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0307aそうやっていつも君は

グレーズ犬の強靭な脚力によって、通常よりも早く進むリリーたちであったが、やはり二人分の体重では思ったほどスピードは上がらない。

彼女は腰にしがみついているアルフレッドに尋ねる。


「予備の弾はあるの?」

「4発分、でも再装填に時間がかかるので、実質無いと思ってください」


フリントロック式、又は燧発すいはつ式と称されるマスケット銃の形式では、撃鉄に取り付けた火打ち石の発火によって、銃身の火薬に点火し発砲する。火縄銃(マッチロック式)よりは扱いが容易であるものの、弾込めには時間を要し連射には適さない。

完全な構造の理解へは未だ追いついていないリリーではあったが、護衛役としてノエルかラルフを誘うべきだったと、今更ながらに悔やんだ。

そうこうしているうちにC4地点、ロープからスキー跡が続く地点に到着する。


「ここからは、アルフレッドも痕跡を見て」

「はい!」


リリーはローリーのスピードを落とす。

しばらく進むと、谷を沿う方向、E7地点へと向かっていた跡が途切れた。ふた組のスキー板は木に立てかけられており、そこから現れた足跡が急勾配な斜面を登る方向に向かった事を示している。


「どうして、丘を上がる方向に行ったんだろう?」

「もしかして、何かを探しているのかもしれませんね」


リリーの疑問に、乱れた足跡を見渡したアルフレッドが答えた。

嫌な予感が脳裏をよぎる。リリーはハーネスから伸びる紐を外し、ローリーを自由にさせた。雪上の臭いを覚えさせれば、いざという時に役にたつかもしれない。


――――オォーーン。


近くで遠吠えが聞こえた。


「まさか、コリンズは狼を従えようとかしてないよね?」

「そういえば『紅血の餓狼』がどうとか言っていた気が……」


苦い顔をしたアルフレッドは思い出すように手で頭を押さえていた。コリンズがローデンに捕まった時、そんな言葉を聞いたような、とリリーも半分忘れかけていた記憶が蘇る。

彼女が慌ててスキー板を外すと、アルフレッドもそれを真似た。


「戻ってくれた方が嬉しいけど、ついてくる気なら私の跡を辿って。他よりは登りやすいから。つま先を雪に垂直に刺して体重をかければ登れるわ」


雪慣れしているリリーの動きは早かった。難なく雪をかき分けて登る。しかし、アルフレッドも遅れずなんとか食らいついていた。


「……指をくわえて待っているなんて、そんなの僕はもう御免です」


不服そうに漏らした言葉は、リリーには聞こえない事まで織り込み済みだった。

しばらく進むと、先頭を行くローリーが鼻をひくつかせ、耳をピクリと動かし、立ち止まる。


「グヴゥゥゥッ……」


彼は明らかに低く唸り始めた。耳を澄ませば、かすかに狼の吠え声も聞こえる。リリーが足を早め、坂が終わって木々が開けると、肩で息をしながらあたりを見渡す。

日光に照らされた雪が溶ける事で重い雪となったのだろう、雪質は先ほどの斜面より固く変質していた。足場が問題ない事を確認してから、リリーはアルフレッドを引っ張り上げようと腕を引く。


引き上げられたアルフレッドは、ローリーが今にも飛び出しそうに体を揺らして先方を気にする事に気がついた。息を整え終わらぬままに、二人は慌ててローリーと共に走り出す。下った先の雪から突き出た岩場の上で、コリンズがナイフをふるい、群がる狼を遠ざけようとしている光景が目に飛び込んできた。


「よるな! 俺の言うことをきけ!」


彼の横ではシャーロットが震えていた。

コリンズは右手の親指から血を流し、ナイフを振るうたびにその血球を振りまく。おそらく何かの儀式の為に、自分の指を傷つけたのだろう。狼が血の臭いに興奮して、これでは逆効果だ。


「ローリー、行け!」


リリーは素早くローリーを狼にけしかけ、自身も銃を構えながら一気に坂を下る。


「リリー、危ない、下がって!」


伸ばした腕で彼女を捕まえ損ねたアルフレッドも、崩した態勢から立ち直り、足を踏み出した。

ローリーはすぐに一番近くにいた狼に噛みつくと、そのまま首を振って放り投げた。それは岩肌に体をぶつけて「ギャイン」と叫ぶ。

群れの何頭かが、ローリーに襲いかかろうとするも、巨体を振り回し威嚇する姿に怯え、間合いをとった。

膠着状態が続くと思われたその時、振りまいた血液に足を滑らせたコリンズが、岩場から雪の上へと転落する。


「た、助けてくれ!」


立ち上がったコリンズは、駆け寄ってきたリリーの方へとよろよろと進むが、一頭の狼が立ちふさがった。

真っ黒な体毛に一際大きな姿が威圧感を放つ。恐らく群れのボスなのだろう。 グルル、と唸りながら白い牙をみせコリンズを威嚇する。


「来るなッ!」


コリンズは持っていたナイフを投げるも、それは掠りもせずに後方にいたリリーの足元めがけて飛んでいった。


「くっ」


足をもつれさせバランスを崩したリリーは、銃口が狙いから外れるのを感じた。彼女は歯を軋ませる。

もう、間に合わない!



――ドンッ。



発砲音を響かせ、弾丸が黒い獣の足を掠めた。ポタリと垂れた血液で雪に赤い跡を残す。それはぐるりと振り返ると、再び唸った。


「はず……した」


撃ったのはアルフレッドだった。

彼は慌てて再装填しようと銃を握り直すが、震える指は火薬を足元の雪にぶちまけてしまう。

獲物を狙う瞳は、それを見逃しはしなかった。


「逃げてアルフレッド!!」


鋭く叫んで走り出したリリーに呼応するように、獣の足が雪を蹴る。


「ヒッ……!」


アルフレッドがきつく目を閉じた時、リリーが彼の前に躍り出た。


ドゴッ――――。


マスケット銃の台尻が狼の体にめり込んだ。銃身を握り、思い切り振り回したそれが暴発しなかったのは、奇跡だったのかもしれない。

「ギャイン」、と悲鳴とも取れる鳴き声が上がる。されど、体勢を立て直すと、それはなおも二人に噛みつこうと、開いた口から涎を撒き散らした。

アルフレッドはリリーを守ろうと手を伸ばす。


「リリー!!」

「アルフレッド、伏せて!」


言うが早いか、リリーはアルフレッドを押し倒し、そのまま後ろの斜面を転がり落ちた。

執着心をむき出しにした黒い影が二人を追って斜面を下ると、ローリーにたかっていた群れの獣も数頭、それを追いかけ雪面を駆け下りる。






リリーはアルフレッドと共にゴロゴロと転がり、途中藪で彼女の頬が裂けたが、目に刺さらないだけましだと思えた。

そのまま谷の真ん中まで転がって、二人は柔らかい雪上へと投げ出される。


獲物の死に場所を見定めたのか、群れを率いる黒い巨躰は口元を歪め、ダラリと伸びた真っ赤な舌で牙を舐める。坂が終わると共にそれが一旦スピードを落とすと、続く群れは囃し立てるように低い唸り声を鳴り響かせて、未だ雪に埋もれる二人を囲もうと弧を描いて広がった。


ゲホッ、と息を吐いてからリリーの目が薄く開くと同時、目の前を揺れる人影が彼女の落とした銃を拾い、構えたままゆっくりと立ち上がる。向ける銃口の先は正確に黒い体の心臓を捉えていた。

彼女は息をのむ。

視界に映った横顔は、少年が今まで見せた事の無い表情をしていた。


アルフレッドの瞳はしっかりと獣を見据えていたが、引き金にかかる指先は震え、ガチガチと鳴る歯も止まらない。それに起因するのは、寒さか、怯えか……。

漆黒の体が覗かせる金の瞳がニタリと笑い、一気に距離を詰める。



一撃で致命傷を与えうる射程と見定めたラインに、それが入る、今まさに、この瞬間。

突如、アルフレッドの身体は後方へと強く引かれた。



「えっ?」



沈みゆくアルフレッドの網膜に、彼を引き寄せた反動で前方に飛び出したリリーの後ろ姿が焼き付いた。

咄嗟に伸ばした腕が栗色の髪先をかすめ、虚しく空を掴む。

彼が命に代えても守りたかった少女は、己の左腕を盾にして、喉元を狙って大きく開かれた口めがけて自ら飛び込んだ。


「やめろォォォッッ!!」




アルフレッドの悲痛な叫び声と共に響き渡った鈍い音は、リリーの骨が砕かれた事を証明していた。


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