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0310リリー・エヴァグレーズからの手紙

親愛なるアルフレッド様へ



今年も冬が過ぎ、春が訪れようとしています。最近はいかがお過ごしでしょうか。

あれから一度もお会い出来ていないので、近況だけご報告しておこうと思い、手紙をしたためました。


私は現在、ハイラント学園への入学に向けて、忙しく過ごしております。

こうして私が舞台に立てるのも、全ては雪山から救って下さった貴方の献身があってこそ。本当に感謝してもしきれません。


あの事故のせいで、一時はシャーロットともギクシャクしてしまいました。しかし、今ではわだかまりも無く、以前と同じように接してくれています。

貴方が気に病んでいた左腕も、特に後遺症も残らず回復し、主治医から学園での生活に不便は無い、との言葉を頂きました。

もしも、長い間ご心配をおかけしていたのなら、心からお詫び致します。


春からはついに王都での生活となります。もう手紙を送る事も無いでしょう。

ただ、唯一願う事があるとすれば、あなたには日々幸いに過ごしていて欲しいです。




                    ――――貴方の友人 リリーより





手紙を書き終えると、リリーはインクが乾くのを待って封筒に入れた。

あとは封蝋をすれば完成。しかし、彼女はこの後の作業を考え、眉を寄せる。

右腕で左手を封筒の上に乗せると、重し代わりに固定に使い、右手はそのままテキパキと動かして、蝋を垂らし印璽いんじを押した。


彼女の左腕は、小指側三本が麻痺で力を入れることが出来ないため、こういう作業ではあまり期待出来ない。リハビリで何とか物を掴めるようにはなったが、結局自由になるのは二本だけだった。


壊れた肘関節を刺激しないように、もう一度右手で左腕を持ち上げる。

失敗しないかと心配していたものの、手紙の見た目は問題ないようだ。アルフレッドは変に勘が良いので、下手に汚して手紙の嘘に気づいてしまわないかを彼女は案じていた。

ふう、と安堵のため息をついて、リリーは肩の力を抜いた。


あの別れから一年以上経つが、アルフレッドからは全く音沙汰が無い。

二人はエゼルバルドとの婚約以来の仲であるのだが、こんなに長い期間顔を合わせないのは初めての事だった。

近況を探りたいと思いはするものの、彼女はそれをしないでいた。長年彼を虐げてきた兄の元婚約者なのだ、過去を封印する為に避けられているとしても無理は無い。

その上、彼女自身が彼を遠ざける事を望み、あえて突き放したのだから。


その時、最近何故か覚えてしまった胸の違和感が、リリーの心をざわつかせた。

アルフレッドと会えなくなってしまった事について考えると、こうなってしまう。彼女は胸を押さえ、いつものようにやり過ごした。


こんな状態が続いては困る。だが、今後リリーが彼の事を考えることはもう無いだろう。春からは彼女もハイラント学園に入学し、ゲームのシナリオもスタートする。



5人いた攻略対象者も、ノエルが抜けたので4人になった。その4人が主人公を取り合って、争わないかだけに気を配れば良い。

ローデンの話では、エゼルバルドは過去の悪逆さを、学園では出してはいないとのことだった。もしかしたらゲーム通りの公明正大な人物になっている可能性が無きにしも非ず……。



ゲームにおいて、全ルートでリリー・エヴァグレーズは彼の口から処刑を言い渡される。

それは、ゲーム開始初期、エゼルバルドと主人公が初めて会話を交わすイベントのせいで、リリーが絶対に彼女をいじめるに至るからだ。


自身が愛する婚約者の心に芽吹いた淡い恋心を、彼女は見逃さなかった。例え、他の攻略対象者に目標を絞ったとしても、主人公がエゼルバルドの心を揺らす存在である限りそれは変わらない。


コリンズルートのトゥルーエンドでは、同じ悪役令嬢のシャーロットですらリリーを止めに入るも、彼女の傷ついた心は癒えなかった。

エゼルバルドとの決別を経て、最後の断罪の場に上がる時。主人公の隣に立つのが誰であれ、最後にはその罪を暴かれて、リリー・エヴァグレーズは処刑される。





……のだけれども、リリーはエゼルバルドとの婚約を既に解消しており、彼とは全くの他人である。そもそも主人公をいじめる理由が無い。

最早リリー・エヴァグレーズは、登場人物ではなく、画面越しの傍観者、俯瞰して物事を捉える役柄なのだ。役があるとして、精々物語の進行を補助する『狂言回し』くらいと言えよう。

ゲームのシナリオを完全に破壊する事には、複雑な気持ちにさせられるものの、彼女が大好きな主人公をこの手で傷つけるよりはマシだった。



ゲーム中、攻略難易度が一番低く設定されているエゼルバルド、この世界の彼も主人公に惚れるのは確実と思って良い。

愛された事が無い王子様は、愛を知らず、愛し方を知らない。

それは追い追い主人公との愛を育むうちに知ってもらうとして、彼が義兄弟的ポジションのジークと主人公を取り合ったり、他の攻略対象者たちと揉める事はゲーム通りだと予想できた。

ちなみに、そのジークという人物は、最後に残った攻略対象者でもある。





ジーク・ワーバートン。

グリーンの瞳に、長めのホワイトブロンドを後ろで軽く縛った、物優しい姿の青年。二年生の生徒会副会長であり、会長を務めるエゼルバルドの補佐役だ。


エゼルバルドと同じく、彼はリリーが解決出来る悩みを持たない。唯一の悩みは病気の妹だったが、王家の権力と財力を惜しみなく使ったエゼルバルドに助けられ、ゲーム開始時点でそれはもう解決済み。


彼女の病気がきっかけで医師を目指すジークに、主人公は無遠慮に近づいて、彼の医学知識を教えて欲しいと願う。

しかし、指導するうちに、彼女は彼の知識を超えてしまう。それに傷ついてジークはふさぎ込んでしまうが、主人公の叱咤激励により彼は目を覚ます。


「最後に大切な人を守るのは、私じゃなくて、貴方自身の手なんでしょ?」


その言葉で火がついた彼は、より勉学に励み、貪欲に知識を吸収することとなる。

結局、その競争心がきっかけで主人公を好きになり、ジークは同じく主人公に惚れたエゼルバルドへの恩義をとるか、主人公との愛を貫くかで悩むといったもの。

分かりやすい事情なので、ジークには適当に失恋から立ち直らせるか、新しい恋でも見つけてあげればどうにかなるだろう。


それはともあれ、名前も容姿もカスタマイズ可能な主人公を、早く見つけるに越した事は無い。庶民がハイラント学園に入学するのは、前代未聞の出来事の為、彼女を見付けるのも時間の問題であるのだが。




自身の左肘を撫でながらリリーは、もう誰にも言えなくなってしまったゲームへの決意を漏らす。


「残機0、巻き戻し不可の一回勝負。トゥルーエンドを迎える為に私が全員を見守らないと」


春からの一年が踏ん張りどころ。

この生活もあと一年と思うと、リリーは再び胸の違和感に襲われる。

結局、彼女は自身が覚えた胸の違和感の正体が、『胸の痛み』だということに、気付くことはなかった。


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