当てながら芝居がかって話す彼は、以前には見せない冷ややかな目をしていた。
ゲーム中の膨大なイベントに関する情報は、話しきれなかった事もあり、未だリリーの頭の中だけに留めているものの、彼は十分知りすぎている。エゼルバルドに告げ口をするとまでは思えないが、攻略対象者達と接触すれば、比較的友好なラルフやコリンズとも対立しかねない。
アルフレッドはどうしてこんな脅し方をするようになってしまったのか、また彼の言う目的が何を指すのか、リリーは分からなくなってしまい唇を噛む。
そんな困惑を察してか、彼はしゃがんで顔を寄せると、薄ら笑いながら念押しをする。
「協力した方が、お互い得でしょう?」
「……そのようね」
諦めたリリーは頭を押さえ、ため息をついた。あの気弱で可愛らしかったアルフレッドが、悪役みたいになってしまったのだ、精神的なダメージが大きすぎて、現状を受け入れ難い。
一方、当の本人はというと、返答に満足したようで、一変して朗らかな顔で彼女の隣に腰を下ろした。その様子は、一仕事終えたと言わんばかりに上機嫌そうだ。
あまりの豹変っぷりに、リリーが呆気にとられていると、見られている事に気づいたのか、彼は嬉しそうに目尻を下げた。
その表情に、思わず緊張感がほぐれる。
アルフレッドは別人のように変わってしまった。それでも、以前と同じ顔をされると、リリーはどうしても気を許してしまう。もしかしたら彼も、根っこの部分は変わっていないのかもしれない。
試しに頰でもつついてみようかと思ったが、彼が真面目な話をする時の顔になったので、それはまだやめておいた。
「さっそくですが、主人公の情報です。名前は……」
「フフッ、名前はローズ。それは知ってる」
リリーだって、ただぐうたらと寝ていたわけではない。ゲームに関してだけは、真面目に取り組んでいる事をアピールしたかった。だが、アルフレッドは感心する事も無く、「ならばこの情報は……」と彼女の言葉など気にも止めずに話を続ける。
「王都の孤児院出身、勉学に身を費やすが、金銭の問題で進学を断念。しかし、幸いにも学園からの入学許可証と奨学特待生の認定証が届いた、と。妙だと思いませんか?」
「言われてみれば……そうかも」
ハイラント学園は貴族専用の学校だ。存在理由も、王家のお膝元で貴族同士の交流幅を持たせる場を用意する為であって、いくら優秀な人間であろうと、身分を持たない平民に入学許可を下ろすとは思えない。
そもそも、特待生が属するであろう成績優秀者クラスは、大抵の人間が公爵や伯爵などといった、将来の爵位が約束されている為、支配する側としての授業を受ける回数が他よりも多い。支配される側の人間にとっては、貴重な時間の浪費と言える。
万が一、奨学特待生枠での入学許可証が届いたとして、商家の子息用の学園からが、両者にとって妥当なところだろう。
ゲームの中では、奨学生特待生になったから入学した、だけで通じても、この世界では通用しない。
盲点だったな、と考えながらリリーは腕を組む。
「それにしても、よくそこまで情報を集めたね」
一体どんな手を使えば、ここまで調べられるのか。彼女も事前に主人公の情報を集めようとしたが、名前も顔も分からない為、それは頓挫していた。
それに対して、アルフレッドは事もなげに答える。
「本人から聞きました。入学式の間はずっと隣に座っていましたし」
「行動が早いなあ」
「噂になっていましたからね、見付けるのは簡単でした」
アルフレッドの話によると、庶民同士、学園では同じ立場、という事で打ち解けてくれたそうだ。
廃嫡され、庶子になったアルフレッドが庶民なのかは別にして、王族の血を引き、フルード公爵家の後ろ盾を持つという点を考慮すれば、決して同じ境遇では無いはずなのだが、ローズはその事を知らないのか、はたまた天然なのか……。
彼女の初期ステータスがどんな振り具合になっているのか、リリーには全く見当がつかず、頭を抱えてウンウンと唸ってしまう。
一人思考に囚われかけたものの、黙り込んだアルフレッドが気になって、チラリと目をやると、彼は褒めて欲しそうに、見えない尻尾を振っていた。
「ほら、僕は味方にしておいた方が得でしょう?」
「別に協力しないから『敵』って関係でも無いから」
不服そうに彼女がアルフレッドを見上げ、手近にあった大腿を掴んで揺らすと、彼は口の端をヒクリと動かした。すぐに口元を手のひらで押さえながら顔を背けるも、紅潮した耳は剥き出しのままで隠しきれない。
アルフレッドは話題を変えるように慌てて口を開く。
「しゅ、主人公に会いたいのであれば、セッティングします……」
「私はパス、裏方に回るわ」
下手に動いて、ゲームの再現になってしまう事を避けたかった。関わらなければ、例え嫌がらせが始まっても首謀者に間違われることも無いだろう。
また、新しい婚約者がいないせいで、リリーがエゼルバルドについて頭を悩ませていた時などは、コリンズの兄ローデンから、婚約に関して未練を残している、と勘違いされた事もある。顔が割れていない方が動きやすかった。
リリーは座り直してふうっ、と息をつく。アルフレッドに目を向ければ、彼も横目でこちらの様子を伺っていた。
距離感を探りながら、アルフレッドの肩に頭を預けてみると、存外しっくり収まった。嫌がる素振りを彼が見せなかったので、そのままじっとしていると、再びこくりこくりと眠くなる。
王都の春は、エヴァグレーズ公爵領より暖かく心地が良い。それに加えて、布越しに伝わるアルフレッドの体温が高いせいで、気が緩んでしまうのかもしれない。
「無防備過ぎるのも問題ですよ」
むすっとした顔つきで、アルフレッドに窘められるも、リリーの瞼はもう重くなっていた。
「じゃあ、見張り役はアルフレッドに任せる。別に、私の騎士になれなんて、面倒な事は言わないから、少しだけよろしく……」
柔らかい笑みと共に一つだけ言い残し、リリーは預けた体から力を抜いた。
しばらくして、寝息から彼女が完全に眠りに落ちた事を確認すると、アルフレッドは手を伸ばす。まるで彼女の体温を確かめるように、指の腹で頬に触れ、そっと輪郭をなぞる。少しの間温もりの中で指先を遊ばせて、絡めた髪をすくうと、それに唇を寄せた。
「僕だって、なれるものなら、そうでありたかったですよ……」
自嘲とも取れる乾いた笑みを浮かべ、アルフレッドは一人静かに睫毛を伏せた。




