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0001悪手

エゼルバルドが大声で人を集めた後。彼の叫び声で集まった人間たちは、リリーの上に倒れこむアルフレッドをみて、言葉のままの解釈をした。

第二王子が第一王子の婚約者に暴行を加えた、と。


こうして、リリーは王宮内の一室で手当を受けながら、分が悪い、と爪を噛んだ。

アルフレッドが長年虐待に近い暴行を受けてきたのに、それは決して露見しなかった。例えば、リリーが誰かしらから殴られ痣でも作ったら、毎日接する侍女や誰かの目に止まり大ごとになってもおかしくない。ましてアルフレッドは第二王子である。周囲の人間が知らないはずがないのだ。

だからエゼルバルドが興奮し、リリーに殴りかかってきた所で、王家と公爵家の問題という図式を作りあげ、人を呼ぶ算段だったのに。

自身の失態によって、同じく虐げられてきたアルフレッドがどうなるのかを考えて、リリーは一人気を揉んでいた。


「リリー、大丈夫かい?」


声の主はリリーの父親、ネイサンだ。彼は王妃との会談をぬけだし、リリーの元に駆けつけてくれたが、心ここにあらずな娘の様子に心配になったようだ。

先ほどからずっと、リリーの身を案じているネイサンは、気遣わしげに口を開く。


「何があったか私に話してくれないか?」


彼は手で出て行く様にと従者に指示し、リリーの言葉を促した。パタリと扉が閉まったのを確認して、彼女はどこから話そうかと考える。

この状況では前世の記憶のことや、ゲームについてはまだ伏せた方がよいかもしれない。一番大切なことまで疑われてしまいそうだ、という不安を感じ、リリーは慎重に口を開く。


「今回の件は誤解です。むしろエゼルバルド殿下によって、アルフレッド殿下は長年酷い暴力を受け続けてきました」


ネイサンは少し驚いたようであったが、娘の言葉を黙って聞いていた。


「私も、言うことを聞かなければ同じようにすると、婚約してから脅され続けてきました」

「そうだったのか……エゼルバルド殿下との婚約後、お前の様子がおかしくなったとは夫婦で話していたんだが」


ネイサンはうなだれ、「今まで気がつかず、すまなかった」、とリリーの頭を撫でて謝罪した。

ゲームの記憶が戻るまで、リリーはエゼルバルドからの指示を守り、決してそれを両親に言わなかった。何を聞かれても、「何でもありません」「大丈夫です」と答えていたのだが、今考えるとかなり白々しい。

子供はそうやって親に心配かけるよね、なんて他人事のようにリリーは考えていると、ネイサンは顎に手を当てながら呟く。


「兄弟間での加虐行為が看過されてきたことも納得できる話だ。母親である摂政のセシリア殿下は、自分の子供たちに全く興味がない。」


彼らの母親であるセシリアは、育児も全て乳母任せで二人を育てた。一方がもう一方を傷つけた所で、なんら心を痛めることもない。そんな風に、苦々しくネイサンは吐き捨てた。

そして彼は、こうも続ける。


「だがしかし、第一王子の王位継承については、セシリア殿下も随分ご執心だからな……」


アルレガリアにおける王家では、過去の歴史から、子供の生まれた順番や、性別を重要視しない。末子や女性が即位することも、珍しくなかったからだ。

その上、先王が亡くなった時の遺言によると、二人の王子のどちらか、自身の息子として相応しい優れた方に王位を継がせるように、とのことだった。

しかし、子供達が王位を継げる年齢になるまで、摂政として全権限を任されたセシリアは、何故か第一王子エゼルバルドの王位継承にご執心らしい。彼女はエゼルバルド自身に対しての興味は無いものの、彼の行動については色々と目をつぶってきたようだ。

リリーが、アルフレッドの置かれた状況に頭を抱えると、ネイサンも同じことを考えていたらしい。


「おそらく、今回の件を訴えても、罰せられるのはアルフレッド殿下のみだろうね」

「なんとか彼を助けられませんか?」

「父親としては、婚約解消を最優先にしたいのだが……」


ネイサンは瞳を閉じ、うむ、と少し悩んだあと何かを決心したように、口を開いた。


「うん、悪手にはなるが、最善を選ぼう」














騒動の終息のため、リリーと父親のネイサンの二人には、急遽王妃セシリアとの謁見の場が設けられた。ネイサンから「私に任せて何も言うな」、と念を押されている為、口を挟みたいリリーは内心むずむずし続けていた。


「先ほどは愚息が大変に無礼であったそうですね」


下げていた頭をあげると、王妃セシリアの憂いに満ちた表情が見える。さしずめ、アルフレッドが面倒なことをしてくれた、といったところだろうか。

リリーが彼女の顔立ちをよく見ると、若々しくとても二児の母とは思えないが、酷く無気力で気だるげに思えた。もっとも、リリーの外貌も、常時やる気が無さそうにしか見えないので、人の事を言ってはいられないのだが。

彼女がそんな考えをよぎらせていると、セシリアは、頭に手を当て、長いため息を漏らす。


「アルフレッドには、二度と王宮内で会うことがないように厳しい監視付けましょう」


暗に幽閉するとのことだろうか。なんとかしなければ、とリリーは息をのむ。兄の暴力からは逃げられても、自由がなければ意味がない。

リリーがネイサンの顔を見上げるも、彼は我関せずな表情で口を開く。


「アルフレッド殿下は、王家の富と権力があれば、公爵家の人間など黙らせられると思ってしまわれたのでしょうか?」

「ええ、そうでしょうね」

「なるほど、では身のほどを学ばねばならないようですな」


ハハハ、と笑う父の態度に、リリーは、目を見開いて固まった。リリーが会話に割って入ろうと、一歩前に身を乗り出すと、彼女が口を開くのを制するように、ネイサンはリリーの肩に手を置いて、言葉を続ける。


「王家とはそれだけでブランド力があり、この国でこれ以上の富を持つものはおりません。心得違いも子供ならば仕方ない」

「だから許せと申すのか?」

「若いうちに学べるのならば、これ幸いと思います」


不快感を見せたセシリアに、ネイサンは微笑を返す。そして、顎をさすりながら、まるで遠くを見つめるように物憂げな表情を作る。


「実は最近身に沁みる事がありましな、不相応に自身を傲り高ぶらせていたと思いまして。例えば、第一王子との婚約しかり、金鉱山にしかり」


お恥ずかしい話です、というネイサンの言葉に、セシリアはピクリと眉を動かした。そんなセシリアに畳み掛けるように、ネイサンはある提案をする。


「娘との婚約を解消し、金鉱山の採掘権も王家に献上いたします。それが我が公爵家の正しい立ち位置かと」

「なんの目的があって、そのような提案を……?」


流石に疑心を抱いたのか、セシリアは低い声でネイサンを問いただす。


「いやいや、身のほどということです」


それに自身の手で、富と権力を捨てた人間の話なら、真実味があるというものですからね。とネイサンは大げさに笑いながら念を押す。セシリアは訝しんではいたものの、自身への利を考えたのか平静を取り繕う。


「よろしい。エヴァグレーズ公爵の温情により、アルフレッドには更生の機会を与えます。ただし、第二王子はこの時をもって廃嫡とする」


ネイサンは、「かしこまりました」、と仰々しく一礼をし、リリーもそれに続いた。

まさか、アルフレッドの王位継承権を剥奪する結果になってしまうとは。頭を下げながら、リリーは顔を歪める。

リリーが頭を上げた時、セシリアは満足そうに唇で笑みを作っていた。


「その後の処遇は、煮るなり焼くなり好きになさい」


最後に彼女が言い放った言葉は、とても息子にかける言葉ではなかった。




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