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0308bクラスチェンジ

コリンズは屋敷の廊下を一人、よろよろと歩く。一歩でも先ほど自分がいた部屋から遠くに逃げようと、彼は足を動かしていた。

少し前まで自身を慕って付いてきた女が、あろうことか彼の兄とキスをしたのだ、もはや女という性自体を嫌悪するほどに、彼の心は傷ついていた。


「うあぁ……なんで、なんで俺じゃ無いんだよ……」


あの場を収める為ならば、彼を選んでも良かった。なのに、シャーロットが選んだのはローデン。何故そんな裏切りを受けねばならないのかと、コリンズは耐え難い屈辱で、立っている事すらやっとの状態だった。

理解をしかねる行動に、彼は顔をしかめる。容姿だけなら、自分が優れている自信は十分にあったのだ。だのに、どんな理由があったら、こんな結果になってしまうのか。

いや、彼だって本当は分かっていた。彼は容姿以外何も持っていない事を……。


ランパード伯爵家はローデンが継ぐことになっていたし、次男のコリンズには何もなかった。いくら見た目が良かろうが、それだけで彼が本当に欲しかった『地位』なんてものを手に入れる事は出来ないのだから。


不幸な事に、彼の周りには、劣等感を刺激する人間ばかりが集まった。

兄は次期ランパード伯爵であれば、父が媚びを売るのは、王家との繋がりを持つフルード公爵家、鉄鋼山の採掘権を持つガーバー子爵家、穀倉地帯を預かるターナー男爵家、ウィフト子爵家……。


今回だって同じだ、フルード公爵家で保護されている元第二王子、王国内最大の領地を有する北の重鎮エヴァグレーズ公爵家、公爵家にも並ぶ財力を持つフォスター伯爵家。

何を話せば良いのかすら分からない。ローデンとアルフレッドが政治の話で盛り上がっている時なども、気がないふりをするので精一杯だった。


欲しい物を得られなかったコリンズは、特別な力を持った自分について考えることを慰みにした。演じれば本当に自分の力になった気がしたのだ。それさえあれば、引け目を感じる相手とも対等に接する事ができたし、彼の基準では会話も盛り上がった。

それなのに、残った唯一のものまでも彼は否定されてしまった。


カーペットに足を取られてコリンズは転ぶ。彼は起き上がれないまま、今までの事を思い出し、自分を抱きしめて憐れんだ。


「俺は特別な人間になりたかっただけなのに……」


『痛い』、リリー・エヴァグレーズが考えたという、妙にしっくりくるその言葉には胸が酷く疼いた。


「俺だって、自分が痛いことくらい知ってるよ!!」

「いたいの?」


突如、舌足らずな声が、コリンズの耳に入った。


「おねえたまも、いたい、いたいだよ」


銀を思わせる瞳をキラキラと輝かせた少女は、ふっくらとした頰にかかる栗色の髪をくるくると指で巻いていた。

コリンズは件の憎っくき女、リリー・エヴァグレーズの妹だと思い当たる。


彼女も正に、彼が羨む『公爵家』に属する人間だ。厄介な事になってしまった、と彼は苦虫を噛み潰したような顔になる。

もうそんな相手と対峙する為に、妄想で作り上げた自分を演じる事が出来そうに無かった。心の底から関わらないで欲しいと願い、彼は必死に少女を睨みつける。

しかし、臆することなく彼女は顔を綻ばせた。


「いたいの、いたいの、とんでけーーっ」


パッと両手を広げる無邪気な姿に、我慢をしていた涙がホロリとこぼれる。彼女にとっては地位も、権力も、肩書きも、関係無い、全てがただの人間だった。

純粋すぎる彼女を、コリンズはもうまともに見ることが出来なくなってしまう。


「やめる、痛いのは、やめる……」

「いたいの、やめるー」

「お、俺は紳士になる!」


泣きながらコリンズは、自身の心に芽生える、一つの感情に気がついた。

温かい気持ち、無垢な美しさへの信仰心。


女と呼ぶには未完成すぎる性は、触れる事が決して許されない。

守る事以外を固く禁じられた存在が、彼の目の前にあった。



トクン――――。











「あああああああああぁぁああぁっ!!」


リリーは突然の寒気で、大声を上げるとベッドから飛び起きた。とんでもない悪夢にうなされた気がして、全身を冷や汗がダラダラと伝う。


「児ポ案件……あれ」

「気がついたのか、リリー……」


ベッドの脇から、椅子に腰掛けていた父親のネイサンが声をかけた。彼女は目を凝らして、状況を確認する。場所は宿泊施設にしていた屋敷の一室のようだ。

しかし、何かがおかしい。視界はまるでゲームのバグでも発生したかのように、サイケデリックに彩られていた。


「うわあ、なんかガクガクする……」

「熱が出ているんだろう、大人しくしていなさい」


父親に叱られて、リリーはすごすごとシーツの中へと戻った。確かに言われてみれば体調がすこぶる悪い。うっかり変なことでも口走りそうな位には、気持ちが昂ぶってハイになっていた。


彼女が折れた左腕に意識を向けると、見た目は悪くなってしまったが、痛みの一部は感じなくなっているので、案外快方に向かっているのかもしれないという希望が持てた。されど、指が数本妙な形に固縮していたので、彼女が伸ばしてやろうと力を込めるも、何故だか全く動く気配が無かった。

不思議そうに首を捻りながら指を動かそうと躍起になっている娘の様子を、ネイサンは黙って見守っていたが、やがて、やり切れない表情で俯いた。


「アルフレッド殿下が、自身の身を厭わず、お前を連れ帰って下さったんだ……」


その言葉に、リリーは指のことを一旦忘れて、気を失う前の出来事を振り返る。

雪山での判断をアルフレッドは完全に間違えてしまった。今回は二人とも助かった事こそが奇跡であって、正しい判断から得られた結果では無いのだから。


別に協力して欲しくてゲームの話をした訳では無いのに、自身を顧みず付いてこられても困るのだ。手伝い程度の助力であれば、ありがたく好意に甘えるものの、自分(リリー)ごときの命の為に彼を死なせる訳にはいかない。

もうアルフレッドを守るためには、リリーが彼を突き放して距離を置くしか方法が無かった。


「お父様の言いたい事はわかりました。もしアルフレッドが来たら、追い返して下さい」

「どうして、だい……」

「えっと、彼にはもっと、自分の命を大切にする事を学ばせる必要があるから?」


ネイサンはそれを聞いて、自身の言葉の意図と、娘の解釈が噛み合わないことに、深くため息を返した。


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