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0308aご乱心

リリーたちが斜面を転がり落ちた後、シャーロットはずっと岩場で震えていた。

残った狼はローリーが全て追い払っていたが、今はシャーロットに向かって吠える、巨大でいかめしい顔のローリーこそが彼女を怖がらせている。出発した時は一緒だったコリンズも、いつの間にかいなくなっていた。


もうすぐ日も完全に落ちてしまうだろう。シャーロットはリリーたちを助けなければと考えつつも、何も出来ない自身を責めていた。思い返せば、こんな状況になったのも、自分のせいだと。

確かにコリンズは彼女に、リリーを救うには狼の牙が必要と言った。だが、ロープを超えて狼を探そうと言い出したのは、シャーロットだった。


「コリンズ様の『紅血の餓狼』の力を使えば、ただの狼なんて従えられるのではないですか?」


そう言えば、渋るコリンズも黙ってついてきた。

親友を救う為に戦う事は心地よくて、彼女は自分が特別になった気分に甘えていた。だのに、こんな結果になってしまうとは。

シャーロットは後悔するばかりだった。


「おん!」

「ヒッ……」


ローリーの声に驚いて、シャーロットは足を滑らせた。雪に埋もれると、冷たくて涙も凍り付きそうになる。そんな少女を慰めるように、ローリーは彼女の顔を舐め回した。


「キャッ、ちょっと!」


ペロペロと舐められながら、その体に覆いかぶされられると、とても暖かく感じられた。

その時、茂みの方から呼びかける声が響く。


「誰かいるのか!?」

「オンッ、オンッ」


大声が出せないシャーロットの代わりとばかりに、ローリーが吠えて答えた。

出てきたのは数人の男達。ほとんどは見知らぬ顔だが、一人だけ知っている人物がいた。大きな人影はコリンズの兄、ローデンだ。


「大丈夫ですか、フォスター伯爵令嬢!」


彼はシャーロットに駆け寄って無事を確認すると、緊張を解いた。


「先ほど発見したコリンズが、狼に襲われたと騒いでいたので、てっきり……」

「わたしは、大丈夫です……でもリリー様とアルフレッド様が……」


震える指でシャーロットが指差す方向は、揉み合いになった跡で雪がめくれていた。ローデンが後ろにいた男に確認を促すと、下を覗きこんで何かを見つけたようだ。彼は大声を上げる。


「居ました! 一人、少年が上がってきています!」


少年がアルフレッドであるならば、一緒に転げ落ちたリリーは何処へ行ったのか。シャーロットは色を失う。

ところが、斜面を覗き込んでいた男が下へ降りると、彼はもう一度声を張り上げる。


「もう一人います、二人、二人です!」


姿を現したのは、汗を垂らしながら真っ青な顔で歯を食いしばるアルフレッドと、彼に背負われたリリーだった。男が彼女の体を預かると、アルフレッドは背中から離れた体を追って腕を伸ばしたものの、そのまま倒れ込んで気を失った。慌てて男は彼を揺すりながら、仲間に応援を呼びかける。

その間にも、抱えられたリリーはだらりと腕をたらし、全く動く気配を見せない。


「リリー様、アルフレッド様!」

「大丈夫だ、まだ息はある!」


倒れそうになるシャーロットを、ローデンが支えて言った。それはハッタリだった。

今シャーロットに気落ちされたら、助けられないかもしれない。そう思っての苦渋の決断。

頼むから二人とも生きていてくれと願いながら、彼は少女を背負う。


「お前たちも二人を背負って下山してくれ!」


一同は救助された三人を背負い、いち早く下山を始めた。









夜になって、地元有志と合同の捜索隊は解散となった。

重傷のリリーは部屋で寝かされ、エヴァグレーズ公爵が付いている。アルフレッドも同様にフルード公爵の部屋へ運ばれていた。

使用人たちの間では未だ緊張が走り、ピリピリとした空気が漂っている。


その状況下、屋敷の一室では救出されたコリンズとシャーロットを囲み、フォスター伯爵と彼の妻のテリーサがランパード伯爵に烈火のごとく詰め寄っていた。


「娘をこんな目に合わせた責任をどう取るおつもりですか!?」

「大変申し訳なく……出来る限りの誠意を持って」

「ふざけるな、取りきれるものか」


リリーがまだ目覚めていないというのに、彼らはなじる事をやめなかった。今回の件は自分の責任だと感じていた、シャーロットはそんな両親に嘆く。

何度言っても彼らはコリンズに唆されたとの意見を変えなかった。倒れていたフォスター伯爵夫妻に変わり、捜索の指揮をとったのはランパード伯爵本人、その上、二人を救出したのは息子のローデンだ。その事実があるにも関わらず、ランパード伯爵が言い返せないのは、ひとえに両家の力関係のせいだろう。

シャーロットがもう一度口を開いて嗜めようとした時、コリンズに先を越される。


「俺は多少の傷など気にはせんぞ。娘は嫁に貰ってやるから安心しろ」

「コリンズッ!」


ランパード伯爵がコリンズに掴みかかり黙らせる。しかし、時既に遅し、フォスター伯爵は真っ青な顔で震えていた。


「嫁に貰ってやる、だと……?」


伯爵はフラフラとした足取りで暖炉に寄りかかると、中から赤く焼けた火かき棒を取り出し、それを振り始めた。


ブン――――。


「公爵家とも肩を並べる、フォスター伯爵家の一人娘を、嫁にもらう……」


ブン――――。


真っ赤に熱せられた鉄の棒は、フォスター伯爵が腕に力を込めるに比例してどんどん鋭い音を立て、空気を切り裂く。


「ランパードのクソガキ風情が……」


ワナワナと震えた声が消え入ると、彼は大きく腕を振り上げて絶叫する。


「フォスター伯爵家を馬鹿にするなああああアァァァアッ!」

「ぎゃあああああああっ!」


フォスター伯爵は奇声を発するや否や、そのままコリンズに襲い掛かると、部屋中を逃げ惑う彼を甲高い声を上げながら追い回した。その結果、コリンズがテーブルにぶつかり、シャーロットをもなぎ倒したことがフォスター伯爵をより激昂させる。


「うぉるあああああぁぁぁぁ!」


彼は口からは泡を吹き、勢いのままコリンズへと得物を振り下ろす。


「待ってくださいフォスター伯爵」


ローデンが間に割って入り、火かき棒を手のひらで受け止めた。ジュウッ、と肉の焼ける臭いが鼻をつく。彼はそんなことには気も止めず、言葉を続ける。


「賠償や贖いを望むのであれば、俺だけでなく子の代、孫の代までかけて必ず償います。だからどうかお願いします、どうか……」


フォスター伯爵が手を離させようと躍起になっているのを見て、ローデンは目をきつく閉じ、彼を説得するための言葉を探して思考を巡らせる。すると一つの回答が浮かぶ。


「弟は『痛い』奴なんです!」

「痛い……?」


フォスター伯爵は呆けたように言葉を繰り返すと、腕の力を緩める。

『痛い』その言葉を聞いて全員が納得した。何故今までそう言わなかったのかが、不思議なくらいしっくりと当てはまる。コリンズの言動は人として痛い。

彼に先刻まで同調していたシャーロットですら理解できた。自分と彼は痛々しかった、と。

ローデンは場の空気が変わった事を感じ、畳み掛ける。


「これは全部エヴァグレーズ公爵令嬢の言葉です。まともに取り合ってはいけません、こちらまでおかしくなります!」


しかし、彼の言葉は届かなかった。


「そんな言い訳が聞けるかぁッッ!」


フォスター伯爵の怒りの底力で、ローデンは手を振り払われ、勢いのまま床に倒れこむ。


「ま、待ってください!」


ローデンが悲痛な叫びをあげるも、フォスター伯爵は再びコリンズに狙いを定めようと腕を振り上げる。

その瞬間、シャーロットは覚悟を決めて動いた。



「ローデン様、この罪は一生をかけて償いますのでお許し下さい」

「君は、何を……?」


つい、とシャーロットは自らの金髪をかきあげると、そのままローデンの唇を奪った。


「「「!!」」」


全員が目を見開いてシャーロットを見つめた。この娘は意味が分かってこの行為をしたのだろうか、と。

カラン、と音をたて、火かき棒が床に転がった。フォスター伯爵は口を開けたまま、動きを止める。


「お、お前は何を……」

「ええ、こういう訳ですので、義弟のしたことは身内の不始末。拳を納めて下さいね、お父様」


「私もしっかり教育いたしますので」、と笑顔で言われフォスター伯爵は放心状態のままへなへなと座り込んだ。

こんなことをしてしまえばシャーロットは傷物。婚約させる他に選択肢は残されていない。

シャーロットはローデンを掴んでいた手を離すと、自分の行いに震えていた。彼女の青い瞳は溢れそうなほどに波打って揺れる。ローデンはそんな彼女を安心させるように、頭を撫でて囁いた。



「ありがとうシャーロット、君の勇気に俺は一生答えよう」




騒動の幕引きと共に、腰が抜けたコリンズは、フラフラとよろめくように歩きながら、部屋から一人逃げ出した。


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